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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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カーティス家の朝食。

 ……落ち着こう。

 一旦落ち着くのよ、エル。

 枕がスライムに代わってる事にも驚きだけど、今はそんな事どうでもいい。

 私はもう一度目を瞑り、そして数回深呼吸。

 スー、ハー。スー、ハー。

 ……よし。

 意を決して、私は再び目を開けた。


「スピー……。スピー……」

「……」


 うん。レオだ。

 というか、え?どういう状況?

 レオの寝顔を見つめつつ、頭の中を整理する。


「……そっか、倒れたんだっけ」


 レオ越しに窓を見るが、まだ外は夜が明け切らない薄暗さ。

 昨日の昼頃から寝ていたのだと思うと、かなりの睡眠時間だ。

 ……まぁ、ガドニア国では寝てなかったからね。

 というか、あんな場所で寝られる訳がない。

 何度ヒト族に絡まれたことか。

 その度に魔法やら剣やらで返り討ちにしたけれど、流石に疲れたわ。

 ちょっと殺しかけちゃったけど。

 

「はぁ……」


 私は小さく溜息を吐いて、おでこを抑えた。

 思い出すとまた頭が痛くなってくる。

 それもこれも全部レオの所為だ。

 私はおでこから手を離すと、恨めしそうな目でレオを見つめた。

 全く、呑気な寝顔だ。

 ……。


「か、かわいい……」


 じゅる。

 ……おっと、顔がにやけて涎が。

 全く、けしからん。何なの、この幼児は。

 普段あんな大人びていながら、一緒に寝に来るとか反則だわ。


「はぁ、はぁ……」


 お、落ち着くのよ、私。

 悶える。悶えるのは分かる……!

 でも、駄目よ!

 普通の子供みたいに可愛がったら、絶対レオは嫌がるもの!!


「くぅ……!!」


 指をわきわきさせて、レオの方へと手が勝手に伸びていく。

 ああ……!耐えるのよエル!

 でも、でも、……触りたいっ!!

 ほっぺをプニプニして、頬擦りして、あの真ん丸後頭部をなでなでしたい……!!

 腕の中にすっぽり収まる程の、あの小さな体を抱きしめて、くんかくんかしたい……!!


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 も、もう少し。

 駄目よ、エル!

 もう少しで、この指先に……!!

 だめぇぇぇぇぇ!!!!!


「んー……」

「……!!」


 欲望と自制心の葛藤の中、レオの小さな唸り声で我に返った私は、慌てて手を引っ込めた。

 危ない危ない。

 しかし、安堵したのも束の間。

 仰向けに寝ていたレオは、一度深い呼吸をした後、ゴロンと寝返りを打ったのだ。

 ――私の方に。


「ぐ、はっ……!!」


 天使……!!

 顔面天使……!!

 天使の顔が、私の、目の、前に……!!!

 普段は何か色々あれだけど、そんなものを差し引いてもお釣りがくるほどの天使振りだった。

 こんな可愛い子供、見たことない。


「レ、レオ……」


 顔をこちらに向けて身体を縮こまらせるレオに、私は生唾を飲み込みながら手を伸ばした。

 昨日抱きしめたあの温もりを、感触を、もう一度私に……!!


「ん、……うっ、……」

「……」


 レオの顔に私の指先が当たる寸前で、手が止まった。


「どんな、夢を見てるの?……レオ」


 苦しそうに顔を顰めながら、小さく声を漏らすレオ。

 そして、閉じられたその瞳からは、涙が一筋零れた。


「大丈夫よ、レオ。私が死ぬまで、貴方は私が守るから。私、貴方がいないと、生きていけないもの……」


 だって、私は寄生虫。

 そして貴方は、私の最後の宿主。

 一緒に生きると決めたんだ。

 生きる為に、死ぬ為に、私は貴方と生きると、貴方を守ると、そう誓ったのだ。

 守らなければ。この強くてか弱い狂人を。

 守らなければ。この哀れで愛しい幼子を。


「大丈夫よ、レオ。大丈夫……」


 私はレオを優しく抱きしめると、小さく震えるその背中を、静かに擦り続けた。




*******


「……」


 目が覚めた。

 どうやら誰かに抱き枕にされている様だ。

 一瞬また母様かと思ったりもしたけれど、頭が覚醒して昨夜の事を思い出し、直ぐに違うと悟る。

 視界に映るこの長い金髪。……エルである。

 まぁ、エルのベッドに潜り込んだのは私だしねぇ?

