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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
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図書館の妖精。

 ……気配が、しなかった。

 私は一瞬目を見開かせた後、直ぐにまた瞳を細め、ゆっくりと後ろを振り返る。


「ふぉっふぉっふぉ。やっとネズミを見つけたかと思えば、まさかこんな幼子だったとはのぉ。頭に乗っとるのは、……スライムか?ふぉっふぉっふぉ!何とも面白い!」


 声の主は、長く伸びた真っ白な髪と髭を同化させた、お爺ちゃんだった。

 何故か、髪や髭の所々から小さな花が顔を覗かせている。


「……君は、何者だ?気配も匂いもまるでしなかったけれど。ここの教員か何かな?」


 そう口にした直後、「キュー、キュー」と髭の中から突如飛び出してきた鳥の玩具。

 ちょっと驚き……というか、ドン引き。

 お爺ちゃんは「おっとと……」と、鳥の玩具を手で掴み、髭の中にまた押し込む。


「あ……、欲しかったかのぅ?」

「要らないよ?」


 玩具を髭の中に仕舞う様子を凝視していたら、お爺ちゃんは再びゴソゴソと髭の中を探り始めた。

 私はにっこりと微笑んで、拒絶の意を示す。


「そうか……。では、これをやろう。可愛いじゃろう?」

「……」


 にこにこと顔を皺くちゃにしながら、髭から覗いていた一輪の花を手に取って私に差し出す。

 だから要らないって言ってるのに……。


「ほれ。沢山あるから遠慮するでない。子供は素直が一番じゃ。ふぉっふぉっふぉ」

「……どうも」


 素直に拒否ってんだけどなぁ……。

 私は渋々ながら、その小さな花を受け取った。

 もしかしたら何か特別な物なのかもしれないとも思ったが、……うん。普通の花だった。


「それで、君は何者だ?」

「ふぉっふぉっふぉ。儂なんぞ、唯の爺じゃよ」

「……答えになっていないね。唯の爺が、ここまで気配を隠せるとは思えないけど」

「まぁ、爺は爺でも、魔法使いの爺じゃからなぁ……」


 そう言うと、お爺ちゃんはにこにこと温和な笑みを浮かべたまま、指をパチンと鳴らす。

 すると、空中に光の玉が一つ現れて、私達をぼんやりと照らし始めた。


「なるほどね。認識阻害の魔法か、或いは転移魔法でも使ったか。……唯の爺じゃないじゃないか」

「魔導士で溢れたこの都市じゃあ、魔法使いの爺なんぞ、唯の爺と同義じゃろて。ふぉっふぉっふぉ」

「……ふふ。食えないお爺ちゃんだね」


 髭を触りながら笑うお爺さん。

 飄々と話を躱し、どうやら名を名乗るつもりはない様だ。


「お主は、名は何と言うんじゃ?」

「自分の事は教えない癖に、失礼じゃない?」

「だから教えたじゃろう?唯の爺じゃと」

「なら、私も唯の子供だよ?」

「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか。唯の子供か。ならば良い」

「……本当に食えないお爺ちゃんだね」


 あっさりそれで納得するお爺ちゃんに、私は拍子抜けとばかりに溜息を吐いた。

 何か、この人と話してると疲れるわー。


「それで?館内に忍び込んだネズミを、君はどうするつもりなのかな?」

「別に何もせんよ。唯の子供なのじゃろう?本もちゃーんと返しに来とるようだし、勤勉なのは良きことかな。ふぉっふぉっふぉ。……まぁ、出来れば正しい場所に戻して欲しいけどのぅ。こう広いと、本の整理も大変じゃろて」


 お爺ちゃんは私が先程戻した本を指さすと、本は小さく光り出す。

 そして、棚から勝手に飛び出したかと思えば、「ほいっ」というお爺ちゃんの手の動作に合わせて、どこかへ飛んで行ってしまった。


「まさか、今ので元の棚に戻したのかい?」

「ふぉっふぉっふぉ」


 髭を撫で、にこにこと笑うだけのお爺ちゃん。

 肯定、ってことでいいのかな?


