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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
32/217

奴隷商、再び。

「エル!犬を飼うぞ!」


 朝起きて、隣室のエルの部屋に突撃。

 熱が引いてから、念のためにと丸三日も休んだのだ。

 もう大丈夫だろう。


「……開口一番に、何」


 エルは眠そうに目を擦りながら、半目で私へと顔を向けた。

 無理もない。まだ日が昇って間もないからな。


「犬だ」

「もうちょっと説明を加えて?」

「奴隷商に行くぞ!」

「……奴隷商はペットショップじゃありません」


 頭を抑えながら、項垂れるエル。

 まだ調子が良くないのだろうか。


「説明不足の件へのクレームも兼ねて、犬でも見に行こうかと思ったのだが……。体調はどうかな?」

「ええ、それはもう大丈夫よ。……でも、何で犬?」

「実はね、……夢だったんだ」


 私は遠くを見つめながら、前世の記憶を思い出す。

 そう。それは、雨の降る午後だった……。

 確か、当時の私は小学5年生。

 学校の帰り道で、段ボールに入れられた子犬を発見したのだ。

 震えていた。それはもう、プルプルと。

『可哀想に。雨で濡れて、震えているじゃないか……』

 そしてしばらく見つめ合う、私と子犬。

 ……か、かわいい。

 ごくりと、生唾を飲み込んだのを今でも覚えている。

 でも、あんな糞みたいな家では飼える筈もない。

 私は木陰へと子犬を非難させ、更には傘まで差しだした。

 後ろ髪を引かれつつも一旦家へと戻った私は、タオルと食べ物を入れたスーパーの袋を片手に再び子犬のもとへ。

 傘のない私は、既に全身びしょ濡れである。

 タオルで子犬を拭いてやり、食べ物を見せると子犬は尻尾を振って期待の眼差しを向けてきた。

 私はその愛くるしい動作に微笑みつつ――、

『おすわり』

 舌を垂らし、へっへと息を吐く子犬。

 どうやら言葉の意味が分かっていないらしい。

『おすわり』

 強めの口調で、再度命じた。

 ……ダメだった。

『おすわりだよ。……君、働かざる者食うべからずって言葉知ってる?何もしていない奴が、タダで食事を貰える訳がないでしょう?一人で生きられないのなら、生かしてもらえるだけの価値を示さなければ。それが無理なら、一人で生きられるぐらいに強くなりなさい』

 ……今思えば、この時の私はどうかしている。

 犬にそんな説教が理解できる筈なかろうに。全く。

 それから私は、芸を仕込んだ。

 毎日そこに通っては、芸を体得させまくった。

 「おすわり」や「伏せ」なんかの基本から、人間から餌を貰うにはどうすればいいかという生きる為の手段まで。

 そして、子犬が芸を覚える度に私の胸に宿るのは、言い知れない充実感。

 楽しかったなぁ。あの頃の唯一の楽しみであり、癒しだった。

 それから、二週間が過ぎる頃。

 鼻歌交じりに、いつもの様に公園へと入っていくと、そこには沢山の人影が。

 この公園は、中途半端に空いたスペースを無理やり活用するかのように作られた小さなもので、遊具も滑り台ぐらいしかない。

 しかも、もう少し行った先に大きな公園があるので、尚更人はやって来ない。

 ……にも拘らず、今日はいつもと様子が変だ。

 私は不思議に思って、人混みを掻き分ける。

 そして、見た。

 子犬が「ちょうだい」をして人から餌を貰う姿を。

 それだけではない。

 「おじぎ」、「ハイタッチ」、「鼻パク」、「クロール」と言う名の匍匐前進、更には「逆立ち」まで!!

 そして最後に、「バーン」をされて死んだふり。

 完璧である。

 君ならもう、どこででも生きていけるよ。

 私は目頭を押さえながら、その場を去った。

 後日、学校帰りに電気屋さんの前を通った時、あの子犬がテレビデビューを果たしている姿を目の当たりにした。



「レオ?ねぇ、レオ?」


 ――はっ!!

