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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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鑑定の儀。

 ……ん?

 ふと目を開けると、何か景色が後ろ向きに動いていた。

 あれ、いかんな。寝ぼけてる。

 ごしごしと目を擦りながら……って、いつの間に私は寝ていたんだ?


「あら、起こしちゃった?」


 耳元で聞こえてきた声に、漸く状況を把握。

 どうやら母様に抱っこされて移動しているらしい。


「ふふ、よく寝ていたわ」

「……もう時間?」

「ええ。でも、眠たかったらまだ寝ててもいいわよ」

「いや、大丈夫だ。そろそろ下ろしてくれ。自分で歩くよ」

「ダーメ。もうこのまま運んじゃうわ」

「……」


 背をポン、ポンと叩かれながら頬擦りをしてくる母様。

 私は「はぁ」と諦めた様に小さく吐息を零すと、母様の肩に顎を乗せた。

 それから暫く、後ろ向きに流れていく景色を眺めていると、母様が不意に立ち止まる。

 何事かと身を捩らせて振り返り、前方を確認。

 廊下の先には、丁度曲がり角から直進してきたのだろう兄様と王子兄弟の3人が、こちらに気付いて足を止めていた。

 少しの間見つめ合う両陣営だったが、グレンが動き出したことで場が動き出す。

 グレンは笑みを湛えながら、私の方へと歩を進めた。

 次いでその後ろからは、顔を俯かせるクリストフと、心配そうな表情を浮かべる兄様が続く。


「……母様。そろそろ下ろしてくれ。これでは格好が付かないからね」

「はぁ……。殿下って、空気が読めないのかしらねぇ?」


 溜息を吐きながら、母様はゆっくりと私を床へと下ろす。

 私は「ありがとう」と礼を言うと、近付いて来るグレンに視線を向けた。


「やぁやぁ。さっき振りだね、エレオノーラ嬢。先程はすまなかった。つい熱くなってやり過ぎてしまったと猛省していたところだ。愚弟共々、お詫びしよう」


 笑みを湛えながら、グレンはクリストフの背中を押して、弟を自身の前へと押しやった。

 クリストフは俯きながらもこちらを上目遣いで見遣ると、「……虫を投げて、ごめんな」ともじもじしながら呟く。

 その謝罪に私は、不思議そうに首を傾げてクリストフを直視した。


「殿下からの謝罪は、既に頂いておりますが。それに……、ふふ。虫を投げ付けたことへの罰は、殿下も散々受けたでしょう?」

「……!」


 クリストフは目を見開かせると、私から受けた仕返しを思い出しているのか、顔を真っ赤にして涙目になった。

 そしてそのまま俯いて、口を堅く閉ざす。


「そして、グレン殿下」


 次に私は、クリストフの顔を笑いを堪える様にして見つめているグレンの真ん前へと近付いて、彼を見上げた。

 グレンは愉快そうな笑みから、悪い笑みへと表情を変え、「何だ?」と私を見下ろした。


「さっきの君の謝罪は、何に対してのものだ?私に攻撃を仕掛けてきた事?私を蹴り飛ばした事?私に短剣を投げ付けた事?」

「はははっ!何がとかではない。お前が不快に思った事全てに対して、さっきの謝罪を割り振るといい」

「……ふふ、随分な言い様だね?そんな高慢な謝罪は初めて聞いたよ。……まぁでも、そういう事なら謝罪は結構だ。こちらも本気ではなかったとはいえ、誤って殺してしまっても仕方ないぐらいの思いで君に応戦した訳だからね。だって先に仕掛けてきたのは君な訳だし、殺してしまってもそれは不可抗力だろう?正当防衛だろう?」


 私の言葉に、グレンは数回目を瞬かせると、口元を吊り上げて笑い声をあげた。


「ふ、はははははっ!お前、本当に面白い奴だな!そうか、あれで本気では無かったとほざくか。……やれやれ。まさか5才児に手を抜かれるなど、俺も舐められたものだな?」

「ふふふ?唯の事実だよ。君の言う様に、あれは唯の遊びだったのだから。でも……、一つだけ忠告しておくね。君は子供らしい幼稚な興味本位で、遊び感覚で私に手を出してきたのかもしれないが、あんなこと、もう2度としてはいけないよ?」

