勇者御一行。
「……レオだ。よろしく」
私は半目になりつつも、リヒトと軽い握手を交わした。
……まさか、こんなあっさり勇者と遭遇するとは思わなかった。
まぁ、勇者といっても単なる職業の名前であって、伝説染みたものではないんだけどね。
ついでに職業とは、要は冒険者になる上での自分に適したポジションの事。
職業のパターンは大きく分けて、戦士・盾職・弓職・シーフ・魔導士・ヒーラーの6つ。
そこから更に、個々の能力によって細かい職業が派生していく。
例えば、『剣術』スキルを持っていながら魔法にも精通している者は、戦士職の“魔法剣士”になったりする。
職業に就く方法は実に簡単。
まずは冒険者ギルドに行き、スキル鑑定によって知った自己情報を元に、6つの職業の内で希望する職業とスキルの一部を申告。
ギルド側は、その職業が本当にその人に適しているのか、軽い実技テストを課す事で見極める。
それにクリア出来れば、正式に冒険者と認められ、晴れて脱無職となれる訳だ。
万が一落ちても、ギルド側が適正職を提示してくれるので心配は不要。何かしらの職業には必ず入れる。
いやー、優しい世界だね!
因みに、エリート職である勇者はどの職業からでもなれてしまうが、基準が非常に厳しいので、勇者の人は数えるほどしか存在しない。
なぜなら勇者の別名は、“魔王を倒す者”。
つまりはその二つ名に見合うだけの、魔王を倒し得る超人染みた能力と、魔王を倒すという強い意思を持った人材である必要がある。
また、魔王討伐という人類の悲願を背負う存在であるため、当然の事ながらチヤホヤされる。
代わりに魔王軍との戦争が起こった際には、最前線での戦闘を余儀なくされるが。
「――それにしても、面白い組み合わせですね。幼児と獅子とスライム。……実に奇妙だ」
顎に手を置きながら、優男が興味深げにこちらを見つめて呟いた。
「……そちらは?」
「ああ、こいつはニック。ヒーラーだよ。ちょっと、……いや、かなり毒舌だけど、悪い奴じゃないから安心してね」
リヒトが親指で優男を指しながら、私を安心させるかの様に微笑んだ。
「毒舌だなんて酷いですね。正直に思った事が口に出るだけですよ」
「はいはい、分かった分かった。……それと、現在進行形でレオ君を撫で続けているその人が、魔導士のローニャ。んで、弓を背負ってる強面お兄さんがガルドで、あっちの小っこいのがシーフのビビだ」
「小っこい言うな」
リヒトの紹介に、仲間たちがそれぞれ一様に反応を示しながら、わいのわいのと場が賑わい出す。
「……ふふ。愉快なパーティーだね」
「ははは!ごめんね、騒がしいだろう?……それで、レオ君はどうしてこんな場所に?」
「散歩がてら仲間を迎えに来たのだけれど、案の定混み合っていてね。ギルドから出てくるのを、こうして待っている訳だよ」
「ああ、なるほど。ちゃんと保護者がいるようで安心したよ。……でも、子供が1人で出歩くのは危ないから、なるべく大人と一緒にね?その獅子だけでは、少々心許無い」
「保護者、ねぇ?……ふふ、心配してくれて、どうもありがとう。でも、シロは十分頼りになるよ」
ちょっと不快気に表情を曇らせるシロの頭を撫でながら、私は微笑んだ。
「ああ、すまない。別に侮辱したかった訳ではないんだ。その獅子はシロというのかい?……その、分かりやすくて良い名前だね」
「そうでしょ?あと、こっちはスーちゃんだ」
「へ、へぇ。……可愛い名前だね?」
「ありがとう」
良かったね、スーちゃん。可愛いって。
私は笑んで、これ見よがしにスーちゃんをリヒトの眼前へと突きつけた。
何故か、さり気なく距離を一歩取られたけれど。
「……ゴホン。このまま一人にしておくのも心配だから、君の仲間が来るまで俺達も一緒に待たせてもらうよ。……いいよね、みんな?」
「最初からそのつもりだぜ、リーダー」
「こんな可愛い子、放っておけないわ~」
リヒトの提案に各々頷く仲間達。
……まじか。逆に目立つから御遠慮願いたいんだが。
「そういう訳だから、少しの間お喋りでもしていようか」
「……そう、だね。ありがとう」
若干げんなりしつつ、私は顔を背けて小さく溜息を吐いた。
けれど、その“少しの間”というものは、本当に一瞬で終わりを告げたけれど。
「レオ!!」
ギルドの入り口から出てきた、フードを深く被った二人組。
その内の1人が、私に気付いて大きく目を見開かせると、声を張り上げた。
察しの通り、エルとクロである。
「何か外が騒がしいと思ったら……。レオだったのね」
「お嬢、ただいまー!!迎えに来てくれたんだな!へへ……」
「ふふ、お帰り。二人とも、怪我も無さそうで安心したよ」
2人はマントの隙間から一般的な冒険者の服装をチラつかせながら、私へと駆け寄る。
因みに、私の恰好も至って庶民的な服装である。
