魔力とは。
説明回です。
父娘がひたすら喋りまくります。
よく晴れた昼下がり。
庭の一角にあるバラ園で、噎せ返る程のバラの香りに包まれながら、私は茶菓子に齧り付く。
辺りを見回すと、父様と母様と兄様が、皆笑みを顔に湛えつつ、紅茶にお菓子にと手を伸ばしていた。
言わずもがな、昨日計画されたお茶会である。
「今年もバラ園でお茶会が出来て、嬉しいわ」
満開に咲き乱れる色取り取りのバラを見つめながら、母様は幸せそうに呟いた。
思えば、私が前世の記憶を取り戻した日も、母様と兄様とバラ園でお茶会をする事になっていた。
……結局その日以来、そのお茶会が今日まで行われることはなかったが。
私は何を思うでもなく、膝上で時折プルルと震えるスーちゃんに茶菓子を差し入れると、優しく撫でた。
「……ふふ。今思えば、今日やって正解ね。やっぱり家族みんなでした方が、お茶も美味しいわ。」
母様は微笑みながら父様を見つめた後、何故か私の方にも視線を送って来た。
何でしょうか、母様。
「母様のクッキー、美味しいよ!今日はいっぱい作って来たんだね」
テーブルに置かれたクッキーの山に何度も手を伸ばしては口に頬張る兄様。
プロが作った可愛らしいプチフールや、鮮やかなジャムと一緒に並べられたスコーン、他にもマフィンやパウンドケーキといった焼き菓子などが数多く並べられている中で、一際目立って置かれているクッキーの山。
型を使っていない為、形は歪な丸型。焼き色にも斑がある。
よく言えば家庭的。
悪く言えば庶民的で、間違っても貴族の茶会に出る様な代物ではない。
しかも、種類はバタークッキーの一種類のみ。
明らかにこのお菓子たちの中で悪目立ちしている一品だ。
何故そんな物をこれ程大量に作って来たのか、母様の神経を疑ってしまう。
いくら家族揃ってのお茶会とはいえ、気合いを入れ過ぎだろう。
私は呆れ気味に紅茶を啜ると、チョコのプチフールを口へと詰め込んだ。
見た目はオペラ風で、表面にはパリパリチョコをコーティング。
中にはチョコレート濃度を変えた二種類のクリームが層で分かれて挟まっており、薄く塗られた甘酸っぱいオレンジのジャムと合わさって実に美味である。
お、木苺のジャムバージョンもあるのか。
次はそっちも食べてみよう。
もっちゃもっちゃとケーキを堪能しながら、母様のクッキーをチラ見。
……うむ。
母様には悪いが、私はこっちの美味しい方のお菓子を食べる事にするよ。
「ふふふ!ノーラが沢山食べるかと思って、母様頑張っちゃた。ちょっと焦げてるのもあるけど……、それは母様が食べるから、大丈夫そうなのだけ食べてね?」
「……」
……私っすか。
焦げたクッキーを恥ずかし気に齧りながら、母様は笑った。
「それぐらいどうって事はないよ。クレアのクッキーは全部美味しいとも。このココアクッキーなんて、ほろ苦くて最高だね」
父様は幸せそうに吐息を零しながら、味わう様にゆっくりとバタークッキーを噛み締める。
父様、流石にその黒いのは止めておいた方が良いと思う。
「うん!母様のクッキー、僕大好きだよ!」
兄様も、その黒いのは止めておいた方が良いと思う。
ココアなんて入ってないから。
「ふふふ、ありがとう」
母様は頬に片手を当て、嬉しそうに微笑んだ。
私はその光景を生暖かい目で見つめた後、クッキーの山を再度一瞥。
「……」
クッキーだけをひたすら3人で食べたなら、何とか完食できるだろうが、お菓子はそのクッキーだけではない。
父様はひたすらクッキーを食べ続けるかもしれないが、母様と兄様は他のお菓子にも当然手を付けるだろう。
となると、必然的に父様が食べる量が増す。
母様のクッキーが残る様な事を、父様が許すはずないだろうし、後半は死ぬ気で食べていることだろう。
……でも、無理だ。
この量を、父様一人では流石に無理だ。
私はもっちゃもっちゃと口に入っていたお菓子を飲み込むと、紅茶を啜って「ほぅ……」と溜息。
……仕方ないなぁ。
少しだけ、私も食べてやるよ。
