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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
75/217

叡智の代価。

 ドミニクが退室をしたのを見届けた後、リヒトが一歩前へ出た。

 クルッカから順に、ロイ、シーファ、バルーナをそれぞれ一瞥すると、最後にワーズマンを瞳に映して頭を下げる。


「――大っ変お忙しい中、俺なんかの為にお時間を作って頂き、本当にありがとうございました。漸くお会いできたこと、嬉しく思います」


 ……わーお。嫌味たっぷり。

 言葉の節々からリヒトの怒りがひしひしと。


「ふぉっふぉっふぉ。そんな事、子が気にする事でない。この程度で喜んでくれるなら、儂等も来た甲斐があったというものよ」


 おっとー。

 そしてそれを軽く躱すお爺ちゃんー。

 リヒトが「どの口が言うか!」と言いたげな顔で、キーッと奥歯を噛み締めていた。


「……改めまして、俺は勇者リヒ――」

「よいよい。そなた等の事は既に知っておる。時間も惜しい事じゃし、自己紹介は省こうぞ」

「……わかり、ました」


 名乗りの途中で遮られ、またもやリヒトは奥歯を噛み締める。

 お爺ちゃんはいつも通りの笑顔だったけれど、……何というか、ちょっと冷たい雰囲気を感じた。

 気の所為かな?

