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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
36/217

カーティス家の御令嬢は。

 ルドア国王城、王の間にて。

 アルバートは、厳粛な空気に包まれたその広間の中央で跪き、玉座に座るベルンハルトに対し深く頭を垂れていた。

 そしてその様子を見守るは、国務に携わる重鎮達。

 ある者は不快気に眉を顰めながら。

 ある者は口元に微笑を湛えながら。

 ある者は心配そうな面持ちで。

 好奇、嘲笑、侮蔑、不穏、怒り、悲哀、困惑。

 様々な感情が渦巻く視線に晒されながら、それは唐突に始まった。


「面を上げよ」


 ベルンハルトの声掛けにより、場の緊張は更に高まり出す。

 事の中心人物である当の本人は、さぞ生きた心地がしなかろう。

 一体どんな表情で顔を上げるのやら。

 周囲の者達は緊張で固唾を飲みつつも、その視線は興味深げにアルバートへと集中した。


「はっ!」


 ゆっくりと、顔を上げるアルバート。

 その表情は、……至って平然。

 事の大きさを理解しているだろうに、まるで些事だと言わんばかりのこの態度。

 その様子に、ある者は詰まらなそうに視線を落とす。

 ある者は呆れたとばかりに額を抑えて溜息を吐く。

 ある者は笑いを堪えるように口元を覆う。

 そして、皆それぞれ反応は違えども、こう思うのだ。

 「ああ、何とも彼らしい」と。


 事の成り行きは、アルバートが喰種の奴隷の人外登録をした事に端を発する。

 カーティス公爵家に奴隷、しかも喰種が飼われている。

 その事実は瞬く間に城内に広まり、当然の事ながら国王の耳にも入った。

 そして、クロードの人外登録を済ませて少しした後、この呼び出しである。

 「まぁ、予想通りの反応だな」と、アルバートは驚くこともなく、その命に従って王の間へと参上した。

 これから行われるであろう詰問の内容も、大方予測は出来ている。

 というより、ベルンハルトの性格を知っているアルバートにとって、ベルンハルトの今の態度もギャグでしかない。

 そんな状況に対して緊張しろと言う方が無理な話というものだろう。


「アルバート。何故呼び出されたのかは、分かっているな?」

「はっ」

「……喰種の奴隷を邸に置いているというのは、本当か」

「はい、事実で御座います」


 その淀みない返答に、周囲は騒めきだす。

 しかし、「静まれ」という王の一言によって、広間は再び緊張感に包まれた。


「……その奴隷の主はお前の娘だと聞いたが、それも事実なのか」

「はい、登録内容に記した通りで御座います」

「その娘は、喰種という存在をちゃんと理解しているのか。確か、まだ5才の幼子だった筈」

「はい。ですが、我が娘は非常に聡い。喰種という存在についても、それを買った上でどういう事態を招いてしまうのかも、あの子は全てを解しております」

「……では、お前は何故止めなかった」

「弊害も全て深慮した上での行動ならば、親が止める権利などないかと。私は唯、子の考えを見定め、見守るのみで御座います」

「子の自由を重んじるにも限度があるぞ。事の重大さを理解しているのか。喰種を邸に置くという事は、その餌、……人の死体に手を出さねばならなくなるのだぞ」


 “人の死体”という現実味を帯びた生々しい発言に、周囲の者は顔を歪ませ、想像する。

 カーティス家の邸で、運び込まれた死体を貪る悍ましい喰種の姿を。

 そんな事態が、宰相であるカーティス公爵家の邸で行われていると知った民たちの反応はどうか。

 考えずとも分かるというものである。


「それつきましては、問題御座いません。喰種が、人肉を食べずとも健康状態が保たれる期間は10日前後。娘曰く、死体を提供してくれる場所があるらしく、定期的にそこに赴き食事を摂らせるそうです」

「そういう問題ではないだろう。経緯がどうであれ、理由がどうであれ、民達にとっては関係のない事。邸で喰種を飼っており、その餌である人肉も邸に置いている。それが民からの評価であり、真実となる。死体をどこで食べさせているかなど些細な事。今まで培ってきたカーティス家の評判も、……地に落ちるぞ」


 ベルンハルトの眉間には深い皺が刻まれ、その声色は低くなる。

 アルバートは国王のその態度に怯むどころか、小さく口元を持ち上げて応えた。


「畏れながら、陛下。それこそ、私にとっては些事で御座います。民からの評価など移ろい易いもの。そんなものに、元より興味など御座いません。この程度で下がる好感など無いも同じでしょう。いつもの如く民たちは、有る事無い事話を広げるかとは思いますが、私の愛する者達に危害が及ばなければどうでもいいのです。……仮にそんな事態になってしまったとしても、カーティス家の全戦力、全権限を以って対処するだけの話。どう転ぼうとも、私の愛する者達の安寧は守られるのです」

「……」


 ――対処する。

 それはつまり、武力による弾圧さえも厭わないという事。

 ベルンハルトは苦々し気に表情を歪ませると、瞳を細め、アルバートを睨み付けた。


「最悪、内乱が起こるぞ。我ら王家が、それを許すとでも思うのか。……貴様は、国と事を構える気ではあるまいな」


 国王の言葉に、周囲の者は冷や汗を流しつつ、アルバートの言葉を待つ。

 アルバートは変わらずの涼し気な表情で、微笑を浮かべながら口を開いた。


「……そもそも。私も娘も、法を犯す様な事など何一つしてはおりません。奴隷を買う事の何が悪なのでしょうか?――いえ、決して褒められた善行ある行動と言えないのは分かっております。故に、民からの評価が下がる事も理解できます。が、断罪される理由がない。何もしていないのに、自分たちが気に入らないから悪だと決めつけられ、悪意のままに危害を加えてくる輩がいるのなら、こちらとて手は打たねばなりません。それはもう民ではなく、カーティス家に仇なす唯の賊なのですから。にも拘らず、それを国が許容せずに、ましてや賊を擁護するような愚行に走るというのなら、私はルドア国を守る為、そして王族の過ちを正す為、国と事を構えましょう。もちろん、民が感情のままに動く愚かな存在でない事と、陛下がそのような選択をなさらない事を、私は心より信じてはおりますが」


