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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
プロローグ
4/217

女神と遭遇。死んだら終わりじゃない様です。

 薄暗い部屋の中。

 ピンクの家具が所々で主張し合い、ベッドやソファには愛らしいぬいぐるみが無造作に並べられている。

 これだけならまだ、少し派手さはあるものの、いたって可愛らしい部屋と言えよう。

 壁に貼られたアニメポスターや、本棚に入りきらなかった漫画、アニメDVD、その他ゲーム多数が床に積まれ、且つ雪崩が起こり、床に散乱していなければ、だが……。


 そして時刻は、外からの白んだ日差しが、ほんのりとカーテン越しに感じられる頃。

 セミが一匹、二匹と鳴き始め、時が止まっているかの様な静寂を破り始める頃。


 部屋のドアがゆっくりと開かれ、一人の少女が入ってきた。

 目は虚ろで、憔悴しきった表情を浮かべたまま、乱れた息を気にも留めず、ふらつく足取りで歩を進める。

 髪は乱れ、色が変わる程に汗が染み込んだ服は、彼女の身体に纏わりつき、そのボディラインを強調する。

 おまけに付け爪は所々欠けており、体のあちこちで出来た擦り傷や、足の靴擦れからは血が痛々しく滲んでいた。


 少女は崩れる様に床に座り込み、握り締めていた画面の暗くなったスマホに充電器を差し込むと、すぐさま電源を入れる。

 隈の目立つ目で、明るくなった画面をボーっと見つめていると、視界の端に映っていた、テレビのリモコンにふと意識が向いた。

 スマホはまだ起動し終えていない。

 少女は何となくリモコンを手に取り、テレビを点けた。

 疲労で思考は既に停止している。

 だから、本当に何となくだった。

 何も考えていなかった。

 

 薄暗い部屋を、スマホとテレビの明かりのみが、不気味に照らす。


 ああ、今思えば、これが虫の知らせというものだったのだろうか。


 少女は、虚ろな、感情の宿らない幽鬼の様な顔で、ただテレビを見つめていた。

 そして、少しの間の後、その瞳はゆっくりと大きく見開かれ、絶望の色に染まり出す。

 震える口元から零れるは、小さな嗚咽。

 そして――、


「―――――――――ッッ!!!」


 止めどなく溢れ出す涙と共に、彼女の絶叫が響き渡った。


 



**********


 目を覚ますと、そこは闇だけの世界。

 真っ暗なはずなのに、何故か自分の姿は見えている。

 何この不思議空間、って思ったところで、霞がかった思考がはっきりしてきて思い出す。

 ああ、死んだんだった、っと。

 それならこの不思議空間も納得だ。

 自分で言うのも何だが、結構上位に入る程の糞人生だったのではないだろうか。

 出来る事なら、魂なんてものもなく、無になりたかったのだが。

 それだけが希望だったというのに。

 魂って、本当にあったんだなぁ。チクショウ。


 そんな病みきった思考を巡らせつつ、溜息を一つ吐いた時、視界の隅に人影が写った。

 ゆ、幽霊?とか思ったけど、私も幽霊だったわ。

 こいつもお仲間?死んじゃった感じ?

