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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
28/217

ロリコンさんですか?

 時刻は夕暮れ。

 昼に倒れてから、エルはずっと眠り続けている。

 何とか薬は飲ませたが、意識がないから大変だった。

 横になるエルの上に跨り、水に溶かした粉薬を、鼻と口を抑えながら無理やり飲ませましたとも。

 「もががっ」て声が聞こえた様な気がしたけれど、きっと気の所為だろう。

 何故か侍女たちに、「薬なら私達が飲ませますから!お嬢様が御手を煩わせる必要は御座いませんわ!」と抱きかかえられてベッドから下ろされた。

 そんな気を回さなくてもいいというのに。詰まら……いや、何でもない。


 診察に来たブルーノによれば、2、3日も休めば良くなるとの事。

 元から心臓が弱く体調も崩しやすい事を伝えたら、解熱剤の他にも、エルの体調を診て薬を調合してくれる事になった。

 定期的に診察もしにきてくれるらしい。

 立場的に多忙だろうに、流石はブルーノ・アクロイド。

 色んな意味で太っ腹である。

 ルドア医学界、最大派閥のトップは伊達じゃない。


「……すぅ、……すぅ」


 うん。薬のおかげで、大分エルの呼吸が落ち着いてきた。

 まだ熱で苦しそうではあるが。

 私は一人、エルのベッド横の椅子に腰かけながら、膝上のスーちゃんを優しく撫でた。

 そして、エルを眺めながらふと閃く。

 ……そうだ!


「失礼しますよーっと」


 私はエルの頭をうんしょと持ち上げ、枕を引っ張り出す。

 そして、その代わりにスーちゃんをフォーユー。

 水枕にもなるスーちゃんのこの有能さ、どうよ?

 スーちゃんが有能過ぎて辛い。

 出会った頃より、この愛おしい気持ちは日々高まり続けている。

 無人島に一つだけ何かを持っていくとしたら、迷わずスーちゃんを持っていく程に、私はスーちゃん無しではもう生きられない。

 ああ、スーちゃん。

 可愛い可愛い、私のスーちゃん。

 君と離れるのは悲しいけれど、君を抱きしめて眠れない夜は寂しいけれど、せめて今夜だけは、唯々この切なさを胸に、私は枕を濡らして眠りに就こう。


「スーちゃん……!!エルの熱が下がるまで、どうか、頼んだよ……!」


 エルの下敷きになっているスーちゃんを涙ながらに撫でると、スーちゃんは頷くように数回震えた。

 ああ……!!

 有能なだけじゃなくて、優しさも持ち合わせているだなんて……!!

 そんなの、そんなの、反則じゃないか……!

 私は感動に打ち震えながら、部屋の外へと走り出した。

 そして、ドアを勢いよく開け――、


「……っぷ!」

「おっと!」


 ノックしようとドアの前に立っていたのであろう、ブルーノのお腹に激突。

 衝撃で後ろに弾かれそうになった私を、ブルーノが慌てて抱き留めた。


「ぎゃぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」

「ぐふっ!?」


 思わず腹パン。 

 駄目だ。中年のポッチャリオヤジとか、トラウマ過ぎる。

 見てみろ、この鳥肌っ!!

 ブルーノは数歩後ろによろけると、腹を抑えながら体を丸くして何とか立っていた。

 どうやら防御力はフランクより上の様である。


「お、驚かせて、しまった様で、すいません、エレオノーラ様。お怪我は、なかったですか?」


 怪我じゃねぇんだよ。

 見てみろ、この鳥肌っ!!

 

「大丈夫だ」

「そうですか。それは、良かった」

「……」


 腹を抑えてプルプルしながらも、こちらに笑みを向けるブルーノ。

 ……はいはい、分かってますって。

 ブルーノに非はないですよー。

 ちゃんと謝りますよー。


「……その、こちらこそ、急に飛び出してすまなかった。あと、殴ってしまって申し訳ない。……大丈夫?」


 私は俯きながら、横目でチラチラとブルーノを見た。

 ブルーノは目を瞬かせ、キョトンとした表情を浮かべた後、再び微笑む。

 何だね、君。その顔は。


「……何か?」

 

