吸血鬼。
説明回です。
――吸血鬼。
といっても、血を吸わないと生きられない訳ではない。
吸血鬼は血を吸う事で魔力を回復させ、更にはその個体の身体情報……つまりはDNAを自身に取り込むことが出来る。
それによって、血を吸った相手のスキルを自身も扱える様になる。
しかし、その個体が持っていたスキル全てを、という訳ではない。
取り込めるのは体質に由来する生得的な才能のみで、『剣技』や『俊足』など、後天的な技能スキルは無理である。
しかし、技能は才能に依存する面が大きいため、才能さえ手に入れてしまえば、後はどうにでもなるけれど。
吸血による力の増強。
なるほど。確かに厄介だ。
だが、吸血鬼が生来持っている能力と比べれば、奪った能力など唯の小ネタ。
吸血鬼の本当の恐ろしさは、こんなものではないのだ。
その能力は数多く、どれも強大ではあるが、特に厄介なものは2つ。
1つは、闇と血を操る能力。
これは魔法ではなく、才能だ。故に、詠唱は必要ない。
鳥は魔法を使わずとも空を飛ぶ。それと同じ。
よって、血液の流れる生き物が、血を支配する吸血鬼に勝てる筈もない。
そして2つ目――不死性。
言わずもがな、これが最も厄介で、吸血鬼が恐れられる一番の理由である。
何とか傷を与えても、『再生』の治癒スキルによって傷は瞬時に再生する。
回復ではない。再生なのだ。
身体を真っ二つにしても、首を斬り落としても、元に戻る。
殺しても殺しても、生きている万全の状態へと戻っていく。
……もう、ね、戦ってる人からしたら、唯のホラーだよね。
しかし、そんな不死性を持つ吸血鬼であったにもかかわらず、彼らはヒト族によって、およそ700年前に滅ぼされた。
何故か。
……そもそも吸血鬼の不死とは、何もそれ単体に限っての事ではない。
吸血鬼の不死性とはつまり、吸血鬼という種族全体的なもの。
彼らは全員で一個体。
遺伝子さえどこかに残っていれば、時が経って復活する。
吸血鬼一人の復活は、それはもう、吸血鬼という種族の復活である。
彼らは交尾によって子を成さず、『分体』というスキルによって子を成す。
魔力を込めて、自分の分身とも言える子を創るのだ。
しかし、それは無尽蔵にではなく、限りはある。
何せ、彼らは一個体。
元々は、一人の女から派生した。
“原初の吸血鬼”と呼ばれる彼女が持っていた能力以上の事は出来ない。
例えば、彼女には10人の吸血鬼を創れるだけの力があったとする。
『分体』によって子を成す際、その子には自分の込めた魔力と共に能力も分け与える事になる。
その時、5人創れるだけの『分体』の能力を子に付与した場合、その吸血鬼は5人までしか子を創れない。
そして、原初の吸血鬼が『分体』よって創れる子の数は残り4人となる。
では、分体が死んだ場合どうなるか。
仮に、原初の吸血鬼が直々に創った、5人まで分体可能な子をaとする。
aは『分体』によって、3人創れるだけの『分体』能力を授けたbを創った。
そしてbは、1人創れるだけの『分体』能力を授けたcを創る。
その後、bとcはそれ以上分体を増やすことなく死んだとしよう。
すると、bの親元であるaが創れる分体の数が1人増える。
但し、授けた能力までは親元に変換されないので、bに授けた分体量までは増えない。
だが、彼らは全員で一個体である為、bとcが持っていた能力が消失する訳ではない。
次にaが、子のb´を創った時、そのb´にbとcが持っていた分の能力が自動的に付与される。
よってb´には、aが付与した能力+(bに残っていた能力+cの能力)が宿るという訳だ。
吸血によって得た能力は継承出来ないが、元が一人の吸血鬼であった事もあり、彼らの能力は遺伝子レベルで繋がり合う。
誰かが死ぬと、その死んだ者から一番近い親元が次に創る子の遺伝子に共鳴して、その能力は引き継がれる。
更に言えば、能力だけではない。記憶もである。
新たに造られた子には、自身に一番近い遺伝子情報を持つ死者の記憶が、自分に宿る。
b´の場合は、bの記憶のみが引き継がれるという具合だ。
記憶は経験とも言えるものであり、それを受け継いだ子は、純粋な能力以上の力を発揮する。
