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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
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お、男の子だもんね。

シロがたくさん喋ります。

「……どういう、状況?」

 

 奴隷商から宿へと戻って来た私達。

 するとどうでしょう。

 

「いやぁぁあああ!!離してっ!!離しなさいよぉぉおおお!!!」


 私の小さな呟きをかき消して、部屋中に響き渡るエルの悲鳴。

 何だ。何が起こっているんだ……。

 流石の私も混乱して脳内処理が追い付かず、クロと共にその場に唯々立ち尽くす。

 そして、目の前で起こっているその出来事を、呆然と見つめる事しか出来なかった。

 

 ベッドの上で涙を流しながら暴れるエル。

 そして、そんなエルの上に跨って、激しく抵抗する彼女の細腕を押さえつける――シロ。

 えーっと……。

 待て待て待て。まさかそんな。

 いや、でも、これはどう見ても……。

 え、でもでも、シロはライオンで、エルは人間な訳でして……。

 でもでもでも、シロの中身は人間な訳でして……。

 いやいやいや。だからってそんな、まっさか~!あっはっは☆

 

「な、中々、マニアックですネ」


 困惑しすぎて、自分でも意味不明な感想が零れた。


「……ガッ!?」


 エルを必死に押さえつけながら、シロが漸く私の存在に気付いて顔を向ける。

 私は精一杯の微笑みを浮かべてシロを見遣るが、目だけはどうしても笑えずに半目になってしまった。


「一応聞くけど、それは、……合意の上なのかな?」

「グガッ!?……はっ!?ち、違うのだ!!」

「え、違うの?やっぱり?」

「そうだ!!違うのだ!!」


 首を左右にブンブン振って焦りの表情を浮かべたかと思ったら、今度は何故か激しく首を縦に振り、安堵の吐息を零すシロ。

 ……開き直りというやつだろうか?

 

「そう……。ごめんね、シロ」

「いや、いいのだ。この状況を見れば勘ちが――、」

「君だって、中身は成人男性だものね?今まで、気付けなくて悪かった……」

「――はっ!?」


 私はベッドで暴れるエルの傍へと近寄ると、その顔に優しく触れた。

 パニック状態で周りが見えていない様子のエルだったが、私が頭を撫でて「エル」と名前を呼ぶと、直ぐに暴れるのを止めてこちらを見る。


「レ、レオ……」

「大丈夫?置いて行ってごめんね」

「レ、レオ~……」


 シロの拘束が解けて、嗚咽交じりに私に縋りつくエル。

 エルの手から落ちたナイフと、小刻みに震えるその身体から、恐怖と抵抗の程が窺えた。

 私はそんなエルの体を気遣わし気にそっと抱きしめると、背中を擦りながら再びシロへと視線を向ける。


「……年頃の男の目の前に、エルの様な女の子が四六時中いれば、そりゃムラムラもするよね。……ごめんね。シロだって、……お、男の子だもんね」

「ま、待て待て待て!!何を言って……、」

「今回の事は、飼い主である私にも非がある。部屋を分けるなりして、対処を考えるべきだった。……でもね、それはそれとして。自分の性欲すら制御出来ず、あまつさえ、それを他人で無理矢理発散させようとする野郎とか、生きてる価値、ないと思うんだ。それにさ。制御の出来ない、自分の手に余るものなら、……最初からなければいいと思わない?」

「お、おお、落ち着け!!落ち着くのだ!!」

「本当にごめんね、シロ。でもせめて、選ばせてあげるね?……命か金玉、どっちのタマを消されたい?私としては、金玉を潰される痛みに耐えて生き延びるより、一瞬で楽になれる死をお勧めするよ。これでも私、瞬殺は大の得意でね?痛みも何も感じさせないから安心してくれ。――今までありがとう。楽しかったよ、シロ」