「あら、ノーラ。……ふふふ、美味しい?そんなにいっぱい頬張ってくれるなら、母様も作った甲斐があったわ」
サクサク、シャクシャク、ザクザク、ホロホロ。
焼き加減によって色んな歯ごたえがするクッキーを頬張りつつ、私は母様から視線を逸らす。
全く、お世辞にも上手とは言えないな。
これなら、私が作った方がマシというものだ。
私はもっちゃもっちゃと頬を揺らしながら、唯々無言でそれを食べ続けた。
「それじゃ、ノーラ。それにロベルト。食べながらでいいから、聞いてくれるかな?」
暫くお茶会の様子を微笑まし気に見つめていた父様が、カップをソーサーに置いた後、静かに口を開いた。
そういえば、元の本題がそれだったな。
兄様の誕生日に鑑定の儀がどうのっていう。
私と兄様は父様に顔を向けると、こくりと頷いた。
「ロベルトはもう知ってるかと思うけど、貴族の家では、10歳の誕生日の時に鑑定の儀を行う慣わしがあってね。といっても厳密なものではないから、ロベルトと一緒に、ノーラにも鑑定の儀に出てもらいたいんだ。鑑定の儀とはスキル鑑定の事なんだけど……、ノーラはスキルについてどこまで知ってるかな?」
「もっちゃもっちゃ」
「……」
「もっちゃもっちゃ」
「……」
「……ごくん。ズズー……、ごくり」
「……」
食べ物を飲み込んで、紅茶を啜って一息。
……ふぅ。
口内に水分が染み渡るのを感じながら、口元を優雅に拭く。
それから、その間もずっと微笑んだままであった父様を見遣ると、私は漸く言葉を返した。
「――スキルには、生得的な才能と、努力や経験で後天的に獲得する技能とがある。前者の場合、種族特有の体質的なものも含まれていて、例えば、エルフ族は視力が良い。また、才能は訓練しても成長が難しいという短所があるが、後天的なものは習得に多少の時間を費やす代わりに、訓練次第でいくらでも伸びる。でも、習得可能なスキルや、それに費やす時間なんかは才能に依存する面が大きく、そう考えると、生得的なスキルが担う役割は大きい。……とまぁ、これぐらいかな?」
父様は驚いたように数回目を瞬かせた後、再び微笑む。
「うん、その通りだね。だからこそ、自分の才能を知る事は大切だ。これから君たちが成長していく際、自分の可能性を知る事に繋がるのだから。また、才能に由来しないものであっても、努力次第では習得できるものも沢山ある。自分には何が出来て、そして何が不得手なのか。苦手を克服するには、どうすればいいか。どう補えばいいか。自分の今を知るという事は、未来を創造する事でもある。鑑定の儀は、それを手伝うためのもの。今のままでも、君たちは何となく自分の得手不得手が分かっている筈だ。でもそれは、まだまだ曖昧で、漠然としたもの。例えば、走るのが得意だった場合。それは、筋力に関する生得的なスキルを持っている可能性がある。そしてその才能が、“走る”という動作に恩恵を与え、知らないうちに『俊足』なんてスキルを獲得させていたりする。……どうだい?走るのが得意、という事だけを知っていた時よりも、より明確になって可能性が広がるだろう?筋力が優れているなら、他の身体部位を鍛える事も比較的容易いのだと知ることが出来るのだから」
……なるほど。
学生が進路を決める際に学校でやらされる適性診断の様なものか。
「はい」「いいえ」の二択式で、自分の性格、得手不得手を見つめ直すきっかけにもなる。
まぁ、スキル鑑定の方が断然精度は上だが。
「ふむ。……それで、そのやり方は?」
まさか、適性診断の如く質問方式じゃあるまいな。
「その説明をする前に、まずは魔力の話をしなければね。……えっと、何から話そうかな」
私がどの程度の知識を持っているのかが分からないのだろう。
父様は考え込む様に腕を組み、眉間に皺を寄せた。
どうやら話を円滑に進める為に、私の知っている知識を教えておいた方が良さそうだ。
私は溜息を一つ吐くと、スーちゃんを撫でながら、淡々と独り言の様に語り始めた。
