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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
42/217

家族の想い。

「だから、あの馬鹿どもとノーラを会わせたくなかったんだよ」


 書斎にて、アルバートはソファに踏ん反り返りながら、長い脚を組んで紅茶を啜った。

 対面するは、今し方アルバートに“馬鹿ども”と罵られた人物らの父親。

 ベルンハルトは眉間に皺を寄せた仏頂面で、不機嫌そうにアルバートを見つめた。

 その内心は、不機嫌というよりも傷心と呼ぶ方が正しいが。


「……まだ、息子達が悪いと決まったわけでは――、」

「はぁ!?ノーラが元凶だと言いたいのかい!?絶対にそれはないね!賭けてもいいよ。負けたらそうだな……、君の目の前で首でも掻っ切ろうか?」


 はん!と腕を組んで見下す様な視線を向けるアルバート。

 その目は、マジである。


「……そんなことをされても、困るだけなのだが」

「そんなことにはならないから安心しなよ」


 アルバートはカップを手に持つと、乱暴に髪を掻き上げながら、苛立たし気に口へと紅茶を流し込んだ。

 その様子に、ベルンハルトは溜息を吐きつつ自身も紅茶を啜る。

 そして思う。

 「私って、国王、だよな……?」と。

 若干の疑問形である。


「全く、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、あそこまで馬鹿だったとはね。年下の幼い女の子を寄って集って苛めて、恥ずかしくはないのかい?あの馬鹿どもは」

「……少しくらいオブラートな言い方を、」

「悪いが気が立っているのでね。事実のままを述べさせてもらうよ」

「……そうか」


 ベルンハルトはソファにゆったりと座り直すと、視線を紅茶の水面へと移す。

 手の震えにより、その水面は意図せず揺れていた。

 二人の間に、沈黙が続く。


「――色々と、不安定なんだよ」


 背凭れに腕を広げて天井を仰ぎながら、ポツリと、アルバートが呟いた。


「君も知っているだろう?ノーラが高熱を出した時の事を」

「……ああ。あの時のアルは、中々に見物だったからな。あれ程弱り切ったお前を拝む機会など、そうはあるまい」


 ふっ、と小さく笑いながら、ベルンハルトは揺れの治まったカップに口を付けた。


「あってたまるか、バーカ。もうあんな事は二度とごめんだね。生きた心地がしなかった」

「だろうな。仕事も手に付かず、ミスばかりだった。あんな事は金輪際なしにしてもらいたいものだ。国の機密文書を親書と間違えて、危うく他国に送りかけた時は肝を冷やしたぞ」

「そんな事もあったねぇ」


 クスクスと笑い声を零し、アルバートは身を起こして前のめりになる。

 そして膝に両肘を立てて、組んだ手に額を乗せて俯くと、再び黙り込んだ。


「……」

「……」

「……ノーラは、危うい。あの日から」


 視線を合わせる事もなく、またポツリと、アルバートは言葉を零す。

 ベルンハルトは、唯黙ってそれを聞いていた。


「優しい、優しい子なんだよ。でも、聡い子だから、賢すぎる子だから、どこまでの視野を持ってこの世界を見つめているのか、どんな考えと思いを持ってこの世界を生きているのかが、私には分からないんだ。測り知れないんだよ。その能力も、全てが。……親なのにね、私は」

「……」

「だから時々、怖くなる。私が理解出来ないばかりに、自分を一人で背負わざるを得ないでいるあの子が、……その自分自身に潰されてしまわないかと」

「……」

「ノーラの鑑定の儀も行う事を伝えた時、君は言ったね。何故だ、と。あの時は適当にはぐらかしたけれど、その問いの答えを、今言おう。……スキル鑑定をして自分を知れたなら、少しはあの子の負担も減らせるんじゃないかと、そう、思ったからだよ。浅はかな考えだけれどね」

「……」

「時々ノーラは、ここではない、どこか遠くを見ている様な、凄く、凄く遠い目をする事がある。私はその目が、とても恐ろしい。何かを見ている様で、何も映していない様な空虚な目。その目をしている時のノーラは、何だか酷く危うくて、壊れてしまいそうで、確かにそこにいる筈なのにいない様な、……目を離したら消えてしまうのではないかと思える程で、不安で不安で、恐ろしくて仕方がない。朝起きた時、仕事を終えて邸に帰った時、ノーラが今日もそこにいる。唯それだけの事で、それだけの事を確認しただけで、私がどれだけ安堵しているか、君に分かるかい?」

