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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
27/217

仮面を付けた子供の噂。

エルさんが寝込んでいるので、主人公もお休みです。

 俺は、何の為に生まれてきたんだろう。

 どうして、生きているんだろう。

 俺の存在理由は?存在価値は?

 そんなもの、……無意味で無価値。それが答え。

 生きている。俺は、唯、生きているだけ。

 ……ああ。

 俺は、それだけの存在なのか。


「ふぅ。……疲れた」


 抱えた木箱ごと、俺は平原に倒れ込んだ。

 その拍子に、木箱の中身をぶちまけてしまったけれど、どうでもいい。

 ごろん、と仰向けに寝転がり、大の字になる。

 固く、滑らかな肌触りをした物が、指先に当たった。

 木箱の中身だなと、見ないでも分かる。

 ひんやりとした夜の空気を肌で感じながら、空を見つめた。


「今日は、満月か」


 静かで、綺麗な、月夜。

 このまま死んでしまいたくなる程に。

 そして俺は、自然の一部になっていく。

 魔物や動物、虫の餌として肉を食われ、内臓を食われ、骨となる。

 そして糞となって大地を肥やし、土となり、草木を生やす。

 どんな死に方をしようとも、どんな生き方をしようとも、死んだら土へと返るのだ。

 こればかりは、人間だろうと魔物だろうと変わらない。

 みんな同じだ。


喰種グールだって、同じだ……」


 ああ、何故俺は、生まれてきた。

 喰種の俺は、何の為に生まれてきた。

 俺は、指先に触れる木箱の中身を手繰り寄せ、ボールの様に丸くて大きい物体を、天高く持ち上げた。

 月に被せて見たそれは、醜く哀れな頭蓋骨。

 欠けてしまった後頭部の穴から月明かりが差し込んで、眼球が入っていた窪みから弱い光が漏れ出している。

 その様はまるで、命が宿ったかの様。

 ……昨日死んだ、獣人の爺さん。

 奴隷の死体処理用に飼われている魔物と一緒に、俺も食った。

 いつもの事だけれど、仕方のない事だけれど、魔物と一緒に死体を貪っている俺って、何なのだろう。


「ははっ……」


 ふと、自嘲的な笑いが零れた。

 人を食う以外は大して人間と変わらないから、人間社会に紛れなければ喰種は生きられない。

 怪我もするし、病気にもなるのだから。

 でも、人を食うから表社会では生きられない。

 だから、こういう生き方しか選べない。

 息を潜めて、死体を食って、骨を外に捨てに行く。

 それをずっと繰り返す。

 その為だけに、トーマスに飼われているのだ。

 唯、人の死体を食う為だけに、俺は全てを捨てて生きているのだ。

 下らない。詰まらない。無意味で無価値な俺の人生。

 ああ、本当――、


「死ねばいいのに」


 手を離し、地面に転がる頭蓋骨。

 小石に当たったのだろう。カタン、という音が聞こえた。

 たった、それだけ。

 ……ああ。これは、俺だ。

 俺自身なのだ。


「あははっ!はは、は……、うっ、ううぅぅーーっ……」


 涙が溢れる両目を覆う。

 何ともまぁ、女々しいものだ。

 泣くほど惨めなら、死ねばいいのに。

 生きるのに疲れたのなら、死ねばいいのに。


「うっ、ううっ、……あ、うぐっ、……ひっく」


 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

 死ねばいい。

 俺なんて、死ねばいいのだ。

 死ねば、いい。……そう、思うのに。

 無意味に、無価値に、誰にも記憶されることなく、死ねばいいと。

 思って、いるのに。


「糞がっ!!!!糞が糞が糞が糞が糞が!!!俺なんか、俺なんか……!!……死ねよ。死ねよ。もう、死んでしまえよ。……バーカ」


 ははっ、と力の抜けた笑いを零して、俺は両目から手を離した。

 相変わらず、月は綺麗で。

 相変わらず、夜風は心地よくて。

 涙でぐしょぐしょの火照った顔を、ひんやりと夜の空気が撫でていく。


 どれくらいそうしていただろう。

 思考を停止して、ぼんやりと月を見つめ続けること暫く。

 夜の静寂を破って、声が聞こえた。

 魔物の声と、笑い声。

 明らかに、異様である。

 危険を知らせる早鐘が、心臓を打ち鳴らす。

 早くこの場を去らなければ。

 そう思い、上半身を起こして立ち上がった。


 ……何故?