「ご……、誤解だああああああああああっっっ!!!!!」


 悲しそうに微笑んで、シロへと手を伸ばした時。

 涙を浮かべ、焦りと怯えを滲ませた表情で、シロが最大音量で叫び出した。

 これには私も、肩をビクつかせるより他にない。


「がぁ、はぁっ、はっ、……話を聞け。誤解である」

「……言ってごらん?」


 シロは息を乱しながら床に下りると、必死に前足を上げ下げしながら、身振り手振りで説明を始めた。

 その光景が、何かちょっと、可愛かった。……キュン。

 ――じゃなくて。

 シロの言い分は、次の通り。




 私達が宿を出て直ぐ、まだ朝も早かったので、シロは二度寝を始めたらしい。

 けれど朝日が昇り、部屋に明るさが戻る頃。

 窓から差し込む日差しで再び目を覚ましたシロは、ふとエルのベッドへと視線を向けた。

 すると、エルも既に起床していて、上半身を起こした状態で固まっていたそうだ。

 その視線はボーっと虚を見つめていて、まだ寝ぼけているのだろうとシロは思った。

 けれど次の瞬間。

 エルが、懐に忍ばせていたナイフを手に取って、鞘を抜いた。

 何だろう。何をするつもりなんだろうか。

 そう冷静に思いつつも、嫌な予感がしてその鼓動は高鳴り出す。

 そして、その予感は的中。

 エルはナイフを握り直すと、刃先を自分の方へと向け始めた。


『ガッ!!?な、何をしているのだ……!!』


 焦るシロ。

 けれど、エルは返答をするどころか、シロを見る事すらしない。

 その目は、虚ろだったらしい……。


『ば、馬鹿な事はやめるのだ!!』

『……』

『……チィッ!!』


 シロは舌打ちを打つと、ナイフを奪い取ろうとエルのベッドへと飛び移る。


『きゃっ!?……何するの!!離しなさいよ……!!』

『お前こそナイフを離さぬか!!』


 抵抗するエル。

 シロも頑張って奮闘するが、……悲しい哉。

 肉球の手で、固く握りしめられたナイフを奪うのは至難の業。

 揉めてる内に押し倒す形となり、奪えないのならせめて両腕を押さえつけようと、前足に力を籠める。


『いやぁぁあああああ!!やめて!!死なせてぇぇえええ!!レオに置いて行かれる私なんて、唯のゴミクズよぉぉおおお!!!』

『お、落ち着かぬか!!……こ、こら、暴れるでない!!』

『いやぁぁあああ!!離してっ!!離しなさいよぉぉおおお!!!』




 ――てな訳らしい。


「ふふ。シロがそんなに喋ってるとこ、初めて見たよ」


 それはもうペラペラペラペラと、普段動かさない筋肉をフル稼働させ、必死に口を動かしていた。

 やれば出来るじゃないか。うんうん。


「ほ、本当だぞ!?言い訳とかではないのだぞ!?本当に本当だぞ!?」

「そう強調されると、逆に怪しいね?」

「ご、誤解だ!!」

「あはは!冗談だよ。疑ってごめんね?エルを止めてくれて、ありがとう」

「グルル……」


 安堵した様な静かな唸り声をあげ、シロは腰を下ろす。

 たくさん喋って疲れたのか、息が少し乱れていた。

 私は「お疲れ様」と苦笑しながら、その頭をよしよし撫でる。

 ……まぁ、実はエルのナイフの持ち方がおかしかったから、途中で気付いてはいたんだけどね。

 シロの慌てた反応があまりにも面白……ゴホン。

 滅多に話さないシロが珍しく沢山喋るものだから、会話の練習に丁度いい機会かなと思って、敢えて疑惑を掛けたままにしていた。

 許せシロ。これも全て、君の為を想ってこそなんだ。いやマジでマジで。本当だよー?


「それと、……エル?」


 ベッドの上から身を乗り出して、先程からずっと私にしがみ付いているエルを一瞥。

 啜り泣きながらも顔をぐりぐりと摺り寄せてきて、ちょっと鬱陶しい。


「えーっと……。置いて行って、本当にごめんね?無理にでも連れて行けば良かったね」

「……ひっく、ぐすっ……ひっく」


 中々泣き止まないので、とりあえず謝罪。

 まさか死にたくなる程にショックな事だったとは露知らず。

 ……というか、普通思わないけども。

 流石は自殺志願レベル超弩級のエル。

 どこで自殺スイッチが入るのかが予測不能だ。


「――でもね、エル。前にも言ったけど、私にはエルの存在が必要不可欠だ。旅の目的、もう忘れちゃったの?一緒に生きようって約束したじゃない。狂気に抗おうって約束したじゃない。それなのにエル、……酷いじゃないか」

「……っ!!ち、違うの!!……いや、その、違わないけど、……うっ、ひっく、ごべんなざい~」

「エルはもう、私と生きるのが嫌になったの?それなら、止めはしないけど……」


 悲しそうに俯く私に、エルは漸く体を離すと、わんわん泣きながら激しく首を横に振る。


「ごべんなざい~。ひっく、ひっく……、ごべんなざい~。うぅぅぅ~、えっぐえっぐ……」

「そう?なら良かった。ふふふ」


 これで多分、エルはもう大丈夫だろう。

 扱いやす……ゴホン。


「そんな事より、お嬢。今日は何するんだ?」


 事の様子を、ぽけ~と見守っていたクロが漸く口を開く。

 お前……、やっと場に交じって来たかと思えばそれか。

 まぁ、今まで人と関わってこなかったクロに、気の利いた言葉を期待するだけ無駄なんだろうけどさ。


「はぁ。そうだね……。とりあえず今日は、……宿でのんびりしとこうか」


 何かエル酒臭いし、多分まだ抜けてないっぽい。

 情報は昨日リヒトから色々聞けたから、今日ぐらいゴロゴロ休ませてもどうってことはない。

 というか、正直もう情報はリヒト頼りで問題ないから、エル達に冒険者をやらせる意味は既に消滅している。

 でも、……宿にずっと居られると、その、読書の邪魔じゃん?てへへ。

 なーんて。そんな本音、エル達には秘密だけどね。




*******


 その日の夜。

 また本を借りに行こうと、読み終えた本を片手に魔法学園の図書館へと転移した。

 既に数回訪れているが、何度来てもここの蔵書量の多さには驚かされる。

 「ほぅ……」と感嘆の息を一度零した後、人気のない静まり返った館内をてくてく歩く。

 キョロキョロ辺りを見回して、借りていた本が入れられていた棚を探した。

 館内には僅かな月明かりが差し込んでいるものの、ほぼ真っ暗闇だ。

 普通なら、文字を読むどころか本を探す事さえ出来ないだろう。

 けれど吸血鬼の私は、スキル『闇視』のお陰で、どれだけ暗い闇の中でも問題なく全てを視認可能。

 いやー。夜目が利くって便利ですわー。


「んーと、どこだったかな……」


 館内を彷徨う事少々。

 見えはするけど、目的の棚は見つからず。

 ……分からん。広すぎて。


「ここだったかな?」


 うん。ここだった気がする。

 というか、もうここでいいや。

 違ったら、きっと図書委員的な誰かが元に戻してくれる事だろう。

 えい、と本を棚に差し込んで、満足気に頷いた。

 すると――、


「それは、そこではないぞ?小さき探究者よ」

「……っ!!?」


 ――唐突に、背後から人の声が響いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  トーマスとクロード、エルとシロのやり取りに、感動したり、ほのぼのしたり、吹き出したりしちゃいました。楽しいですね~。ここ数話は、レオがどことなくツッコミ役っぽい……。 [一言]  ほのぼ…
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