「手間を取らせてしまったね。申し訳ない」

「よいよい。ここは、ちと広すぎるからのぅ。じゃが、次からは気を付けておくれ?戻し場所が分からなければ、……ほれ。向こう側にあるカウンターにでも置いておいてくれんか」

「おや。それは、また来てもいいという事かな?」


 てっきり出禁になるものと思っていたけど……。

 予想外の言葉に、私は目を瞬かせてお爺ちゃんを見つめた。


「ふぉっふぉっふぉ。どうせ駄目と言っても来るんじゃろう?ならば仕方なかろうて」

「……ふふふ、よく分かってるね。物分かりが良くて助かるよ。……でも、隠れて本を持ち出してる私が、堂々とカウンターに返しに来ては不味くないか?」

「ふむ……、それもそうじゃな」


 お爺ちゃんは考え込むように、「にゃむにゃむ」と口をもごつかせると、再びにこにこと笑みを浮かべた。


「――ではの、ここの管理者には儂から話をつけておくとしよう」

「へぇ?上に話を通せるほどのお立場な訳か」

「ふぉっふぉっふぉ。子ネズミ一匹が本を借りに来る程度、大した案件ではなかろうて。それに、……ここは学問の地『スファニド』。誰であろうとも、学びたき意志を妨げる事、罷り成らん」

「そう。……ふふ、ありがとう。助かるよ」


 何か知らんが、これで公認されたも同じ事。

 これからは遠慮なく忍び込めるね。


「よいよい。子供はそんな事気にするでない。……ほれ、飴ちゃんでもやろう」

「……どうも」


 ポケットから可愛らしい包み紙に包まれた飴を数個取り出し、私に差し出す。

 手の平に置かれたそれを、私は1つだけ手に取ると、もごもごと口に含んだ。

 そしてお爺ちゃんも、にこにこしながら飴を頬張る。

 もごもごもごもご。

 暗闇包む館内で、爺と子供が飴を舐めて見つめ合うという、何とも不思議な空間が生まれた。

 それから少しした後、私とお爺ちゃんは何の言葉を交えるでもなく、静かに歩調を合わせて歩き始める。

 てくてくてくてく。

 気になる本を探してキョロキョロ歩く私と、その後ろを無言でにこにこと付いて歩くお爺ちゃん。

 先程灯された光の玉も、お爺ちゃんが動くのに従って、ふよふよと移動する。

 

「……ん」


 暫く館内を彷徨った後、私はとある本棚の前で立ち止まり、上を見上げる。

 子供の身長ではとても届かない場所に、それはあった。

 というか、ここの棚はどれもかなりの高さな為、大人でも脚立か浮遊魔法でも使わなければ取る事は不可能だ。

 本一冊、探すのも手に取るのも、こう広いと中々に面倒臭い。

 広すぎるというのも考えものである。


「お目当ての物はあったかのぅ?言ってくれれば儂が取るぞ?」

「ふふ。大丈夫だよ。こう本が多いと、場所を示すだけでも一苦労だからね」


 私はそう言って微笑むと、目当ての本へと影を伸ばして棚から取り出す。


「……へぇ?この本も、中々に面白そうだ」


 自分のもとへと影で運んだ本を手に取り、ページをパラパラ捲って軽く目を通す。

 うん、これに決ーめた。

 私はうんうんと頷いて、満足気に本を閉じる。


「じゃ、私はこれで失礼するよ」


 そう言って、隣に立つお爺ちゃんをチラリと見遣る。

 お爺ちゃんは、今し方私が取り出した本棚の方に顔を向けたまま、固まっていた。

 ……どうしたんだろう。

 そういえば、さっきからお爺ちゃん、反応ないな。

 私は横顔しか見えないお爺ちゃんの前方へと体を傾け、その顔色を窺った。


「お爺ちゃん?どうかしたのかい?」

「……そん、な。いや、まさか……。有り得ん」


 目を見開かせ、ぶつぶつと口を動かし始めるお爺ちゃん。

 私はお爺ちゃんを見上げたまま小首を傾げると、「おーい」と再び声を掛けた。


「……っ!!」

「大丈夫?」


 漸く我に返って、私を見下ろすお爺ちゃん。

 それから、まだ僅かに動揺が残る目を彷徨わせた後、再びにこにこと笑みを浮かべた。


「……大丈夫じゃ。この歳になるとボケていかんのぅ。ふぉっふぉっふぉ」

「そう?ならいいんだけど」


 脳梗塞でも起こしたかと思っちゃったよ。

 歳を取ると、色々あって大変だね?


