殺しちゃうね?
久々の発狂です。
少しの間、互いに見つめ合ったまま沈黙が続く。
風が吹き、木の葉が揺れた。
「――そうか。唯の5才児か。……はははっ!!よし分かった。とりあえず猫を被るのは止めろ。普段通りのお前でいいぞ」
唐突に破られた沈黙と共に、グレンは殺気を解いて、人懐っこい笑みを浮かべる。
……よく分からん奴だ。
私は眉間に皺を寄せて溜息を吐くと、言われるがままに言葉を崩した。
「そうかい?なら遠慮なく」
言葉の使い分けぐらい前世でもやっていたから、別に敬語ぐらい苦ではないが、面倒なのは事実だからね。
私は口元を覆う事もせずに、豪快な欠伸をしながらクリストフの背中を再び擦った。
いい加減泣き止めって。
「ふははっ!素直だなぁ!その服装といい、さっきの技といい、変わった奴だなお前。色々と驚かされたよ」
「それは褒められてるの?貶されてるの?」
「如何様に受け取ってもらっても結構だ。愚弟が迷惑かけたな。いやー、中々面白かったよ」
「兄上~!!」
傍に近付いてきたグレンに、クリストフはしがみ付いて泣きじゃくる。
グレンは笑みを湛えながらクリストフの頭を乱暴に撫でると――、
「ブースト」
「!?」
「レオ……!!」
抉れる程に地面を強く蹴り上げて、私との距離を瞬時に詰める。
それから、間髪入れずに回し蹴り。
私も咄嗟に影の防壁で身を守った。
「ハッ!!」
蹴りが防壁に当たり、鈍い音が響く。
グレンは回し蹴りの動きを生かしたまま、空中で一回転。
次に私へと向き直った時には、懐から出したのであろう短剣を握りしめ、防壁へと刃を突き付けた。
「ぐっ……!固いな」
「……何の真似かな?」
「ははっ!……ブースト、全能力強化」
グレンは悪そうな笑みを浮かべると、更にスピードを上げて多方面から攻撃を仕掛けてきた。
「ハッ!!」
「うぐ……っ!?」
スピードに目が追い付かず、背後に回り込まれたところを勢いよく蹴り飛ばされる。
小さな身体は当然の様に軽々と吹っ飛ばされ、木に背中を強打したところで漸く止まった。
肺の空気が一気に吐き出され、噎せ込む。
蹴られた横腹と強打した背中の激痛に、私は、……。
「ぐっ、ゲホッゲホッ……!」
「ははっ!やっと当たったか」
……あーあ。
当たっちゃった。
全く、幼児相手に酷いではないか。
理不尽ではないか。
何故子供の私が、こうも傷付かなければならない?
何故私が、男にこうも乱暴されなければならない?
……だから男は嫌いなのだ。
「く、ふふふ」
ゆっくりと立ち上がり、天を仰ぐ。
いい、天気だなぁ。
遠くで、エルとクロの私を呼ぶ声が、耳鳴りの様に響いていた。
「ふふふ、あはははははははははっ!!!」
「……?」
突然笑い出した私に、グレンは怪訝そうに首を傾げる。
いいね。いいねいいね?
君、とってもいいよ?
「あははははははははははは!!……殺しちゃうね?」
だって、先に刃を向けたのは君だもの。
殺される覚悟くらい出来てるよね?
子供だからって、やった責任は取らないと。
取れなくても取らないと。
おいたには罰が必要だ。罰罰罰。子供の教育は、大人の務め。
どんな罰が与えられようと、子供はそれを受け止める義務がある。
だって、自分のやったことでしょう?自分が悪いんでしょう?
自分のケツくらい、自分で拭きなぁぁ?
「……!!」
口角を吊り上げる私に、グレンは急に顔を引き締めだして短剣を構える。
私は歪んだ笑みを貼り付けながら、影から、影から影から影から影から影から、蔦蔦蔦蔦蔦蔦蔦、蔦を生やしまくる。
木、柱、建物、人間、あらゆる影から生えだす蔦。
グレンは目を見開かせると、自分の足元から生える蔦を空中に素早く飛んで回避。
それでも全方位から襲ってくる蔦蔦蔦蔦蔦。
地面に足を着けて自身の影が生まれないよう、グレンは蔦を踏み台にしながら空中戦へと持ち込む。
ぶつぶつと口を動かしている辺り、魔法でも発動させるつもりなのだろう。
詠唱をする間、グレンは苦し気な表情を浮かべて迫りくる蔦を短剣で必死に弾いていた。
そして数秒という時を見事に凌ぎ切り、すぐさま魔法防壁を展開して身を守る。
球体の、全方位からの攻撃を防げる万能タイプのものだ。
なるほどねー。防御魔法か。
時間も稼げるから、攻撃魔法を打つための詠唱時間だって作れるし、悪くない判断じゃないかな?
