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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
73/217

学園訪問。

 スファニド学園、図書館前。

 まだ開館前だと言うのに、その扉の前には、学園の制服を身に着けた多くの若者たちが、皆真剣な表情で群がっていた。


「……ごくり」


 そして、その人混みの最前列。

 獣の様に目をギラつかせる少年少女達の視線を背中いっぱいに浴びながら、おさげの少女は生唾を飲み込んだ。

 髪は茶色で、容姿も平凡。

 他の女生徒たちが各々スカート丈を短くする中、彼女は常に膝下をキープ。

 年頃の女の子だというのに洒落っ気一つないその姿は、控え目に言っても地味である。

 

「おい!早く開けろよ図書委員長!!」

「ひぃ~。ごめんなさい~」

「ジミーナの癖に待たせてんじゃねぇぞテメー」


 後ろから野次を飛ばされる、ジミーナという少女。

 ……いや、本当はミーナという名なのだが、地味なミーナという事で、一部の生徒からはジミーナと呼称されている。

 威厳も何もないけれど、これでも彼女は図書委員長だったりする。


「ミ、ミーナですぅ~」

「あなたの呼び名なんてどうでもいいのよ。私達は早く開けなさいと言っているの」

「あとちょっと待ってて下さい~。すいませ~ん」


 開館は、午前8時。

 それまであと、およそ2分程。


「数分ぐらい別にいいだろうが!!」


 男子生徒の怒声に、「そーだそーだ」と他の生徒達も同調する。


「だ、駄目ですぅ~。時間通りじゃないと、入り口に張られた結界が反応しちゃうんです~」

「反応するとどうなるの?」

「私がドミニク先生に怒られます」

「お前がどうなろうと知った事か!」

「ひ~ん!!やめてください~」


 苛立った生徒達に、物を投げ付けられるミーナ。

 涙目になりながらも、即座に結界を張ってガードする辺り、流石は魔法学園の生徒である。

 ガンガンと、物が結界に跳ね返る音を背中越しに聞きながら、ミーナは腕時計をチラ見。

 あと、30秒。

 いつもなら、図書館管理責任者のドミニクが開閉をする為、生徒たちもここまで暴徒と化さないのだが、今朝は何やら大賢者に呼び出されているようで、急遽ミーナが開錠を任された。

 先生、早く戻って来て下さい~!

