寝込んじゃった。
人を馬鹿にしている様な、愉快すぎる音楽がカジノ中に鳴り響く。
スロットを回しながらも、こちらの様子を窺っていた客たちだったが、今ではこちらに顔を向けたまま、皆一斉に動きが止まっている。
ジャラジャラとスロットから流れ出てくる、白コイン10000枚。
スロットエリアにいなかった客たちまで、何事かと集まり出す始末である。
「ば、馬鹿な。たった、一発で、女神を引き当てるだなんて……」
当たった絵柄は、翼の生えた女性の横顔。
どうやら女神のつもりらしい。
スロットの端に描かれた、当たりである絵柄の組み合わせ表を一瞥。
何か知らんが、これが大当たりっぽい。
「フランク?袋が欲しいんだが……」
目を見開いてスロットを見つめたまま固まっているフランクに、私は事も無げに言葉をかけた。
「え、あ、……えっと、申し訳、御座いません。何でしたでしょうか……」
「袋だよ、袋。10000枚も手だけで運べるわけないだろう?」
「た、只今お持ち致します」
フランクは、エリア内のカウンターにいた従業員に目で合図を送る。
状況を察した従業員は小さく頷くと、数枚の袋を手にこちらに駆け付けてきた。
「おめでとうございます、お客様。コイン袋で御座います」
「ありがとう」
従業員は、丁寧な動作で袋を私に手渡すと、フランクの後ろへと下がった。
「それで、姫君……いえ。……レオ様、でよろしかったですか?」
「……ああ、レオで構わないよ」
私はコインを袋に入れながら、急に改まり出したフランクを横目で一瞥。
「では、レオ様――」
フランクは膝を折って私と視線を合わせると、真剣な眼差しを向けてきた。
流石に目の前に来られては、無視することも出来ない。
私は溜息を吐きながら手を止め、フランクを見据えた。
「何だい?」
「私と、勝負をしませんか?貴女様が勝てば、その10倍のコインをお渡ししましょう」
「じゅ、10倍!?てことは、金貨10万枚!?」
口を開けて固まっていたエルが、突如目を見開かせて反応した。
石化の状態から回復したようだ。
「ええ。もし、レオ様が望むのであれば、是非ともご案内したい場所があるのです。当店の地下、裏カジノに。そこでは、この赤と青の札を賭けてゲームが行われております。赤札で白コイン100枚分。青札で白コイン10000枚分。つまりレオ様は、赤100札か、青1札と交換してゲームをする訳です。どうでしょうか?」
またもやマジックの様に、指と指の間から赤と青の札を取り出して、私を凝視するフランク。
まぁ、このままでは大損だもんな。
無料であげた白コイン一枚で、白コイン10000枚を当てられちゃ、オーナーとしては焦るだろう。
「とりあえず、青札と交換するよ」
「レ、レオ!?」
「……!!あ、ああ……!素晴らしい!!そうです。ええ、そうでしょうとも。貴女様ならそう言って下さると思っておりました!ささ、どうぞ青札で御座います。ではでは、さっそく参りましょう!」
フランクは興奮気味に私に青札を手渡すと、子供の様な笑顔を浮かべながら立ち上がった。
何か知らんが、勘違いをされているらしい。
「何を言っている?私はもう帰るぞ」
「……。はい?」
既に数歩歩きだしていたフランクは、少し間を開けた後、口元を引き攣らせて振り返った。
「青札に変えたのは、コインを運ぶのが面倒だったからだ。このままカウンターで換金して、私は帰る」
「で、ですが、大儲けできるチャンスですよ?最高のスリルと興奮を、味わってみたいとは思いませんか?」
幼児に何を教えようとしているんだ、こいつは。
「興味ないし面倒臭い。試したいことは出来たからね。そんな事よりエル、食事に行こうか。もうすっかりお昼だ。待たせてしまって、すまなかった」
「え、ええ……」
私はスロットの椅子から下りると、未だ呆けたままのエルを連れて歩き出した。
フランクの横を通り過ぎ、黒台エリアを通り過ぎ、そして赤台エリアへと差し掛かった時、「お待ちください!」というフランクの声に足を止める。
まだ何か用だろうか。
そう思って振り返ると、フランクが早足にこちらに向かってきた。
「レオ様。どうか、どうかお願い致します。私と勝負を」
「何かと思えば、またその話か。嫌だよ、面倒臭い。店の損失を取り戻したいのは分かるけど、しつこいのは良くないよ?」
「……いえ。これはオーナーとしてではなく、一介のギャンブラーとしてお願いしております。掛け金は少なくても構いません。ですからどうか、一度だけでも勝負をして頂けないでしょうか?」
そう言って、「お願いします」と頭を下げるフランク。
幼児相手にマジかこいつ。
幼児と本気でゲームして、マジで楽しいと思っているんだろうか。
「……」
私は溜息を一度吐くと、無言でポケットから金コインを取り出し、指で宙へと弾いた。
そしてそれを掴むと、手の甲に素早く重ねる。
フランクは一瞬、虚を突かれた様な顔をした後、直ぐに意図を察したように瞳を細め、私の手元を見つめた。
「……裏」
「じゃあ、私は表だね」
手を退かして見たコインの面は、表。
「……」
「おお、私の勝ちだ。これでいいよね?という訳で、私は帰らせてもらうよ」
フランクは無言で固まった後、少しの間を開け、苦笑しながら小さく息を吐いた。
そして緩く首を振り、言葉を返す。
「はい、ありがとうございました。今ので、十分です。もう、十分に……、最高に、楽しいゲームで御座いました」
フランクは穏やかな笑みを浮かべながら、深く頭を下げたのだった。
どうやら楽しかったらしい。……え、マジで?