 また一人だけの世界に行ってしまっていた。


「すまない。ちょっと考え事をしていた」

「でしょうね?それで、さっきの続きなんだけど、犬を飼うのが夢だったの?ペットならそのスライムがいるじゃない」

「……!!馬鹿野郎!スーちゃんはペットにしてペットに非ず!手間の全く掛からない有能すぎるペットなんている訳ないだろう?ここにいるけどね!!」

「……。でも、犬なんて飼ったらスーちゃんが可哀想よ?浮気?」

「!!」


 私は目を見開いて、スーちゃんを凝視。

 ち、違うんだ!

 犬は完全にペットだが、スーちゃんは違うんだ!

 私は激しく心臓を脈打たせながら、目を泳がせる。


「ご、誤解しないでね?スーちゃん、君が一番なのは変わらないんだ。た、唯、唯、飴と鞭で芸を教え込んだり、リードを持って散歩に行ったり、ボールを投げて取ってこいをしたり……、そういうのが、ちょっと、やってみたいなぁって、唯、それだけ、で……」

「わ、分かった!分かったから!」


 罪悪感と憧れとの葛藤に苦しみながら言葉を絞り出す私に、エルが「飼おう!うん、いいわよね、犬!ね?だから泣かないで?」と少し慌て気味に言ってきた。

 そして私へと近づき、宥める様に頭を撫でてくる。

 ……何を言ってるんだろうか、この子は。

 別に泣いてなんかいないんだが。

 スーちゃんを見る視界が何故か霞んではいるが。


「……ぐすっ。スーちゃんが、一番なのは変わらないんだ」

「そうよね?レオにとってスーちゃんが一番なのは、スーちゃん自身も理解しているわよ」


 エルはスーちゃんに視線を送りながら、「ね?」と言った。

 スーちゃんはそれに答えるかのように、ぷるるん、と震えた。


「ほら!そうと決まれば、朝食を食べてから旦那様に了解を貰って、直ぐに行きましょうか!」

「いや、今すぐ行くぞ?」

「え?」


 私は影の中からマントと仮面を取り出すと、エルに「ん」と突き出した。




 やって参りました、奴隷商。

 はぁ。この陰鬱な空気、落ち着くわぁ。


「来ちゃった」

「……」

「トーマス?」

「……」


 状況が把握できないのか、行き成り自分の影から現れた私に、トーマスは目を見開いたまま固まっていた。

 いやはや、開店準備中に押しかけてしまって申し訳ない。


「おーい。……ねぇ、聞いてる?」

「……はっ!!……え、……んん!?」

「落ち着け」

「レオ様!?」

「うん」


 漸く状況を把握したのか、トーマスは驚きのあまり、持っていた木箱を足の上に落してしまった。

 短い悲鳴を上げるトーマス。痛そうである。


「大丈夫?」

「え、あ、はい。……失礼、致しました」


 涙目ながらも接客モードに切り替えるあたり、流石はプロである。


「えっと……、いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました。……ですが、大変申し訳御座いません。御覧の通り、まだ開店できる状態ではなく……。畏れながら、少々お待ち頂けますでしょうか?」


 トーマスは、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、私を見つめる。

 本当、この場に不釣り合いな男だわー。

 その無駄に清潔感溢れる善人面で、無駄に糞丁寧な接客をされると、ここが奴隷商だという事を忘れそうである。

 