「それじゃ、今度こそ私は失礼するね」

「ああ、気を付けて帰りなさい。どれ、学園の外まで送って……」

「ん?そんな面倒な事しないよ?」

「ふぉ……?まさか、その歳で転移魔法を?いや、じゃが、そんな魔力反応は……」

「んー、転移といえば転移かな?ふふふ?」


 魔法じゃなくて唯のスキルだけど。

 あまり見られたくはないけれど、お爺ちゃん出ていく気配無いし。

 でもまぁ、別に隠してる訳でもないしね。

 私は周りの闇を霧の様に自身に纏わりつかせると、お爺ちゃんの顔が驚愕に染まっていく様子を微笑みながら見守った。


「ふふ。今日はありがとう。また来るよ」


 そう別れを告げて、私は周囲の闇の中へと包まれながら消えていった。


 



 ――そして、館内に一人残されたその老人。

 レオが消えゆく様を、大きく見開かれたその目にしかと焼き付けて、老人は小さく呟いた。


「原、初の、……吸血鬼」




*******


 ――それから数週間の時が過ぎ。

 魔法学園の生徒たちの間では、とある噂話が蔓延していた。


「ねぇ、知ってる?図書館の妖精の話」

「あれでしょ?朝になると、受付のカウンターに本が置かれてるっていう」


 閉館時には置かれていなかった筈なのに、開館時には何故か決まって受付カウンターに置かれている本。

 犯人の姿を見た者は誰もおらず、そもそも、錠の掛けられた館内にどうやって忍び込んだのか甚だ疑問である。

 館内には転移術式阻害結界と、転移魔法感知術式が常に張られている為、転移魔法での侵入も不可能。

 阻害結界を上回る程の魔力を込めれば転移可能だが、そうすれば必然的に感知術式に引っかかる。

 けれど、感知術式に引っかからない程度の弱い魔力では、阻害結界は破れない。

 あちらを立てればこちらが立たず。

 よく出来たセキュリティーと言えよう。


「でも、本当不思議だよねー。1回ならまだしも、ほぼ毎日だもん。どっから入り込んでるんだろ?」

「だからこそ妖精さんなんでしょー?」


 学生たちはわいのわいのと盛り上がる。

 いつの世も、不思議な話は胸を躍らせ、想像と妄想とが入り混じる。


「その本を借りて読むと、妖精さんの祝福があるんだってー」

「祝福って?」

「んー、詳しくは分かんないけど、良いことが起こるらしいよ?」

「良い事って何よー。あはは!」


 混じって混じって考えて。

 想像が、妄想が。

 そして、噂は捻じ曲がる。


「んー……。恋が叶う、とか?」

「マジで!?」


 ――“図書館の妖精が戻した本を借りて読むと、恋が叶う”。

 そんな馬鹿馬鹿しいジンクスが、たった今、ここに生まれた。

 このジンクスによって、早朝から図書館前には人だかりが出来、開館と同時に妖精の本争奪戦が繰り広げられることになるのが、それはまぁ、あと数日は先の話であろう。

 

「……あっ、そういえば。勇者リヒト様、今日もまた来たらしいわよー」

 

 若者の間に、話題は事欠かず。

 一先ず妖精の話に区切りをつけて、彼女らの興味は次に移る。


「大賢者様に会いにでしょ?えーっと、……仮面の子供、について意見を聞きに来てるんだったかしら?」

「勇者と言えど、そう簡単にお会いできる人達ではないものねー。外部の者が面会するには、よっぽどの理由が無いと直ぐには無理でしょうね」

「リヒト様もお可哀想に。でも……」

「その分、拝見できる機会が増えて嬉しいけどねー♪」

「ねー♪あの優しい笑顔を向けられたい!」


 あはは、と笑い合う少女達。

 その楽し気な声に釣られて、男子生徒達までやって来る。


「俺も、ローニャさんのおっぱいを拝める機会が増えて超嬉しいわ。あの母性溢れるおっぱいに包まれたい」

「分かってねーなぁ。この世はロリこそ全て。ビビたんこそ至宝也。あの小さなお身体もお胸も、全てを包み込んで差し上げたい」

「もー、本当キモイんですけど!男子ってマジ最悪ー」


 誰々が好き。いや違う。お前は何も分かってない。ああだ、こうだ、おっぱいだ。

 優しさ重要。いや違う。優しいだけの男などいるものか。馬鹿か。純情なだけの女もいるものか。ならば金だ地位だおっぱいだ。

 顔が全てだ。いや違う。この世は強さだロリだおっぱいだ。


「んもぉぉぉおおおっ!!!テメーらの頭はおっぱいばっかりかぁぁあああ!!」


 男女入り混じり、そんな下らない話を激論し続ける事暫く。

 授業が始まる鐘の音が鳴り止み、先生が教室に入ってくるまで、その話は延々と続いていった。




御下劣な会話、大変失礼致しました。

若者に代わり、大人の私が謝罪致します。ごめんなぱい。

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