表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
45/217

吸血鬼。

説明回です。

 ――吸血鬼。

 といっても、血を吸わないと生きられない訳ではない。

 吸血鬼は血を吸う事で魔力を回復させ、更にはその個体の身体情報……つまりはDNAを自身に取り込むことが出来る。

 それによって、血を吸った相手のスキルを自身も扱える様になる。

 しかし、その個体が持っていたスキル全てを、という訳ではない。

 取り込めるのは体質に由来する生得的な才能のみで、『剣技』や『俊足』など、後天的な技能スキルは無理である。

 しかし、技能は才能に依存する面が大きいため、才能さえ手に入れてしまえば、後はどうにでもなるけれど。


 吸血による力の増強。

 なるほど。確かに厄介だ。

 だが、吸血鬼が生来持っている能力と比べれば、奪った能力など唯の小ネタ。

 吸血鬼の本当の恐ろしさは、こんなものではないのだ。

 その能力は数多く、どれも強大ではあるが、特に厄介なものは2つ。

 1つは、闇と血を操る能力。

 これは魔法ではなく、才能だ。故に、詠唱は必要ない。

 鳥は魔法を使わずとも空を飛ぶ。それと同じ。

 よって、血液の流れる生き物が、血を支配する吸血鬼に勝てる筈もない。

 そして2つ目――不死性。

 言わずもがな、これが最も厄介で、吸血鬼が恐れられる一番の理由である。

 何とか傷を与えても、『再生』の治癒スキルによって傷は瞬時に再生する。

 回復ではない。再生なのだ。

 身体を真っ二つにしても、首を斬り落としても、元に戻る。

 殺しても殺しても、生きている万全の状態へと戻っていく。

 ……もう、ね、戦ってる人からしたら、唯のホラーだよね。


 しかし、そんな不死性を持つ吸血鬼であったにもかかわらず、彼らはヒト族によって、およそ700年前に滅ぼされた。

 何故か。

 ……そもそも吸血鬼の不死とは、何もそれ単体に限っての事ではない。

 吸血鬼の不死性とはつまり、吸血鬼という種族全体的なもの。

 彼らは全員で一個体。

 遺伝子さえどこかに残っていれば、時が経って復活する。

 吸血鬼一人の復活は、それはもう、吸血鬼という種族の復活である。

 彼らは交尾によって子を成さず、『分体』というスキルによって子を成す。

 魔力を込めて、自分の分身とも言える子を創るのだ。

 しかし、それは無尽蔵にではなく、限りはある。

 何せ、彼らは一個体。

 元々は、一人の女から派生した。

 “原初の吸血鬼”と呼ばれる彼女が持っていた能力以上の事は出来ない。

 例えば、彼女には10人の吸血鬼を創れるだけの力があったとする。

 『分体』によって子を成す際、その子には自分の込めた魔力と共に能力も分け与える事になる。

 その時、5人創れるだけの『分体』の能力を子に付与した場合、その吸血鬼は5人までしか子を創れない。

 そして、原初の吸血鬼が『分体』よって創れる子の数は残り4人となる。

 では、分体が死んだ場合どうなるか。

 仮に、原初の吸血鬼が直々に創った、5人まで分体可能な子をaとする。

 aは『分体』によって、3人創れるだけの『分体』能力を授けたbを創った。

 そしてbは、1人創れるだけの『分体』能力を授けたcを創る。

 その後、bとcはそれ以上分体を増やすことなく死んだとしよう。

 すると、bの親元であるaが創れる分体の数が1人増える。

 但し、授けた能力までは親元に変換されないので、bに授けた分体量までは増えない。

 だが、彼らは全員で一個体である為、bとcが持っていた能力が消失する訳ではない。

 次にaが、子のb´を創った時、そのb´にbとcが持っていた分の能力が自動的に付与される。

 よってb´には、aが付与した能力+(bに残っていた能力+cの能力)が宿るという訳だ。

 吸血によって得た能力は継承出来ないが、元が一人の吸血鬼であった事もあり、彼らの能力は遺伝子レベルで繋がり合う。

 誰かが死ぬと、その死んだ者から一番近い親元が次に創る子の遺伝子に共鳴して、その能力は引き継がれる。

 更に言えば、能力だけではない。記憶もである。

 新たに造られた子には、自身に一番近い遺伝子情報を持つ死者の記憶が、自分に宿る。

 b´の場合は、bの記憶のみが引き継がれるという具合だ。