 私は何事も無かったかの様な澄まし顔で、短い髪を指で弄った。

 あら、枝毛が全くないわぁ。


「ふふ、すいません。お元気になられた様で、嬉しくなっておりました」


 ブルーノは腹を擦りながらも、直立の姿勢へと持ち直し、空いている手で顎肉を触り出す。

 腹か顎か、どっちかにしとけよ。


「……そうか。あの時は世話になったね。ありがとう。……エルの様子を見に来たんだろう?入るなら入ってくれ」

「いえ、エル様ならもう大丈夫でしょう。明日、またエル様の診察に伺いますので、その時に」

「ん?では何しにここへ?」

「本日はこれにて、私は失礼致しますので、エレオノーラ様にもご挨拶をと思いまして」


 ブルーノは微笑みながら、腹を擦っていた手を、顎肉に触れている手の肘へと持っていく。

 おお。何て安定したポージングだろうか。

 まるで顎肉を揉むためだけに生み出されたかの様だ。

 とまぁ、そんな事はどうでもいいとして……。


「私のような幼児にそんな気遣いは不要だろうに。……ご苦労な事ですね?」


 私は口角を上げると、ブルーノを見上げながら小首を傾げた。

 ブルーノはそんな私を無言で見つめながら、何かを見定める様な視線を向ける。


「……」

「……」

「……ふふっ!」

「おや。睨めっこは私の勝ちかな?」

「ふふふっ!ええ、そうですね。エレオノーラ様の勝ちです」


 少しの沈黙の後、急に破顔し出すブルーノ。

 意味が分からない。


「それで?私に何か用だったんだろう?別れの挨拶をする為だけに、わざわざ一人で幼児に会いに来る奴なんて、ロリコンぐらいしか有り得ないと思うんだよね。君がその変態さんでない事を、私は切に願うばかりだ」

「……なるほど。公爵様の仰る通り、聡明な御子だ。……ふふ。ご安心下さい。確かに私は子供好きではありますが、そういった性癖はありませんので」

「そうか。なら、用件は何だ?」

「……」


 ブルーノは微笑を顔に貼り付けたまま、口を閉ざした。

 ……あれ、やっぱり変態さんだった?


「ブルーノ?」

「……その、エレオオーラ様は、……」

「ん?」


 何かを言おうと口を僅かに開かせたまま、ブルーノは固まる。

 そして、一度口を閉ざした後、少しの間をおいて、漸く言葉を続けた。


「……エレオノーラ様は、死後の世界について、どう思われますか?」


 唐突だな。

 予想外の質問に、私は不意を突かれたような間抜けな顔でブルーノを見返した。


「何故、私にそれを聞く?生まれて5年の幼児に、もう死とは何かを君は説くのか」

「……いえ、すいません。……忘れて下さい。本当は、聞くつもりはなかったのです」


 ブルーノは首を静かに振ると、困った様に微笑んだ。


「……君は、医者だったね。だからこそ、身近な死について考えてしまうのも頷けるよ。でも、……聞く相手、間違ってね?」

「……」


 ブルーノは力ない笑いを零しながら、「すいません」と言って去って行った。

 全く、何がしたかったというのだろうか。

 そんな事を聞くために、幼児の私に会いに来たのか?

 確かに死後について知ってはいるが……。

 ……。

 そこで私は、ふと思った。

 まさか、まさかまさかまさか――、


「あいつって、ロリコンさん?」


 驚愕である。

 暫く奴には近付かないでおこう。

 大人になるまでは。

 ……あ。でも、明日もまた来るんだった。 




*******


 時は少し遡る。

 ブルーノはエルの診察を終え、アルバートの書斎にて、公爵夫妻と対談していた。


「ブルーノ医師。今日は本当にありがとうございました。御多忙だったでしょうに、まさか貴方が来て下さるとは思いもしませんでした」

「いえいえ。エレオノーラ様の体調について、私もあれから気にもなっていたのです。お元気そうなお顔を見れて、安心致しました」


 ブルーノは穏やかに笑みを浮かべると、紅茶を一口啜ってホッと息を吐いた。


「ええ。最近は随分と雰囲気が優しくなって、……まぁ、元から優しくはあるんですが、時折、笑った顔も見られる様になりました。エルが邸に来てから、大分落ち着いた様に見えます。……エルには、本当に感謝しています。もちろん、貴方にも」


 アルバートは妻のクレアと共に静かに頭を下げると、「ありがとうございました」と礼を述べた。


「あ、頭を上げて下さい!私など、大したことはしておりません!あなた方が我が子の全てを受け止め、愛情深く接し続けてきたからこその今なのです。親と言えど、中々出来る事ではない。あなた方のその姿勢には、唯々敬服するばかりです」

「止めて下さい。それこそ私もクレアも、特別な事は何一つやっていませんよ。唯、あの子が何を思い、何を望んでいるのかが知りたくて……。だから、可能な限り好きにさせようと。そしたらあの子は、エルという奴隷を連れてきた。それがあの子の答えなのです。私たちは何もしていません。あの子は自分で答えを見つけ、自分で回復していった。ノーラは聡い子です。あの歳で全てを見通しているかの様な、そんな錯覚をしてしまう程に。ですが、いくら大人びていようとも、あの子は子供です。……例え、貴方が以前仰った様に、ノーラが転生者だとしても。中身が大人であったとしても。あの子は、……愛情を求める、唯の幼子です。少なくとも、私にはそう見えてなりません」


