目立ち過ぎたじゃねぇか。
「すまない。驚いて、つい閉めてしまった。……昨日振りだね?」
いつまでも部屋の前で騒がしくされるのも鬱陶しいので、私は冷ややかな笑みと共にドアを開けた。
「ははは、そうだよね。俺も驚いたよ」
リヒトは、漸く出てきた私たちに安堵の表情を浮かべると、私の後ろに立つフードを被ったエル達に視線を向けた。
「……エル達が何か?」
「いや、えっと、……何でもないよ?レオ君達も同じ宿だったんだね。全然気づかなかったよ」
「今来たばかりだからね。昨日は違う宿に泊まっていたんだ」
「ああ、だからか。……これからギルドに?」
「……ん?行き先を言わないと駄目なのか?別に私たちがどこに行こうと、君達には関係のない事だと思うのだけど?」
私は小首を傾げて目を瞬かせると、思った事を口にした。
唯の疑問を言っただけなのだが、どうも威圧的に捉えられてしまったらしく、リヒトは気まずそうに一瞬目を逸らすと、口籠る。
「え、あ、その……、俺達もこれからギルドに向かう所だったから、レオ君達も同じ行き先なら一緒に行かないかなと思って……」
「そういう事なら、……申し訳ないが、断らせてもらうよ。君達と一緒だと、目立って仕方ない。唯でさえ、昨日の一件で無駄に注目されてしまった。そこのガルドとか言うお仲間の様に、興味本位で絡んでくる俗物がまた現われやしないかと、私は気が気じゃないともさ。出来れば、もう関わらないでもらえると助かるよ」
私からの容赦のない言葉に、リヒトは傷心したような表情を浮かべて小さく俯く。
悪いとは思うが、こういう事ははっきり言わないと駄目だと思うんだよね。
「ク、クロードしゃん!!」
「ん?」
突如、リヒトの後ろにいたガルドが声を張り上げた。
名を呼ばれたクロは反射的にガルドの方へと顔を向ける。
顔はフードとサングラスとで見えないだろうが、自分へと顔を向けるクロに、ガルドは顔を赤くしながら前へと出た。
「ク、クロード、しゃ、さん!!あ、あの、俺、ガルドって言います!」
「はぁ」
「昨日は、その、……すいませんでした!!」
生返事するクロに、ガルドは腰を90度に曲げて頭を勢いよく下げた。
その行き成りの謝罪に、クロは驚きで目を瞬かせる。
そして私とエルへと顔を向け、小声でこう囁いた。
「……昨日、俺、こいつに何かされたっけ?」
「「え」」
思わず固まる私とエル。
「ほ、ほら。昨日、ギルドの前で突然フード取られたじゃない」
ひそひそ会議の間も、頭を下げ続けているガルドに居た堪れなくなったのか、エルが憐みの視線をガルドに向けながら耳打ちする。
「フード?……取られたっけ?」
「……サングラスも取れて、眩しがってただろう?地面を転げ回ってたじゃないか。それすらも記憶にない?」
「ああ!こいつ、サングラス取った奴か!逆光で顔がよく見えなかったんだよな!」
漸く合点がいったのか、手を叩いて納得するクロ。
どうやら認識がズレていただけで、忘れていた訳ではなかったらしい。
軽く記憶障害を心配してしまった。
「まぁ、悪いと思ってんならもういいよ。でももう、二度とすんなよ?あれは、……目が終わったかと思った」
クロはサングラス越しに目を抑え、昨日の事を思い出したかのように身震いした。
「なんと慈愛に満ちたお言葉……!!貴女が天使か……!!」
「は?」
クロの許しの言葉に顔を上げたガルドは、感極まったかの様に涙を浮かべ、クロの手を両手で握りしめる。
……あ、察し。
「いや、天使ってお前、気持ち悪い表現使う奴だな……。というか、離せ」
「す、すすすすす、すいません!!お手を、つい、つつ、掴んで……!!」
顔をこれ以上ない程に紅潮させて、ガルドは物凄い勢いで後退った。
そんなガルドを横目に、リヒトは心痛な面持ちで姿勢を正すと、今度はガルドに代わって深く頭を下げる。
「……昨日の事については、本当に申し訳なかった。女子供だけでの旅は、必然的に危険も多くなる。だからこそレオ君達は、今まで目立たない様にと気を付けてきたんだよね……?それなのに、俺達の配慮が足りなかった所為で、要らぬ危険を生んでしまったかもしれない。本当に、本当に、すまなかった……!」
目の前で謝罪を繰り返すリヒトに、彼の仲間たちもそれに従って頭を下げ出す。
因みに、ガルドに至っては土下座である。
……はぁ。
こいつら、馬鹿なのかな?