「……空気中に漂う魔力の影響もあって、全ての物質には微弱ながらも魔力が宿っている。生き物の場合は、見た目や性格などが個体毎に違っている様に、魔力の性質も皆一様に異なる。また、魔力の保有量には限度があり、それも物質や個体によって様々。生き物は外部から魔力を取り入れるだけでなく、体内でも魔力を生成する事が可能な為、失われた魔力はそれらによって回復していく。魔力の体内生成は、魔力量がフルの場合であっても微量に作り続けられているため、体内に溜めきれなくなった魔力は空気中に霧散される。つまりは、生き物の身体からは常に微弱な魔力が放出され続けている事になる。では、魔力を生成し続けるためのエネルギーはどこから補うのか。普通に考えて、食物摂取によってという答えが自然だろう。魔力の即時回復に用いられるポーションがあることからも、食物摂取との関係性は明らか。魔力回復薬の主原料には、月光草やツキバナといった一夜草が使われることから、魔力と月光の関係性も強いと言えるね。実際、夜の方が魔力の回復は早いという実験結果もあるようだし、夜行性の魔物の方が魔力の保有量が比較的多いことも確認されている。可能ならば、食物の成分を抽出し、どういった成分が魔力生成に強い影響を及ぼしているのか、また、その成分と月光の関係性ついても調べてみるとより明確な……、いや、普通の食事であっても魔力は回復するわけだし、となると、摂取された食物を魔力に変換する為の物質が体内には存在することになるな。それならば、月光にはその物質をより活性化、あるいは分泌量を増やす働きがあると考えられる。ということは、一夜草の成分とその体内物質は同じ物、または一致率の高いもので……」
……ん?
気が付けば、何故かみんなが笑顔のまま固まっていた。
どうしたのだろうか。
……ああ、なるほど。話に飽きてしまったんだな。
私としたことが、ついぶつぶつと長話をしてしまったようだ。
読書している時の様な、完全に自分だけの世界だったな。
知識だけでなく、仮説まで語り出してしまうとは。
私は話を勝手に中断すると、ズズ……と紅茶を啜って喉を潤す。
ふぅ。まだクッキーの後遺症が口内に。
……チラリ。何となく、父様を一瞥。
私の視線に反応した父様は、少しの言い淀みの後、深呼吸を一回。
それから漸く口を開いた。
「……うん。私から魔力に関して説明する事はないようだね。それにしても、そんな深くまで考えているなんて、ノーラは凄いね……。魔力の体内生成に関して、摂取した食物を魔力に変換する為の物質が存在するという仮説。そこまで考えたことはなかったし、そんな仮説すら今までなかった。……なるほど、興味深いね」
褒めてくれてるところ申し訳ないが、この仮説は前世の知識を応用しもので、全て自分で考え出したものではない。
感情というに曖昧なものにでさえ、セロトニンやノルアドレナリンなんかの神経伝達物質が関係しているように、その考え方を魔力の生成にも当て嵌めてみただけ。
……まてよ?
ビタミンB3……、つまりはナイアシンがうつ病に効果があるというのを読んだことがある。
えーっと、セロトニンとナイアシンの合成には、トリプトファンという栄養素が用いられるが、その分配は平等ではない為に、セロトニンとナイアシンの合成間でトリプトファンの取り合いが起こる。
でも栄養素は、セロトニンが合成される脳よりも、ナイアシンが合成される肝臓に到着する方が早いため、必然的にナイアシンの方が優位に合成される。
ならば、ナイアシンを食物から摂取すれば、トリプトファンがナイアシンの合成に回される割合が減り、脳内にいく分が増す。
結果、感情の発生に関係するセロトニンの合成量が増え、うつ症状に効果が表れる。
……というような内容だった、筈だ。
ならばこの原理に、感情を魔力、魔力生成物質をセロトニンとして置き換えて考えてみた場合、一夜草の成分はセロトニンそのものなのではなく、ナイアシンやトリプトファンといった役割を持つものとして考える事も――、
「では、魔力の説明は省いて、スキル鑑定の方法について話そうか」
――はっ!
