黒歴史。
辺りが静まり返る中、私はエルとクロにフードを取る様に指示を出した。
物言いたげなリヒトの視線は、とりあえず無視である。
「こっちから、エルとクロとシロだ。覚えやすいだろう?」
「お嬢。俺、クロード」
おっと。
いつもクロと呼んでるから、つい本名を忘れてしまうな。
……ん?そういえば、レベッカ達にはクロの名前、どう紹介したっけかな。
うーん……、無意識過ぎて思い出せん。
多分大丈夫だとは思うけど……。
「ほぅ。エルフですか。それも、ダークエルフとの混血」
大賢者達が各々興味深げにエルを凝視する中、最初に口火を切ったのはシーファだった。
エルは、シーファの言葉に肩をビクつかせると、身体を強張らせながら恐々と俯きだす。
エルフとダークエルフの混血であるエルは、どちらのエルフ族側からも受け入れられない存在。
だからこそ、純粋なエルフ族であるシーファから悪意を向けられる事が怖いのだろう。
エルは怯えた表情で唇を噛み締めると、耳を垂れ下げながらシーファの次の言葉を待った。
けれど、シーファの口から出た言葉は、エルの予想を大きく裏切るもので――。
「――羨ましい」
「……え?」
恐る恐る顔を上げ、声を漏らすエル。
シーファは、エルのその態度に怪訝そうに首を傾げると、呆れた様に吐息を零した。
「はぁ……。何をそんなに怯えているのですか。私は確かにエルフ族ではありますが、下らない種族の垣根など、とうの昔に捨てましたよ。エルフだのダークエルフだの……、実に馬鹿馬鹿しい線引きです。どちらも唯の生物でしかないというのに。私にとってそれらは、興味の対象か否かの違いでしかない。全く、大賢者を何だと思っているのやら」
ぶつぶつと小言を呟くシーファ。
エルは、思ってもみなかったシーファの言葉に、呆けた顔で目を瞬かせていた。
まぁ大賢者達って、寿命とか、種族の持つ色んな限界を超越しちゃってるしねぇ。
人であって人でない。どの種族にも属さない、“大賢者”という枠組み。
それが彼らだ。
「あなたは、その出自にもっと誇りを持つべきです。その血が、どれほどの可能性を持っているのか、考えた事はおありで?光に愛されたエルフは闇魔法が扱えず、闇に愛されたダークエルフは光魔法が扱えない。ああ、何たる悲劇!全ての魔法に精通したいと願っても、私は、闇魔法が扱えないのです!!これ程この身を呪った事はありません!!……ゴホン。まぁ、いつか必ず、体得してはみせますがね。精々あなたは、その恵まれた血筋に感謝するといいでしょう」
「そ、そうですか……」
安堵した様に体の力が抜け、頬を僅かに染めながら、もじもじと俯き始めるエル。
自分の出自を評価されたのが嬉しかったのだろう。その口元は、嬉しそうに綻んでいた。
「……それでぇ、そのシロって子はぁ、獣寄りで生まれた獣人かい?」
いつの間にか床に寝そべっていたクルッカが、シロへと視線を移しながら首を傾げた。
それから、「この床、不思議な冷たさだねぇ」と感想を零す。
お行儀が悪いよ?