 エルしかいないよねー。はっはっはっ!


「うんしょ……」


 エルの腕から這い出して上半身を起こすと、エルの頭の下敷きになっているスーちゃんを撫でた。

 おはよう、スーちゃん。

 君がいない事に耐えられなくて、つい来ちゃったよ。てへ。

 それにしても、何故抱きしめられていたんだろうか。

 ガドニア国での抱っこの時も思ったけれど、エルって実は子供好き?

 抱っこもしなれてる感じだったしなぁ。

 何かこう、安定した居心地だった。

 幼児にしか分からん感覚だと思うが。


「熱は、下がったか……?」


 エルの額に手を置いてみる。

 ……うん。流石はブルーノお手製の解熱剤。

 まだ安静にはしていないとだが、熱はもうすっかり下がっている。

 これならもう、スーちゃんを返して貰っても問題ないだろう。


「おいで、スーちゃん……!」


 私は両手を広げ、スーちゃんに呼びかけた。

 スーちゃんはエルの頭からズルリと抜け出すと、私の傍へと這って来る。

 プルプルと私の膝へと這い上り、そしてゆっくり腕の中へ。


「スーちゃん……!!」


 ひしっ!!

 力強く、スーちゃんを抱きしめる。

 ズルズルと這ってくるその姿、何と愛おしい事か!!

 暫く、一夜振りの抱擁を噛み締めた後、私はよいしょとベッドから下りた。


「さて、着替えて朝食でも食べに行こうか」


 私はスーちゃんを抱きしめたまま、鼻歌交じりに部屋を出たのだった。




 バターの香り豊かなパンが数種類と、新鮮な朝採り野菜のサラダ。

 ふわとろのスクランブルエッグには、角切りにされたトマトの食感も楽しめる、色鮮やかなトマトソースをかけて。

 え、軽い朝食じゃ物足りない?

 そんな貴方には、熟成ベーコンと、ハーブが薫るソーセージなんてどうかしら?

 デザートには様々な地域のフルーツをどうぞ。

 お好みで、緩く泡立てた生クリームをかけても美味しいですよ?


「てな訳で、いただきます」


 食卓に並べられた朝食を、私はもっちゃもっちゃと、いつもの如く食べてゆく。

 美味いわぁ。

 朝から美味いわぁ。

 もっちゃもっちゃ。


「ふふふ。今日も朝から腹ペコさんね」


 母様が紅茶を啜りながら私に微笑んだ。

 別に、空腹という訳ではないんだが……。


「もっちゃもっちゃ。……ごくん。ソーセージ、焼きで!」

「畏まりました」


 近くに居た執事に追加注文。

 茹でた物も美味しくはあるんだが、今日は焼きの気分である。

 まぁ、茹でてるのも食べるけども。

 もっちゃもっちゃ。


「ノーラはよく食べるなぁ。将来太って、嫁の貰い手がなくなっても知らないよ?」


 隣に座る兄様は、穏やかに笑いながら私の頬を突っついた。

 やめろ。

 口からモザイクが飛び出すぞ。


「……あ。でも、そしたらずっと結婚しないで済むのか。やっぱりノーラ、太っても大丈夫だよ?兄様がずっと面倒みてあげるから!ふふ!」


 お、言ったな?

 30、40になっても、デブのまま豚の様にご飯を貪りながら、ずっと家に居座ってやるからな?


「こらこら、ロベルト。……結婚なんて、父様が許すはずないから安心しなさい?というか、ノーラに釣り合う男なんている訳ないだろう?」

「もう、アルったら!ノーラが選んだ人なら誰でもいいじゃないの。……私より強い男なら、だけど」


 齢5才にして、どうやら豚人生が決定した様だ。

 まぁ、私も結婚どうのに興味はないので、別に構わないが。


「ソーセージ、焼きで御座います」

「もっちゃ、もちゃもっちゃ(ありがとう)」


 運ばれてきた焼きたてソーセージを口に頬張る。

 パキパキジューシー。美味美味。

 あ、スーちゃんもどうぞ。

 膝上でぷるぷるしているスーちゃんへの差し入れも忘れない。


「……あらやだ。アル、そろそろ時間よ?」

「おっと。ゆっくりしすぎたね。……昨日は早退してきてしまったから、今日は遅くなるよ」

「そう……。じゃあ、先に寝てるわね?ふふ」

「ああ、そうしてくれ。私は君の寝顔を見つめながら眠る事にするよ」

「ふふふ。やだわ、気持ち悪い」


 あはははは。うふふふふ。

 うむ。今日も仲が良い二人である。


「あ、そうだ。……ノーラ」


 ん?