でも。でもね?
申し訳ないけど、……無意味だよ?
「きゃはははははは!!無駄無駄無駄無駄無駄!!!」
蔦に鋭い棘を生やし、茨の様な物へと変える。
それで防壁を激しく鞭打ち、その攻撃は止むことが無い。
止めどなく全方位から打たれる茨攻撃に、防壁は容易くひび割れた。
「死んじゃいな?死ね死ね死ね?雑魚が雑魚が雑魚が雑魚が雑魚が!!!きゃはははははははは!!」
全ての茨の先を槍の様に尖らせて、グレンの周囲を覆う球体の防壁へとその先端を向ける。
そして――。
「レオ!!駄目っっ!!!」
「……!!」
エルの悲鳴染みた声が、聞こえた。
茨の槍は、防壁に突き刺さるギリギリで止まった。
「ふ……っ!!」
その一瞬の隙を突いて、グレンは鋭い視線と共に、魔法防壁の一部を破って短剣を私へと投げつける。
茨の隙間を器用に搔い潜り、超スピードで投げつけられる短剣。
理性が戻ったばかりである私が、それに対応出来る筈もなく――。
「……っ!」
思わず目を見開く。
時間が、ゆっくりに思えた。
迫りくる刃に、「まぁ、当たっても死にはしないし、別にいっかな」なんて呑気な事を考える。
「お嬢様!!」
「……!?」
視界に、大人の大きな背中が入り込んできたかと思うと、短い金属音が響いた。
どうやら彼が、短剣を弾き返してくれたらしい。
「お怪我はありませんか!?」
振り返り、私の顔を覗き見る彼。
第一私兵団団長、レックスである。
「ありがとう、レックス。大丈夫だよ」
とっくに完治したし。
微笑む私に、レックスは安堵の表情を浮かべると、冷たい視線をグレンへと向けた。
「……どういう事でしょうか、殿下」
グレンは防壁を解除すると、肩を回しながら呆れた様に答える。
「おいおい。殺されかけたのはこっちだぜ?」
「どうせ、先に仕掛けたのは殿下なのでしょう?」
「身内贔屓はよくないなぁ?まぁ、そうだけど」
かははっ!と笑い声を零すグレン。
そして口角を持ち上げたまま、周囲を見回して両手を挙げる。
「やれやれ。ちょっと遊んだだけだというのに、過保護だねー。子供一人を、そんな集団で取り囲まないでくれよ。ビビッて漏らしちまいそうだ」
中庭を取り囲むように、第一私兵団が姿を見せる。
建物の陰で見えないが、第三私兵団もいるようだ。
「遊びの範疇を超えております」
「分かった分かった。そこのお嬢さん方も、もう何もしねーから殺気を収めな?」
グレンは「降参降参」と言いながら、指に魔力を練っていつでも魔法を放てるようにしていたエルと、暗器に手を掛けて構えの姿勢を取っていたクロを一瞥する。
そして瞳を細めると、私へと冷たい視線を向けてきた。
「それにしても、何だその化け物は?何だあの技は?……厄介なものは敵に回すよりも取り込んでしまえ。父上の考えは正しかったという訳か。エレオノーラ嬢自体が化け物だったとは、流石の父上も知らなかっただろうが……」
「……お嬢様への侮辱は、殿下といえど許しませんよ?」
「へいへい。悪かったよ。でも誤解しないで欲しいんだが、侮辱した訳じゃないんだぜ?称賛の意を込めて化け物って言ったんだ。……久々に楽しかったよ、エレオノーラ嬢」
「そうか。それはどうも」
悪い笑みを浮かべながら、握手しようとこちらに近付いて来るグレンに、私は影から手を模ったものを生やしてグレンに向けた。
グレンは苦笑気味にそれと握手を交わす。
「嫌われたものだな?」
「おや。元から好感も何も持っていないよ?君程度に、私が関心を示す筈ないだろう?自惚れないでくれ」
私は小首を傾げ、本音のままに事実を告げた。
「そいつは失礼」
グレンは「はははっ!」と笑うと、踵を返し、地面に転がる短剣の方へと歩き出す。
そしてグレンの背中越しに、邸の奥から物凄い速さで走ってくる見知った人物の姿を発見した。
「ノーラ!!」
「父様」
それからほんの少しだけ遅れて、オズワルドと国王が到着。
各々が驚いた表情で中庭を一望すると、父様は瞳を細めてレックスへと顔を向けた。
