勘違いしないでよね。
「う、……うわぁ☆ これが“ごしんじゅつ”なんだね! おしえてくれてありがとう、リヒトおにいちゃん!」
「……」
シンと静まり返るギルド内で、私は愛嬌たっぷりに言い放った。
リヒトはまだ状況が理解出来ていないらしく、床に仰向けで倒れたまま、呆けた様に天井を見つめている。
私は子供らしい満面の笑みを浮かべた状態で膝を折ると、リヒトの阿保面に顔を近付け、「話を合わせろ」と囁いた。
「へ……?」
「……おしえてくれてありがとう、リヒトおにいちゃん?」
「え、あ、……うん。よく、出来ました……」
「えへへ☆」
リヒトの返答に、周囲が一斉に安堵の吐息を零し出す。
褒められて照れる幼子の様に頬を赤らめて、私は照れ笑いの表情で周りを見回した。
「なんだ~。リヒト様ったら、態と投げられていたのね」
「御自分の身を以って技を御教授するだなんて……。お優しいのね、リヒト様」
「よっ!!中々見事だったぞ、ガキ!」
和やかに賑わい出す冒険者達。
……単純な奴等で良かった。
ホッと胸を撫で下ろし、私は上半身を起こすリヒトへと再び顔を近付けて、耳打ちする。
「……今晩、食事でもどうかな?もちろん、君の愉快な仲間達も一緒に」
「……は?」
「ふふ、分からない?要はね、……面貸せや」
固まって目を見開かせるリヒトに、「親睦会だね?」と小首を傾げて微笑む。
やっぱり、会話は大切だよね。
出会ってまだ間もないし、仕方ないと言えばそうなんだけど、どうやら互いに誤解が生じていたようだ。
「……それじゃ、私は宿へと戻るとしよう」
立ち上がり、シロの手綱を握って入口へと歩き出す。
擦れ違いざまエル達に、「後はいつも通り、お願いね?」とだけ告げた。
エルは小さく頷いて、クロは「何が?」と首を傾げる。
……まぁ、エルがいれば大丈夫だろう。多分。
――その後暫くして、クロから呼び出しが入ったので急ぎ闇転移。
案の定、「この花、珍しいんだってさ!お嬢にも見せたくって!」……と、地面に生えた一輪の花を指さしながら寝言をほざくクロを背負い投げ。
次からは、蝙蝠を通して状況を確認してから転移しようと心に決めた。
*******
肉に魚にサラダにスープ。
それから、数種類のパンとチーズに、色取り取りの果物たち。
飲み物は、氷が浮かぶ冷水に、搾りたてのフルーツジュース。
……私はまだ飲めないが、香り高い果実酒や、ビールに似た酒なんかも置かれている。
「へぇ。……良いお店だね?しかも、ペット可だから助かるよ」
「グルル……」
「ふふ、スーちゃんの事だよ?」
席の隣で、床に寝そべって唸るシロを一瞥。
それからテーブルを挟んで向かい合う、リヒト達へと顔を向けた。
現在、とある酒場の個室にて、リヒト達との親睦会なう。
「お気に召したなら良かったよ。……それで、何か話があるのかな?」
緊張感を漂わせながら、リヒトが口を開く。
若干の警戒心が窺えた。
無理もない。相手が幼子で油断していたとはいえ、勇者の自分を軽々と投げ飛ばした相手だ。
「ふふ。そう身構えないでくれ。本当に唯の親睦会なのだから。君達と馴れ合うつもりはないとはいえ、ある程度の意思疎通は必要だと実感したものでね?今夜はゆっくり語り合いながら、互いの誤解を解いておこうと思ったんだよ」
「誤解、ね。ならば聞こうか。……レオ君。君は一体、何者だ?唯の子供ではないよね?」
リヒトは、見定める様に細められた瞳を、私へと向ける。
幼子に向けるものとは思えない威圧的な視線に、私は思わず、……くすりと笑いを零した。
「そんなに急いで、核心に迫るものではないよ?まずは初心に帰って、自己紹介でもし直さないかい?……ほら、私達って、謎が多いだろう?名前ぐらいしか教えていないものね」
「……顔でも晒してくれるのかな?」
