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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
46/217

エレオノーラが消えた日。

 窓辺に腰かけ、外を見つめる。

 暑苦しい太陽の熱が、窓越しでも感じられた。

 何となく風に当たりたくて窓を開けるが、熱気に混じった草木の香りが、しつこく鼻に纏わりつく。

 風が吹いても暑苦しくて、そもそも空気自体が暑苦しいから、呼吸をするのも不快である。


「はぁ……」


 ……夏は嫌いだ。

 溜息を吐きながらすぐさま窓を閉め、ひんやりとしたスーちゃんを抱きしめる。

 うん、気持ちいい。

 頬擦りしながら、はうわ~と和んでいると、突然響くノック音。


「どうぞ?」

「……失礼致します、お嬢様。お時間で御座います」

「分かった」


 ステラが微笑みながら部屋へと入って来て、時間を告げた。

 その後ろには、満面の笑みを浮かべる侍女達が。

 私は苦笑しながら窓辺から下りると、部屋に置かれた姿見鏡の前へと歩いていく。


 侍女達によって、手際良く涼し気な水色のドレスが着せられる。

 短い髪を梳かれ、結われ。髪に付けられたのは、薄ピンクの花飾り。

 鏡に映る可愛らしい幼女を見つめながら、私は小さく笑んだ。

 今日は、私の6歳の誕生日。


「まるでお姫様という奴だね?」

「お嬢様はいつだってお姫様で御座いますよ」

「ふふ、そうかい?」


 笑顔で返すステラに私は肩を竦めて微笑むと、足元に置いていたスーちゃんを腕に抱く。

 そしてドアまで歩を進め、ドアノブに手を掛けたところで侍女達へと振り返った。


「ありがとう。急にドレスを着るなんて言い出して悪かったね。手配から何まで、大変だったろう」

「とんでも御座いません。久しぶりにお嬢様を着飾ることが出来て、とても嬉しゅうございました。お嬢様にとって、今日が最高に楽しい一日となりますように。本日は、誠におめでとうございます。行ってらっしゃいませ」

「ふふ。ありがとう。皆のおかげで、今日は最高の日になるよ。楽しい、誕生日を迎えられる」


 ステラを筆頭に、笑顔で頭を下げる侍女達を見遣りながら、私は部屋を後にした。

 向かう先は、隣のエルの部屋。



「エル、入るよ?」

「ええ」


 部屋へと入ると、丁度着替えを終えたエルと、その手伝いをしていた侍女達が迎え入れてくれた。

 エルは以前と同じ緑のドレス。

 まだ一回しか着てないからと、新しいドレスを買う事をエル自身が全力で拒否したのだ。

 まぁ、今回は邸に居る者だけでのパーティーだし、同じドレスでも問題ないだろう。

 お祖父様もお祖母様も来ないらしいし。というか、父様が招待しなかった。

 仲は悪くないんだろうが、父様はあまりあの二人に会いたくないらしい。

 私としても、会うのが面倒臭いから別にいいけれど。特にお祖父様。


「レオ、可愛いわ!」

「ええ、ええ……!またお嬢様のドレス姿が見られるだなんて!とても可愛らしいですわ!」

「ふふ、ありがとう。エルもドレス似合ってるよ。今日は髪、下ろしたままなんだね?」

「だって、主役はレオだもの。そんなバッチリ着飾らないわ」

「そういうものなの?でもエルの髪は綺麗だから、弄らなくても十分映えるよね」

「あ、ありがとう……」


 照れて顔を赤くしたエルは、もじもじと目を泳がせていた。


「行こっか」

「うん!」


 私が差し伸べた手にエルが手を重ね、部屋を出る。

 階段ではクロとシロが私たちを待っていた。


「お嬢!!似合ってる!美しい!」

「君に言われると、何だか複雑だなぁ。でも、嬉しいよ。ありがとう。あとその言葉、エルにも言ってあげなね?」


 そう言われて、エルを一瞥するクロ。

 そして数回目を瞬かせ、キョトンとした顔で首を傾げながら口を開く。


「似合ってる、よ?」

「……どうも」


 悪意はないんだろうが、もうちょっと感情込めようよ、クロ。

 そして何で疑問形?


「ふふ、シロはどうだい?」

「グルル……」


 顔を背け、そっぽを向くシロ。

 今回も唸るのみであった。




 階段を下り、大広間へと足を運ぶ。

 そして扉を開けると――、


「「「誕生日おめでとう、ノーラ!!!」」」


 部屋中の至る所からポンポンと音が鳴り、花弁が舞い散る。

 壁際にズラリと並んだ使用人達が、一斉に魔法を使ってくれた様だ。

 恐らく、花弁を詰めた玉を部屋中に浮遊魔法で浮かせ、私が来たと同時に破裂させたのだろう。

 ……っと、冷静に分析するのは、この状況では野暮というものか。

 私は思考を中断させると、目の前に立つ父様たちに笑みを向けた。


「ありがとう、父様、母様、兄様」

「ノーラ……!!可愛いよ、そのドレス!普段のノーラも天使の如く愛らしさだけど、今日のノーラは妖精さんだね」

「ふふ、照れてしまうね。ありがとう、父様」


 ちょっと胸焼けがしたけれど、嬉しいよ?