「レックス。事態の報告を」
「はっ。騒動を聞きつけ、部下と共に中庭へ急ぐと、エレオノーラ様とグレン殿下の戦闘を確認。グレン殿下によって投げられた短剣が、エレオノーラ様に当たる寸前で場の介入に成功。短剣は弾き飛ばし、エレオノーラ様も無傷で御座います」
「ほっ……。そうか。良くやってくれた」
「はっ」
安堵したように息を吐きながら私に視線を向けた後、父様は直ぐに顔を険しくさせ、次にグレンへと視線を向ける。
「グレン殿下。どういう事か、説明して頂けますね?」
有無を言わせぬ雰囲気と、冷たい殺意を宿した声色に、周囲の者まで皆固まった。
グレンは溜息を零しながら短剣を拾い上げると、「はいはい。もちろんですよ、公爵」と片眉を上げて返事をする。
国王は額に手を当てて、項垂れていた。
「アル!これはどういう状況!?」
ドレスの裾を持ち上げながら、驚愕した表情で駆けつけてくるは母様。
そしてその後ろには兄様まで。
正しく全員集合である。
私は大きく溜息を吐くと、いつのまにか地面に投げ出されてしまっていたスーちゃんを拾い上げる。
……面倒臭い。
「エル、クロ、シロ……は無理して喋らなくてもいいけど、どうせ父様は君達からの報告も待っているだろうし、すまないが事後処理は任せたよ。なに、見たままを話せばいい。私はちょっと疲れてしまった。一人、部屋で休んでるから、時間になったら呼びに来てくれ」
「レオ……」
心配そうにこちらを見遣るエルに、私は「大丈夫だよ」と微笑んで返した。
最後に一瞬だけ、気遣わし気に私を見つめる、父様と母様と兄様へと視線を向ける。
それからもう一度大きく溜息を吐くと、私は影へと潜って自室へと移動した。
影を操ったり、影移動が出来る事はエル達以外には言ってなかったけど、どうせ影操作の件はバレているのだ。
別に秘密にしていた訳でもないし、なんかもう、――どうでもいいや。
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「き、消えた!?」
エレオノーラが影移動した後、中庭は一瞬静まり返る。
最初に言葉を発したのは、誰であったか。
その一言を皮切りに、再び周囲にはどよめきが広がり、辺りは騒然となった。
「……どういう事だ、アル。あの娘は何者だ」
「それはこちらの台詞ですね。どういう事ですか、陛下?」
「……愚息が仕出かしたこの事態については謝罪しよう。私が意図したものではない」
「でしょうね?もしそうなら、私は君を見限っていたよ。ベル」
冷たい笑みを浮かべ、脅迫ともいえる言葉を吐き出すアルバート。
ベルンハルトは眉間に皺を寄せながら、アルバートと視線を交わす。
「……」
「……まぁいい。今は兎に角、状況の整理を致しましょう」
アルバートは中庭へと視線を戻すと、手を3回打ち鳴らす。
その音に反応し、すぐさま第三私兵団が数人アルバートのもとへと駆け付け、膝を着いた。
「殿下はもちろん、エル達にも話を聞き、事の内容を纏めなさい。その後報告」
「はっ」
命令を聞いて、直ぐにその場から散開する第三私兵団。
それからアルバートは、いつの間にか傍に立っていたセバスに視線を送り、命を出す。
「鑑定の儀を1時間程遅らせる。父と母が到着された際はその旨を伝え、……後は分かるな?」
「畏まりました」
セバスは胸に手を当てて、優雅な仕草で腰を折る。
要は、時間まで持て成していろという事だ。
セバスはすぐさま動き出し、侍女長であるステラと連携を取るべくその場を後にした。
「さて、国王陛下。報告が上がるまで、私達は部屋でゆっくりと話でもしていましょうか。……その為に、早く来られたのでしょう?」
「……」
アルバートはベルンハルトへと向き直り、冷笑を浮かべる。
その笑みはもう、見た者を怯えさせる程の冷め具合である。
ベルンハルトは変わらずの仏頂面ながらも、その胃は密かにキリキリと悲鳴を上げていた。




