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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
7/217

発狂事件に対する、医師の見解。

今回は主人公出てきませんので、悪しからず……。

「ふむ……」


 医師であるブルーノは、二重に弛む自身の顎を触りながら、訝しげな表情を浮かべた。

 対面するソファには、端正な顔立ちをした一組の男女。

 両者共、眉間に皺を寄せ、緊張した表情を浮かべている。

 さて、どうしたものか。

 ブルーノは目の前の人物達を交互に一瞥した後、大きく溜息を吐く。

 そして漸く覚悟を決めると、顎(の贅肉)から名残惜しそうに手を放し、その重い口をゆっくりと開いた。


「……では、私の見解を述べさせて頂きます。……よろしいですか?」


 ブルーノは男の方へと視線を移し、尋ねる。

 口述する事への許可と、心の準備は出来ているか、という二重の意味を込めた質問であった。

 男はその言葉の意味を正しく理解すると、自身の隣で不安そうな表情を浮かべている女と視線を合わせ、気遣わし気に彼女の名を呼んだ。


「クレア……」


 名を呼ばれた女――クレアは、不安で押し潰されそうな心情の中、愛する夫を心配させまいと精一杯微笑み、頷いてみせる。

 そんな彼女の様子に内心思う処があるものの、男はクレアの肩をそっと抱き寄せ、穏やかに微笑んで返すことで、彼女の気持ちに応えた。

 そして男はブルーノへと視線を戻し、「お願いします」と一言。


「分かりました。ではまず、お嬢様のお身体についてですが、これはもう心配ないでしょう。ご存知の通り、熱もすっかり下がり、あとは体力の回復を待つのみです。心配していた、高熱が続いたことによる後遺症も見られませんでした。……とりあえずは、ですが」

「ええ。あの子がどの様な状態になってしまったとしても、生きていてくれた、この事だけで既に十分です。……ブルーノ医師。本当に、感謝致します」


 男は涙ぐみ、強張った声色で感謝を口にし、頭を下げた。

 続いてクレアも頭を下げる。

 彼女の青味がかった灰色の瞳には、夫と同じく、涙が滲んでいた。

 彼らのその様子に、ブルーノは目を見開かせ、激しく動揺する。

 なぜなら、目の前にいるこの人物――、


「公爵様!?……ああ、公爵夫人まで!そんな、どうか頭をお上げ下さい!」


 ……そう。エレオノーラの父母、カーティス公爵夫妻である。

 そして、彼らが今いる場所こそ、この男――アルバート・カーティス公爵の書斎であり、部屋にいるのはこの3人以外に誰もいない。

 公爵夫妻は顔を上げ、涙を拭った。

 しかしまだ感情が治まり切らなかったのか、アルバートは目頭を押さえ、俯くという形で再びを頭を下げる。

 クレアは、そんな夫の背中を優しく擦りながら、困った様に微笑んでいた。

 ――はぁ、暫く待ちましょうかね。

 ブルーノはやれやれと苦笑しながら、自身の顎へと手を持っていき、目の前の仲睦まじい夫婦を見守る事とした。

 もちもちとした贅肉の感触に安らぎを感じながら。

 しかしその後直ぐに、鼻を小さく啜る音が聞こえたかと思うと、アルバートが顔を上げ始める。

 ブルーノもそれに合わせて、顎から名残惜しそうに手を離した。


「……すいません、お見苦しい処を」

「いいえ。あれだけの高熱が続いていたのです。心中、お察し致します。しかし、お嬢様が峠を乗り越え回復に向かわれたのは、お嬢様自身の強さがあってこそなのです。医者は病を治すことは出来ません。ただ手助けをするだけです。命の前では、誰もが皆無力なものです。それは医者であっても、例外ではありません……」


 ブルーノは、どこか遠くを見つめるように瞳を細め、悲しそうに微笑んだ。

 彼のその悲哀が含んだ瞳には何が映っているのか、当人以外は知る由もない。


「……ですが、大切な我が子が救われた事に変わりはありません。これに感謝しない親などおりますまい。怪我ならともかく、病は医学でなければ治せないのですから。貴方の様な方が、王都に滞在して下さった事がまず幸運でした」

「とんでもない!私など一介の医師に過ぎませんよ」


 ブルーノは首を左右に振って否定する。

 ……が、このブルーノという男、ここルドア国での医学界を束ねる重鎮の一人である。

 といっても、数ある派閥に伴い重鎮もそれぞれ存在するため、ブルーノの立場自体は特別凄いものという訳でもない。

 しかし、医療技術はもちろん、権威を笠にしないその穏やかな人柄から多くの者に好かれ、彼の抱える派閥はルドア医学界最大となっている。

 にも拘らず、相も変わらずのこの低姿勢である。

 公爵夫妻は、何ともブルーノらしいその態度に笑みを零すと、生暖かい視線を向けた。


「……コホン。お嬢様の話を続けましょう」


 視線に耐えられないと咳ばらいをし、ブルーノは本題へと話を戻す。

 公爵夫妻も顔を引き締め直し、「ええ」と頷いた。


「お嬢様が目を覚まされた際、幾つか簡単な質問をさせて頂きました。まずは高熱による脳の損傷が起きていないか、記憶障害の有無を測る為に名前と年齢を尋ねました。これにはお嬢様も迷いなく答えられ、問題ありませんでした。同時に、私を視覚して質問に答えれた事から、視聴覚に問題がない事も確認出来ています。そして、……人格変容についての件ですが――、」