「おやおや。そいつは失礼。驚かせちまったかな?」

「いや、これはお願いでも命令でもなく、唯の忠告だ。仕掛けてきてもらっても大いに結構。だが――、」


 私は言葉を区切ると微笑みながら背伸びして、グレンの襟元を手で掴み、顔を引き寄せる。


「――次は本当に、殺してしまうかもしれない。手段を選ばず、瞬殺で。私はね、学習しない馬鹿でしつこい男が嫌いなんだ。暴力的な男はもっと嫌いだ」

「……っ」


 それから、目を見開くグレンの唇へと人差し指を当て、言葉を続ける。


「知ってるかい?影って……、口の中にも出来るんだよ?」


 そう言って、私はもう一度微笑むと、漸く手を離した。

 グレンは目を見開いたまま口元を抑えて、暫くの間、硬直していた。




******


 鑑定の儀を行う大広間の扉を開けると、見事なレッドカーペットが。

 そして、その道を囲う様に第一私兵団がズラリと整列し、その後ろには侍女と執事達も並んでいる。

 広間の中央には、鑑定石と思われる無色透明な美しい鉱石が、台座の上に鎮座していた。


「それじゃ、ノーラ。私達は奥で見てるからね」


 母様は台座の奥を指さして、微笑む。

 どうやら他の皆は広間の奥に居る様だ。

 父様が笑顔で、私とロベルトに小さく手を振っていた。


「分かった」

「ふふふ、練習通りにやれば大丈夫。失敗しても、身内ばかりだから気にしなくていいからね?レックスもフォローしてくれると思うし……。レックス、お願いね?」


 母様は私と兄様の頭を撫でると、傍にやって来たレックスに言葉を掛けた。


「心得ております」


 レックスは穏やかな表情で、優雅に頭を垂れる。

 その様子に母様は小さく頷くと、クリストフとグレンを連れて奥へと消えた。

 そして母様の後姿を見送った後、レックスは兄様に向き直り、優し気な瞳で祝辞を述べる。


「……ロベルト様、本日は誠におめでとうございます。大事もなく、ロベルト様が健やかに成長され、無事に今日という日を迎えられました事、大変嬉しく思います」

「ふふ、ありがとう。レックス達私兵団がいてくれるおかげだよ。これからもどうか、僕達を、カーティス家をよろしくね?」

「勿体無きお言葉。許されるならばこのレックス、カーティス家御方々に命ある限り仕えさせて頂く所存で御座います」


 レックスは笑みを湛えながら兄様に深く頭を下げると、次は私へと顔を向けた。


「そしてお嬢様。この度は異例の早さでの鑑定の儀、おめでとうございます。お嬢様の才能には、日々驚かされ、唯々敬服するばかりで御座います。……ですが、まだ幼い御身には大き過ぎるであろうその才が、いつかお嬢様を傷付けはしないかと、邸の者一同ずっと案じておりました。得体の知れぬその力に、お嬢様自身も不安を抱く事があったのではと浅慮致します。願わくば、今日を機に己を知り、その不安が取り除かれん事を、心よりお祈り申し上げております」

「……ありがとう。では、君たちの憂いが今日を機に晴れる事を、私も祈ろう。どんな結果になろうとも、どうか君たちは穏やかな日々を過ごしてくれ。……いや、そうなる事を、私は心から願っている」

「ご配慮、ありがとうございます。お嬢様の優しさには胸が温められるばかりで御座います。ですが、お嬢様の幸せなくして私たちの幸せもないという事、どうか胸に留めて置かれます様、お願い申し上げます」