 私は、もっちゃもっちゃと頬を膨らませたまま、父様に顔を向けた。


「もうすぐ、ロベルトの10歳の誕生日だろう?」


 こくん、と無言で頷く。

 確か、その日まであと20日程だったか。


「貴族の家では、10歳の誕生日の時に鑑定の儀、つまりはスキル鑑定を行う慣わしがあってね。それにノーラも出て欲しいんだ。といっても、身内だけで行うつもりだから、そんな大したものではないよ。……いいかな?」


 こくん。

 何かよく分からんが、とりあえず頷いておく。


「そうか!……良かった。詳しくは明日、説明するね?私も休みだから、久しぶりに父様とお茶をしながら、ゆっくりおしゃべりしようか」


 父様は顔を緩ませながら、紅茶を啜る。

 おい、そんなゆっくりしていていいのか。

 早く仕事行け。


「あらズルい。私もノーラとお茶がしたいわ」

「なら僕も!母様のクッキー、また食べたいなぁ」

「ふふふ。じゃあ、久しぶりに作っちゃおうかしら」


 わいのわいのと、お茶会計画が勝手に盛り上がっている。

 結局みんなでお茶会らしい。


「……ごくん。父様、時間」

「おっと!……じゃあクレア、行ってきます。ブルーノ医師が来たら、当主不在で申し訳ないと伝えてくれ」

「分かってるわ。行ってらっしゃい」


 父様は立ち上がると、母様に行ってきますのキスをする。

 熱々ですねぇ?

 静かに父様の背後に立ったセバスが、上着を父様に羽織らせた。


「ロベルト」


 父様は、兄様の傍で中腰になると、頬にキスをして「行ってきます」と一言。

 そしてお次は私のもとに。


「ノーラ、行ってくるね?」


 父様の唇が、もっちゃもっちゃと膨らむ私の頬にゆっくりと近付く。

 思わず顔面を掴む。

 むぐ……、っという父様の呻き声が聞こえた。

 腹パンしなかっただけ感謝して欲しいものである。

 ……あ。


「……ごくん。ベーコン、カリカリで!」

「畏まりました」


 ふむ。程よい焼き加減の柔らかベーコンも美味しいけれど、カリカリも美味いよねぇ。

 マッシュポテトと食べたら、ポテトの滑らかさとベーコンのカリカリ食感が合わさってグッド。

 ここで芋はちょっと粗めに潰すのがポイントだ。

 芋のホクホク食感もプラスされるので、更に美味くなること間違いなし。

 まぁ、そこまでの細かい注文は面倒臭いのでしないけれど。


「ふふ。じゃ、行ってくるね」


 父様は苦笑しながら私の頭を撫でると、漸く急ぎ足でダイニングルームを後にした。

 全く。食事の邪魔をするんじゃないよ。

 もっちゃもっちゃ。

 それから少しして、ベーコンのお届けが。


「ベーコン、カリカリで御座います」

「もっちゃ、もちゃもっちゃ(ありがとう)」


 頬を膨らませながら、頷くように軽くお辞儀をして礼を伝える。

 これ食べたら、そろそろデザートにいこうかな。

 よく泡立てた生クリームを貰って、フルーツサンドにしてもいいだろう。

 ……あ、こら。

 兄様、頬を突っつかないでくれ。

 マジ、モザイク出ちゃうんで。


「……ん!」


 咄嗟に、スパンっと兄様の手を払いのける。

 危なかった。

 危うく自主規制する羽目になるところだった。


「……ごくん。兄様、そういうのは鬱陶しいから止めてくれ」


 口元を拭き、兄様を横目で流し見る。

 兄様は、キョトンとした顔でこちらを見ていた。

 そして――、


「ごめんね?」


 少しして状況を把握したらしい兄様は、シュンとした顔をして俯いた。

 ……別に、怒ってる訳じゃないんだが。

 こういう時は何て言うんだったか。

 えーっと……。


「……いいよ」


 その言葉に兄様は「えへへ」と顔を綻ばせ、母様は「うふふ」と笑みを湛えながら、こちらを微笑ましそうに見守っていた。

 ……全く、単純な奴等である。



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