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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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心配です。

「やぁ。噂の悪役令嬢だ」

「……いらっしゃいませ、レオ様」


 エルたちを連れ、トーマスの影からこんにちは。

 突然の訪問と意味不明な挨拶にも拘わらず、トーマスは引き攣った笑顔で快く迎え入れてくれた。


「さて、死体はあるかな?」

「ええ。いつ来て頂いても対応できるよう、常に一体は冷蔵室にて保管しております」

「死体用の冷蔵室なんてあるのか。ふふふ!悪趣味だねぇ?」

「毎日死体が出る訳でも御座いません故、ご容赦下さいませ」


 トーマスは苦笑しながら頭を垂れると、クロへと視線を向けた。

 その視線に、クロはばつが悪そうにサングラスを掛けて顔を背ける。

 服装が黒を基調としたものなので、若干SPっぽい。

 とはいっても、別にファッションを意識してという訳ではない。

 眼の色素が薄いので、喰種は光に弱いのだ。

 昼間、目を細めて眩しそうに庭を歩いていたので、父様に頼んで手配させた。

 カーティス家特注の、お高いサングラスである。

 といっても、奴隷商のあるこの広間は日陰になっているため、そのお高いサングラスをわざわざ掛ける必要はないのだが。

 トーマスは、あからさまに自分から目を逸らすクロに対し呆れた様に溜息を吐くと、冷たい声色で言葉をかけた。


「クロード。場所は分かっているでしょう?食べるのなら早く済ませなさい。あまりレオ様を待たせぬように」

「……分かってるよ」


 クロは小さく舌打ちを打つと、私に許可を求めるかの様に横目で見つめてきた。

 勝手に行けばいいのに……。

 私はこくんと頷いて、「行っておいで」と一言。

 それを見て、クロは漸く安心した様にテントの奥へと入って行った。


「……ふふ。何て顔をしているのさ」


 クロの姿が見えなくなった後、トーマスは心痛な面持ちで顔を歪め、私を見る。

 その物言いたげな表情に、私は困った様に笑いかけて提案した。


「とりあえず、ここではなんだし場所を変えようか。茶でも出してくれると有難いかな?」




 ――そうして案内された場所は、前回紅茶を出されたあの客間。

 シロは地面に寝そべって、エルは私の隣に腰かける。

 少しすると、テーブルに紅茶と菓子とが並べられた。

 私は一先ず紅茶を啜り一息つくと、向かいに座るトーマスへと顔を向ける。


「私の正体については、もう分かっているんだろう?クロを買った日に、あの出来事だものね。カーティス家で喰種の奴隷が飼われている。……既に国中が知っていることだ」

「……」


 口を噤み、俯くトーマス。

 別に責めてる訳ではないのだが……。

 私は小さく溜息を吐きながら、フードと仮面を取って素顔を晒す。

 トーマスは少し驚いたように目を瞬かせ、私の姿を直視した。


「改めまして、私はエレオノーラ・カーティス。何度も言うが、噂の悪役令嬢だ」


 私はふふんと笑んで見せ、再び紅茶を啜った。

 そして、話を切り出す。


「さて、クロの存在が公になってしまった訳だが……。彼を外に出した事、後悔しているのかな?」

「……まさか。とんでも御座いません。人外登録をされることなど、想定内でしたから」


 トーマスは首を緩く振りながら答えると、「それに――」と言葉を続ける。


「貴方様についていく事を決めたのは、あの子自身。それこそ、死を思う程の強い覚悟で。だからこそ、決めた先で何が起ころうとも、それはあの子の責任です。例え死ぬことになろうとも、絶望の中を生きる事になろうとも、……自分で背負うべきものです」

「おや。まだ14歳のガキだというのに、随分厳しい責任を背負わせるね?今まで大事に庇護してきたのだろう?奴隷商でなら、商品としての喰種に人外登録の義務はないからね。喰種を匿うのに、これ程最適な場所もないだろうさ」


 意味深に微笑んでトーマスを見ると、彼は居心地悪そうに口を噤み、紅茶を啜った。


「……もう14です。まぁ、もう少し大人になるまではと思ってはいましたが、望む場所を見つけたというのなら、それもまた良し。いつかはここを離れ、外に出る時は来るのですから。それが少々早まったというだけのこと。喰種だからこそ、人並みならぬ苦しみの中で生きていく事になるでしょうが、私とて、いつまでもあの子を傍に置く気はない。道を見つけたというのなら、あとはもう、自分で好きに生きればいい。……自分で、生きていかなければ」