「ふふ。……そうだね。どうせ君達も気になっていたんでしょう?僅かばかりの友好の印に、お披露目といこうか」
私は左隣に座るクロへと視線を送り、「クロ」と名前を呼んだ。
クロはその呼びかけに頷くと、ゆっくりとフードへと手を伸ばす。
その動作、一挙一動を生唾を飲み込みながら見つめるリヒト達。
フードが取られると、長く美しい黒髪が。
サングラスが外されると、室内の明かりに小さく目を細める赤い目が。
リヒト達はその姿に目を見開いて、数秒固まっていた。
何故かガルドだけは、感動に打ち震えたかのように、滂沱の涙を流していたが。
「こ、れは、予想以上ですね……。ガルドが見惚れるのも頷けます」
「……確かに。普段姿を隠しているのも納得だ」
「はうわぁぁあああ……!!やはりクロードしゃんは女神だった……!!」
「はぁ……。本当に綺麗な子ねぇ~。これでまだ成長途中とか、数年後が恐ろしいわ~」
「せめて、せめて絶壁のまま……!!乳だけは成長することなかれ……!!」
各々感想を零しながら、クロの容姿を眺め続けるリヒト達。
クロは彼らの発言に首を傾げながら、「こいつら、何言ってんだ?」と私を見遣る。
うーん……。
性別を暴露すべきなんだろうけど、このままの方が面白……いや、何でもない。
「改めて、シーフのクロードだ。クロは生まれつき、目が光に弱くてね。日中はサングラスをかけている」
「なるほど。赤い目は光に弱いと聞いた事がありますが、本当だったのですね。……喰種も赤い目なので、よく誤解を受けて迫害に合う者もいると聞きます」
「あー……、うん。そうならない為にも、顔を隠す事は必須だったんだよねー。あはは」
「……そう。クロードちゃんも、苦労してきたのねぇ」
勝手に同情して、哀れみの目をクロへと向けるリヒト達。
当の本人は、その視線の意味をよく分かっていない様子だったが。
「じゃ、次はエルだね」
「……何か、この後だとやり辛いわね」
クロがこれ程の美人なら、エルもさぞかし美人なのだろうと、一斉にリヒト達の興味がエルへと向く。
エルはその視線に口元を引き攣らせながら、フードへと手を伸ばした。
そして――。
「……」
さっきとは別の意味で固まるリヒト達。
「……何よ」
「え!?……あ、いや、その、……美人だね?……うん」
そう言って、そっと目を逸らすリヒト。
他の仲間たちも、気まずそうに眼を泳がせて、辺りには気まずい空気が漂い始めた。
「美人……ですね」
「うん、美人」
「美人ねぇ~」
「はぅ。クロードしゃん……」
「……」
彼らの反応に、エルは半目になって口を噤む。
誤解のない様に補足しておくが、エルは間違いなく美人である。
唯……、クロの後だった分、彼らの期待が膨らみ過ぎていたのだろう。
勝手に過剰な期待を掛けられて、勝手に失望されるっていうね。
本当、世界って理不尽だわぁー。(棒)
「もう、何なのよ……」
唯顔を晒しただけなのに、この微妙な空気。
とうとうエルは俯くと、小さく頬を膨らませた。
エルは何も悪くないというのに、……哀れ過ぎる状況である。
「エル、エル」
「……何」
「エルは可愛くて綺麗だよ?」
だから自信持ちなって……!
そんな励ましの意を込めて、私は右隣に座るエルの手へと自分の手を重ね、俯く顔を覗き見た。
エルは目を見開いて私の顔を凝視した後、涙目になりながら口元を抑える。
「レオ……!!」
「容姿だけじゃなくて、性格も可愛いし」
「レオ……!!」
「努力家で、手先も器用だし、常識もある。見た目だけでお馬鹿なクロとは違って、エルは有能な美人さんだね?」
「れおぉぉぉ……」
「よしよし」
決壊した涙を滝の如く流しながら、エルは口元を抑えたまま、おいおい泣き始めた。
「……あれ?俺、貶された?」
隣でクロが、首を傾げて不思議そうに呟いたが、……放置!