 半べそを搔きながら、ミーナは祈るような気持ちで扉を見つめる。

 開館の時間になってこの扉を開けた瞬間、後ろの人だかりが一斉に中へと押し入ろうとするのは確実で。

 ……押し潰されちゃいます。

 ミーナはこの後起こるであろう未来を思い浮かべながら、ぐすんと鼻を啜った。


 そもそも、何故開館前だというのに、この様な人だかりが出来ているのか。

 事の始まりは、数週間前に遡る。

 始めにその異変に気付いたのは、館内の開閉を行うドミニク。

 閉館時はなかったのに、開館後にはカウンターに置かれている本。

 大賢者様の仕業だろうと思ったドミニクは、直ぐさま彼らへと確認を取った。

 ……が、結果は「知らない」の一言。

 貴重な書籍を数多く取り扱うこの図書館は、老賢者によって強力な結界が幾重も張られている。

 その為、ドミニクが閉館時に入口に張る結界なら兎も角、老賢者の結界までもを掻い潜って侵入するなど、大賢者レベルでの魔導士でなければ不可能だろう。

 けれど、大賢者達は違うと言う。

 それはつまり、到底信じられない事ではあるけれど、大賢者レベルの魔導士か、それに近い何らかの存在が侵入しているという事を意味していた。

 しかも一度ならず二度も三度も、……というか、ほぼ毎日。

 正体を確かめようと、朝まで図書館で見張っていようかと思ったが、老賢者から「暫く夜は立ち入り禁止じゃ」と命が下された。

 ――おかしい。

 絶対に大賢者、特に老賢者様は何かを知っている。

 図書館で起こった問題ならば、管理責任者である自分に事態の詳細が必ず伝えられる筈なのに、今回は何故か蚊帳の外。

 ドミニクが不機嫌になるのも無理はない。

 そしていつの間にか、侵入者の存在は学園中に知れ渡る事となり、付いた呼称は“図書館の妖精”。

 曰く、その図書館の妖精がカウンターに置いていく本を借りて読むと、願いが叶うのだとか。

 最初は、恋が叶うという話だったが、何時の間にやらジャンルが広がり、“願いが叶う”に変換された。

 なんともまぁ、お馬鹿な学生らしい御都合主義な話ではないか。

 それで、そんな馬鹿馬鹿しいジンクスを聞きつけて、数週間前からこの騒ぎである。

 図書館の関係者達からすれば、いい迷惑というものだ。

 ドミニクの不機嫌レベルは、日に日に増していくばかりである。


「……ごきゅり。……お、お待たせしました。現時刻を以って、開館致します」


 ミーナは緊張で息を呑み込み、気弱そうに体を縮こまらせながら、震える手で扉の取っ手を掴んだ。


「ひ、開け~ごま!」


 ふざけてるのかと疑いたくなる程の言葉と共に、扉に術式がゆっくりと浮かび上がると、パリンと結界が砕ける音が小さく響いた。

 その瞬間、ミーナごと扉を押し開け始める生徒達。

 ミーナが悠長に扉を開けるのを、後ろの暴徒共が待つはずも無かった。


「ひ~ん!!」


 扉が完全に開いた事で、一斉に館内へと流れ込む暴徒共。

 それに恐れを為したミーナは、逃げ遅れたまま入り口で座り込むと、身を守ろうと頭を抱えた。

 暴徒共の足が、ミーナへと迫る。

 万事休すか――。


「ぎゃっ!」

「ぷぎゃっ!」

「ぐふっ!!」


 けれど、聞こえた声はどれもミーナのものではなく。

 ミーナを踏み潰すどころか、しゃがみ込むミーナに大きく躓いて転がっていく生徒達。

 ……ちゃっかり結界を張って身を守り続けていたらしい。


「御愁傷様♪」

「チックショーッッ!!!」


 ミーナを避けて左右からの入館に成功した人達が、盛大に倒れてしまった人垣を横目で見遣りながら、ゲス顔で通り過ぎていった。


「ジミーナぁぁぁあああ!!テメー、何でそんなにトロいんだよぉぉおおお!!」

「ご、ごめんさい~」


 ミーナは、「ひ~ん!」と頭を抱えて蹲りながら、苛立たし気に繰り出される暴行にひたすら耐える。

 ……まぁ、といっても結界のおかげで無傷だが。


「くっそ!!今日は無い日かよ!!早起きしたのに!!」

「あ~ん!せっかく一着だったのに~!!」


 カウンターの方から聞こえる、悔し気な声。

 どうやら妖精の本は無かったらしい。

 それを聞いて次にゲス顔になるは、ミーナで躓いてしまった出遅れ組。

 ミーナを暴行していた者も一斉に手を止め、口元を歪ませた。

 けれどその顔は、次の瞬間には青く塗り固められる事となる。


「――これは、何の騒ぎだ」

「……」


 騒がしい中でもその声はよく響き、冷水をかけられたように、一気に静まり返る生徒達。

 表情はそのままに、彼らはゆっくりと入り口へと顔を向けた。

 肩口で切り揃えられた深紫の髪に、射殺さんとばかりに細められた黄の瞳。

 眉間に刻まれた皺の数が、その者の不快レベルを顕著に表す。

 本数は、――4。

 ヤバイ。ヤバすぎる。

 生徒達の全身から、サッと血の気が失せていった。


「ド、ドミニク先生~」


 周囲の皆が固まる中、1人だけ「ひーん」と声を零すミーナ。

 彼――ドミニクは、冷めきった視線で館内をぐるりと見回した。


「……お前たち。私の管轄下でバカ騒ぎとは、いい度胸だな」

「……」

「自分達の庭だと勘違いしている馬鹿なお前等に、一つ教示をしてやろう。ここは、外部の者達も利用する場所だ。お前等学生だけの場所ではない。というより、そもそもの話――」


 馬鹿に言い聞かせる様なゆっくりとした口調でそこまで話すと、ドミニクは一度言葉を区切る。

 それから、無言で固まったままの生徒達を視線で一巡。


「――図書館では、お静かに」

「「「は、はいいぃぃぃぃいいいい!!!」」」


 素早く、且つ無音で。

 蜘蛛の子を散らす様に、慌てて図書館を出ていく生徒達。

 嵐は去った。

 ミーナは安堵の吐息を零すと、よれよれと立ち上がる。


「こ、恐かったですぅ~」

「図書委員長。お前は少しくらい威厳を持て。下級生にまで舐められてどうする」

「ひ~ん!す、すいません~」


 ビシッと背筋を伸ばしながら、えぐえぐと涙を零すミーナ。

 「がんばります~」と宣言はするものの、恐らくは無理だろう。


「……でも先生、酷いです。図書館の開錠はいつも先生の仕事なのに、よりによってこんな時に代理を頼んでくるなんて……」

「大賢者様に呼び出されていたのだから仕方ないだろう?偶にはこういう時もある。私のサポートをするのも図書委員の仕事だろうが。文句を言わずに役目を果たせ」

「う~……」

「……そんな目で見るな。それに、……このバカ騒ぎも今日までだ」

「え?」


 意味深な言葉を呟いて、口元を僅かに緩めて微笑するドミニク。

 けれど、何かを思い出したように表情を強張らせると、直ぐにまた普段の不機嫌顔へと戻っていった。

 そして苛立たし気に腕を組んで、ぶつぶつと独り言を唱え始める。


「――全く、行き成り呼び出して何かと思えば……。何か知っているだろうとは思っていたが、まさか直接関与していたとは。というか、不法侵入者と仲良くなってんじゃねぇよ。勝手に貸し出し許可まで与えやがって。せめて私に一言声を掛けろ。誰がここの責任者だと思ってやがる」