 本能が逃げろと言っている。

 それに従う俺は、何?

 こんな無様な人生を嘆きながら、死を願いながら、それでも、生きるための本能に忠実な俺は、何?


「ははっ……」


 俺の思いとは無関係に、身体は生を渇望している。

 生きる為に人を食えと、無様でも生きろと、危険から身を守れと、俺に命令をするのだ。

 無意味でも無価値でも生きていろと、生きているだけ十分ではないかと、そんな綺麗事で、俺を洗脳するのだ。


「黙れよ、糞が」


 この体は、俺の物だ。

 この体だけが、俺の物だ。

 俺から、俺を奪うんじゃねぇ。


「ほら、行くぞ。無意味になんて、もう……」


 俺は震える足を叱咤して、声のする方へと歩いて行った。

 歩くたびに、声はどんどん近くなる。

 甲高い、小さな子供の笑い声。

 そして、魔物の断末魔。

 そんな異常な声の中心に、その影はあった。

 俺は生唾を飲み込んで、それを、見る。

 月明かりに照らされて繰り広げられる、幼児による魔物の殺戮を。

 平原に広がる血の海の上で、宙を舞う魔物の血肉を浴びながら、その子供は踊っていた。

 楽し気に、そして優雅に、そして――、


「美しい……」


 そんな錯覚をしてしまう程に、それは綺麗で。

 美しくも力強い、生き生きとした生と死が、そこにはあった。

 恐怖と感動で、俺の脚の震えは限界となる。

 腰も砕け、遂にはその場にへたり込んでしまった。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 俺は唯々、その情景に魅せられてしまったのだ。

 一瞬も、目が離せなかった。

 血を、肉を、生を、死を。

 それを食べるその子供の、なんと美しい事か。

 それに比べて、犬の様に死体を貪る俺は、なんと醜い事か。

 こんなにも美しく、死は昇華出来るものなのか。

 死は、無意味じゃない。無価値じゃない。

 だって、こんなにも美しいではないか。

 死は、死は、美しいのだ。


 不意に、魔物の声が消えた。

 少しして、血塗れだった子供の髪が輝きだす。

 月明かりに照らされて、宙に浮く赤い玉と、金糸の髪が淡く光り、思わず息を呑んだ。

 醜いだけの肉塊も、地面に広がる血の海も、全てが美しかった。

 この子供の周りだけ、死は輝いていた。

 死んだ後の死骸でさえも、輝いていた。

 

 それからまた少しして、子供はすべての肉塊を更に破裂させ、血の海へと溶ける様に消えていった。

 ミンチになって宙を舞う肉と、雨の様な血飛沫が、その子供の後を追う様に、地面へと落ちていく。

 血の海が跳ね、びちゃびちゃと音を奏でた。

 後には、静寂だけ。

 ……ああ。この静けささえも、美しい。


 暫く余韻に浸りながら、俺は悟った。

 死があるから、生は際立ち、輝くのだと。

 生があるから、死は際立ち、美しいのだと。

 生は死だ。死は生だ。

 それ以外の意味などない。それ以上の価値などない。

 唯、生きて、死んでいく。

 それだけなのだと。

 だからこそ、その単調さが美しいのだ。


 俺は、何かを求める様に、血溜まりの傍へと歩き出す。

 不意に、突風が吹いた。

 髪が乱れ、視界に長い黒髪が映る。

 あの子供の金糸の髪とは正反対の、闇の色。

 仮面の下の瞳は、どんな色をしていたのだろう。

 ふと、足元に広がる血の海を見た。

 俺の瞳と同じ、赤い色。

 月明かり照らす暗闇の中、赤を撒き散らす子供の姿を思い出す。

 

 あの子供ならば、俺に生を与えてくれるだろうか。死を与えてくれるだろうか。

 あの子供の傍でなら、俺の生も、死も、全てが輝くのだろうか。

 もしそうなら、それは、……救いだ。

 

 空を、見た。

 相変わらず、綺麗な満月がそこにはあった。

 静かで美しい、血の臭い漂う、月夜だった。





*********


「オーナー。よろしかったので?」

「何がだ?」


 カジノ2階に設けられた、店内を全て見渡せるオーナー専用の監視部屋。

 フランクはソファに腰かけて、大きなガラス窓から店内を見下ろしつつ問い返した。


「さっきのお客様の事です。大損にも程がありますが」

「ふふっ!」


 自身の横に立つ、眼鏡を掛けたディーラー服の女性を一瞥し、フランクは子馬鹿にする様な笑いを零した。

 