 私は小首を傾げつつも、「やぁ、お爺ちゃん」と声を掛ける。

 リヒトが、「お爺ちゃん!?ちょいちょい言い直してたのは知ってたけど、やっぱお爺ちゃんって呼んでるの!?」という驚きに染まった声が聞こえたが、……無視。

 私の呼びかけに反応したお爺ちゃんが、にこにことした笑顔でこちらを見遣る。


「そこにおるのがレオの友達じゃな?……ほぅ。どうやら訳アリの子達らしいのぅ。後で是非とも紹介しておくれ」

「おや。今じゃダメなのかい?」

「どうせなら、邪魔が入らん所での方がよかろう?」


 ……という事は、場所を移すのか。

 まぁ確かに、この人数でこの部屋は狭すぎるもんね。

 でもそれなら、初めからその部屋に通してくれれば良かったのに……。効率わっる。

 怪訝そうに眉を顰める私を、にこにこと髭を撫でながら見つめてくるお爺ちゃん。

 それからリヒト達へと視線を移すと、首を傾げながら穏やかな口調で問う。


「――ところでお主等、浮遊魔法は使えるかのぅ?」




*******


「ぎぃやぁぁぁああああああ!!!」

「ひぃぃいいいいいいいいい!!!」

「きゃぁぁぁあああああああ!!!」


 各々叫び声を上げながら、只今、みんな仲良く落下中。

 上を見上げれば、米粒大の大賢者達がふよふよ浮かんでいるのが確認出来た。

 結構落ちちゃったなぁ。

 行き成り転移させられたと思ったら、着いた場所が底の見えない奈落の大穴。

 ……いや、最初は五芒星が描かれた床が見えてたんだけどね。

 この程度の高さなら何とか大丈夫だろうと、みんな着地の姿勢を取っていた。

 ……筈、だったんだけどね。

 フェイクでした。その床。

 凄いなぁ。誰が掘ったんだろうか。

 そして、どこまで落ちていくんだろうか私達。


「エル、エル。これ程の高さから落下した場合、一体どれほどの脳みそと血液とが飛び散るんだろうか。寧ろ、原形とか残っているんだろうか」

「あーーーーん!!レオが怖い事言うーーーっ!!」


 涙を流しながら、「いーーーやぁぁああああっ!!!」と絶叫するエル。

 楽しそうだ。


「ク、クロードさぁぁああん!!クロードさんは必ず俺が、命に代えても守りますから!!どうぞ、て、手をぉぉおおお!!」

「あはははははははははっ!!お嬢ー!!空を飛んでるみたいで楽しいなーっ!!あはははは!!」

「飛んでるんじゃなくて、落ちてるんだけどね」


 手を取ってもらおうと必死で伸ばすガルドに気付くこともせず、クロは一人笑い声を上げて落下を楽しんでいた。

 馬鹿だ。


「……ふむ。そろそろ完全な真っ暗闇になってしまうね」

「か、風の精よ。我の声にぃぃぃいいいやぁぁぁぁああああばばばばばばば!!」


 浮遊魔法を使おうと思ったのか、頑張って詠唱を始めたエルだったが、どうやら精神が安定しない様だ。

 頬肉が上へと引き攣って、あばばばばー、となってしまっている。

 綺麗な歯茎だね。


「――我等を飛ばせ」

「ん?」


 エルの変顔が見られたところで、急に落下が止まる。

 声がした方を見遣ると、ローニャが少々息を乱しながら手の平を私達に向けていた。


「……はぁ。みんな、いるかしらぁ?」


 どうやらローニャも、浮遊魔法の詠唱をしてくれていたらしい。

 エルと違って成功したようだ。大した精神力である。


「あ、ありがとう、ローニャ。た、助かったよ」

「どういたしましてぇ。……と言いたいところだけど、ごめんなさい?この人数だと、あと数分しか持たないわぁ」

「わ、分かりました。――風のマナよ。我に集いて共鳴せよ。風を起こし、我を飛ばせ」


 ニックはローニャの言葉に素早く頷くと、詠唱によって自力で飛び始めた。


「すいません。自分が飛ぶので精一杯で……」

「俺も、すまない……。浮遊魔法は数秒しか使えない……」

「分かってるわ~。最高位魔法なんだもの。仕方ないわよ~」


 ニックとリヒト、それからビビとガルドの「すまん」という謝罪に、ローニャは汗を額に滲ませながらも、微笑んで首を振った。


「――風の精よ。我の声に聞け。我等は風。風は汝。今集いて我等と共に空を飛ばん」

「おお!」


 エルも詠唱を再開し、自分はもちろん、私とクロとシロまでをも同時に宙へと浮かせた。

 ……あ、因みにスーちゃんは私の腕の中だ。


「精霊魔法で飛ぶだなんて、流石はエルフ族ねぇ。親和性が高くて羨ましいわ~」

「そ、そんな。私、エルフ族だけどあまり魔力が無くて……。魔力消費が少ない精霊魔法じゃないと、大人数を浮かす事なんて出来ないわ。だから、そんな褒められたものじゃないの……」

「あら、そうなのぉ?それでも十分だと思うけどねぇ。……とりあえず、エルちゃんのお陰で大分楽になったわ~。ありがとね?」


 微笑みながらエルへ礼を言うも、ローニャの顔色は優れない。

 短時間だったとはいえ、さっきまで大人数を浮かしていたのだ。

 魔力消費はかなりのものだったに違いない。


「とりあえず、上へ急ぎましょう。ローニャも限界が近い」

「そうだね。大賢者のとこまで行けば、何とかしてくれるだろう。――というか、何とかさせる」


 リヒトは瞳を細めながら声色低く呟くと、ニックと共に凄まじいスピードで上へと飛んで行った。

 それからビビがローニャを支えながら後に続き、ガルドは……。


「クロードさん。飛ぶのが恐ければ、俺が手を引きますよ」

「……は?自分で飛べるけど」


 期待を込めた眼差しで振り返り、クロへと手を差し出すガルド。

 ……早く行けよ、お前。





 上へ戻ると、リヒトが大賢者達相手に声を荒げていた。

 けれど、大賢者達は無反応。……何気に酷いよな、こいつらって。


「リヒト、少し落ち着きましょう」

「これが落ち着いていられるか!自力で飛び続けろだなんて……!!俺達はっ!貴方方とは違うのですよ!?ローニャだって、もう限界だ!今すぐここから出してくれ!!」

「私はまだ大丈夫よ~。はぁ、はぁ……、だから、冷静に話し合いましょう?」

「話し合いなんて!!こいつらにそんな意思があるとは思えない!!それに、そんな悠長に話してる時間なんてないだろう!?」


 青筋を浮かべながら怒鳴り散らすリヒトは、今すぐにでも大賢者達を殺しにかかりそうな程に、殺意に塗れていた。

 ……そんな顔もするのだねぇ?