「あ、あの~……。結局、何だったんですか?」


 口調を乱しながら、チィッと舌を打つドミニクに、ミーナは恐る恐る声を掛けた。

 ドミニクは一度口を閉ざすと、横目でミーナを見つめる。

 それから険しい表情そのままに、皮肉を込めた言葉で本題へと移った。


「今日、図書館の妖精さんが来るそうだ」

「……はい?」


 先生って、顔に似合わず結構メルヘンチックなんですね。

 そんな誤解が新たに生まれ、ミーナはまた一つ、ドミニクに親しみを持つのであった。




*******

 

 正門にいた守衛さんに案内され、とある校舎の前へとやって来た。

 流石は大都市の中核を担う場所なだけあって、学園内は広大だ。

 講義を行う校舎はもちろん、戦闘訓練を行う施設、回復魔法なんかを実践する為の医療施設、魔道具制作を行う為の施設……とまぁ、様々な建物が一つの敷地に点在している。

 これ絶対迷子になる奴続出だよねと、周囲を見回す。

 それから、開いた口が塞がらないでいるエルとクロへと視線を移すと、そこで漸く自分も口が開いている事に気付いた。

 慌てて閉じるが、既に遅し。

 隣でリヒトが、「ふふ……」と微笑みを浮かべながら私を見つめていた。

 

「お待たせ致しました」


 その後直ぐに、校舎の中から二人の女子生徒が姿を現す。

 そこで守衛さんは「後はあの方たちが……」と言って、会釈と共に持ち場に戻って行った。

 勇者が相手で緊張しただろうに、ここまで案内ありがとう。


「初めまして。スファニド学園生徒会長、レベッカ・ガーディニアと申します。こちらは、副会長のユリアナ・フローベル。僭越ながら、ここより先は私共がご案内させて頂きます。どうぞ、よろしくお願い致します」


 緩いウェーブのかかった黄緑の髪を揺らめかせ、レベッカは美しい所作で頭を下げた。

 それに続いて頭を垂れるのは、その後ろに控えていた青髪ベリーショートのユリアナ。


「こちらこそよろしくね。俺はリヒト。それと――」

「はい。リヒト様御一行の事はよく存じ上げておりますわ。有名な方達ですもの。お会いできて光栄です」

「そんな、……ははは」


 微笑みながら手を伸ばしてくるレベッカに、リヒトは照れくさそうな笑いを浮かべて握手に応じた。


「それと、……失礼ながら、あなたがレオ様でよろしかったですか?」

「ああ。……ふふ、どうやら私の事も知らされているようだね。改めまして、私はレオ。こっちがエルで、クロと、シロ。それと……、ペットのスーちゃんだ。よろしくね」


 頭の上に乗っけたスーちゃんを両手に持ち直し、自慢気にレベッカへと突き付ける。

 それに即座に反応を見せたのは、後ろに控えていたユリアナ。

 若干顔を引き攣らせて、前へ出ようと体を揺らすが、レベッカの制止によって踏み出しかけていた足を静かに下げた。

 きっとスーちゃんに触りたい衝動に駆られたのだろう。


「ふふふ。可愛らしいペットね」

「そうだろう?」


 中腰姿勢で視線を低くするレベッカに、私は「ふふん」と鼻を鳴らした。

 触ってもいいんだよ?と言ってはみたが、困った様な笑みで小首を傾げられた。

 遠慮しなくてもいいのに……。

 私は残念だとばかりに溜息を吐くと、スーちゃんをむぎゅっと抱きしめて頬を当てた。


「全く……。スーちゃん程愛らしく、有能且つ無害な生き物など存在しないというのに」


 やはり君を理解できるのは、私だけだよスーちゃん。

 ぐりぐりと顔を押し付けながらスーハースーハーしていると、レベッカが顔を赤らめながらこちらをガン見していることに気付く。


「……何か?」

「か、」

「か?」

「可愛いわ!!」


 ……おお!やっと分かってくれたか!!

 そうなんだよ!スーちゃんは可愛いんだよ!!

 私は目を輝かせてスーちゃんから顔を離すと、喜びを顔に浮かべながらレベッカを見上げた。


「きゃーーーっ!!!ユリアナ!!この子可愛すぎます!!」


 興奮気味に私の顔を両手で包み込みながら、ユリアナへと振り返るレベッカ。

 ……あれ。スーちゃんの事じゃないの?

 そしてユリアナは苦笑しながらこちらを見つめると、小さく頷いてこう呟く。


「ええ。本当に可愛らしい」


 その瞳は愛おし気に、レベッカのみを映していた。

 君達って、その、……凄く仲良しさんなんだね?




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