 そろーっと顔を向けてみると、わぉ美人。

 気障ったらしいけど、女神って言葉が浮かんでくる程の美人だ。

 緩やかにウェーブする白金の髪は柔らかそうで、瞳は透き通る様な薄い青色。

 儚げな雰囲気は守護欲を掻き立て――、っとまぁ、誰もが羨むような美貌だ。

 ……可愛そうに。

 生前はさぞ男に群がられ、気持ち悪い思いをしたのではないだろうか。

 そう憐みの籠った瞳で見つめていると、先程まで天使の如き微笑みであった美女様は、急に顔を顰めだした。

 そしておっしゃられる。


「ちょっと?そんな濁りきった虚ろな瞳で、わたくしを憐れまないで下さる?まさか憐れで不憫な相手から、この美貌を同情される日が来ようとは思わなかったわ」

「あ、すんません」


 何か不快だったらしい。

 軽く見下された気がするが、不快にさせたのはこちらが先なわけだし、お互い様という事でスルーしよう。

 何かプライド高くて面倒臭そうだし。

 こちらの(適当な)謝罪に満足したのか、美女様は再び微笑みの表情に戻った。

 結構単純な人なのかもしれない。


「ふふ、分かればいいのよ」

「あざっす」

「お礼なんていいわ。わたくしは寛大なの」


 ……うん、単純だ。


「それで、えーっと、ここは死後の世界って事でいいのかな?君、何か知ってる?」

「ああ、そうだったわ。その事でお話ししなくちゃね」


 美女様は、思い出した!と言うかのように手を叩き、少女の様な笑顔を向けてきた。


「まずは、自己紹介よね。……コホン。初めまして。わたくしは女神。ふふふ。女神様、女神ちゃん、好きに呼んでいいわよ?といっても、この二択しか許さないけれど。一応ね、選択肢が少ないかなーって思って、さん付けも考えていたのだけど、女神さん、って、何だか女将さんって呼ばれてるみたいで嫌じゃない?だから候補から外してこの二択だけ。ああ、自己紹介って言っても、あなたはしなくてもいいわよ、黒沼優美さん。だって、知っている事をわざわざ聞かされるだなんて、わたくし退屈になってしまいますし……。いくら女神で、時間は無限にあるといっても――」

「ああ、うん、分かった分かった。で、ここはどこなのかな、女神様」

「あら?随分受け入れるのが早いのね。ラノベでも読んでいたのかしら?」

「ラノベ……?」


 何言ってんだこの女神?

 ラノベって、確か小説の類だったよな。

 ……あいつがよく読んでたっけ。


「ああ、そうよね。あなたは違ったわよね。いやね、最近この展開に勘付いて、驚くどころか喜々とした表情を見せる子が増えてきて、説明するこっちとしては詰まらないのよ。だから今回は、あなたの様な無垢な子が来てくれる事にワクワクしていたのだけれど、……期待外れね」


 そう言って、頬に手を当てつつ小さく溜息。

 何この理不尽な女神。

 

「いや、自分死んじゃってるし、神様的な存在出て来ても納得っていうか。神様なら私の事知ってても不思議じゃないっていうか」

「あらそう?絶望しきっていて、全てがどうでもいいとか思ってるのかと」

「まぁ、8割それもあるけどねー」


 はははー、と女神様と渇いた笑いを共有。


「で、ここはどこ?これ、三回目」

「あら、まだ言ってなかった?やだわ、私ったら。もうすっかり話した気で……。あ、ボケてるとか失礼な事思ってないでしょうね?違うのよ、これは。だって、誰かとおしゃべりするのって久しぶりで、これもあれもって、話したい事が――」

「おい」

「もう、急かさないでよ。……コホン。改めまして、ようこそ境界へ」

「教会?建物らしきものは見当たらないけど……」

「境界よ。狭間の世界だから境界。世界と世界の境目にある異次元空間。世界と世界を隔て、そして繋ぐ場所」

「へぇ」

「ふふふ、驚い……ってええ!?それだけ!?もっと何かないの?異世界があるって事なのよ?普通、ワクワクすっぞ!的な気持ちにならない?」

「まぁ、あっても不思議じゃないんじゃない?」

「不思議よ!?宇宙は広いんだから宇宙人ぐらいいても可笑しくないわー、的な次元じゃないのよ!?完全に別次元!異次元!世界の軸からして違うんだから!!お分かり!?」


 ……何か熱弁された。

 呼吸荒く、取り乱し気味の女神様。ウケる。


「まぁ、落ち着けよ」

「はぁ、はぁ、……はぁ。詰まらないわね。もういいわ。それじゃ、その異世界にあなたをこれから転生させるから、新しい人生を歩みなさい」

「……」


 ……ん?今、さらっと何言った、この女神?

 投げ遣りなご様子で何をお言いに為さりましたでございまするか?

 まてまて。落ち着け私。

 え、えーと……、転生?……新しい人生?

 ……なん、だと。馬鹿な。

 天国やら地獄やらに行かされるんじゃないのか?

 流石に困惑して表情を顰める私の顔を見て、女神様は顔を輝かせやがった。


「もう!やれば出来るじゃない!もっと早くその顔が見たかったわ!」


 黙れコノヤロウ。


 黒沼優美くろぬまゆみ17歳(享年)。「そうだ、神殺しにでもなってやろう」そんな考えがふと過ぎった瞬間だった。

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