「……」


 アルバートはゆっくりと顔を上げると、真剣な顔でベルンハルトを見つめた。

 ベルンハルトも、強い思いを宿した瞳で自分を見る、唯一無二の友の顔を直視する。


「だから、今は唯、そっとしておいてくれ。子の為に喰種さえも許容する私を、君が危険に思うのも仕方ない。でも君は、平和を重んじる人だから、私と争いたくないのも知っている。だから、家族の為にと私が暴走して変な気を起こさないように、クリストフと結婚させる事で、ノーラを取り込みたいのも分かるよ。それでも今は、放っておいてくれ。父としては娘に婚約者など腹立たしい事でしかないが、ノーラが彼を選ぶというなら、私とて婚約には賛同しよう。だが今じゃない。……関わって欲しくなんて、無かったんだよ。今は、まだ……」

「……」


 最後の方は酷く弱々し気で、悲痛な表情で視線を落とすアルバート。

 その姿に、ベルンハルトは一瞬目を見開くと、溜息と同時に肩を落とした。

 そして一言。


「……すまん」

「……」

「だが、これだけは言っておく。私とて、両者の思いは尊重するつもりだった。今回は、そのきっかけを作りたかったに過ぎない。決して、お前の娘を蔑ろにしたかった訳では断じて無い。……けれど、お前や、エレオノーラの現状を考慮せず、事を急ぎ過ぎたのは事実。……すまなかった」


