出会い。
自室にて、私は白を基調とした男物の礼装に身を包む。
隣では、エルがコルセットと奮闘中。
――本日、鑑定の儀也。
「ふ、う、……はぁ、……んん!!」
「……大丈夫?」
椅子に腰かけながら、エルに声を掛ける。
いやはや、女物は大変だねぇ?
「ど、うして、私が、ドレスなんて、……ふぐっ!」
「我慢なさい!お嬢様の隣を歩く者に!貧相な!格好など!させられる訳もないでしょう!!」
ふぐぐー!!っと、コルセットの紐を引くステラ。
そろそろエル死ぬんじゃね?ってところで漸く締め終わり、エルは既に疲れ切った表情を浮かべていた。
「さぁさぁ!ドレスドレス!!」
「髪もセットしちゃいますよぉ!!」
「お嬢様に揮えなかったこの技術!エルさんで発散致します!」
何種類もの櫛やらメイク道具なんかを指に挟み、ふっふっふ、と鼻息荒くする侍女達。
楽しそうで何よりである。
まだまだ時間がかかりそうなので、クロとシロの部屋にでもお邪魔して来ようかな。
彼らの部屋は、私の部屋があるこの3階の端。
私の部屋の真ん前にある2部屋を宛がおうとしたら、何故か父様から許可が下りなかったのだ。
まぁ、端といっても、そんな遠い訳でもないので別にいいけれど。
「エル。クロ達の様子を見てくるね?準備が終わったらこっちに来てくれるかな?」
「え、レオ!?……ちょ、まっ」
「「「動かないで下さいませ!!」」」
「ひぃぃ!?」
侍女達に囲まれ、エルの姿は完全に見えなくなった。
頑張れ、エル。
私は胸の前で握り拳を作ると、スーちゃんを頭に乗せて部屋を後にした。
「多分、クロの部屋でシロも着替えてるかな。……というか、シロって準備とかあるのか?」
そんな疑問を胸に、クロの部屋の前へと到着。
数回ドアをノックしても返事が無かったので、勝手に失礼する事にした。
ドア越しに、何やら賑やかな声が聞こえてくる。
「入るよ?」
そっとドアを開けて部屋の中へ。
「クロードさんには、絶っっっ対!!こっちの方が似合いますから!!」
「やめろ!!俺は男だ!!」
「今からでも間に合います!着替え直しましょう!!せっかくコレ、準備してきたんですよ!?」
「知るかっ!!……ひぃ!?さ、触るなぁ!!俺は男なんだぁぁ!!」
「そんな可愛い顔して何言ってるんですか!勿体無い!!」
「意味が分からない!!……あっ!お、お嬢!!何とかしてくれ!」
……んーと。
扉を開けたら、黒の礼装に着替えたクロが、フリルいっぱいの青いドレスを持った侍女達に襲われていた。
ジャケットを掴まれ、脱がされかかっている。
それを遠目で見守るは、クロの着替えを手伝っていたのであろう執事達。
……ふむふむ、なるほど。
着替え終わったところを、侍女達に突撃されたか。
「ふふ。そのドレスも似合うと思うけれど、クロが嫌がっている。その辺にしてやってくれるかな?」
苦笑しながら場を宥めるも、侍女達は不服そうである。
執事達の中にも、若干残念そうな顔を浮かべる者もいた。
まぁ確かに、ドレス姿の方がクロにはお似合いだもんね。
「た、助かった……」
脱がされかかっていたジャケットを両手で掴みながら、床に座り込むクロ。
「大変だったね?その服、似合ってるよ」
「お嬢~」
涙目でこちらを振り返るクロは、髪を一つに纏められ、中々様になっている。
男装した女の子、という感じではあるが。
……あ、それ私か。
「シロは、……ふふ、そこにいたのか」
シロの姿を探して部屋を見渡すと、隅の方で寝そべっていた。
私の声に反応して片目をチラリと開けるが、また直ぐに目を閉じる。
身に着けている物は、なし。
ですよねー。
「シロはそのままが一番かっこいいもんね」
近付いて、シロの毛並みを撫でる。
変に衣装を着せるとサーカスっぽくなりそうだし、このままでいいのかも。
シロは目を閉じたまま、「グルル……」と喉を鳴らした。
ブラッシングはされたらしく、毛並みの艶も普段の3割増しである。
近くにブラシを持った数人の執事が、「怖かった。めっちゃ怖かった……」と涙声で蹲っていた。
シロは人見知りだからねぇ。吠えたりとかされたかな?