「やっぱり、そのドレスにして良かったわ。とっても、とっても可愛いわよ、ノーラ……」

「ありがとう、母様。何日も考え込んで選んでくれたと聞いたよ。そんなドレスが、似合わない訳が無い。普段から娘に可愛い服を着せたりしたかっただろうに……、いつも男装ばかりで、ごめんね?」


 涙を抑える様に目元に手を置き、首を振る母様。

 このドレスは母様が選んでくれた物なのだと思うと、今でも嬉しい気持ちが込み上げる。


「とっても似合ってるよ、ノーラ。やっぱり僕の妹は世界一可愛いね!」

「ふふ、なにせ世界一カッコいい兄様の妹だからね。ありがとう、兄様」


 互いに笑みを向け合う私と兄様。

 兄様の服を着て初めて男装したあの時も、「とっても似合ってるよ」と言って褒めてくれたよね。

 困惑もあっただろうに、それでも抱きしめてくれた事、本当は嬉しかったんだよ?


「さぁ、ノーラ!今日は全部、ノーラの為に用意した料理だ。いっぱい食べて、いっぱい楽しんでくれると嬉しいよ」


 父様が手を広げてテーブルを示す。

 特に好き嫌いのない私だが、そこに並べられた料理は、どれも私が積極的に手を付けそうな物ばかりだった。

 よくもまぁ、私の味覚をここまで分析出来たものである。


「美味しそうだね。いつもありがとうね、皆」


 壁際に並ぶ、料理長を始めとしたシェフ達に顔を向け、礼を言った。

 料理長たちは笑みを湛えながら、嬉しそうに何度も頷いていた。

 きっと、人格が変わった私の好みを探ろうと、普段から私の食べる傾向を注意して見ていたのではないだろうか。

 食事中に、ちょいちょいシェフ達の視線も感じていたし。

 気を遣わせて、すまなかったね。


 パーティーは兄様の時と同じく、邸の使用人入り混じってのアットホームなものだった。

 私とエル達、そして父様達は、中央に設置された席に座ったままで食事をし、使用人たちは、大広間のあちこちに配置されたテーブルから料理を取るという立食形式である。

 パーティーは和やかに進んでいき、私はいつもの如く、もっちゃもっちゃと料理を口へと運んでいった。

 暫くすると音楽が奏でられ、広場の半分に設けられたスペースで、みんながダンスを踊り始める。

 侍女も執事もシェフも庭師も私兵団も、現在この邸に滞在している全ての者が皆入り混じり、楽し気に踊り始めた。


「ノーラ、僕たちも踊ろうか」

「ふふ、お手柔らかにね?」


 手を差し伸べる兄様の手を取って、一緒に踊る。

 ダンスはまだ習ったことなど無かったから、周囲を見様見真似のお世辞にも上手とは言えないものだったけれど、それでも兄様と笑い合いながら一曲を終えた。

 まぁ、身内だけのダンスパーティーだからね。恥も何もないけれど。

 というか、兄様のリードが思ったより上手かったことにちょっと驚いた。


「次は私とどうですか、お姫様」


 恭しく跪く父様に苦笑しながら、父様とも一曲踊る。

 身長差があり過ぎるから、唯手を繋いで、父様にくるりと踊らされるといった感じだったが。

 次に母様、エル、クロ、ステラ、セバス、オズワルド、レックス。

 一曲の内にコロコロと人を変えながら、色んな人とダンスを楽しむ。

 そして、再び兄様の手を取る頃、ダンスは終盤となった。

 賑やかなダンス曲が終わると同時にカーテンが一斉に閉められて、部屋の灯りが消される。

 そして、楽し気な音楽と共に、蝋燭が歳の数だけ灯された巨大なバースデーケーキが運ばれてきた。

 異世界人により伝えられ、そして根付いた文化である。

 私は微笑みながら、目の前に持ってこられたケーキの蝋燭目掛けて、大きく息を吹いた。

 蝋燭の火が消えると部屋が再び明るくなって、大きな拍手が響き渡る。


「誕生日おめでとう!これは、クレアとロベルトと父様とで、みんなで決めたプレゼントだよ。生まれてきてくれてありがとう、ノーラ。心から愛しているよ」


 拍手の直後に父様が目の前に立って、プレゼントを私に手渡した。


「……ふふ、ありがとう。私も愛しているよ」

「……!!はは!」


 少し涙目になった父様が、顔をくしゃりと歪ませて笑った。


「開けてもいい?」

「もちろん」


 リボンを外してプレゼントの箱を開けると、中に入っていたのは、銀を基調とした手の平サイズの可愛らしいオルゴール。

 金で縁取られ、中央にはエメラルドが埋め込まれていた。

 他にも小さな宝石が所々に散りばめられていたが、それらに決して派手さはなく、総じてシンプル且つ美しいデザインだった。

 金、銀、エメラルド。

 私たちの髪と瞳の色を模して作らせたのだろう。