邸で着ていたものは、高品質過ぎるから目立って仕方ない。
「はは!言った傍からお役御免とは、ちょっと恥ずかしいな。でもまぁ、無事出会えた様で何よりだ」
リヒトはエル達を一瞥すると、照れたように苦笑した。
「……あなたたちは?」
リヒト達の存在に気付いたエルが、やや警戒気味に眉を顰める。
というか、気付くの遅いな。
「大丈夫だよ、エル。この人はリヒト。勇者なんだってさ?チンピラに絡まれてたところを助けてもらったんだ」
「……は?」
事も無げに答える私に、エルは驚愕の表情でリヒトを見つめた。
リヒトはその反応に困った様に頬を掻きながら、またもや苦笑い。
クロは、……うん。興味ないみたいだね。
「そう、だったの。レオを助けてくれて、ありがとう。私はエル。それと、こっちがクロード」
「初めまして。……ははは。勇者といっても、まだまだ名前負けなんだけどね。……君たちは、えっと……、訳アリ、なのかな?」
フードで顔を隠し、クロに至ってはサングラスまで装着という二人の姿を交互に見ながら、リヒトは口籠りつつ疑問を口にした。
「んー……。そういう訳でもないんだけど、あまり目立たない様にって、レオが――、」
「レオ君が?」
「――あ、えっと、その……」
口元を抑えながら、困った様に私へと視線を送るエル。
……ここで幼児に助けを求めるなよ。
「……別に冒険者がフードを被るのなんて、珍しくもないだろう?あまり詮索は止してくれるかな?……といっても、ふふ。詮索されるような大した理由もないのだけどね?美人な子が二人だけでいると目立ってしまうし、チンピラ冒険者に絡まれては危ないと思ったものでね、少々提案させてもらったんだよ」
私はリヒトを見上げて、「何か問題でも?」と小首を傾げた。
「……いや、すまない。ちょっと気になっただけで、詮索するつもりはなかったんだ。不快にさせてしまったのなら申し訳ない」
「不快だなんて、まさか。本当にそれだけの理由なんだよ?ちょっと怪しい雰囲気を纏っていた方が、近寄りがたいだろう?エル達は本当に美人さんだから、私は心配なんだよ」
「そんな、レオ……。言い過ぎよ」
片手を頬に当ててもじもじするエル。
トイレだろうか?
「へぇ?そこまで言うなら見てみてーなぁ」
興味津々といった顔で、大弓を背負ったガルドが一歩前に出た。
「おい、ガルド。失礼だぞ」
「またまた~。本当はリーダーも気になってんだろ?」
「む……」
にやつくガルドに、リヒトは図星とばかりに口籠る。
……面倒臭い事になってきた。
「……すまないが、野次馬に囲まれたこの場所で顔を晒しては、普段隠している意味がない。またの機会にしてくれないかな?」
「ちょっとぐらい良いだろ?俺達が壁になれば、外野にも見られねーぜ?」
「ガルド……、無理強いは駄目だ。彼女たちも困っているよ」
「……チッ。わーったよ」
困った様に溜息を吐くリヒトに、へいへい、とガルドは両手を挙げた。
どうやら諦めてくれたらしい。
「ガルドが無理言ってすまなかったね」
「いや、こちらこそ。世話になったというのに、顔すら晒せなくて申し訳ない。非礼を――」
「……隙ありぃぃぃいいい!!!」
「――っ!?」
言葉の途中で、ガルドが無防備に突っ立っていたクロ目掛けて手を伸ばす。
そしてそのまま、「ひゃっはぁぁああ!!」と勢いよくフードを引っぺがした。
衝撃でサングラスまでもが外れて、カシャンと音を立てて地面に落ちる。
突然の事で、驚きに目を見開くクロ。
クロの素顔を間近で見て固まるガルド。
一瞬の間だけ、場が沈黙する。
そして、先に我に返ったクロの叫び声で、場の静寂は破られた。
「目がぁぁぁああああああっっ!!!!」
直ぐさま両手で顔を覆い隠し、「うがぁぁああああああ!!!」と地面にゴロゴロと転がりだすクロ。
……うん。
行き成りだったもんね。そりゃ眩しいよね。
ガルドはクロのフードを持っていた手を宙に浮かせたまま、未だに固まっていた。
幸い、ガルドが壁になっていた為、他の人にクロの素顔を見られていない。
……良かった。
顔を隠すのは、チンピラ防止っていうのも本当だけど、種族がバレてトラブルになるのを避ける為っていう理由が大きい。
でもまぁ、一人ぐらいなら問題ないだろう。
「ん、な……!!ガルドッ!!この馬鹿!!!」
「ぐっ……!!」
ガルドの頭を勢いよく殴りつけ、更には「本当にすまない!」とガルドの頭をガンガン地面にぶつけて謝罪するリヒト。
私は落ちたサングラスをクロに渡しながら、小さく溜息を吐いた。
「やれやれ。他の人には見られてない様だし、今回はまぁ良しとしておくよ。……でも、興味本位でのこういった行為は、私はあまり好きではない。悪ふざけも程々に頼むよ?それと……、次は、ないから」
私は瞳を細めると、冷ややかな笑みを向けた。
こういう勢いだけで生きてる奴って、嫌いなんだよねぇ?