「えーっと……、何か、ごめんね」
「こういう時は、余計に惨めになるから謝らない方がいいよ?」
「そ、そっか。……ごめん」
「れおぉぉぉ……」
リヒトの止めの謝罪で、エルの心が抉られる。
天然って、恐ろしい。
「……えっと、こっちは魔導士のエル。見ての通りエルフ族だから、弓も得意だよ。しかもエルは剣術まで使えるから、戦闘は正に隙なしだね。もちろん回復魔法だって使えるから、エル1人でほとんどの職をカバー出来てしまう。目や耳もいいから、シーフの適正だってあるんだよ?本当に有能過ぎて、とても助かっているんだ」
「そんな、レオ。褒め過ぎよ……」
うんしょうんしょと持ち上げまくっていると、途端に頬に両手を当てて、照れ始めるエル。
チョロ……、いや、何でもない。
エルは褒められて伸びる子である。
「あらまぁ。流石はエルフ族ねぇ~。森深くに暮らす閉鎖的な種族だから、こうして目にする機会はかなり貴重だわ~。冒険者の中にも極々稀にエルフはいるけど、皆パーティーに引き入れたくて、見かける度に争奪戦が繰り広げられてるの~。エルちゃんも、過度な勧誘には気を付けてねぇ?」
「え、あ、……はい」
争奪戦とかあるんだ……。
エルはヒト族並みの魔力しか持ってないけど、一般的なエルフの魔力量はヒト族を軽く凌駕すると聞くし、仲間にしたいと思うのも当然か。
「……いや、ローニャ。彼女が姿を隠しているのは、恐らくそれだけが理由じゃない。……その紫の目。俺も初めて見るけど、もしかしてエルさんは、ダークエルフとの混血じゃない?」
ズバリ当てられたリヒトの推察に、思わず目を見開く。
どうやら、それなりに勘は働く様だ。
「はぁ!?エルフとダークエルフっていったら、殺し合う程に仲が悪い事で有名な種族じゃないですか!例え子が出来ても、他のエルフ達が許す筈がありません。親子共々殺されるのが落ちですよ」
唐突に、驚きの声を上げるニック。
他の仲間たちも、驚愕の表情を浮かべている。
「へぇ?……リヒト。正直、君の事は見くびっていたよ。……でも何故、そう思ったのかな?亜人とヒト族が結ばれる、なんていった事例は数あれど、エルフとダークエルフでは話が別だ。あれはもう、種族特有の性質といっても過言ではない程に、彼らの仲は最悪だ。対極を成す光と闇の様に、互いを否定し合い、息をする様に憎み合っている。……そんな種族の間で子を成すだなんて、一体誰が想像する?」
「唯のエルフであったなら、多少の差別や偏見はあれど、他種族に寛容なギルド内で顔を隠す必要はない筈だ。エルさんはクロードさん程目立った美人という訳でもないから、もっと別の理由があるんじゃないかと思って」
「……レオ。私、もうクロと旅を続けたくないわ」
真顔で考えを述べ始めるリヒトの発言に、エルは耳を垂らして、どんよりと肩を落とす。
天然って恐ろしい。
「……あ、ご、ごめん!クロードさんと比べてって事だから!」
「謝らないで……」
もう一度言おう。
天然って恐ろしい。
「大丈夫だよ、エル。数年もすれば、クロも多少はゴツくなるから。多分」
クロは今年で15歳になる。
今のところ変化の兆しは見られないが、きっとあと数年もすれば、多少は男らしい体格になっている……筈だ。うん……。
来年、いや、再来年……ぐらいには、多分。
「ゴツ……?」
「なんでもないよ?」
首を傾げるリヒトに、笑顔を向けてサラリと流す。
自己紹介で、「性別は男です」って言うのも何か変な感じだし、ここは黙っておこう。
決して、面白がっての事でない。
一般常識に従ったまでである。
「それにしても……、顔を隠していたことが逆に仇になってしまったとはね。……まぁ、それでも普通は、そこまで考えが及ぶものではないと思うけど。瞳を見ただけで、しかも極々僅かな時間でそれを見抜くだなんて、いやはや、何とも素晴らしい推理力だね」
「……そっか。という事は、クロさんは素顔を、エルさんは種族を露呈させないために、それぞれ顔を隠していたんだね。ダークエルフとの混血だなんて、その希少価値は計り知れないだろうし」
んー……、半分正解ってところかな。
実際は、クロの種族がバレる事の方が面倒臭い。
「まぁ、そんなところかな?……では、ここで一つ問題だ。容姿と種族が露呈しない様に顔を隠していた訳だけれど、そもそも何故、露呈したくなかったんだと思う?」