幼児と新米冒険者達に、深々と頭を垂れる勇者一行。
私はその光景に半笑いになりつつ、周囲に視線を泳がせる。
案の定、宿に居た客や従業員達が、何だ何だと野次馬化していた。
……クソ目立ってやがる。
「君達って……、分かってる様で分かってないよね。はは……」
私は乾いた笑いを零しながら、ぼそりと呟く。
ああ、これでもう、宿でも噂の的ではないかと、思わず皺が寄っていた眉間を揉み込んだ。
「それで……、今考えたんだけどね。責任を取らせてくれないかな?」
「……は?」
「レオ君達に危険が及ばないよう、暫く行動を共にして、君達を守らせて欲しいんだ。……まだまだ実力不足だけど、これでも俺は勇者だ。昨日の一件を逆手に取って、勇者一行に庇護されているという噂を逆に広めてしまえば、その分危険も減ると思う。……どうかな?」
「結構デス」
即答で答えた。
思いもよらない返答だったのだろう、目を見開くリヒト。
……こいつ、何か勘違いしているようだが、私たちにとって危険など大した問題ではない。
というか、私がいる時点で危険な事など存在しない。
魔王でさえ唯の雑魚だ。
寧ろ危険よりも重視するのは、注目度。
目立って行動し辛くなる方が厄介だ。
というか、目立ちすぎると奴――魔王が来る。
……出来る事なら、彼に会うのは永遠に御遠慮願いたいものだ。
雑魚とはいえ、面倒臭い事この上ない存在である。
「え!?……で、でも、俺達といた方が安全だよ?結構色んな場所を旅してるから、その辺の冒険者よりも教えてあげられる事も多いと思うし、昨日のお詫びも兼ねて、俺達が知ってる事なら何でも答えるよ?」
「う……」
思わぬ餌に、心が揺れた。
情報、かぁ……。
確かに勇者ともなれば行動範囲も広いだろうし、その分知ってる事も多いだろう。
んー……、安全云々はどうでもいいが、貰える情報は聞き出しといても損はないしなぁ。
聞くだけ聞いて、後はバイバイすればいいだけだし。
……うん。
本人もお詫びにと言ってる事だし、ここは厚意に甘えとくのが得策か。
チ、チ、チ、チーン……。
考えた結果、リヒト達と少しの間だけいるのも悪くないと結論付けた私は、柔和な笑みを浮かべて彼らに向き直った。
「……実のところ、私たちは旅を始めてまだ日が浅くてね。世間の噂や世界情勢といった情報に疎い。だから……、そこまで言うなら一度ゆっくり、話しぐらいはしてみたいかな?」
私の返答に、リヒトは表情を柔らかくし、安堵の溜息を零した。
後ろの仲間たちも、それぞれ顔を見合わせて、口元を綻ばせている。
「そっか……!良かった。何でも聞いてくれ!これから暫く、よろしくね」
「うん。こちらこそ。――でも、」
「……?」
「私が求めてるのは、情報だけだ。君達と必要以上に馴れ合うつもりはないし、ましてや依頼を一緒にこなしたり、仲良く街でお買い物、……なんて事はしない。私達の安全を考慮してくれてるのかもしれないが、護衛染みた事をされても却って迷惑なだけだ。情報提供は有り難いが、私達は君達の仲間ではない。だから、私達の事をもっと知ろうだとか、もっと仲良くなろうだとか、そういった事は一切しないよう心に留めておいてくれ」
「わ、分かった……」
若干口元を引き攣らせるリヒトを見つめながら、私は「それじゃ、改めてよろしくね?」と微笑んで手を差し出しす。
互いに握手を交わし合い、勇者一行とのプチ同盟がここに結ばれた。
その後、一緒に行きたくは無かったが、行き場所が同じなのに拒否するのも関係上悪いと思い、渋々ギルドまで同行。
やたらと後ろから、クロにチラチラと視線を送るガルドが気持ち悪かった。
クロ本人が気付いていないのがせめてもの救いであろう。
「……やっぱ、噂になってるねぇ?」
ギルドに着くと、皆が一斉にこちらを見てきた。
勇者といるからという意味でもあるが、半数ほどの視線はエルとクロへと向けられている。
聴覚を少し解放し、囁かれている小声を拾う。