 記憶は経験とも言えるものであり、それを受け継いだ子は、純粋な能力以上の力を発揮する。

 つまりは、数が減る程に、次に創られる子の力は強大となる訳だが、逆に言えば、数が増える程に、親元の力は弱体化する。

 大本である原初の吸血鬼は、分体を多く創り過ぎた為に、その能力は大幅に低下した。

 それこそ、『再生』の能力さえ上手く働かない程に。

 よって彼女は、唯の勇者に殺された。

 母を殺された吸血鬼たちは当然怒り、歯止めを失ったかのように人々を襲い始める。

 それを脅威に感じた人間側は、頼みの綱として召喚の儀を行いまくる訳だが、その中に、『武器生成』という特殊スキルを持つ男がいた。

 この特殊スキルは異世界人のみが持つものであり、生得的な才能でも、後天的な技能でもない。

 この世界の常識が全く通用しない、異質な能力。

 同じく異質に思える吸血鬼の能力でさえ、一応その仕組みには理屈がある。

 吸血による力の増強と不死性は、種族特有の体質に依るものだし、闇や血を操る能力は、そこに自分の魔力を流し込んで干渉している故に出来ている事。

 まぁ、息をするように出来るので、緻密なコントロールをする場合でもなければ、あまり意識もしないけれど。

 科学が発展した前世の知識も持つ私からすれば、納得できない事がまだまだ多いこの世界。

 だが、魔法飛び交うファンタジーなこの世界なりに、一応の理論は存在しているのだ。

 しかし、異世界人の特殊スキルは別。そして規格外。

 どんな理論を用いても説明出来ず、解析は不可能。

 その『武器生成』というスキルは、文字の如く武器を生み出す能力なのだが、作り方が人智を超えていた。

 記録に依ると、男は想像するだけで武器を創り出せたという。

 “作る”というより、“創る”のだ。神の如く業で。

 しかも1つだけ、思ったままの性能まで付与されて。

 炎を纏う剣、雷を放つ弓矢、受けた攻撃をそのまま相手に跳ね返す盾など。

 彼の創り出した武器は、今も神器として一部が残っており、その価値は国宝級である。

 といっても、この世界の魔法技術と組み合わせれば、再現可能な武器も数多いけどね。

 というか、火を放つ魔道具と組み合わせた炎の剣とか、既にあるし。

 再現不可能な武器も確かにあるから、神器と言っても過言ではないけれど、少々大袈裟だろうと思えるものや、「明らかこれ、ふざけて創ったよね?」というものまで、その作品の数と種類は多岐にわたる。

 例えば、振りかざす度に屁の臭い漂う剣とか。

 ……それもう、唯の臭い剣じゃん。

 というか、剣にうんこ塗りたくれば良くね?

 寧ろ、そっちの方が威力凄くね?

 ……少々話が逸れたが、兎にも角にも、吸血鬼は彼の作る武器によって滅ぼされた。

 彼は武器に、“不死殺し”という性能を付与したのだ。

 再生を無効化した、正に吸血鬼を殺す為だけに作られた武器の数々。

 その武器を手に、S級冒険者と勇者、そして戦える能力を持って召喚された異世界人。

 彼らを先頭に、その吸血鬼殲滅戦は幕を上げた。

 それでも、たった数十人という数の少なさで、そんなチート集団とほぼ互角に戦い抜いた吸血鬼は流石と言える。

 しかし、掠り傷であっても傷が再生せず、血が流れ続ける不死殺しの武器はやはり脅威。

 膠着状態であった戦況も、戦いが長引くにつれて吸血鬼の劣勢となっていく。

 吸血鬼も数が減った分、強い分体を創る事で何とか種族の存続を図るが、……悲しい哉。

 吸血鬼も所詮は生命体。誕生時は赤子なのだ。

 人々は殺して殺して、分体する前に親元も殺して、創られたばかりの赤子も殺した。

 そして、遂には滅びた。

 だが、人々はその不死性に恐れを抱き、滅びて尚、今も吸血鬼は討伐対象として認定され続けている。

 当時の大戦と、吸血鬼の恐ろしさを忘れぬように。

 そして、その恐れは今、現実となった訳だが。


 

 ――吸血鬼、復活しちゃったよ☆てへ。

 しかも、当時の全ての吸血鬼の能力を統合し、一個体となった姿で。

 その力は、分体によって数を増やす前の、原初の吸血鬼の全盛期と同等。

 いやはや、まさか吸血鬼の不死性がこれ程とは、誰も想像すら出来なかった事だろう。

 全く、本当に厄介な種族である。

 え?何故、人間側に遺伝子が残っていたかって?