 ブルーノは少し間を空け、公爵夫妻に交互に視線を送った。

 一番の本題とも言える内容を、これから話すのだ。

 それに伴う彼らの不安とは如何程だろうか。

 ブルーノはそういった事を配慮し、視線によって彼らの心情を測ると同時に、再確認を行った。

 ――心の準備は出来ているか。

 その視線に、公爵夫妻は力強く頷いた。

 出来ることなら何も問題ない方がいい。しかし、我が子が生きていてくれたのだ。彼らにとってはそれだけで十分だった。

 だからこそ、例え娘に何が起こっていようとも、親として全力で支えていこうという強い意志が彼らにはあった。

 けれど、子のことを想うと、やはり不安なのも確かなのだ。

 娘がどんな問題を抱えようとも、自分たちは受け入れられる。というよりも、親として、そして彼女を大切に思う者の一人として、元より全てを愛し受け入れている。

 しかし、その問題が娘の障害となって彼女を苦しめはしないか、唯々その事だけが胸の重みとなっていた。

 ブルーノは、そんな不安を色めかせながらも強い決意を宿した彼らの瞳を見て、彼自身もまた頷き、言葉を紡ぐ。


「――名前と年齢に続いて、好きな食べ物と色をお聞きしました。これに対しお嬢様は、 少し考え込む様に間を空けた後、“母様の手作りクッキー”と“ピンク”という答えを返してきました。この答え自体には何も不審な点は御座いません。医師として、異常はない、とはっきりお答えできます。ですが……、精神面を測る術がない以上、ここからは私の勘と推測になるのですが、答えるまでの間に、……何か違和感を感じました。意識の混濁の為かとも思いましたが、最後の質問である、家族は好きか、という質問にも間が空いてあります。お聞きしていたお嬢様の御様子とは、少し、何かが違う様に思うのです」

「……」


 公爵夫妻も何か思う処があったのか、その時のエレオノーラの様子を思い出すかの様に瞳を細め、口を閉ざしたままブルーノの言葉に耳を傾け続ける。

 それはアルバートも例外ではない。

 彼もまた、エレオノーラが目を覚ましたという知らせを受けてから、急ぎ邸へと帰宅し、娘の元へと駆け付けていたのだ。

 そして感情のままにエレオノーラを抱きしめて喜んだのだが、腕を直ぐに払われてしまった。……心底嫌そうな顔と共に。

 女の子には、「パパの洗濯物と一緒にしないで!」と父親を邪険にし出す時期があると、いつだったか聞いたことがある。

 腕を払われた際、「ああ、もうそんな年頃になってしまんだね」と涙目になりつつ、ショックの余りそんな考えが過っていたアルバートであったが、クレアにその後直ぐに否定され、安堵した。

 5才の可愛い盛りの娘からそんな態度を取られたら、どんな父親でも涙で前が見えなくなるというものだ。

 とはいえ、邪険な態度を取られたのは事実。

 アルバートはその時の様子を思い出し、苦しそうに胸を押さえた。

 

「……公爵様?」

「いえ、大丈夫です。大丈夫じゃないですが、大丈夫です。どうぞ続けて下さい」


 アルバートの何とも意味の分からない言葉に、ブルーノは首を傾げた。

 だがまぁ、続けて良いと言うのだから大丈夫なのだろうと結論付け、再び口述を始める。


「それで、お嬢様の雰囲気が変わられた事について、2つ程、考えられる事を述べさせて頂きます。とはいっても、私の推測を出ない分、飽くまでも可能性の話でしかないという事を、どうか忘れないでいて下さい。では、まず1つ目として、幾つかの人格が一つの身体に宿るという症例です。この話は少々有名ですから、御二方も聞いた事ぐらいはあるかもしれません。ですがこの場合、他人格がお嬢様の好みに沿って答えた意図が分かりません。また、この症例に罹る人のほとんどが、何かしらの辛い体験をされているという共通点があります。この点からも、この症例と関連付けるのは少々無理があるかと思われます。そして2つ目ですが、……」


 ブルーノはそこまで言って、言葉を濁した。

 そして、一度2人から視線逸らすと、言うべきかどうかを、思案する。

 なぜなら、あまりに馬鹿げた話だったからだ。

 しかも数十年前の唯の記録として、その一事例のみが残されているだけ。

 当の本人も若くして既に亡くなっており、真偽を確かめる術もない。

 ではなぜ、そんな記録が一応とはいえ残っていたのか。

 それは、その事例の人物が、勇者と呼ばれる存在であったからだ。

 勇者。人々の希望の体現者であり、魔王という絶望を打ち払う者。

 そんな存在が言うのだ。無下に出来る訳がない。

 ブルーノは一思案したところで、今更話すのを止める訳にもいかないか、と溜息を零すと、言うだけ言ってしまおう、と結論を出した。


「2つ目、ですが、……こういう話があります。とある田舎で起こった出来事です。どこにでも居る様な男の子が、8歳の時に急に高熱を出して倒れました。幸いにも一命は取り止めましたが、目覚めた際、彼はこう口にしたそうです。『僕は転生者だ』と」


診断結果、こんなに長々書くつもりはなかったんですけどね(汗)

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