「おや。そこまで見抜くか。喋らなければ、普通は分からないものと思っていたけれど」
正体を見破られた事で、シロは居心地悪そうに喉を鳴らした。
「シ、シロって、……いや、シロさんって、獣人だったの?」
「そうだよ?滅多に喋らないけれど、人並みに会話は可能だよ?」
リヒトの問いに答えながら、シロの頭を撫でて「ね?」と微笑む。
「グルル……」と唸り声を上げられた。
「カッカッカ!話に聞いたことはあったが、これほどの変異種は特に珍しいな!」
「本当に。……きっとそこのサングラスの子も、さぞ珍しい種族なのでしょうね。楽しみだわ」
「まぁ、その容姿で目を隠してる時点でぇ、大体の見当はついてるけどねぇ」
残るクロの正体へと興味を集中させる大賢者達。
これだけの情報量で大方の予測を立てているとは、流石である。
「ふふ。では、答え合わせといこうか。……クロ、外しても構わないよ?」
「分かった」
私の言葉にクロは頷くと、目を細めながらサングラスを外す。
……というか今更だけど、よく落下する時に外れなかったよな。
指輪なんかに使われている、持ち主のサイズに合わせて伸縮する付与魔法がかけられてるとはいえ、まさかこれほどとは。
流石はカーティス家特注のサングラスである。
お金に困ったら質屋にでも出しちゃおうかな。
「……なるほどねぇ?ほうほう。こりゃまた珍しい~」
「カッカッカ!こりゃ上玉だ。男じゃなければ、だが」
「まぁ、彼の種族ならば、その容姿も納得というものだけれどね」
クロを一目見ただけで、瞬時に性別と種族を見抜く大賢者達。
瞳を見れば、種族に勘づくだろう事は予想していたが、まさか性別まで気付くとは……。
ちょっと面白くない。
「そこの男が魅了に掛かっている様でしたので、まぁ、そういった類の種族だろう事は推測していましたがね」
「魅了……?」
シーファの言葉に、首を傾げるリヒト。
私も意味が分からず、事の説明を求めてクロを見遣った。
……クロも、何故か首を傾げていた。馬鹿だ。
「……ふむ。見たところ、魅了を使った本人含め、みなさん御存知ないようですね。ということは、食用として彼をストックしていた訳ではない……」
「ちょ、ちょっと待って。何の話?……食用って?」
「おや。それさえも御存知でないと」
普通分かるだろという表情を浮かべながら、シーファは馬鹿を見る様な視線をリヒトに向けた。
「そこの、クロードという少年……」
「そいつ、喰種だぜ?」
シーファの言葉を遮って、ロイがにやにやと笑みを浮かべながら答えた。
目を丸くし、一斉にクロの方を見遣るリヒト達。
「は……?クロードさんが、喰種?」
そう呟いて、リヒトは直ぐさま我に返ると、剣を抜いてクロへと向けた。
「リ、リーダー!?」
「ガルドは黙っていてくれ。お前は魅了に掛かっている可能性がある。それでなくても、最近の行動から、クロードさんに関して真面な判断が取れるとは思えない」
「ふふ。やる気十分、だね?」
リヒトの殺気に満ちた瞳を見つめながら、私はくすくすと笑いを零した。
それにしても、クロはいつの間に魅了なんてものを使ったのだろう?
トーマスのとこでスキル鑑定は既にやっていたらしいし、自分の能力ぐらい把握している筈だ。
私は、剣を向けられて若干驚いた表情を浮かべるクロへと向き直ると、再度説明を乞うた。
「クロ。魅了の心当たり、本当にないのかい?」
「そんなもの、使った事ない。そもそも、どうしてガルドに使うんだ。気持ち悪いだろうが」
「なるほど」
妙に納得してしまった。
「人肉に飢えている時、無意識に使ってしまう事があるみたいよ?例えば、感情に余裕がない時に、至近距離で見つめ合ったりした事はなかったかしら?」
「……あ」
ガルドとクロが初めて出会った状況を思い起こし、思わず手を叩く。
その時、クロは人肉に飢えていた。
しかも、急にサングラスとフードが外されたという驚きで、クロの感情に余裕があったとは思えない。
そして、ガルドとの見つめ合い……。
――見事に一致。
「……漸く合点がいったよ。ガルドの異常な行動や、クロードさんが男という言葉を聞き入れようとしなかったのも、全ては魅了の所為だったんだね。魅了は、術者を恋慕する事に都合が悪い情報を改変させると聞く」
「へぇ。そうなんだ」
スゲーな喰種。
これなら殺しも楽々じゃん。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、リーダー。クロードさんが例え喰種だったとして、俺達は何も危害を加えられていない。一方的に敵意を向けるのはおかしいだろう」
「だから!そうやってクロードさんを庇おうとしてる事自体が、ガルドが魅了に掛かってる証拠なんだよ!」
「ち、違う!俺は!魅了になんて掛かっていない!この、クロードさんを想う、……す、す、……この気持ちは、偽物なんかじゃねぇ!!」
……今、言いかけて断念したね。
良かったねぇ?ここで「好きだ!」と叫んでいたら、魅了が解けてクロが男だと理解した時、黒歴史になっていた事だろう。
……クロだけに。ぷぷ。……何でもない。
「じゃあ言わせてもらうけど。ガルド、……クロードさんは、男だ」
「はっはっは!何言ってるんだリーダー。クロードさんを諦めさせたいからって、それはないだろう。もっとマシな嘘を言ってくれ」
「ほら!!それだよそれ!!それが魅了に掛かってるって言ってるんだよぉぉおお!!」
リヒトは地団駄を踏みながら、頭を掻き毟る。
……男の子なんだから、頭皮は大事にね?
