お昼寝しましょう。
ほのぼの回です。多分。
……疲れた。
大きく溜息を吐きながら、彼らを一瞥。
ライオンは目を見開かせ、クロードは瞳を輝かせて、それぞれ一様に周囲を見回していた。
私の部屋で。
「い、一瞬で!!ここはどこだ!?」
はしゃぐな、うるさい。
私は眉を顰めながら、クロードの手を握る。
クロードは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、直ぐに照れたように頬を染め、私を見下ろした。
「――そいやっ!!!」
「ぐふっ!?」
憂さ晴らしに、背負い投げをしてみた。
綺麗に決まって、ちょっとスッキリ。
それから私は、仮面とマントを影の中へと放ると、大きく息を吸った。
そして、叫ぶ。
「ステラさぁぁぁぁぁん!!!」
すると、そう間を置かずして、部屋のドアが勢いよく開いた。
侍女長のステラである。
「――如何なさいましたか、お嬢様!!!って、何か増えてる!?」
足音はしなかったが、その息の乱れっぷりから、猛ダッシュで駆けつけたのであろう事が分かる。
いやはや、朝っぱらから申し訳ない。
「早朝からちょっと出かけてね?また買っちゃった、奴隷」
「ん、だ、旦那様には……」
「これから紹介しようかと。だから、この獣人と女装野郎をお風呂に入れてやってくれるかな?」
「俺だけ扱い酷い!!」
ステラは呆気に取られたようにライオンとクロードを見て固まった。
それでも、「畏まりました」と一礼し、深く言及することなく従うあたり、流石は侍女長様である。
そしてステラは、後から追いついてきた侍女たちを伴って、ライオンとクロードを風呂場へと連れて行った。
「……レオ。……クロードまで連れてきて、良かったの?喰種は、その、……流石に不味いんじゃ」
エルは不安気に私へと視線を向ける。
まぁ、言いたいことは分かるけども、仕方ないじゃん?
買う流れだったもの。
ほぼ強制だったもの。
「はぁ……。もう過ぎた話は止そう。別に喰種が邸に居ようが、人間に危害を加えてこない限りは問題ない。父様も許して下さるだろう」
「懐深すぎない?」
「母様もきっと、『綺麗な赤い瞳で羨ましいわぁ』と笑って許して下さる」
「懐深すぎない?」
「問題は、……法律だよねぇ」
はぁ、と再度溜息を吐いて、私は項垂れた。
ヒト族と見た目が変わらない種族、あるいはヒトに化けられる種族がヒト族に紛れて生活をする場合、ルドア国では、国に自己申告し、人外登録をする様にと法律で定められている。
まぁ、未登録がバレても罰金程度の処罰で済むから、喰種とかの迫害対象である種族は行わない者も多いけれど。
というか、してないだろうね。殺されちゃうし。
有って無い様なこの法律。他種族が自分たちに紛れて生活していることに、不安と恐怖を抱く人々を丸め込むために作られたのであろう事が、容易に推測出来る。
なら、別にクロードも登録しなくていいんじゃね?とか思うじゃん?
そうはいかない。
だってここはカーティス家。執政する立場にある宰相様が御座す場所。
奴隷商で“商品”として売られている奴隷は例外とされているが、飼われている奴隷の場合は、その主人が申告しに行かなければならない。
よって、法を重んじる立場にある父様が、私の代理として国に報告しに行く事だろう。
そうなれば、奴隷を飼っている事もバレる。
カーティス家に喰種の奴隷がいる、と瞬く間に国中に広がる事間違いなし。
うーむ……。
私は腕を組みながら考え込む姿勢をとった後、――諦めた。考える事を。
「ま、いっか」
「いいの!?」
案ずるより産むが易し。
為せば成る。
まぁ、なんとかなるさ!!頑張って父様!!