 そんなもん、人間と交わった吸血鬼がいたからに決まっている。

 え?誰かって?

 それはねー、実は二人いるんだよねぇ。

 一人は原初の吸血鬼様。

 そして二人目は、私の一番近い親元でもあるヨハネスさん。

 だから私の中には、親元であるヨハネスの記憶はもちろん、吸血鬼の力の根源であるが故に、“原初の吸血鬼”の記憶も宿っている。

 ……彼らは、人間を愛してしまったのだ。

 喰種と違って、吸血鬼が人間と交わって子を成した際、生まれてくる子は唯の人間。

 吸血鬼の能力は一切受け継がれない。

 しかし、受け継がれないのは能力のみで、容姿的な遺伝情報は影響する。

 その為、確かに自分の遺伝子は子の中に組み込まれている事になる。

 人間に組み込まれ、尚且つ時代と共に薄れてゆく血などに、吸血鬼が幾ら死んだところで遺伝子同士の共鳴は起こらない。

 ……絶滅さえしていなければ。

 吸血鬼は滅び、残された遺伝子は人間の中に拡散された脆弱なもののみ。

 けれど、吸血鬼の不死性は絶対。

 不死殺しと言えども、遺伝子レベルでの能力の消去は叶わなかった。

 だって、既に人間の中に組み込まれちゃってたしね。

 そして700年という長い時を掛けて、吸血鬼の力は同族の遺伝子と共鳴し続け、漸く蘇った。

 とは言え、これでも大分早い方だ。

 恐らく、蘇るにはもっと時間が掛かった筈である。

 それこそ1000年単位での、気の遠くなるような時が。

 吸血鬼でない種族同士の間から、吸血鬼の子が誕生する。これは奇跡としか言えない程の天文学的な確率だ。

 吸血鬼が分体し、その100%が吸血鬼遺伝子である為に継承可能だった能力が、唯少しだけ吸血鬼の遺伝子が混ざってる程度の人間に、容易く受け継がれる訳がないのである。

 それがこんなにも早く、たった700年で復活できた。

 正に奇跡を超えた奇跡。

 

 “死んでも転生して生きなければならない”という世界の理。

 生に憎悪し絶望する黒沼優美にとって、それは究極の理不尽であった。

 だから黒沼優美は力を求めた。

 世界の理に、理不尽に抗う為の力をと。

 そしてその想いはあまりに強大で、吸血鬼を蘇らせ、自分の力にするという奇跡さえも成し得てしまった。

 だからこの力は、黒沼優美の願いの結果得たもの。

 黒沼優美の憎悪と絶望と、……悲しみの証。

 死を渇望する癖に不死だなんて、なんとも皮肉ではないか。

 生を否定する癖に不死だなんて、なんとも滑稽ではないか。

 