「朝早くにすまない。あまり人目に付きたくないものでね。店内が散らかっていようと、奴隷が就寝中であろうと構わないから、出来れば今から対応して貰えると非常に助かる」

「……畏まりました。とりあえず、あちらで用件をお伺い致します。よろしいですか?」


 トーマスは、奥にある幕で仕切られた場所を指さしながら、横目で部下達に「相手している間に最低限の準備を急げ」と言うかの如く視線で合図を送る。

 その意図を組んだのであろう、部下たちは静かに頷くと、小走りに散っていった。

 言葉が無くても通じる、見事な連携である。

 私は心の中で称賛を送ると、「構わないよ」と頷いた。



「……それで、本日はどういった奴隷をお求めでしょうか?」


 幕で仕切られた部屋で、私は椅子に腰かけながら出された紅茶を口に含む。

 結構いい茶葉である。

 見たところ、周囲も以前より清潔感がある為、ここは小奇麗な方のテントだと理解した。

 恐らく貴族を相手にする事もあるだろうから、こっちのテントにはこういった部屋も作られているのだろう。


「犬が買いたくてね」

「犬、ですか……。畏れながら、当店では動物を取り扱っておりません。似たものですと、犬の亜人か獣人……は一昨日売れたな。……失礼。今いるのですと、犬の亜人ぐらいでしょうか」


 亜人かぁ……。 

 私は咄嗟に、犬耳と尻尾を生やす人間を思い浮かべる。

 芸を仕込んだり、リードを付けて散歩……。

 ……うん、これじゃない。


「魔物で犬はいないのか?」

「いるにはいますが、……用途をお聞きしても?」

「ペットだ」

「それでしたらお勧めは致しません。闘技場などを持つ方が買われるものですので……」

「んー……」


 闘技場ってことは、殺し合いをさせるアレですね。

 となると、戦闘本能丸出しの生き物なのだろう。

 涎を垂らしながら、「グルル……」と唸る狼の様な魔物の姿を思い浮かべる。

 ……何か、違う。


「とりあえず、適当に見て回るよ」

「畏まりました。……ところで、本日はお一人なのですか?」

「いや?後から来るよ?」

「そうで御座いましたか。先日お買い上げ頂いた奴隷は、やはり駄目でしたでしょうか?」


 “駄目”とは、死んだか、という意味だろう。

 ふふふ。エルを見て驚くトーマスの姿が目に浮かぶ。

 私は紅茶を啜ると、意味深に頬笑んだ。


「生きてるよ?着替えが遅かったから置いてきたのだけれど、……そろそろいいかな」


 私は、「は?」と首を傾げるトーマスを尻目に椅子から下りると、地面に両手をつけた。

 うむ。初めてだが、多分出来るだろう。

 ……さぁ!!汝、古からの契約に従い、我に力を与え給う!我、汝を召喚する者也。闇より出でし、その身、ここに体現せよ!

 はぁぁぁぁっっ!!!出でよ!!


「エル!!」


 私はノリノリで影の中からそれを掴むと、にょーんと引っ張り上げた。

 背丈いっぱいに引っ張るが、悲しい哉。身長が小さい所為で、一回では引ききれない。

 うんしょうんしょと綱を引くかの如く要領で、私はそれを影から引き釣り出した。

 足首から始まって、太腿、尻、そして腰に両手を添え、一気に持ち上げる。

 ……ふぅ、漸くエルの顔が。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

「あ、すまんかった」


 よく見れば、まだ上半身が着替え途中だった。

 ボタンを留めていない胸を両手で隠しながら、エルが涙目で悲鳴を上げる。

 咄嗟に上半身だけを影の中へ。

 恐らく、邸のエルの私室では、エルが上半身だけを床から生やしながら着替えを再開している事だろう。

 目の前の床から生えるエルの下半身を見つめながら、そんな光景を想像する。

 暫くすると、両足がバタバタし出した為、再び引っ張った。


「もう!もうっ!!」

「すまんかった」


 エルは顔を真っ赤にして、涙目で私に詰め寄る。

 言いたいことは分かるので、とりあえず誠心誠意謝罪をしておいた。

 トーマスは、何か半目のまま固まっていた。


着替え中に突然足首を掴まれて、影の中に引きずり込まれたエルさん。

この日、新たなトラウマが刻まれた。

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