「お腹空いたし、ご飯行こうか」
「……」
私は半目のエルの手を引きながら、鼻歌交じりにダイニングルームへと歩き出した。
朝食の時間に間に合って良かったわぁ。
いつもの如く、もっちゃもっちゃと食事をしていると、「失礼致します」とダイニングルームの扉が開いて、ライオンとクロードが侍女たちに連れられて入って来た。
「お連れ致しました」
「……ごくん。ありがとう」
お風呂に入って綺麗になった二人を見遣る。
ライオンの毛並みは白く輝き、艶々である。
クロードも、まぁ、うん、見た目詐欺も甚だしいよね。
「……初めまして。私は、カーティス公爵家現当主、アルバート・カーティス。とりあえず、食べながら話をしようか。獣人……の君は、えっと、床で良かったかな?」
父様はチラリと執事に視線を送ると、意図を汲んだ執事が静かに頷いた。
そして、瞬く間に床にシートを広げると、そこに大皿に乗った食事を置いてセッティング。流石ですわ。
「それと、クロード。喰種も普通の食事は食べられるよね?君も席に着いて、一緒に食べよう」
「あ、ああ……」
父様の態度に驚きの表情を浮かべながら、クロードは恐る恐る席に着く。
「……さて、大まかな話はノーラから聞いているよ。あまり時間がないので、最低限の話しか出来ないが、……クロード、君の事は国に報告させてもらう。そうなれば、奴隷という立場以上の悪意や侮蔑が、君に向けられる事だろう。公爵家の力を使えば、君の種族を隠蔽する事も可能であるにも拘わらず、君をそういった辛い立場に追いやる私を、どうか許して欲しい。その代わり、君の事は最大限に守護すると誓おう」
「え、あ、……はい」
父様の宣言に、クロードは瞳を丸くして頷いた。
この様子じゃ、従僕化も近いな。
「そして、誇り高き獅子殿。君にとっては、奴隷と言う立場は特に屈辱的なものだろう。だが、どうか私たちを恨まないで欲しい。そして、自分を恥じないで欲しい。例え奴隷に落ちようとも、君の獅子としての気高さは、決して失われるものではないのだから。確かに君は、ノーラに従属するという形で我が家にやって来たけれど、私たちは君を奴隷として扱ったりはしない。決して君の存在を蔑ろになどしないし、させない。それでも外部の者は、君を奴隷として嘲笑する者も多いだろうが、我がカーティス家の家紋に誓って、君の尊厳は傷付けさせない。だから、誇り高き獅子よ。カーティス家を、ノーラを、どうか守護してやってはくれないだろうか。力を貸してはくれないだろうか」
「……」
ライオンは瞳を細めて、父様を値踏みするように見つめる。
そして、「……グルッ」と喉を鳴らした後、目の前に置かれた食事を頬張り始めた。
はい、ライオンさん陥落。
プライドが高い相手への接し方まで熟知してやがる父様、流石ですわ。
「ふふ、それは肯定という事でいいのかな?ありがとう。君がノーラの傍に居るのなら、私も安心だ。どうか、よろしく頼んだよ」
父様はゆっくりと立ち上がり、後ろに控えていたセバスは父様に上着を羽織らせる。
「さて、忙しなくて申し訳ないが、私はこれで失礼するよ。どうか気にせず、ゆっくりと食事を続けてくれ」
そう言うと、父様はいつもの様に母様と兄様に行ってきますのキスをして、私に顔を掴まれる。
それから、ダイニングルームを出ようと扉へと歩いて行った父様だったが、ドアノブに手を掛けた処で、何故か動きが停止した。
不思議に思って、その後姿を見つめていると、父様は「……あ、そうだ」と、声を出す。
そして、微笑みながらゆっくりと振り返り――、
「ノーラに変な気起こしやがったら、殺す」
そう言って、漸く退場。
クロードとライオンは、暫くの間、扉を見つめたまま固まっていた。