 ……17歳で死んだ黒沼優美。

 彼女は確かに生に絶望し、死を切望し、そして死んだ。

 けれど、けれど、……もしかしたら彼女()は、もっと――。

 ――いや、どちらにせよ、もう過ぎた事か。

 あの時絶望した時点で、私はもう生きられない。

 転生など、もうする訳にはいかない。

 これ以上の絶望を黒沼優美に刻むことは、この私が許さない。

 弔おう。黒沼優美を。

 弔おう。私自身を。

 生きるのはもう、私で最後。これで、終わりにしなければ。




 私は本を閉じると、シロに深く凭れ掛かって、深く息を吐く。

 木の葉の揺れる音を聞きながら、木陰の涼しさに微睡んだ。

 太陽の熱は日に日に増していき、初夏独特の草木の香りが心地よかった。

 目の前に広がる、裏庭に作られた訓練場では、エルとクロが私兵団達と手合わせの最中。

 全く、汗を流しながらよくやるねぇ?暑いだろうに。

 ふふ、と目を閉じながら口元を緩める。


「おい!何してるんだよ、お前!せっかく友達のオレが遊びに来てやってるんだぞ!?まさか寝るつもりか?」

「……」


 ……今日も来ました、クリストフ。

 クリストフは兄様の誕生日以来、何故か結構な頻度で邸にやって来る。

 特に構ってる訳でもないし、それどころかほとんど放置しているにも拘らず、何故かこの子はやってくる。

 正直……というか、態度でありありと表現しているつもりだが、マジで面倒臭い。

 果てしなく面倒臭い。

 馬鹿って、ある意味最強だよねぇ。


「殿下、私の言った四つ葉のクローバーは見つけたのですか?」

「ああ!見ろ、コレ!!どうだ、早いだろ!お前より早く見つけたぞ?オレの勝ちだな!」

「わぁ、本当ですねぇ。スゴイスゴイ。では、次は五つ葉を見つけて来て下さい」

「分かった!どっちが早く見つけられるか、また勝負だな!」

「そうですねー。じゃあ、よーい……ドン」


 クリストフは一人、訓練場を横切った先にある雑草の群生地帯目掛けて、ダッシュで走り出した。

 行ってらっしゃい。気を付けてね。

 そして私は再び目を瞑った。

 ああ、本当、今日もいい天気。



 

 暫くして。

 お昼寝から目覚めると、何故か隣にはクリストフが、同じくシロを枕に眠っていた。

 遊び疲れちゃったかな?

 ……あれ、何かデジャブ。

 そしてクリストフの手へと視線を送ると、そこには五つ葉のクローバーがしっかりと握られていた。


「ふふ、また負けてしまったね」


 頑張ったねぇ。暑かったろうに。

 私は小さく笑いながら、頭上に乗せたスーちゃんへと手を伸ばす。


「……ん?」


 指に、髪以外の何かが当たった。

 ゴミだろうか?

 やけに細長く、柔らかい。

 それのおかげで、髪が絡まってしまっている。

 私は、指で髪を解きながらそれを取った。

 そして、見る。


「……ふふ」


 そこにあったのは、四つ葉のクローバー。

 くれるという事だろうか?

 元より強く握りしめられていたそれはヨレヨレで、尚且つ不器用に髪に差し込まれたものだから、余計に折れ曲がったりと見るも無残な姿である。


「少し、雑過ぎやしないかい?」


 私は哀れなクローバーの姿に苦笑しながら、先程の動作の続きとして、スーちゃんを頭から下ろした。

 そしてクリストフの火照った頬を冷やす様に、スーちゃんを頭の上に乗せてあげる。

 ヨレヨレで折れ曲がり、潰れかかったクローバー。

 摘まんだ茎の部分を指先でクルクルと回して見つめると、私はそれを髪に丁寧に差し直す。


「ふふ、今日だけは、このまま付けておこうか」

 

 それから私は膝に乗せていた読みかけの本を開くと、文章に目を落とす。

 ……友達、か。

 そういえば、あいつは今どうしているだろうか。

 ピンクが好きで、派手好きで、漫画やアニメはもっと好きで。

 強気に見えて、実は寂しがりで泣き虫。

 黒沼優美の、唯一の友達。

 だからこそ、黒沼優美()の死を一人背負い込んでいなければいいのだが。

 ……いや、考えすぎか。

 人一人の死なんて世界にとってはちっぽけで、どれだけ大切な人が死のうとも、目まぐるしく過ぎる日々の中で、その存在は少しずつ薄れていく。

 そしていつかは思い出となる。

 悲しんでくれたのかもしれないが、それもいつかは消えていく。

 ましてや、家族や恋人なんかの死に比べれば、友人一人の死など大したことではないだろう。

 私は小さく笑みを零すと、肩を竦めてクリストフを見る。

 そして、呟く。


「そうだろう?」


 友人一人消えたところで、大したことではないだろう?

 言い聞かせる様にそう小さく呟いて、私は隣に眠る幼子の髪に付いた草を、撫でる様に、静かに払ってやった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