 ベルンハルトは、静かに頭を垂れた。


「……はは。国王が頭を下げるだなんて、何をやっているのさ、君は」

「今は唯の、お前の友人ベルンハルトだ。……というか、その国王に溜口を使うお前にだけは言われたくないな」

「ふふ、違いない」



 それから少しして、第三私兵団の一人が報告を上げに来る。

 クリストフとノーラが出会った場面から、それはもう全ての詳細を事細かにである。

 その内容を聞いて、額に青筋が浮かぶアルバート。

 ベルンハルトの胃が更に痛む事態となった事は、言うまでもない。




*******


 事情聴取を終え、グレンは柱に背を預けながら、やれやれと首を鳴らす。

 傍ではクリストフが、目を腫らしながらもグレンの服の裾を掴んで俯いていた。

 その表情は暗く、事が大きくなってしまった事への罪悪感と不安感とで、どこか所在無さ気である。

 だからこそ、その場で唯一の寄り辺と言える兄の傍から、クリストフは離れようとしない。

 グレンはそんな弟の様子に苦笑すると、その頭を唯々乱暴に撫でまわした。


「気にすんなって」


 はははっ!と笑うグレンだが、事態を大きくしたのは紛れもなくお前である。

 そんな周囲のツッコミを代弁するかのように、グレンの事情聴取の間、ずっと隣で話を聞いていた彼が、柔らかい笑みを湛えながら口を開いた。


「お前が言うなよ」


 声の主は、灰色の髪をふわりと揺らし、灰色の瞳を優し気に細めて微笑みながら、殺意の籠った声色でツッコミを入れた。


「悪かったって。……あ、誕生日おめでとう、ロベルト」

「ふふ、ありがとう。殺していい?」

「勘弁してください」


 真顔で返すグレン。


「次はないからね?」

「へいへい。分かってるって。……ったく、このシスコンが」

「ふふ、ありがとう」

「あれ、貶したのに通じてねぇ。シスコンって誉め言葉だっけ」


 若干驚愕の表情を浮かべながら、グレンは首を傾げた。

 それから大きく溜息を吐きながら頭を掻くと、クリストフへと視線を送る。


「クリストフ、後でもう一回謝っとけよ?エレオノーラとは仲良くなっておいて損はない」

「……うん」


 俯きながら、力なく頷くクリストフ。

 後半の言葉は恐らく理解していないだろうが。


「それとな。女を侍らせたいなら、女の嫌がる事はしちゃ駄目だぞ?虫を投げつけるなんざ、……ぶふっ、論外だ。くくくっ」

「……?エレオノーラに虫を投げなければ、女をはべらせられるのですか?」

「ん?まぁ、少なくとも、エレオノーラを侍らすことは出来るかもしれんぞ?」

「……??エレオノーラをはべらせば、女もはべらせられるのですか?」

「んん?エレオノーラを侍らすことは女を侍らすことと同義じゃないか」

「……???そうなのですか?」

「は?だって、エレオノーラを侍らせば、それはもう女を侍らせ……って、意味が分からなくなくなってきた。何の話をしているんだ俺は」


 我ながら馬鹿な会話をしたものだと、グレンは疲れた様に項垂れる。


「ふふ、ノーラを侍らす?よくもまぁ、僕の前でそんな下種な会話が出来たものだね?」

「おいおい、冗談に決まってるだろう?俺は唯、女の子には優しくしなよという事をだな……」

「ふふふ?よくもまぁ、ノーラを傷付けた分際で、そんな事が言えるものだね?」

「ふぐっ!?」


 ロベルトはグレンの両頬を片手で掴むと、そのまま柱へと後頭部を打ち付けた。


「ぐ……っ!いひゃいんでふが(痛いんですが)!」


 後頭部の衝撃に軽く涙目で抗議するグレンに、ロベルトは微笑んだまま顔を至近距離まで近付けると、その灰色の瞳を最大まで大きく見開かせた。


「僕はね、怒ってるんだよ。君が王子だろうが何だろうが関係ない。……次は、ないからね?どうか、君とは友達のままでいられる事を、僕は心から願っているよ」


 それだけ言うと、ロベルトはグレンから顔を離し、瞳を細めていつもの如く微笑んだ。

 軽く、ちびりそうだった事は秘密である。誰がとは言わないが。


 ――ロベルト・カーティス。

 普段は温厚且つ天然な少年であるが、その実態は重度のシスコン。

 この美しくも重すぎる家族愛。

 これもまた、カーティス家の性だろうか。


「うっす……」


 顔を引き攣らせながら、グレンは小さく頷いた。




*******


 何かもう、色々疲れた。

 テンションだだ下がりである。

 私はスーちゃんを抱きしめながら、ベッドで一人横になっていた。

 スーハー。スーハー。

 ああ。私の心のオアシスは君だけだよ、スーちゃん。

 スーちゃんに顔を埋めながら、呼吸を数回。

 変態ではない。

 精神安定剤の補給である。

 まだ狂気が収まり切っていないのだ。


「……ぐすっ」


 それから暫く経って、漸くスーちゃんから顔を離す。

 そしてそのままスーちゃんと共に毛布に潜り込んで包まった。

 ――寝よう。うん。

 そう思い、包まった毛布の暗闇の中で、私はゆっくりと目を閉じた。


 コン、コン、コン。


 ……チッ。誰だよ。

 不意に叩かれたノック音に、私は苛立たし気に目を開ける。


「……ノーラ、入るわよ?」

「……」


 母様かよ。

 私は溜息を一つ吐くと、「来ないでくれ」と返事をした。


「入るわ」


 ……拒否権ねぇじゃねぇか。

 それなら最初から聞くなよと、毛布から僅かに顔を覗かせて、ゆっくりと開かれるドアへと視線を向ける。


「ノーラ。……!!」


 私は影から先端を尖らせた蔦を幾本も生やして、母様の眼前へとその全てを向ける。