朝食を終え、自室にて。
私は、奴隷全員集合での話し合いを行った。
自己紹介もまだだったしね。
「さて、名乗るのが遅れてしまったが、私はエレオノーラ・カーティスという。気軽にレオと呼んでくれ。邸での私の呼ばれ方や、父様の発言なんかで気付いたかもしれないが、こう見えて女だ。そして、こっちはエルフのエルと、スライムのスーちゃんだ。私共々よろしくね?クロとシロ」
「え?」(クロ)
「ガ?」(シロ)
「ん?」(私)
何だろう。クロとシロが目を丸くしながら首を傾げている。
何か可笑しなことでも言っただろうか。
「どうかしたのかい?」
「クロって、俺の事か?」
「うん。クロードだから、クロ。愛称だよ?何か問題でも?」
「いや、別に……」
口籠るクロ。
呼びやすいのが一番だよね。
「グ、ルル……」
「……?シロはどうかしたの?そんな唸ってないで、言いたいことは言わないと駄目だよ?伝わらないよ?」
喋れるんでしょう?と小首を傾げてシロの顔を覗き込んだ。
シロは口をモニュモニュと動かし、喋ろうか迷うような素振りを見せた後、結局は口を開く。
「何故、我が、シロなのだ……」
「おお!喋った!!」
瞳を輝かせ、興奮する私。
いや、中身はちゃんと人間だって分かってるんだよ?
でもさ、見た目完全にライオンな訳だし、テンション上がらない方が可笑しいと思うんだよね。
「シロは、よせ……」
「え、気に入らなかったのかい?因みに、名前はないんだよね?」
「ああ……」
うーむ。
嫌なら仕方ない。別の名前を考えなければ。
「なら、タマでどう?」
「グルル……」
苦々しい表情で拒絶の意を示すシロ(仮)。
「んー、じゃぁ……、シロとタマを掛けて、白玉」
「ヴゥー……」
……唸られた。
我ながら、傑作だと思ったんだけど。
「はぁ……。なら、獅子とシロを掛けて、獅子郎は?」
「何故、そんな名前ばかりなのだ……」
「じゃあ、獅子だからシーちゃん」
「解せぬ」
「……」
ちょっと、イラッ。
「……あのさぁ、君。名前何て唯の記号な訳だろう?呼ぶのに困らなければ何でもいいじゃないか。金玉やらチクビームなんて名前ならまだしも、シロの何が不満なのかな?これ以上は私も考えないよ。嫌なら自分で考えな?そして、変に自己主張の強いかっこいい名前を付けて、『え、君、そんな名前で呼んで欲しかったの?(笑)』って精々笑われるがいいよ」
「シロで、いい……」
「そうかい?なら良かった」
ホッ。
何か知らんが、考えを改めてくれたらしい。
これで一安心である。
何故かちょっと、シロの目が潤んでいる気がするが、きっと気のせいだろう。
「さて。名前も決まったことだし、私は寝る事にするよ。邸を探検するなり、客室で休むなり好きにしてくれていい」
ふわぁ……。まじ疲れたわぁ。
私は大きく欠伸をすると、ベッドから毛布を引っ張り出してきて、シロのもとへ。
「シロ、ちょっと寝そべって?」
「……?」
言われて床に寝そべるシロ。
うん。モフモフそうである。
私はシロに深く凭れ掛かると、そのまま寄り添う様にして横になった。
はぁー、石鹸の香りもして、実に心地良い。
「悪いけど、シロはお昼寝に付き合ってね?」
「う、む……」
そして、スーちゃんを抱きしめながら、ぬくぬくと就寝。
「旦那様が知ったら殺されそうね……」というエルの呟きが聞こえたが、まっさかー。はっはっは!そんな訳な……Zzz。
それから私は、幼い頃の黒沼優美となって、あの子犬と一緒に寝ている夢を見た。
シロ程ではないにせよ、きっとあの子犬も温かかったに違いない。
暫くして。
お昼寝から目覚めると、何故か隣にはエルとクロが、同じくシロを枕に眠っていた。
みんな、疲れてたんだんねぇ?