「ティーナ。ここを一体どこだと思っている?そして、僕を誰だと思っている?」

「……」


 フランクの問いかけに、その女性、ティーナは眉間に皺を寄せながら口を噤んだ。

 その表情を満足そうに見届けたフランクは、髪を掻き上げて言葉を続ける。


「そう。ここはカジノ。ここでは力なんて野蛮なものは意味をなさない。知力を振るい、運に恵まれた者だけが勝者となる場所だ。彼女……、レオ様は、人並み外れた強運で勝者となられた。僕はギャンブラーだ。勝者には、その運に見合った富が授けられるべきだし、敗者はそれを差し出す義務がある。そして、僕は負けた。運は完全に、レオ様に向いていた。金を取り返そうとゲームを挑んだところで、更に負けが嵩んでいた事だろう。寧ろ、あの程度の損害で済んだことを喜ぶべきだ。……まぁ、それでも勝負をしてみたくはあったけれどね」

「これは、遊びではないのですよ!?あなたは経営者でしょう?ここが潰れたら、ここの従業員たちはどうなるのですか?この国の経済だって、傾いてしまう。ギャンブラーである前に、人を雇う側の立場だという事を、人の上に立つ立場であるという事を、どうかご自覚なさって下さい。貴方は、……この自治国ガドニアの、首長の一人でもあるのですから」


 ティーナは首を緩く振りながら、切実な思いでフランクを諭した。

 無駄だと分かっていながらも。


「あははっ!そうだとも!僕は経営者で、この国の首長の一人。でもね、ティーナ。ギャンブラーである前に、とは聞き捨てならない。僕はギャンブラーさ!ギャンブラーでしかなり得ない。なぜなら人生はギャンブルだから!全ての人は、何かである前に、生きている以上、人生というゲームで遊び続けるギャンブラーなんだよ。もちろん君もね?」


 ……この人は。

 ティーナは深いため息を吐きながら、眉間を揉み込む。

 オーナー代理として、またフランク首長の秘書として、私がこいつにどれだけ振り回されてきたか。

 唯の遊び人として、女と金に囲まれながら一生を終えればいいものを、何故こんな責任ある立場に立ちやがったのか。

 駄目だ。こいつに責任者は向いていない。

 カジノの経営権を賭けた勝負でさえ、国を賭けた勝負でさえ、こいつなら喜んで参戦するだろう。

 そしてそれに負けても、こいつは興奮に悶えながらも、潔く敗者としての義務を果たすのだ。

 ……というよりも、


「オーナー。貴方、あの額の10倍を払うから勝負をしてくれと、レオ様に言ったそうですね」

「それが?」


 事も無げに首を傾げるフランクに、ティーナは小さく舌打ちを打ちながら、「屑が」と呟いた。


「こらこら、聞こえているよ?」

「貴方、馬鹿ですか?そんな金、一体どこにあるというのですか?あの金貨1万枚で、金庫の3分の1が消えました。なのに、その10倍?馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたが、遂に計算も出来なくなったのですね」

「……全く、ティーナは手厳しい。たかが金貨10万枚、簡単に用意できるだろう?カジノの景品も売り払えば余裕だ。僕は、自分が支払えるもの以上のものは賭けない。だってそれは、ギャンブルへの冒涜だ。負けておいて払えませんでは、敗者の風上にも置けない。唯の、屑だ」