「クロ。魅了を解く事は出来るのかい?」
「んー……。やったことないけど、多分出来る」
「そうか。……リヒト。悪気はなかったとはいえ、すまなかったね。今からクロが魅了を解くから、一先ず剣を下ろしてくれるかな?」
「……分かった。でも、もしクロードさんが妙な真似をしたら、レオ君には申し訳ないけど、殺させてもらうからね」
「ふふ。それは恐いね」
リヒトが剣を下ろしたのを見届けた後、クロは頭をポリポリ掻きながらガルドへと歩み寄った。
クロが近付くにつれて、顔が赤くなってゆくガルド。
「ク、クロ、クロードしゃん……」
目の前で立ち止まり、自身を見上げるクロに、ガルドは緊張した面持ちで口をパクパクと動かす。
……重症である。
そしてそんなガルドの顔へと、ゆっくりと両手を伸ばすクロ。
女性の様な、細く美しいクロの指先が、ガルドの頬へと触れ――。
「はうんっ……!!!」
クロの両手が、ガルドの顔を乱暴に捕らえた。
頬を圧迫されて不細工な顔になりながらも、どこか嬉しそうである。
クロは掴んだガルドの顔を強引に自分の方へと近付けると、至近距離で見つめあう。
そして――。
「――ふんっ!!!」
「はうっ!?」
……思いっ切り、頭突きをした。
痛そうである。
クロはガルドの顔から手を離すと、赤くなった額を軽く擦りながら、床へと倒れ伏すガルドを一瞥。
それからリヒトへと顔を向けると、事も無げに結果を報告した。
「解けたぞ?多分」
「ええ!?こういうやり方なの!?」
「魅了が解けた反動でちょっと気を失ってるけど、直ぐ起きると思うし」
「頭突きの所為じゃなくて!?」
驚きに目を見開かせるリヒトを放って、役目は終えたとばかりに私の傍へと戻って来るクロ。
もっと別の方法もあっただろうに、男らしい力技だね?
「く、……あはは!頭突きで魅了を解くとは、面白い事をしますね。意識を自分へと集中させて、猫だましなんかで驚かせれば簡単に解けるでしょうに」
「そうなの?どうして態々頭突きを?」
「なんかキモかったから、つい……」
「なるほど」
妙に納得。
「う……、」
「ガルド!大丈夫か!?」
頭を抑えながら、体を起こすガルド。
リヒトはガルドへと近付くと、どこも異常はないかと言葉を掛けた。
「お、れは、一体……」
「クロードさんの魅了に掛かってた事は覚えているか?」
「魅了……?」
「えっと、クロードさんを見てどう思う?」
「クロード、さん……?」
ガルドは頭を抑えながら、クロの方へと視線を向けた。
けれど、その視線は直ぐに外され、ガルドの顔は紅潮し出す。
「ガ、ガルド?クロードさんが男っていうのは、分かるか?」
「う、ぐ……っ!!」
リヒトの言葉に、急に胸を押さえて悶絶し出すガルド。
どうしたのだろうか。
「ガルド。記憶はどこまであるんだ?」
「……分かってる。全部、覚えてるよ、リーダー……」
苦悶の表情で唇を噛み締めて、床に手を付くガルド。
その目からは、涙が零れ落ちていた。
「ガルド……」
「へへっ。心配かけて、すまなかったな。でも、……今は一人にしておいてくれ」
その言葉で、リヒトはガルドの肩に手を置こうとしていた手を引っ込めて、「く……っ」と苦痛な表情を浮かべた。
それから徐に立ち上がると、悲しそうな笑みと共に「分かったよ」と呟いて、ガルドの傍を静かに離れて行く。
「チ、クショォォォオオオオッッ!!!」という、ガルドの悲痛な叫び声が辺りに木霊したのは、それからおよそ数秒後。
リヒトと、魔力切れによって床に座り込んでいたニックが、涙を滲ませながら「分かる分かる」と言いたげに、何度も深く頷いていた。
……何だろう、この茶番。
とりあえず、ガルド。
変態疑惑、晴れて良かったね?
多忙により、しばらく更新頻度が激減します。
すいません。