「……は?それはもちろん、危険を回避するためだろ?実力主義のギルドでは、弱い冒険者は直ぐに命を落とすだけじゃなくて、他の冒険者から襲われる事だってある。ましてや、珍しい種族と美女がいる、女子供だけのパーティーなんて格好の的だ。ギルドは他種族に寛容ではあるけど、冒険者達まで皆そうとは限らない。冒険者の中には高値で取引される珍しい種族の人もいるから、集団で襲われて奴隷商に売り飛ばされる、なんて事件も耳にする。大抵の種族はヒト族よりも優れた能力を持っていたりするから、そう易々と捕まる事もないのだろうけど、数の暴力に太刀打ちできる者もそうはいないからね」
「ふふ、……あはははは!!いやはや、すまない。ふふ、そうだね。思った通りの回答をありがとう。君の考えは確かに正しいし、その推理力も素晴らしいと思うよ。……でも、外れだ。やはり君達は、大きな勘違いをしているようだね。そしてその誤解こそが、今日の話し合いの本題だ」
私は怪訝そうに眉を顰めるリヒトの瞳を直視して、歪な笑みを浮かべた。
……勇者リヒト。
君は思ったよりも勘が鋭くて、中々に驚かされてしまったよ。
勇者の名は伊達ではないのだと、良い勉強になったとも。
でもそれと同時に、所詮君は勇者でしかないのだと、改めて実感もした。
勇者という絶対的強者の立場にある君の目には、ほとんどの人間が、か弱き存在として映っているのだろうね。
「勘違い……?」
「……つまりね?私達が姿を隠しているのは、危険を回避する為ではなくて、余計な手間を省く為。変に目立って注目を浴びれば、光に集う虫けらのような習性を持つ、頭の悪いゴミ共が寄って来るだろう?私達にとって危険など大した障害ではないけれど、かと言って、虫けらを追い払い続けるのは面倒だ。……まぁ、既にもう手遅れだけれど」
「……ごめん。レオ君の言ってる意味がよく分からないんだが」
「はぁ……。だからね?見た目で判断してはいけないよって事。さっき君は、私が何者なのかを聞いたよね。私が唯の子供ではないと怪しんでいて尚、君は子供の私を軽んじている。御立派な勇者様からすれば、私達はさぞ、助けるべきか弱い存在に見えているのかもしれない。でもそれってさ、……勇者故の高慢というものではないかな?」
「……っ!!」
目を見開かせるリヒトを一瞥した後、私はやれやれと呆れた様に首を振った。
「……っ、君は、一体――」
「ああ、どうか自惚れないでくれ。申し訳ないが、それについて語る程の価値を、君達は持っていない。だから、話さない。……ごめんね?」
「……」
小首を傾げながら謝罪をすると、リヒトは物言いたげな表情で口を噤んだ。
リヒトの仲間たちも、自分のリーダーの意思を汲み取ったかの様に、先程から事の成り行きを見守ったままである。
私はそんな彼らへと視線を一巡させ、場を切り替える様にパンッと手を叩いた。
「――さて!料理も冷めてしまうことだし、そろそろ食事にしないかい?話の続きは、食べながらでも出来るからね。私も君達から教えてもらいたいことが沢山ある。ゆっくりじっくり、聞かせて欲しいな?」
きっとクロもお腹が空いていることだろうしね。
お待たせ、クロ。思う存分食べてくれ!
そう思って、私はにこやかな笑みを浮かべてクロへと顔を向けた。
「……」
「……クロ?どうしたの?」
涎を垂らして食事を見ているものと思っていたが、何故かクロは青い顔をして、視線を泳がせながら俯いていた。
問いかけに対し、クロは怯えた瞳で静かに私を見遣ると、小声で囁く。
「あいつ、さっきから俺ばかり見てくるんだけど、俺、何かしたのか……?」
「……」
あ、うん、なるほど。
私は直ぐにその言葉の意味を理解すると、クロの前の席に座るガルドを一瞥した。
一応、チラチラとクロに視線を送り続けるガルドの様子には気付いていたけれど、話に夢中でつい放置してしまった。
態とではない。つい、放置してしまったのだ。
でも確かに、……これは気持ち悪いな。
鈍感なクロでも流石に気付くか。
始めの方はチラ見を繰り返す程度だったが、いつの間にか悪化して、遠慮なくガン見である。
これは怖い。ストーカーって、きっとこういう奴がなるのだろう。
「……エル。悪いけど、クロと席を替えてやってくれないか?」
「分かったわ……」
「お、お嬢~。……ぐすっ」
事情を察したエルは、口元を引き攣らせながらガルドを見遣ると、静かに頷く。
半泣きでクロがしがみ付いてきたが、今だけは許してやろうと、私はスーちゃんを抱きしめたまま半目で固まっていた。
……放置していた私にも、非がある様な気がしなくもないかなって思わなくもないからね。