頑張ったね、執事達。
「あんまり怖がらせちゃ駄目だよ?……というか、唸ったり吠えたりしてないで、ちゃんと喋れと言っているでしょう。コミュ障なの?伝わらないよ?」
「グ?グルル……」
目を開けて、コミュ障という言葉に不思議そうな顔をしつつも、シロは唸る。
私やエル、クロ以外の人間がいるところでは、未だ喋った場面を見たことがない。
私たちの前でも口数はかなり少ないけれど。
……この恥ずかしがり屋さんめ。
私はシロの首元に抱き着くと、艶々ふわふわになった鬣に顔を埋めた。
やべぇ。もふもふ感、半端ねぇ。
あと石鹸の良い匂い。くんかくんか。
あれ、変態っぽい?
「グルル……」
「ごめんごめん。シロの毛並みって気持ちいいから好きなんだ」
機嫌を損ねたのか、顔を背けてしまったシロの頭を撫でておいた。
それから少しの間、クロの部屋で執事達が淹れてくれた紅茶を啜りつつ、のんびりタイム。
クロも執事達から何か色々叩き込まれているらしいが、紅茶の淹れ方はまだ上達していない。
礼儀作法も微妙である。
因みに、戦闘スタイルは暗器を使ったもの。
喰種って顔はいいけど人並みの強さだから、容姿で釣ってグサリからの、「いただきまーす」的な手法が多いらしいし、身体に仕込める暗器は都合がいいのだろう。
瞳が赤いから、喰種かもって警戒されやすいしね。
邸では暗器使いが多く居る第三私兵団に訓練を頼んでいるらしい。
元々トーマスからちょっと教わっていた事もあり、呑み込みが早いと、私兵団の人が感心しながら話していたのを小耳に挟んだことがある。
堅苦しい礼儀作法なんかよりも、身体を動かす方がクロには合っているらしい。
「失礼致します、お嬢様。エル様の準備が整いまして御座います」
「分かった。ありがとう」
2個目のケーキにフォークを刺したところで、ステラが部屋に訪れた。
ステラが部屋に入ったのに続いて、その後ろからエルが恥ずかし気に姿を見せた。
髪はゆるふわに巻かれ、三つ編みを使ったハーフアップ。
髪飾りには白い花を模った物が一輪挿され、上品且つ可愛らしい出来である。
ドレスは緑を基調としたもので、森に棲むエルフ族のエルにはよく似合っていた。
「エル、綺麗だね。凄く似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
微笑んで褒める私に、エルは顔を赤くして礼を言った。
「ほら、クロとシロも何か言いな?女の子がオシャレをしているんだ。男は素直に褒めるものだよ?」
クロとシロに視線を遣ると、シロは「グルル……」と唸るのみで、クロに至ってはキョトンとした顔で首を傾げていた。
そして、爆弾発言。
「え?だって、俺の方が可愛いし。俺の方がドレス似合うと思うし」
「……え。君、その自覚はあったのかい?」
事も無げに言うクロに、私は驚愕した。
結構こいつってナルシスト?