つまりは、数が減る程に、次に創られる子の力は強大となる訳だが、逆に言えば、数が増える程に、親元の力は弱体化する。
大本である原初の吸血鬼は、分体を多く創り過ぎた為に、その能力は大幅に低下した。
それこそ、『再生』の能力さえ上手く働かない程に。
よって彼女は、唯の勇者に殺された。
母を殺された吸血鬼たちは当然怒り、歯止めを失ったかのように人々を襲い始める。
それを脅威に感じた人間側は、頼みの綱として召喚の儀を行いまくる訳だが、その中に、『武器生成』という特殊スキルを持つ男がいた。
この特殊スキルは異世界人のみが持つものであり、生得的な才能でも、後天的な技能でもない。
この世界の常識が全く通用しない、異質な能力。
同じく異質に思える吸血鬼の能力でさえ、一応その仕組みには理屈がある。
吸血による力の増強と不死性は、種族特有の体質に依るものだし、闇や血を操る能力は、そこに自分の魔力を流し込んで干渉している故に出来ている事。
まぁ、息をするように出来るので、緻密なコントロールをする場合でもなければ、あまり意識もしないけれど。
科学が発展した前世の知識も持つ私からすれば、納得できない事がまだまだ多いこの世界。
だが、魔法飛び交うファンタジーなこの世界なりに、一応の理論は存在しているのだ。
しかし、異世界人の特殊スキルは別。そして規格外。
どんな理論を用いても説明出来ず、解析は不可能。
その『武器生成』というスキルは、文字の如く武器を生み出す能力なのだが、作り方が人智を超えていた。
記録に依ると、男は想像するだけで武器を創り出せたという。
“作る”というより、“創る”のだ。神の如く業で。
しかも1つだけ、思ったままの性能まで付与されて。
炎を纏う剣、雷を放つ弓矢、受けた攻撃をそのまま相手に跳ね返す盾など。
彼の創り出した武器は、今も神器として一部が残っており、その価値は国宝級である。
といっても、この世界の魔法技術と組み合わせれば、再現可能な武器も数多いけどね。
というか、火を放つ魔道具と組み合わせた炎の剣とか、既にあるし。
再現不可能な武器も確かにあるから、神器と言っても過言ではないけれど、少々大袈裟だろうと思えるものや、「明らかこれ、ふざけて創ったよね?」というものまで、その作品の数と種類は多岐にわたる。
例えば、振りかざす度に屁の臭い漂う剣とか。
……それもう、唯の臭い剣じゃん。
というか、剣にうんこ塗りたくれば良くね?
寧ろ、そっちの方が威力凄くね?
……少々話が逸れたが、兎にも角にも、吸血鬼は彼の作る武器によって滅ぼされた。
彼は武器に、“不死殺し”という性能を付与したのだ。
再生を無効化した、正に吸血鬼を殺す為だけに作られた武器の数々。
その武器を手に、S級冒険者と勇者、そして戦える能力を持って召喚された異世界人。
彼らを先頭に、その吸血鬼殲滅戦は幕を上げた。
それでも、たった数十人という数の少なさで、そんなチート集団とほぼ互角に戦い抜いた吸血鬼は流石と言える。
しかし、掠り傷であっても傷が再生せず、血が流れ続ける不死殺しの武器はやはり脅威。
膠着状態であった戦況も、戦いが長引くにつれて吸血鬼の劣勢となっていく。
吸血鬼も数が減った分、強い分体を創る事で何とか種族の存続を図るが、……悲しい哉。
吸血鬼も所詮は生命体。誕生時は赤子なのだ。
人々は殺して殺して、分体する前に親元も殺して、創られたばかりの赤子も殺した。
そして、遂には滅びた。
だが、人々はその不死性に恐れを抱き、滅びて尚、今も吸血鬼は討伐対象として認定され続けている。
当時の大戦と、吸血鬼の恐ろしさを忘れぬように。
そして、その恐れは今、現実となった訳だが。
――吸血鬼、復活しちゃったよ☆てへ。
しかも、当時の全ての吸血鬼の能力を統合し、一個体となった姿で。
その力は、分体によって数を増やす前の、原初の吸血鬼の全盛期と同等。
いやはや、まさか吸血鬼の不死性がこれ程とは、誰も想像すら出来なかった事だろう。
全く、本当に厄介な種族である。
え?何故、人間側に遺伝子が残っていたかって?