 皮肉気に、柔和な笑みを湛えて、アルバートは頭を垂れる。

 皆は口を開けて沈黙し、国王は口を堅く閉ざした。

 気が付けば、広間の空気は完全に、アルバートの手中であった。


「ああ、それともう一つ。娘が奴隷を買ったのは、何も今回だけではありません」

「……他にも奴隷がいると?」

「はい。最初に連れてきたのは、処分品となっていた瀕死のエルフ奴隷。同日に、街で殺されかけていた魔物のスライムも。そして今回、獅子族の獣人と、件の喰種」

「……それを、何故今、ここで報告する」

「恥ずべきことなど何もしていないからです。寧ろ私は誇らしい。世間の醜聞に惑わされず、自分の考えのままに堂々と実行に移した我が娘が。彼女が連れてきた奴隷は、皆行き場のない者ばかり。エルフは奴隷狩りによって村を滅ぼされ、また、ダークエルフとのハーフな為に、他のエルフの集落で暮らす事は困難でしょう。獅子族の者は、獣寄りで生まれた為に、獣人達から迫害の対象となっています。そして喰種の子は、言わずもがな。小奇麗で高品質な者ではなく、薄汚れ、問題を抱えた奴隷ばかりを買ってきた。それがあの子の考えであり、答えなのです。これ程聡明で、優しい幼子がおりましょうか。聞けば、娘の連れてきたスライムは、子供達の勇者ごっこによって遊び感覚で殺されかけていたそうです。スライムは確かに魔物ですが、滅多な事では人を襲わない弱き存在。寧ろ、魔物の研究者たちの間では“世界の掃除屋”とも呼ばれている程に、ほぼ無害な魔物です。それを魔物だからという理由で、無邪気に殺そうとするその子供たちの方がよっぽど悪だというもの。にも拘らず、我が娘の意図を考えようともせずに、奴隷を買ったという行動だけで不当な判断をし、娘が理不尽に裁かれるような事はこの私が許しません。そもそも、聡明且つ優しい我が娘が――(以下略)」




「……分かった。お前の言いたいことは、よく分かった」

「はっ」


 皆顔を引き攣らせながら、何とも言えない空気が周囲を漂った。


「最後に、今一度問う。今回の件で、カーティス家の評判は必ず下がる。それどころか、悪評さえ付くだろう。それによる弊害は、覚悟の上か」

「はっ」

「……ならば良い。民からの反感を買った事で、今まで通りの執政が行えるとは思うな。……アルバートよ。子を想うのは勝手だが、お前のその言い過ぎた愛情は弱点でもある。今回の様に、自身の首を絞める事にもなるのだ。子を管理するのもまた親の務めだぞ」

「……子は親に迷惑を掛けるもの。それを受け入れるのもまた親の務めで御座います」


 アルバートは微笑み、ベルンハルトを見つめる。

 ベルンハルトは緩く首を振ると、諦めた様に大きく息を吐いた。


「よい。この話は終わりとする」

「はっ」

「ところで、アルバート。話は変わるが……」

「……?」


 先程までの厳格な雰囲気が僅かに綻び、ベルンハルトは視線を逸らしながら咳払いをする。

 幼馴染のその動作に嫌な予感を抱きつつも、アルバートは首を傾げて「何でしょう?」と問いかけた。


「……お前の息子は、もう直10歳になるのだったな」

「……」

「とすると、……鑑定の儀をするのだな」

「……」

「私も――、」

「身内だけでやろうかと思っております」

「……私も、その儀に出席させてもらおう」

「……」

「よいな?」


 アルバートは歯噛みする。

 この場で言われたら頷くしかねぇだろうが!と青筋を浮かべながら。

 そして笑顔で、一択しか残されていない回答を口にした。


「畏まりました。陛下の御来訪、心よりお待ち申し上げております」

「……それと、社会勉強も兼ねて、息子のクリストフも連れて行くので、よろしく頼む」

「か、しこ、まりました」


 アルバートの笑顔が、引き攣った。

 その内心は、「絶対こっちの方が本題だよね!?この場で言えば断れないと分かって、態とやってるよねお前!?」と、キレまくりである。

 まぁ、兎にも角にも。

 国王と第二王子のカーティス家訪問、決定。



 ――そして、この日を境に、カーティス家の評判は急暴落した。

 アルバート支持者の半数が、国王へと鞍替えしたことで、ベルンハルトの権威は必然的に高まる。

 それでも、未だ半数の支持者、つまりは国民の約4分の1がアルバートを支持し続けている事を考えると、なるほど。ベルンハルトが脅威に思うのも頷ける。

 それと、アルバート支持者であるかどうかに関わらず、国内では一つの噂が蔓延した。

 奴隷を買ってくる5才の娘とは、一体どんな子なのだろうか。

 きっと、父親が親バカ故に、甘やかされて育ったに違いない。

 奴隷を買う程に情がなく、我が儘な御令嬢なのだろう、と。

 アルバートの評判が下がる一方で、人々はまだ見ぬエレオノーラへの想像を巡らし、その評価は既に最低となる。

 エレオノーラは、それから数日の後に、5歳にして悪役令嬢の異名を賜ったのだった。


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