 トーマスはカップを揺らすと、憂いを帯びた青の瞳に、確かな決意と厳しさを宿しながら、紅茶の水面を静かに見つめた。

 その様はまるで、子を想う親の様。


「そうか。……ならば、クロの決断に、自分の都合に、私を巻き込んでしまった事への罪悪感でも感じているのかな?」

「……」


 カップを揺らすトーマスの手が、止まった。

 図星の様である。


「まぁ、ほぼ無理やり押し付けられたからね。君もある程度の騒動は想定していただろうが、まさか売った相手がカーティス家の御令嬢様だったとは夢にも思わなかっただろう?おかげでこの大事だ。……ふふ、父様の権威もすっかり衰えてしまった。国の内情も大きく変わり出すのではないかな?君はこの事態を引き起こした一人でもあるからね、罪悪感が疼くのも頷けるよ」


 私は紅茶に口を付けると、カタン、とカップをソーサーへと置いた。

 その音に反応してか、トーマスは小さく肩を震わせ、ゆっくりと私へと顔を向ける。

 罪悪感と悲壮感とが入り混じった、何とも酷い表情だった。

 それから私の目を見つめてきたかと思うと、直ぐに瞳を伏せて視線を逸らし、頭が静かに下げられた。


「申し訳、ありません……」

「それは、何に対しての謝罪かな?私やカーティス家に迷惑をかけてしまった事に対してのものかい?」

「……いいえ。本来ならば、詫びなければならないその件に関して、謝れない事への謝罪です」


 謝れない事への、謝罪……。

 私は不意を突かれた様に目を瞬かせると、その言葉を反芻した。

 そして込み上げてくるものは、笑い。


「く、ふ、ふふふ!あはははは!!君、面白いねぇ?そんな謝罪は初めてだよ。詳しく聞いても?」


 私はくつくつと肩を震わせながら、スーちゃんを撫でた。

 トーマスは私の問いかけに頭を上げると、答える。


「レオ様にあの子を押し付けた時点で、貴方様に何かしらの御迷惑が掛かるであろうことは覚悟しておりました。……いえ、そうなる事を承知で巻き込んだのです。クロードの決断と、私の身勝手な都合の為に。ですから、謝罪など出来ません。出来る筈もありません。他人を、レオ様を踏み台にしてでも、私はあの子の決断を後押ししてやりたかった。レオ様には申し訳ありませんが、カーティス家を巻き込んでしまった事に後悔はありません。寧ろ今日、あの子の顔を見て、貴方に託して正解だったとさえ思っております。ですから、謝罪を。……申し訳ありません。巻き込んだにも拘らず、それでも尚、自分の願望を押しつけるこの身勝手さを、お許しください」


 再び、深く頭を下げるトーマス。

 なるほどね。


「いいよ?」


 あっさりと謝罪を受け入れた私の言葉に、トーマスは弾かれた様に頭を上げると、キョトンとした顔で私を見つめた。

 どうやら頭の整理が追い付いていないらしい。


「そもそも、別に謝罪なんて求めてない。君が何を思ってクロを送り出したのかには少々興味はあったけれど、……なるほど、子の幸せを願う唯の親心か。うん、別に良いんじゃない?人は、自分の願望に忠実な生き物だ。生きる為に他人を殺すことも厭わないし、幸せになる為なら他人を不幸にすることも厭わない。それでいい。だってそれが人間だもの。欲に、願いに、決意に、感情に、唯々真っ直ぐであればいいとも。例え他人を踏み台にしようとも、自分の思いを正当化して、醜く美しく、弱く強く、人間らしく生きればいい。自分の思いを貫けばいい。他人なんていう不純物に対して配慮なんてしなくていい。他人も自分に配慮なんてしないのだから。みんな自分の世界だけが大切で、我が身だけが可愛いのだから」

「……」


 押し黙り、瞳を伏せるトーマス。

 ……あれ。

 皮肉にでも聞こえてしまったのだろうか。

 沈黙の中、私は紅茶を啜りながらエルを流し見る。

 何かエルまで俯いていた。駄目だこいつ。

 というか、……思ったより早いお戻りだな。


「はぁ。……えーっとね、勘違いしないで欲しいんだが、別に君を責めてる訳ではないんだよ?確かにほぼ無理やり押し付けられたとはいえ、それでも拒否する事は出来たんだ。結局、クロを連れていく事を、押し付けられる事を選んだのは私自身。どんな事態を引き起こす事になるのか理解した上でね?だからどうか自惚れないでくれ。その選択の責任は私が背負うべきものであって、君達が罪悪感を感じる必要も、謝罪をする必要もないのだから。私は唯、自分のしたい様にしただけ。……君を選んだのは、私なんだよ。クロ」