いやまぁ、誰から見ても美少女なので、本人が自惚れるのも仕方ないのかもしれないが。
「なら今度、ドレスでも着てみるかい?」
「俺は男だ!」
……よく分からん思考だ。
私は溜息を吐きつつ半目になってるエルの手を取ると、「行こうか」と部屋を出た。
廊下に出ると、外の方が何やら騒がしい。
窓に視線を向けると、邸の門前に王族の馬車が停まっていた。
どうやら国王が到着したらしい。
予定よりちょっと早い様な気がするが、まぁ、接待は父様たちがするだろうし、5才の私には関係ないけど。
私は馬車から降りてくる国王らしき人を横目で流し見ながら、その場を後にした。
*******
「ベルンハルト陛下、御到着されました」
「はぁ!?早過ぎないかい!?」
今し方着替えを終えたところであるアルバートのもとへ、セバスが国王の到着を知らせた。
予定より一時間以上も早い。早すぎる。
まだこちらも準備を終えて間もない程なのだ。
それでも、国王の出迎えに当主が行かない訳にもいかないので、アルバートは跳ねる様に椅子から立ち上がると、門へと急いだ。
「ようこそおいで下さいました、陛下。こんなにも早く駆け付けて下さるだなんて、感謝に耐えません。それと、……グレン殿下とクリストフ殿下も、わざわざご足労頂き痛み入ります」
皮肉交じりに国王と殿下に笑みを湛えながら出迎えるアルバート。
「……せっかくなので、早目に行って話でもしようかと思ってな。グレンもロベルトに会いたがっていた。クリストフも、その……、歳の近い者と仲良くなれるのを楽しみにしていてな」
「はははっ!そうですか!その為に早く来られたんですね?ロベルトとノーラも喜ぶことでしょう」
青筋を浮かべながら、アルバートは笑った。
極力エレオノーラとの接触を最低限にさせるつもりだったアルバートの計画が、音を立てて崩れた瞬間だった。
「それで、ロベルトとエレオノーラ嬢はどこにいらっしゃるのでしょう?」
「申し訳ありません、グレン殿下。まだ準備の最中でして……。出来ましたらお迎えに上がりますので、それまでお部屋でお寛ぎ下さい」
鑑定の儀が始まるギリギリまでな!
困った様に笑いながらも、アルバートのその内心は黒かった。
グレンはアルバートの思惑を知ってか知らずか、微笑みを浮かべながら「では、そうさせてもらいます」と素直に頷く。
「では、ご案内致します。……?クリストフ殿下は、どちらに?」
客間に案内しようと国王等を見回したアルバートだったが、王子が一人いない事に気付く。
ベルンハルトも言われて周囲を見回すが、やはりいない。
「クリスなら、さっき走ってどこかに行きましたよ?」
「は!?」
小首を傾げて笑みを浮かべるグレン。
何故止めなかった!?とアルバートは目を見開いた。
「まぁ、邸のどこかには居るでしょうし、大丈夫でしょう。カーティス公爵家の警備は万全でしょう?」
にこにこと微笑むグレンに、アルバートの頬が引き攣った。
「そう、ですね。……では、参りましょうか」
本当、このクソガキはベルンハルトより侮れねぇ。
性格の悪さは見事に母親譲りだと、アルバートは乾いた笑いを零したのだった。
******
時間まで中庭にいようかと、階段を下りて一階に着いた頃。
……子供を発見した。
大きな茶色い瞳を瞬かせて、何故かこちらを凝視してくる。
何だろうか。迷子だろうか。
放っておいてもいいだろうか。
うん、邸の誰かに任せよう。そうしよう。
私は瞬時に決断すると、子供の視線を無視して歩き出す。
「お前、誰だ!」
ああん?
教育のなってないガキだな。
私は呆れた様に溜息を吐くと、横目で一瞥。
ガキは癖っ毛の茶髪交じりの金色の髪をふわふわ揺らしながら、興味深げな表情でこちらに走り寄ってきた。
仕方ない。ガキはあまり好きではないが、寧ろ苦手だが、無視するのも大人げないし相手してやろう。
といっても、適当に邸の者に預けるけれど。
「お前、真の男だな!女をはべらせて、しゅちにくりんだな!格好いいな!その獅子も、格好いいな!お前誰だ?」
瞳を輝かせて詰め寄ってくるガキ。
酒池肉林?酒宴がどうかしたのか?
……意味が分からん。やっぱガキは鬱陶しくて嫌いだ。
「私はこの邸の者だが。君こそ誰だい?……まさか、王子だなんて言わないよね?」
「ふふん!聞いて驚け!オレこそがクリストフ・ルドア・バルテル!第二王子だぞ!世界で三番目に偉いんだぞ!第二王子だけど三番目なんだ!」
自慢げに胸を張って主張するガキ。
そこで私は理解した。
「こいつ、馬鹿だ」と。
兎にも角にも、これが私とクリストフの最初の出会いであった。
クリストフ・ルドア・バルテル。
後に私の婚約者となる男であるが、そういう関係に至るのは、今はまだ先の話である。