いけないいけない。
また一人の世界に浸っていた。
私は、ズズッと紅茶を飲んで一息つくと、こくりと頷いた。
「スキル鑑定とは、原始的な魔法の一種で、鑑定石というものを用いて行われるんだ。ノーラが説明してくれた様に、どんな物質であろうとも、微弱ながらも魔力は宿る。でも、鑑定石にはそれが一切ない。というのも、内部に流れた魔力を、そのまま外部に放出するという性質を持つが為に、魔力を蓄積できないんだ。そんな物質に、直接人為的な魔力を送り込めばどうなると思う?」
「……魔力を送り込んだ持ち主に、またその魔力が送り返される?」
「そういう事。反射された自分の魔力を再吸収することで、人は直感的に自分の魔力を察知することが出来るようになる。しかも、文字化出来るほどに明確なものとして。スキルだけじゃない。魔力量でさえ分かる様になるんだ」
「でも父様、その仕組みが私には分からないのだが。才能を知ると簡単に言うけれど、そんな目に見えない不確かなものを、何故たったそれだけの事で把握できるようになる?」
私は首を傾げながら、父様を見つめた。
父様はその問いに一瞬目を見開いた後、私を見つめ返して困った様に答える。
「うーん……。そうか、ノーラにはそれが不思議なんだね。当たり前のこと過ぎて、疑問に思った事がなかったなぁ……」
父様は腕を組んで、頭を悩ます。
私からすれば、魔力を詠唱と集中力によって、火や水など様々なものに変質させる魔法の仕組みにさえ不思議に思うのだが、そういうものだと当たり前になってしまったものについて、何故、と考え直すことを人はしない。
「……んー、これは今考えついた事なんだけど、スキルという目には見えないものにも、魔力は宿っているのかもしれないね?だからこそ、魔力量の把握と共に、スキルも分かる様になる。……そもそも、スキル鑑定の起源は古く、誰がいつこの方法を発見したのかさえ分かっていない。偶発的に発見されたとも言われているけれど、この世界を創ったとされる女神が人に授けたものだという神話もあるぐらい古来から存在するものなんだ。どちらにせよ、その仕組み共々謎の多い魔法だね。だからこそ、当たり前にあるものとして認識され、誰も深くは考えない。父様も詳しくは分からないけれど、……これぐらいの説明で勘弁してくれるかい?」
父様は困った様に笑いながら、ポリポリと頬を掻いた。
うむ。まぁ良かろう。
この世界の住人に、魔法のようなファンタジー要素について、科学的に深く考えろという方が野暮というものだろう。
「ありがとう、父様。よく分かったよ。……それで、もう一つ質問なんだが、何故それを行うのが10歳からなんだ?私の様に幼い内からやってしまった方がいいと思うんだが」
「ああ、それはね?生得的な才能といっても、幼すぎるとまだ開花しきれていなくって、曖昧な場合が多いんだよ。出来ると言えば出来るけれど、恐らく、幼いあまりに本人も意味を理解出来ないだろうしね。それに貴族の子供は、10歳から社交界に出たりもするから、それなら10歳に行うのがキリも良いし丁度いいねって、唯それだけの事なんだ」
「なるほど。なら、私も10歳でいいんじゃないか?」
「んー……。ノーラって、怪我の治りが早いだろう?それって何かしらの特殊なスキルだと思うんだ。10歳になるまで待ってもいいけれど、ノーラの場合、早目に自分の事を知っておいた方がいいのではないかと思ってね。何故こんな事が起こるのか、出来てしまうのか、……分からないと、不安じゃないかい?」
「……」
思わず一瞬、口を噤んだ。
それから小さく溜息を吐いて、話を変える。
「……ところで、貴族でない一般の人達も10歳になったら行うのか?」
「いや、貴族だけだよ。鑑定石は貴重だから、主に王城とギルドにしか置かれていない。貴族は王城から、一般の人達はギルドからそれぞれ鑑定石を借りてスキル鑑定を行うんだ。だから、自分のスキルを把握している者は、貴族か冒険者がほとんどだろうね。……まぁ、冒険者なんて誰でもなれるし止めるのも自由だから、スキル鑑定をするのも容易だろうけどね」
父様は優雅に紅茶の香りを嗅いだ後、口へと運ぶ。
それから、私へと優し気に微笑んで小首を傾げた。
「これで一通りの事は話したけれど、他に何か気になる事はあったかい?」
「いや、もう特に」
それだけ言った後、私は再び菓子を貪り始める。
サクサク、ザクザク、もっちゃもっちゃ。
そして最後に、感動したように兄様が一言こう呟いた。
「ノーラ、天・才」
……ありがとう。
中身5才じゃないですが。