 ふふ、と笑みを零しながら蓋を開けると、中から零れ出す静かな音色に、不思議と心が落ち着いた。


「ありがとう、父様、母様、兄様。とても気に入ったよ。とても嬉しい」

「気に入ってくれて良かった」


 安堵したように微笑む父様達。

 そんな彼らを見回しながら、私も同様に微笑んだ。


「私の父様になってくれてありがとう。私の母様になってくれてありがとう。私の兄様になってくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう。私を受け入れてくれてありがとう。……母様、私を産んでくれて、ありがとう」


 そう言って、私は母様を抱きしめた。

 母様も私を強く抱きしめ直して、声にならない嗚咽を口から漏らしていた。

 それから兄様に抱擁し、父様の傍へと寄る。

 そして笑みを浮かべながら、私は驚いたように目を見開かせる父様の腰に腕を回して抱きしめた。

 父様は躊躇いがちに私に触れると、啜り泣きながら漸く抱きしめ返す。

 いつも拒否ってごめんね?


「ノ、ノーラ。ノーラ……」

「ありがとう、父様。それから、ごめんなさい。たくさん心配させてしまった。色んな迷惑を掛けてしまった。気苦労が多かった事だろう。面倒事も多かった事だろう。大変だったね。ごめんね。……でももう、大丈夫だから。これからは、大丈夫になるから」

「そんな事、ぐすっ。ノーラが気にする事ではないよ」

「うん、ありがとう」


 本当に、ありがとう。

 所詮家族なんてものは偽りだと、直ぐに壊れてしまうものだと、そう思っていた。

 だから色々と、試す様な事をしてしまった。

 我ながら面倒臭い子だと思う。

 でも、その全てを父様は、母様は、兄様は、受け入れてくれた。

 そして、こんな私を愛してくれた。


 認めざるを得ない。

 貴方たちは、最高の家族だった。素晴らしい人達だった。

 これ程出来た父親は、母親は、兄は、どこを探しても他にはいないだろう。

 だから、私は、出ていくよ。

 これからはどうか、平穏になるであろう日々の中で、……どうか幸せに生きてくれ。

 ありがとう。そして、さようなら。


 


********


「……本当に、行くのね?」

「うん。エル達こそ、本当にいいのかい?」

「私は、レオ無しじゃ生きられないわ」

「お嬢の隣が俺の居場所だ!」

「グルル……」

「ふふ、そうか。それじゃ、エレオノーラ・カーティス改め、吸血鬼レオ。今後はそういう認識で頼むよ。……えっと。これからも、よろしくね?」


 月明かりのみ照らす部屋の中、マントと仮面を付けた人影三つに獣が一匹。

 彼らの影は、闇の中へと静かに消えていった。


 ――カーティス家の御令嬢、エレオノーラ・カーティス。

 自身の6才の誕生日が行われたその日の夜、彼女は、姿を消した。




*******


 翌日。

 もうどれ程そうしていた事だろう。

 書斎机に両肘を付き、組んだ手に額を乗せた姿勢のまま、アルバートは動かない。

 思考は停止し、その瞳に光はなかった。

 朝食に姿を見せないエレオノーラに、何となく今朝は胸騒ぎがして、アルバートが直々に様子を見に行った。

 部屋は、蛻の殻。

 隣のエルの部屋を慌てて見に行くも、姿はない。

 唯、紋章の付いた武器と指輪がベッドの上に丁寧に置かれ、それが彼女の消失を物語っていた。

 クロとシロも、邸のどこを探しても見つからない。

 もしかしたら、ちょっと出かけているだけかもしれない。

 そんな考えが過りはするものの、何となくアルバートは、ノーラ達はもう戻ってこないだろうと、そんな確信めいた予感を感じていた。

 直ぐに街へと第三私兵団を放ち捜索に当たらせるが、報告は未だ無し。

 仕事は、休んだ。

 娘が失踪したのだから、当然だ。行った処で手に付く筈がない。


「……」


 髪が一房垂れてきて、目元にかかる。

 人形の様に固まったまま、それから更に時間が過ぎていった。

 そして、日が真上に昇り切った頃。

 漸く組んだ手から額を離し、僅かに顔を上げるアルバート。


「――セバス。全私兵団団長、副団長各員を招集しろ。……会議を開く」


 小声でありながらも、酷く低い声を発しながら呟いた。

 部屋にはもちろん、誰もいない。

 小さな吐息と共に前を見据えたアルバートの瞳には、何かの決意が込められた、強い光が灯っていた。




次回で第一章、完結です。

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