そんなもん、人間と交わった吸血鬼がいたからに決まっている。
え?誰かって?
それはねー、実は二人いるんだよねぇ。
一人は原初の吸血鬼様。
そして二人目は、私の一番近い親元でもあるヨハネスさん。
だから私の中には、親元であるヨハネスの記憶はもちろん、吸血鬼の力の根源であるが故に、“原初の吸血鬼”の記憶も宿っている。
……彼らは、人間を愛してしまったのだ。
喰種と違って、吸血鬼が人間と交わって子を成した際、生まれてくる子は唯の人間。
吸血鬼の能力は一切受け継がれない。
しかし、受け継がれないのは能力のみで、容姿的な遺伝情報は影響する。
その為、確かに自分の遺伝子は子の中に組み込まれている事になる。
人間に組み込まれ、尚且つ時代と共に薄れてゆく血などに、吸血鬼が幾ら死んだところで遺伝子同士の共鳴は起こらない。
……絶滅さえしていなければ。
吸血鬼は滅び、残された遺伝子は人間の中に拡散された脆弱なもののみ。
けれど、吸血鬼の不死性は絶対。
不死殺しと言えども、遺伝子レベルでの能力の消去は叶わなかった。
だって、既に人間の中に組み込まれちゃってたしね。
そして700年という長い時を掛けて、吸血鬼の力は同族の遺伝子と共鳴し続け、漸く蘇った。
とは言え、これでも大分早い方だ。
恐らく、蘇るにはもっと時間が掛かった筈である。
それこそ1000年単位での、気の遠くなるような時が。
吸血鬼でない種族同士の間から、吸血鬼の子が誕生する。これは奇跡としか言えない程の天文学的な確率だ。
吸血鬼が分体し、その100%が吸血鬼遺伝子である為に継承可能だった能力が、唯少しだけ吸血鬼の遺伝子が混ざってる程度の人間に、容易く受け継がれる訳がないのである。
それがこんなにも早く、たった700年で復活できた。
正に奇跡を超えた奇跡。
“死んでも転生して生きなければならない”という世界の理。
生に憎悪し絶望する黒沼優美にとって、それは究極の理不尽であった。
だから黒沼優美は力を求めた。
世界の理に、理不尽に抗う為の力をと。
そしてその想いはあまりに強大で、吸血鬼を蘇らせ、自分の力にするという奇跡さえも成し得てしまった。
だからこの力は、黒沼優美の願いの結果得たもの。
黒沼優美の憎悪と絶望と、……悲しみの証。
死を渇望する癖に不死だなんて、なんとも皮肉ではないか。
生を否定する癖に不死だなんて、なんとも滑稽ではないか。
……17歳で死んだ黒沼優美。
彼女は確かに生に絶望し、死を切望し、そして死んだ。
けれど、けれど、……もしかしたら彼女は、もっと――。
――いや、どちらにせよ、もう過ぎた事か。
あの時絶望した時点で、私はもう生きられない。
転生など、もうする訳にはいかない。
これ以上の絶望を黒沼優美に刻むことは、この私が許さない。
弔おう。黒沼優美を。
弔おう。私自身を。
生きるのはもう、私で最後。これで、終わりにしなければ。
私は本を閉じると、シロに深く凭れ掛かって、深く息を吐く。
木の葉の揺れる音を聞きながら、木陰の涼しさに微睡んだ。
太陽の熱は日に日に増していき、初夏独特の草木の香りが心地よかった。
目の前に広がる、裏庭に作られた訓練場では、エルとクロが私兵団達と手合わせの最中。
全く、汗を流しながらよくやるねぇ?暑いだろうに。
ふふ、と目を閉じながら口元を緩める。
「おい!何してるんだよ、お前!せっかく友達のオレが遊びに来てやってるんだぞ!?まさか寝るつもりか?」