「ふふ、分かったよ。そういう事にしておこうか」


 憂いを帯びた瞳で見つめてくるレックスに、私は小首を傾げて微笑んだ。

 レックスは私の返答に不服そうな表情を浮かべつつも、小さく溜息を吐いて後ろを振り返り、父様へと視線を送った。

 その視線に父様は頷いて返し、台座へと歩を進める。


「……では、これより鑑定の儀を始めさせて頂きます。御二方は私の後に続いて、中央の台座までお進み下さい。そちらでお父様がお待ちです」


 私と兄様が頷くのを確認すると、レックスは台座の方へと向きを変え、剣を抜く。

 そして剣先を天井へと向けて、顔の前で構えた。

 兄様は、今まさに歩き出そうとするレックスの後ろで、私に顔を近付けて声を潜める。


「ノーラ。分かんなくなったら、僕を真似ればいいからね?」

「ふふ、頼もしいね。ありがとう、兄様」


 互いに笑みを交わし合い、私たちはレックスに続いて足を踏み出した。

 整列する邸の者達は、皆瞳を伏せつつも、口元には穏やかな笑みを浮かべていた。

 隣をチラ見すると、兄様が視線に気づいてこちらに笑いかける。

 儀式といってもそこに厳かな雰囲気はなく、唯々和やかな空気が広間を満たしていた。

 台座の前に着くと、レックスは剣を鞘へと収め、床に膝を着けて父様に頭を垂れる。

 それに合わせて、私と兄様もレックスの後ろで同じ様に膝を折る。

 その後レックスは立ち上がると、私と兄様をその場に残し、道の脇へと歩を進めて私兵団と共に整列した。

 未だ頭を下げたままである私達に、見守る様な視線を向けながら。

 父様はレックスが列に戻ったのを見届けると、両の掌で台座ごと鑑定石を持ち、台座が置かれていた演台の前に立った。


「ロベルト・カーティス。前に」

「はい」


 父様に名を呼ばれ、兄様は顔を上げて立ち上がると、父様のもとへと歩き出す。


「触れなさい。君が君を知るために。そして今を見つめて、自分の可能性を探りなさい。考えなさい。創造しなさい。未来の自分の為に、励みなさい。この儀が、君をより良い道に導く助けとならん事を」

「……はい、父様」


 差し出された台座から鑑定石を手に取ると、兄様は目を瞑り、それに魔力を流し込んだ。

 そしてゆっくりと目を開けて吐息を零すと、台座へと鑑定石を戻す。


「エレオノーラ・カーティス。前に」

「はい」


 兄様と入れ替わる様に、次は私が前に出る。

 擦れ違いざま、兄様は私を安心させるように微笑みを向けてきた。


「触れなさい。君が君を知るために。君が君であるために。……そしてどうか、この儀がノーラに安らぎを与える助けとなりますように」

「……ありがとう、父様」


 私に合わせて少し膝を曲げる父様から鑑定石を受け取ると、私は目を瞑ってそれに魔力を流し込んだ。

 意識を手から石へと、気の様なものを流し込むイメージ。

 そして送り込まれた魔力が反射して、また石から手へと、私の体内へと戻される。


「……!!」


 思わず目を見開いた。

 鑑定石が、手から落ちる。


「ノーラ?」


 心配そうに私を呼ぶ父様の声が、聞こえた。

 ……なるほど。

 これがスキル鑑定か。

 これが、――私か。


「すまない。大丈夫だ」


 私は鑑定石を拾い上げ、台座へと戻した。


「何か、あったかい?」

「……何でもないよ、父様」


 私は微笑んで父様を見上げると、踵を返して兄様の隣へと戻って行った。




 ――この日、この時、私は私を知った。

 事の全てが腑に落ちて、全てを悟った。

 『吸血鬼』……それが、私だ。

 何百年も前に滅ぼされた、強い不死性を持った一族。

 その驚異的な不死性故に、滅びて尚、永久的に討伐対象で在り続ける真の化け物。

 危険レベルはSS級以上。計測は、不可能。


 ……はてさて、どうしたものか。

 私は口角を持ち上げると、小さく笑い声を零した。


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