「……え?」


 区切られた幕の一辺に視線を送りながら、私は微笑んだ。

 トーマスも驚いたように私の視線の先へと顔を向ける。

 少しの沈黙の後、顔をくしゃくしゃにしたクロが幕を潜って客間へと入って来た。

 全く。そんなに人肉臭を纏わせて、私が気付かない訳もなかろうに。

 馬鹿な子だなぁ。

 君が元気が無い事、君が罪悪感に苦しんでいる事、君が自分を責めている事、君が騒動の件を気にしている事、私が気付いていない訳もなかろうに。

 ああ、本当……、馬鹿な子だなぁ。


「おかえり、クロ」

「……!!」


 クロは目を見開いた後、溜め込んでいた涙が決壊するのを気にも留めず、私のもとへと駆け寄って来た。

 そして、両手を広げて勢いよく突進。


「ただいま……!!」


 でもまぁ、影から蔦を何本か生やして押し返したが。


「お、お嬢~」


 涙と鼻水を滴らせながら、蔦越しに私へと手を伸ばす。

 諦めろ。

 あと、お嬢はやめろ。私はヤクザの御令嬢か。

 私は椅子から立ち上がると、やれやれと伸びてきたクロの手を優しく握る。

 そして、


「――ふんぬっ!!」

「ぐふっ!?」


 背負い投げである。

 はっ。調子に乗るなよ、オスが。

 確かに選んだのは私だし、その責任も私にあるが、貴様が男だったというのは唯の誤算だったんだからな。

 でもまぁ、見た目が少女そのものだから、時折男だという事を忘れちゃうんだけどね。

 何かもう、女の子っていう認識でよくね?とか思う今日この頃である。


「さて。食事も済んだようだし、帰ろうか」


 私は仰向けに倒れるクロの傍でしゃがむと、未だに涙が流れる頬を指で突っついた。


「うん。……へへへ」


 クロは両腕で目を覆うと、口元をにやけさせる。

 不気味だ。


「トーマス、また頼んだよ」


 私とクロの遣り取りを、呆けた顔で見つめていたトーマスを横目で見遣る。

 トーマスは私の声掛けに我に返ると、「畏まりました。こちらこそ、よろしくお願い致します」と椅子から立ち上がり腰を折った。

 そしてクロへと近付いてその腕を取ると、乱暴に立ち上がらせる。


「な、何だよ」


 間近に立つトーマスを、驚いた表情で見上げるクロ。

 その瞳には、怯えの色も窺えた。

 トーマスは眉間に皺を寄せ、冷たい視線をクロへと浴びせる。

 そして、ゆっくりと腕を動かして、クロの頭上へと手を持っていった。

 クロは何事かと目を瞑り、肩を震わせる。


「……?」


 違和感に目を開け、瞬きを数回。

 漸くクロは、自分の頭が撫でられている事に気付いたようで、驚愕の表情を浮かべ出す。

 その反応にトーマスは苦笑すると、少しだけ雰囲気を和らげた。

 それから小さく吐息を零す。


「あなたは馬鹿で乱暴なところがあるから、レオ様に粗相を仕出かさないか心配です」

「……うるせぇよ」

「あなたはまだまだ子供で、それも糞生意気なクソガキなので、レオ様に愛想を尽かされないか心配です」

「……悪かったな」

「あなたは馬鹿な癖に馬鹿になり切れない馬鹿な子なので、うじうじと馬鹿みたいに悩んで、背負って、それで馬鹿みたいに潰れてしまわないか心配です」

「……馬鹿が、多いんだよ」

「あなたは良くも悪くも馬鹿みたいに真っ直ぐで、……自分で自分を潰してしまう程に優しい子だから、心配です」

「……」

「あなたは人を食べる事が嫌いで、喰種としての運命を嘆いている。喰種なのだから仕方がないと、開き直ればいいのに開き直れない。そんな、馬鹿で優しい、喰種のあなたが……心配です」

「……」


 さっきとは違った意味で眉間に皺を寄せ、クロを見つめるトーマス。

 そして最後に、「強く生きなさい、クロード」という言葉で締め括り、漸くクロの頭から手を離す。

 クロは口を堅く結んで、俯いていた。


「お帰りになるところ、時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、別に構わないよ。それにしても、……ふふ。まるで本当の親子の様だねぇ?深くは聞かない方がいいのかな?」


 私は口元を持ち上げて、トーマスの黒い髪に視線を向けながら小首を傾げた。

 トーマスは困った様に笑いながら、緩く首を振る。


「誤解です。私とコレはその様な関係では御座いません。そこは断言致しましょう。それに、こんなクソガキは願い下げです」

「おや、違ったのか。髪色も同じだからてっきり……。まぁ、黒髪なんて珍しくはないからねぇ」


 私はエルとシロを近くに呼び、次いでクロに声を掛ける。

 そろそろティータイムの時間なので帰らなければ。

 ここでも茶は楽しんだが、カーティス家のものとはやはりレベルが違う。

 さてさて、今日の茶菓子は何だろうか。


「じゃあ、世話になったね。また来るよ」

「はい、お気をつけて。またの御来訪、お待ちしております」


 影移動で影へと潜る刹那、クロとトーマスの視線が交わる。

 私のやや前に立っていた為、クロの表情は見えなかったが、トーマスは優しい笑みを浮かべていた。

 まぁ、瞬時に影に飲まれたから、本当に一瞬の出来事ではあったけれど。

 そしてクロは、邸に着いてからも暫く、トーマスが立っていた方を見つめたまま、静止していた。



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