 アルバートは悲痛そうに顔を歪めた。

 クレアはそんな夫の様子を心配そうに覗き見て、背中に手を置いた。


「……そうね。もう怖い夢を見て泣きじゃくる事はなくなったけれど、時々ね、今でもあの子、……悲しそうな表情で、寝てるのよ。苦しそうに魘されていたり、小さく、震えながら泣いているの。どんな、夢を見てるのか、どれだけ私が、知りたい事か……!夢の中に入れたらなら、母様が怖い物全部やっつけて、ノーラ、あなたを抱きしめるのに!!」


 クレアは涙ながらに語ると、終いには嗚咽が零れる口元を両手で覆い、アルバートに凭れ掛かった。

 アルバートはクレアの肩を優しく抱くと、彼女の涙を指で掬う。


「……心中、お察しいたします」


 ブルーノは、唯それだけを述べると、静かに彼らを見守ったのだった。




 暫くして、ブルーノは書斎を後にした。

 見送りはここで構わないと、公爵夫妻とは書斎のドア越しに別れたばかりだ。

 外まで見送るとアルバートは言ってはいたが、目を腫らすクレアと、それを支える彼の姿を見ては、部屋で分かれた方が無難だと誰が見ても明らかである。


「……ふぅ」


 閉じた書斎のドアを背に、ブルーノは小さく息を吐いた。

 そして、自嘲的な声なき笑いを零す。

 ルドア国でトップクラスの医者であり、ブルーノによる診療を希望する人は後を絶たず。

 しかし、ブルーノ1人で全てを診れる訳ではないので、彼が向かえない他全ての患者の下へは、ブルーノの派閥に所属する医師が診療に向かう。

 つまり、よほどの運がなければ、ブルーノの診療に当たる事はない。

 なので、エレオノーラが高熱を出した際にブルーノが来てくれたこと、これは正しく幸運であった。

 しかし、今回は違う。

 本来なら、彼は違う患者の下へ向かうはずだった。

 鞄に診療道具を詰めて準備をしている際に、カーティス家からの診療依頼。

 彼は、本来行く予定だった患者の下に弟子を生かせると、弾かれたようにカーティス家の邸へと赴いたのだ。

 エレオノーラ・カーティス。

彼女に再び会うために。


 全く、これでは医者、失格ではないか……。

 ブルーノは書斎のドアから背を離すと、顎の贅肉に触れながらも歩き出した。

 落ち着く……、そんな感想に胸を和ませながら。

 同時に、自己嫌悪に歯を噛み締めながら。


 そして着いた場所はエルの寝室。

 まだ部屋にいるであろうエレオノーラの事を思い浮かべながら、ブルーノは部屋のドアを叩こうと腕を上げた。

 しかしその瞬間、ドアが急に開かれて、お腹に鈍い衝撃が走る。

 エレオノーラだと悟った瞬間、慌てて後ろに倒れそうになる彼女を抱き留めた。

 そして、悲鳴。

 それが彼女から発せられたものだと理解するより早く、お腹に激痛が走った。


「ぐふっ!?」


 幼児の拳とは思えないほどの力にブルーノは驚愕する。

 しかし同時に、その痛みがまるで、自分の目的の為に、彼女を利用しようとした自身の浅ましさに対する罰の様だと、少しだけ気分が晴れた様にも感じられた。


(……ああ。私はこんな幼子に、何を聞こうとしていたのか)


 そう思うと、自然と笑みが零れた。

 聞くにしても、今ではない。

 ――転生者か否か、などと。

 彼ら公爵夫妻でさえ彼女に聞いていない事を、唯の医者が何を問い詰めようというのだ。

 帰ろう。そう思い、エレオノーラに別れを告げようとした矢先。


「それで?私に何か用だったんだろう?」

「……!!」


 思わず、目を見開いた。

 聡い子だ。それも、全てを見通しているのではと錯覚する程に。

 アルバートの言う通りであったと、ブルーノは心を震わせた。

 言い逃れは、出来ない。

 だが、転生者か否かを聞くことは、駄目だ。

 公爵夫妻の、心を踏みにじる事になる。


「死後の世界について、どう思われますか?」


 これが、精一杯の、ギリギリの問い。

 それでもブルーノにとっては、長年文献を読み漁り、探し続けた問いであった。


「何故、私にそれを聞く?生まれて5年の幼児に、もう死とは何かを君は説くのか」


 ……当たり前だ。

 乾いた笑いが、零れた。

 こんな幼子に、聞くことではないのだ。

 ブルーノは「すいません」と一言呟くと、踵を返して邸を後にした。


 帰路の馬車にて、ブルーノはいつもの様に考える。

 死んだら、どうなるのだろうかと。

 死後の世界とは、本当にあるのか。

 それとも転生?あるいは無か。


「フローラ……」


 誰もいない隣を見つめ、切なげに、今は亡き愛しき人の名を呼んだ。

 返事はないと分かっていながら。

 もしかしたら、死んだら霊になって、自分の傍にいつも居てくれているのではないだろうか。

 そんな、淡い可能性を、信じて――。


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