『――昨日の奴だぜ。どんな面してんだろうな』
『あのガルドさんが一目惚れしたとか』
『見てみろよ。ガルドさんのあの顔。さっきからマントの女をチラチラと……。あんな奥手なガルドさん、俺始めて見たぜ』
『……ああ。ありゃ、よっぽどの美人に違いねぇ』
『なんでも、傾国の美姫って噂もある』
『いやいや。美姫なんてもんじゃねぇ。人とは思えぬ美しさだとか。女神だって話もある』
『おいおい、そんなこと言われたら、益々気になるじゃねぇか。ゲッヘッヘ……。ちょっと面拝ませてもらえるように、やさしーくお願いしてみるかぁ』
『ゲヒヒ。それなら俺も混ぜろよぉ。なに、相手は女二人だ。きっと快く聞いてくれるさ。やさしーく頼めばな?ゲッヘッヘ……』
「……はぁ」
私は頭を抑えながら、大きく溜息を吐いた。
一晩でここまで拡大解釈出来るこいつらの頭が、正直心配だ。
もういっそ、顔を晒した方が目立たなくて済みそうな気がしてきた……。
「クロードさん、エルさん。……申し訳ない。視線が不快でしょう?」
「え?俺、見られてんの?」
「……クロはこの通り鈍感だし、私も全く気にしてないわ」
「そ、そう……。えっと、レオ君。……とりあえずこの場は、俺に任せてもらってもいいかな?」
「ん?」
クロとエルの平然とした反応にリヒトは少し戸惑いつつも、今度は私へと顔を向けて耳打ちした。
私は首を傾げて、「何が?」と問う――暇もなく、リヒトは唐突に声を張り上げる。
「皆、聞いてくれ!この人達は、俺の大切な友人だ。もし、この者達に何かしようものなら、俺、勇者リヒトが必ず報復を行う。勇者一行を敵に回す事がどういう事か、分からない馬鹿はいないだろう。もう一度言う。彼女達は俺の友人である。そして、彼女達は勇者リヒトの庇護下にある。……どうか君達が、俺達の敵とならない事を、俺は切に願う」
静まり返るギルド内。
そして少しした後、ギルドの外も中も関係なく、黄色い歓声が響き渡った。
「キャーッ!!流石はリヒト様ぁぁあああ!!!」
「弱きを守るその御姿。……はぁん!!かっこよすぎですぅぅううう!!」
「ああん!抱いて下さいませ、リヒト様ぁぁん!!」
そして、そんな称賛の言葉に混じって、微かに聞こえてくる嫉妬と憎悪を帯びた声。
「……チッ。勇者だからって調子に乗りやがって」
「おい、やめとけって。勇者を敵に回す事は、世界を敵に回す事でもあるんだからよ……」
「あの女達、リヒト様の何な訳?特別扱いされちゃって……、ムカツク」
「絶対マントの中でほくそ笑んでるわよ、あいつら。マジいい気になってんじゃねーよ」
「ああ、ガルド様……。そんな女に騙されないで」
……。
確かに、確かに、私達に危害を加えてくる連中は、リヒトの言葉によって激減しただろう。
だが、だがしかし。
さっき以上に目立ちまくってしまった挙句、いらん感情を周囲の連中に芽生えさせてしまった。
痛い。視線が、痛い。
襲ってくる連中は返り討ちすればいいだけだし、それを繰り返していれば、「あいつらクソ強いから近付かない方がいい」という噂が直ぐに広まり、事態は次第に収拾していく――筈だった。
筈だったのに、……このクソ勇者。
また余計な事をしやがって……。
情報提供以外は何もするなって伝えたつもりだったんだけど、おっかしいなぁ?
こいつ、頭悪いのかなぁ?
「これで、多分大丈夫だと思うよ」
そう言って笑顔を向けてくるリヒトに、私も微笑んで返しながら、その手を優しく握った。
リヒトは自身の手を握る、私の小さな手を驚いたように見つめた後、「もう、安心してくれていいからね」と照れたように笑った。
私は、リヒトのその表情を笑んで見届けた後、ゆっくりと口を開いて――。
「何してくれとんじゃワレェェェエエエエッッ!!!!」
「ぐふ……っ!!?」
――安定の、背負い投げ。
ちょっとスッキリしたのと同時に、さっきとは別の意味で周囲が静まり返った事は言うまでもない。