「はぁ……。ピーピーピーピーうるせぇなぁ」

「なん、だと……?」


 片耳に小指を突っ込みながら、煩わし気にロイが口を開いた。

 リヒトは瞳孔を開かせて、ロイの方へと視線を向ける。


「テメー、俺達が集う事の意味、ちゃんと理解してんのか?」

「は……?」

「ここはぁ、“大賢者の間”だよ~。……噂ぐらい、聞いた事あるでしょぉ?」

「大賢者の、間?……この世の叡智が、集う場所。まさか、本当に……」

「そうよ?そしてその叡智とは、私達そのもの。だからこそ、私達はこの場所でしか叡智を語り合えない」

「な、何故ですか?」

「叡智は人に大きな恩恵を授けます。時に導き、時には命さえも救うでしょう。――ですが、一歩間違えれば毒にもなり得る。……いえ、世界を崩壊させる事さえ出来てしまう」

「人は、世界は、儂等の答えにあまりに従順じゃ。左を向けと言えば左を向き、隣国を滅ぼせと言えば戦争を始める。……それ程までに、儂等の存在は大きくなり過ぎてしまった。強大なる叡智に、世界はすっかり依存しとる。それは、お主も同じじゃろう?儂等の答えを聞いて、それが正しい答えだと自分を納得させたいのではないのか?」

「……」


 お爺ちゃんは片目を瞑って、押し黙るリヒトを横目で見つめると、「ふぉっふぉっふぉ」と穏やかに笑った。

 それから一度口を閉じて目を細めると、真剣な表情でリヒトへと向き直る。


「――自分じゃ何も決められぬ弱き者よ。望むままに、そなたに我等の叡智をくれてやろう。さぁ、問いたいだけ問うが良い。代わりに、死に物狂いで叡智を乞え。儂等が刻みし叡智の書は、決して安き物ではないのだから」

「う、……ぐ」


 返す言葉が思いつかないのか、悔し気に唇をかむリヒト。

 いやいや。そこは言い返そうよ。

 なんか格好良い事言ってるけど、これ、唯の無茶振りだからね?


「……分かった」


 分かったんかいっ!!

 本当、大賢者の言葉に従順っすね。

 さっきのお爺ちゃんの言葉、ちゃんと聞いてた?

 リヒトは深く息を吸った後、浮遊魔法の詠唱を始めた。


「リ、ヒト。無茶、しちゃ駄目よ。私なら、まだ大丈夫だから……」

「……ありがとう、ローニャ。無理をさせてすまなかった」


 ビビに支えられながら、青白い顔で弱々しい言葉を吐くローニャに、リヒトは痛まし気な表情で視線を送った。

 

「――大賢者様方。貴方方に話があるのは俺だけです。だからどうか、俺の仲間と、レオ君達は元の部屋に戻しては頂けませんか」

「リヒト……」


 苦悶の表情で浮遊魔法を維持し続けるリヒトの名を、ビビが呟く。

 ニックもそろそろ限界の様で、顔には脂汗が滲んでいた。

 だが、お爺ちゃんが出す回答は、どこまでも残酷なもので。


「ならん」


 この一言である。


「な、何故ですか!!」

「お主が得た叡智は、仲間にも共有されるのだろう。お主の出した答えに、仲間も従うのだろう。ならば、お主の仲間もここにいるべき愚者である。誰かの答え無しでは道を歩めぬ弱者である」

「ち、違う!!彼らは、俺の仲間達は、唯俺に従ってるだけじゃない!!俺が道を間違えそうになったら、殴ってでも止めてくれる!!俺が道に迷ったら、一緒に悩んで答えを探してくれる!!俺が道に躓いて立てなくなった時は、俺の手を引いて、俺を負ぶって、俺が立てるようになるまで……!!ずっと、ずっと励ましてくれる!!そんな、そんな俺の仲間達を……!!何も知らないテメーらが、馬鹿にしてんじゃねぇよっ!!!」

「リーダー……」


 久しぶりの真顔フェイスで、ガルドが鼻を啜りながらリヒトを見つめた。

 いい仲間を持てて、リヒトは幸せ者だね?