 母様は突如向けられた鋭利な刃先に一瞬驚いたような表情を浮かべた。


「……すまないが、寝させてくれ。部屋から出て行ってくれないか」

「話では聞いていたけれど、これがそうなのねぇ」


 「へぇ~」と母様は目を丸くしながら、物珍しそうに蔦を模った影を指でつつく。

 そして尖った先端を指で摘まむと、……ボキッ。

 折れた影の先端は、灰が風で吹かれて消える様に、跡形もなく消滅した。


「あらやだ。折れちゃったわ」

「……」


 そんな、木の枝を折るみたいに……。

 一応、鉄程度の強度はあったと思うんだが。

 思わず半目である。


「えいっ」

「……」


 気の抜ける様な掛け声とともに、母様は掌を水平に素早く動かした。

 フォンッという風音と共に風圧が発生し、カーテンが揺れる。

 蔦は真一文字にスッパリと、……切れた。

 手刀である。

 流石は剣鬼とでも言っておこうか。

 剣聖と肩を並べるだけのことはある。

 これはもう、笑うしかないだろう。あっはっは☆


「入るわねー」

「……はぁ」


 無残に切れた蔦を避けながら、母様は私の傍までやって来る。

 私は諦めて蔦を影へと戻すと、再び毛布で完全に姿を覆い隠した。


「よいしょ」


 のそのそと、母様がベッドに上がり込んでくる気配を感じた。


「ふぅ」


 吐息と共に、隣で母様が寝転がる。

 そして、母様の腕の中に、私は毛布ごとふわりと包まれた。


「……」

「……」

「……ドレス、皺になるよ?」

「ふふふ、構やしないわよ。それより、今は眠りましょう。いっぱい寝て、寝過ごして、欠伸しながら遅刻して行けばいいわ」

「それは、兄様が可哀想なんじゃ……」

「大丈夫。アルだっているもの。ロベルトもきっと笑って許してくれるわ。それに、母様が世界で一番愛しているのはノーラだもの。だから、ノーラが全部優先なの」

「……兄様は?」

「ロベルトは二番目。お兄ちゃんなんだから、それぐらい我慢しないとね?ついでにアルは三番目。お兄ちゃんが我慢してるんだから、父親はもっと我慢しないとダメ」


 ふふふ、と笑いながら、母様は穏やかな吐息を吐いて、私の背を優しく叩く。


「だから今は、眠りましょう。ノーラは母様の大事な大事な宝物。愛しい娘。愛しているわ」


 毛布越しに伝わる、トン、トン、という背を叩く優しい音。

 それはまるで、心音の様で。

 包まった毛布の暗闇と、母様の温もり。

 それはまるで、まるで――。


 ……ああ。

 この感じ、覚えていないはずなのに、どこか酷く懐かしい……。

 心音と、母の温もりと、暗闇。

 溢れてくる名状し難い想いが、私の心を苦しくさせた。

 そして、溢れて、溢れて、とうとう胸に収まり切れなくなった感情が、ついには涙となって零れ落ちる。

 何故だろう。

 悲しい訳でも、嬉しい訳でもないのに流れてくるこの涙は、何なのだろうか。

 この感情を、何と呼べばいいのだろうか。


「かあ、さま……」

「なぁに?」

「かぁさま……」

「どうしたの?」


 母様は優しい声で優しく微笑みながら、毛布をゆっくりと開けていく。

 そして、私の頬を両手でそっと包み込んだ。


「あらあら。……ふふふ」


 顔に張り付いた髪を耳に掛け、濡れた頬を手の平で拭い、目元に溜まる涙を掬う。

 それから母様は、私を優しく抱きしめた。


「……ドレス、汚れるよ」

「構やしないわ。それにしても……、ふふ。本当、悪い王子様達ねぇ?お姫様をこんなに泣かせて」

「ぐすっ。……そのお姫さまって、まさか私じゃないよね?」

「あら、他に誰がいるの?」


 精神年齢的にキツイです、母様。

 羞恥心で見悶えそうなんですが。


「……はぁ。別に、彼らが原因という訳ではないんだ」

「そうなの?」


 母様の肩に顔を埋めながら、私は少しの間を空けて、ぼそぼそと喋り始めた。


「……楽しかったんだ。楽しくて、堪らなかったんだ。殺したくて殺したくて、その感情が、とても愉快で。……私は、狂っているから、壊れているから、それを駄目な事だとは思わない。思えない。でも、理性は駄目だと叫ぶんだ。戻れなくなると、警鐘を鳴らして私を止めるんだ。……私の中には黒沼優美(化け物)がいる。壊すことが楽しいと思えて、それを肯定すらしてしまう化け物が。でも、その化け物は私自身でもあるんだ。……悲しいよ。悲しい、化け物なんだよ。だから私だけは、その黒沼優美(化け物)を愛してやりたいんだ。私だけは、そんな化け物(自分自身)を愛してやりたいんだ。……悲しいんだ。可哀想なんだ。惨めなんだ。唯々、黒沼優美()は、哀れなんだ……。だからこれは、彼女の嘆きだ。化け物である自分を嘆く、彼女の涙だ。私は……、それがとても悲しいんだ」


 中庭に、私兵団が、父様が、母様が、兄様が、皆が皆駆け付けて、私を見た。

 その時、胸が、ざわついた。

 ――見られた。見られた見られた見られた見られた見られた。

 私は至極冷静なのに、酷く慌てふためく私もいて。

 そんな私が、心の奥深くで縮こまって、震えていた。

 少し前であったなら、見られたところで何も思わなかった筈なのに。

 私はそれが、何だかとても悲しくて、苦しいのだ。

 心の奥で震える私を見ていると、何故だか無性に、涙が出るのだ。

 

「……そう」


 母様はそれだけ呟くと、私を抱えたまま身を起こし、ベッドの端に腰を下ろす。

 そして私の頭に自分の頬を当て、包み込む様に抱きしめ直すと、母様は私の背中を擦り続けた。



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