「……そうだよね。嫌な思いさせてごめんね?この馬鹿が、本当に、本当にごめんね!?……ほら、ガルド。お前も何か言えよ!!」
さっきから黙ったままのガルドに、リヒトは鋭い視線を向けながら怒鳴りつけた。
ガルドは暫し口を閉ざした後、地面から顔を上げると、ぼうっとした顔で一言。
「……美しい」
「はっ!?」
リヒトは目を見開かせて暫く固まると、その顔を静かにクロへと向けていた。
******
「おい、ガルド。……ガルド!!」
とある酒場で、リヒト達は夕食を摂っていた。
テーブルに並ぶ食事はどれも豪勢で、それだけで彼らの懐具合が潤っている事が窺える。
「……ダメですね。さっきから魂が抜けてしまったかのようで、酷い顔面です。このまま昇天してしまった方が、寧ろ世界の為かもしれません」
「隠してる素顔を無理やり見るとか、マジ最悪。女の敵。死ねばいい。……んぐ、んぐ、んぐ。……ぷはぁ~!!おっちゃん、お代わりー!!ジャンジャン持ってきちゃってー!!」
「もぉ。ビビってば、さっきから飲み過ぎよ~?……んぐ、んぐ、んぐ。明日頭痛くなっても知らないからね~?……んぐ、んぐ、んぐ、ん?……オラァ!!酒切れてんぞコラァ!!ジャンジャン持ってこ~い♪きゃはは!!」
「……ローニャも飲みすぎだ。はぁ……」
酒ばかりが進む女性陣を呆れた様に見つめながら、リヒトは頭を抑えた。
「それにしても、ガルドがああも呆けるほどの美人って、ちょっと……、いや、かなり気になりますね」
「む……。それは、まぁ……」
気まずそうに咳払いをしながら、リヒトは酒を一気に呷る。
「大勢に見られなければ問題ない様でしたし、今度食事にでも誘ってみます?今日のお詫びも兼ねて。……ふふ」
「それ、お詫びの意図がまるで無いよな」
「でも、気になるでしょう?」
「……うん。めっちゃ」
遂には正直に頷きだすリヒト。
酒の力とは恐ろしい。
「クロードさん……。はぅ……」
「「……」」
まるで恋する乙女の如く表情で、強面の男が甘い吐息を吐きだすその姿に、リヒトとニックは思わず半目である。
「また、会えるといいですが……。宿を聞く暇もなく、去って行っちゃいましたからね」
「キモ~。ニック、キモ~。宿まで押しかける気かよぉ。キモ~。きゃはははは♪」
「……失礼ですね、ローニャ。か弱い子供と女性だけでは心配でしょう?宿まで送るのは男として当然ですよ」
「裏がバレバレだろ。この紳士気取りの毒舌ドスケベ変態野郎が。滅びろ。滅ぼされろ」
「……どうして私は、ここまで罵られているんでしょうか」
ローニャとビビに暴言を吐かれ、ニックはちょっと傷心した。
胸を強く抑えているが、心の傷は軽傷である。
……多分。
「ま、まぁ、次会えたにしても、今日みたいなことは無しだからな?向こうにも事情があるんだから、軽い気持ちで干渉すべきじゃないよ」
「……本音は?」
「めっちゃ気になる。マント、引っぺがしたい」
ニックの問いに、真剣な表情で力強く頷くリヒト。
何度も言うが、いやはや、酒の力は恐ろしい……。
だが男だ!!