「若いねぇ。汗と涙と葛藤はぁ、若者には欠かせないねぇ。キシシッ」

「カッカッカ!!熱くていいじゃねぇか!!」

「何やら、目頭が熱くなりましたわ」

「……それで、どうされるのですか、老賢者様?彼曰く、仲間達は愚者ではないそうですよ?」


 茶化す様な大賢者達の言葉。

 けれど老賢者の答えは――。


「ならん」


 リヒトは目を見開かせ、その瞳の奥には、怒りと僅かな絶望感が揺らめいていた。


「何故、ですか!!」

「ふぉっふぉっふぉ。確かに彼らは、お主に従順であるだけではないのじゃろう。――だが、今ここにいる事こそが何よりもの真実。儂等との面会を乞いに、お主の仲間らはここへ来た。お主と共に、ここへ来ることを選んだ。それはつまり、お主と共に叡智を受ける事を選んだも同義。話があるのは自分だけ?……片腹痛いな。ならば何故、仲間と共にここへ来た。ならば何故、お主の仲間はここへ来た」

「……っ」


 怒りを押しのけ、絶望と悲痛とがリヒトの心を支配する。

 顔にはもう、先程の険しさはない。

 そこにあるのは、唯々どうしようもない、無力感。


「……うっ」

「ローニャっ!!」


 遂に魔力切れを起こし、ローニャの浮遊魔法が切れる。

 けれど、ビビとガルドは宙を飛んだまま。


「どうして自分のを……!!」


 自身にかけた浮遊魔法を切ってまで、仲間への魔法を優先したローニャ。

 ぐったりとするローニャの体を、ビビが一生懸命持ち上げていた。


「馬鹿野郎!!切るなら俺のを切れ!!」

「ば、かねぇ。あなたのを切ったら、だれが、ビビを背負うのよ。もう、じき、ビビのも切れちゃう……。ごめんね」

「謝るのは私だろうが、馬鹿!!……ごめん!!魔法、負担掛けて、ごめ……っ!!」


 ビビが涙ぐみながら謝罪する最中、ビビの浮遊魔法までもが切れてしまい、ガクンッと体が下がる。

 その瞬間、ガルドは素早く手を伸ばし、ローニャとビビを腕に抱きかかえた。

 

「……っ!!二人とも、落とさせる訳ねぇだろうが!!」


 けれど――。


「ニックっ!!!」


 ガルドの横を、魔力切れを起こしたニックが落下していく。

 リヒトが猛スピードで手を伸ばしながらニックへと近付き、何とか服を掴んだ。

 ほっと、息を零す。

 

「……え?」


 だが、絶望は終わらない。

 なぜなら絶望というものは、こんな生易しいものではないのだから。 

 視界の隅に映った影を追って、リヒトは視線を向ける。

 そこには、落下し、五芒星の床を擦り抜けていくガルド達の姿が。

 リヒトの絶叫が、辺りに木霊した。


「おやおや。……エル、助けなくていいのかい?」

「……私も、そこまで余裕が無いわ。彼らを助けていたら、数分持たない」

「ふふ、そうか。――やれやれ。仕方ない」

「レオ……?」


 全く、仮面の子供としてリヒトに出会うまで、彼の前では能力を使いたくは無かったんだけどなぁ。

 でもまぁ、彼らがここで死んだら、その楽しみ自体も消えてしまう訳だし。


「面倒臭いけど、……助けてやるかぁ」


 私は小さく溜息を零すと、下へと手を翳す。

 そして、床の下に渦巻く数多の闇を、上へと一気に押し上げた。


「……っ!!?」


 落下したガルド達を乗せて突如出現した黒い床に、リヒトは目を見開かせる。

 ガルドとビビも、何だ何だと黒い床に触れながら、その現状に驚いていた。

 リヒトとニックを乗せ、最後に私達を乗せた床は、大賢者の傍まで押しあがる。

 足が地に着く感覚に私は満足気に数回頷くと、ポカンとするリヒトと、楽し気に髭を撫でるお爺ちゃんの顔を交互に見ながら、小首を傾げて言葉を掛けた。


「……さて。床も出来た事だし、さっさと話を始めてくれる?……っと、まずは、エル達の自己紹介が先だったかな?」




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