「ええ、屑ですね」

「……今、僕に対して言わなかった?」


 ティーナはフランクに冷ややかな視線を送りながら、終いには床に唾を吐き捨てた。


「掃除、しておきなさいよ?」

「オーナー。金庫も景品も全て支払ってしまっては、カジノは潰れます。そんなこと、ギャンブルを愛する貴方が許すはずがない。……経営権を、譲渡するつもりでしたね?」


 吐いた唾を靴で踏みにじり、掃除とばかりに床に伸ばしながら、ティーナは真剣な表情で言う。

 フランクは笑みを引き攣らせてその行動を見届けた後、視線をガラス窓へと戻し、小さく溜息を吐いた。


「どうだろうねぇ。もし僕が負けたらそういう提案はしただろうけど、全ては勝者の望むままに、だよ。彼女が望まなければ、僕はカジノを潰して、金を支払うだけさ」

「……それで、多くの従業員達が路頭に迷う事になりますが」

「そんなの、僕を選んだ君たちが悪い。僕に賭けて、僕の下で働くことを選んだのだから、その行動に責任を持ちなさい。僕が負ければ、君たちも敗者に決まっているだろう?」


 ……やはりこいつとは、価値観も思考も全てが合わない。

 ティーナは、改めてそう思いながら、眼鏡を片手で上げ、鋭い視線をフランクに送った。

 フランクはその視線を横目で見遣ると、呆れ気味に溜息を零した。


「……はぁ。もうこの話は止めだ。そんな賭け事、結局なかったのだから。それに、金庫の3分の2ぐらい直ぐに取り戻せる」

「3分の1です。増えてどうするんですか」

「……細かいな」

「額が額なだけに、全く細かくありません」


 ティーナの言葉に、フランクは苦笑気味に両手を軽く挙げ、「分かった分かった」とソファに深く凭れ掛かった。


「どっちにしろ、その程度直ぐに取り戻せる。僕を誰だと思っている?プロのギャンブラーだよ?幸運こそが、僕の全て。この運が僕を生かし、僕を導く」

「負けましたけどね」

「ふふ!レオ様の運は正に別格!!ギャンブルで僕を殺せるのは、彼女ぐらいなものではないか?」


 フランクは腹を抑えてくつくつと一頻り笑った後、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、広い店内を手の平で差しながら、歪な笑みを浮かべる。


「見てみなさい、ティーナ。この、浅ましい愚者共を。金も運もない癖に負けを認めず、必死に夢に縋りつく醜い敗者共。こいつらが勝手に、湯水の如く金を落としていってくれる。……ああ!!何て快感だろうか!唯座っているだけで、こうしてしゃべっている今も!僕は!こいつらに勝ち続けているのだ!!負けろ、負けろ、負けろ!敗者は勝者()に全てを差し出せ!代わりに僕も、全てを賭けて差し出そう!!……ふ、ふふ!!ふはははははははははは!!」


 美しい顔を歪に歪めながら、魔王の如く邪悪な笑いを響かせるフランク。

 ティーナは、もう何も言うまいと、手元の資料を無言で眺める。

 そして、さっくりと話を変えだした。


「首長フランク様。昨夜の件についてはどうされますか?」

「ふははははは!!……はん?」

「昨夜の、仮面を付けた子供の件です」

「……ああ、その話か。首長といっても、僕は経済担当だ。そんなもの、治安部に任せておけ」

「しかし、その話が本当だとしたら、この街に住む私たちも無関係ではありません。その子供が何者なのか、人に危害を加える存在なのか、そもそも人間なのか。それを見極めることは必須です。……噂がどうあれ、そういった存在がこの国に入って来たことは事実なのですから」

「はぁ……。治安部は無能だからなぁ。傭兵や冒険者に頼り過ぎている。あの豚共。その金を作り出しているのは、一体誰だと思っている」


 フランクはソファに倒れ込む様に腰かけると、テーブルに置かれたグラスを手に持ち、中身を一気に呷った。

 そして、負けに苛立ちながらも、カジノに夢中になっている中流層以下の客達を眺めながら、またもや歪な笑みを浮かべる。


「この国も、そろそろ潮時かねぇ……」

「は?」

「いや、何でもない。その話、僕も覚えておこう。調査を続け、また何か分かり次第、報告してくれ」

「畏まりました」


 ティーナはグラスに酒を注ぎ直すと、「失礼致します」と深く頭を下げ、部屋を後にした。


「仮面を付けた子供、か……」


 一人になった部屋で、フランクはグラスに口を付けながら、思考を巡らした。

 その噂が流れた翌朝に、レオ様はやってきた。

 唯の偶然?


「……」


 果実を何かの技で弾き飛ばし、金貨の袋を影に仕舞い込むあの幼子。

 運だけでなく、力さえも並外れた何かを持っていることは明らか。


「まさか、ね」


 フランクはくつくつと笑みを零しながら、指と指の間からコインを取り出し、宙に投げた。

 そして――、


「……表」


 手を退かし、コインを見る。

 コインの面は、表か裏か。


「ふふ!ああ、やはり、貴女様は……!!」


 フランクは両腕を抱きながら蹲り、暫くの間、呼吸荒く悶えていた。




ふと思う。


あれ。

この小説、キチガイばっかやん。

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