「……」
……今日も来ました、クリストフ。
クリストフは兄様の誕生日以来、何故か結構な頻度で邸にやって来る。
特に構ってる訳でもないし、それどころかほとんど放置しているにも拘らず、何故かこの子はやってくる。
正直……というか、態度でありありと表現しているつもりだが、マジで面倒臭い。
果てしなく面倒臭い。
馬鹿って、ある意味最強だよねぇ。
「殿下、私の言った四つ葉のクローバーは見つけたのですか?」
「ああ!見ろ、コレ!!どうだ、早いだろ!お前より早く見つけたぞ?オレの勝ちだな!」
「わぁ、本当ですねぇ。スゴイスゴイ。では、次は五つ葉を見つけて来て下さい」
「分かった!どっちが早く見つけられるか、また勝負だな!」
「そうですねー。じゃあ、よーい……ドン」
クリストフは一人、訓練場を横切った先にある雑草の群生地帯目掛けて、ダッシュで走り出した。
行ってらっしゃい。気を付けてね。
そして私は再び目を瞑った。
ああ、本当、今日もいい天気。
暫くして。
お昼寝から目覚めると、何故か隣にはクリストフが、同じくシロを枕に眠っていた。
遊び疲れちゃったかな?
……あれ、何かデジャブ。
そしてクリストフの手へと視線を送ると、そこには五つ葉のクローバーがしっかりと握られていた。
「ふふ、また負けてしまったね」
頑張ったねぇ。暑かったろうに。
私は小さく笑いながら、頭上に乗せたスーちゃんへと手を伸ばす。
「……ん?」
指に、髪以外の何かが当たった。
ゴミだろうか?
やけに細長く、柔らかい。
それのおかげで、髪が絡まってしまっている。
私は、指で髪を解きながらそれを取った。
そして、見る。
「……ふふ」
そこにあったのは、四つ葉のクローバー。
くれるという事だろうか?
元より強く握りしめられていたそれはヨレヨレで、尚且つ不器用に髪に差し込まれたものだから、余計に折れ曲がったりと見るも無残な姿である。
「少し、雑過ぎやしないかい?」
私は哀れなクローバーの姿に苦笑しながら、先程の動作の続きとして、スーちゃんを頭から下ろした。
そしてクリストフの火照った頬を冷やす様に、スーちゃんを頭の上に乗せてあげる。
ヨレヨレで折れ曲がり、潰れかかったクローバー。
摘まんだ茎の部分を指先でクルクルと回して見つめると、私はそれを髪に丁寧に差し直す。
「ふふ、今日だけは、このまま付けておこうか」
それから私は膝に乗せていた読みかけの本を開くと、文章に目を落とす。
……友達、か。
そういえば、あいつは今どうしているだろうか。
ピンクが好きで、派手好きで、漫画やアニメはもっと好きで。
強気に見えて、実は寂しがりで泣き虫。
黒沼優美の、唯一の友達。
だからこそ、黒沼優美の死を一人背負い込んでいなければいいのだが。
……いや、考えすぎか。
人一人の死なんて世界にとってはちっぽけで、どれだけ大切な人が死のうとも、目まぐるしく過ぎる日々の中で、その存在は少しずつ薄れていく。
そしていつかは思い出となる。
悲しんでくれたのかもしれないが、それもいつかは消えていく。
ましてや、家族や恋人なんかの死に比べれば、友人一人の死など大したことではないだろう。
私は小さく笑みを零すと、肩を竦めてクリストフを見る。
そして、呟く。
「そうだろう?」
友人一人消えたところで、大したことではないだろう?
言い聞かせる様にそう小さく呟いて、私は隣に眠る幼子の髪に付いた草を、撫でる様に、静かに払ってやった。