コインを投げただけなんだが。
「……そうか。私も、中々楽しかった、と思うよ。多分。うん、きっと」
「ふふ。そこまでの運を持っていながら、ギャンブルに興味がないとは、無欲な方だ。……いえ。だからこその、強運なのかもしれませんね」
「買い被り過ぎだよ。運なんてずっと続く訳がない。100回スロットして、100回当たりが出るとでも?ハズレだって何回も出るに決まっている。だから私は、そんな曖昧なものに興味はないし、期待もしない」
私は傍にあった赤台に、コインを入れる。
「さてフランク、当たりかハズレか、どっちだと思う?」
「当たり、だと思います。貴女様の事ですから」
その予想を聞いて、私は適当にボタンを押した。
結果、ハズレ。
私はフランクに顔を向け、小首を傾げて苦笑する。
「……ね?運って、続かないものだろう?さっきも言ったが、ギャンブルなんて勝っても負けても一度だけ。それぐらいが一番いいのさ」
出入口の近くに配置されたカウンターに戻り、受付嬢に青札を渡す。
笑顔で固まったまま、何故か暫く受け取ってくれなかったが、フランクの咳払いで我に返った様で、震える手で青札を手に取ってくれた。
きっと、フランクの威圧に緊張してしまったのだろう。
「では、レオ様。何と交換されますか?やはり、全て換金をお望みで?一応、景品なんてものも御座いますが」
フランクが片膝を床につけながら、私に景品一覧表を見せてくる。
表に書かれていたのは、どれもが高品質な物ばかり。
食材にポーション、武器、防具、魔道具、その他にも様々なアイテムが。
……要らんな。
高級食材?邸で食べれますが。
武器や防具?冒険者ではありませんので。
「はぁ……。私はいいや。エルは何か要るかい?交換可能な物の中だと……、白コイン9800枚の龍刀や龍弓なんてどうかな。使ってみる?」
「や、邸で頂いた物で十分よ」
「そうか」
まぁ、エルの持ってる武器も、かなり品は良いからね。
私の従者的立場だからか、私兵団に与えている武器とは違う、特別な物だと父様が言っていた。
特に紋章入りの武器。
何か、オリハルコンで出来ているらしい。
架空上の金属だったと記憶していたが、流石は異世界である。
こんな物どうしたのかと父様に聞いたら、「若かった時にちょっと採って来たんだ」と、にこやかな笑みで答えてくれた。
確か、前世では架空上の物なだけに、ゲームなんかでは伝説級の物として扱われていたけれど、案外ここでは簡単に手に入る物なのかもしれない。
「という訳だから、全部換金で。金貨1枚分だけ、銀貨10枚と大銀貨9枚に替えておいてくれ」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
フランクは立ち上がると、優雅に頭を下げながら受付嬢を流し見る。
受付嬢はフランクの目配せに無言で頷き、奥の部屋へと消えていった。
「ところでフランク」
「何でしょうか」
「気にはなっていたんだが、この服装で私が女だと何故分かったんだ?君、最初から見抜いていたよね?」
男女の性差が曖昧な幼児に対してなら、普通は着ている服装や髪型で性別を判断するはずだ。
まぁ、男の子に女装させた場合、顔の整った中性的な子でなければ見抜くことも出来るかもしれないが、私は女だ。
幼女の男装は、女の子の様に可愛い男の子、と認識される可能性の方が高い気がするのだが、思い違いだっただろうか?
私はそんな疑問を抱きながら、フランクを見上げて小首を傾げた。
フランクは、キョトンとした顔を浮かべながら私を見つめ、それから緩やかに微笑んで口を開く。
「ふふ。この私が、美しい女性を男と見間違えるはずがありません。人生とはギャンブル。男か女かさえ見抜けないようでは、ギャンブラーとして失格ですよ。如何なる時も、場の流れを読み、運を見極め、真実を見抜く“眼”を持つことが大切なのです」
そう言うとフランクは、私に悪戯っぽくウインクし、「これ以上は秘密です。これでも、プロのギャンブラーですから」と唇に人差し指を当てた。
うーむ。何かのスキルなのだろうが、流石にそこまでは教えてはくれないか。
私は「そうか」とだけ頷いて、興味なさげにスーちゃんを撫でたのだった。
その後、いくつかの袋に入れられた金貨を受付嬢から受け取って、カジノを出た。
銀貨と大銀貨が入った袋をエルに持たせ、現在私たちは落ち着いた雰囲気のカフェでくつろいでいる最中だ。
……え?金貨の入った袋はどこかって?
ズバリ、影の中だ。
受け取った瞬間、自分の影目掛けて手を離す。
そして床に落ちるかと思いきや、影の中へと消えていく。
フランクや受付嬢達の前でこういう事は見せたくなかったが、金貨9999枚を持って路上を歩く訳にもいかないので仕方ない。というか、まず持てない。
エルを含め、周囲からの無言の視線を受けながら収納し終え、「じゃ!」と言って出てきた。
影移動で、私と一緒にエルも潜れたのだ。それなら、物だって中に潜らせられるに決まっている。
という事を、さっき気付いた。
無事成功して一安心である。
「……よく食べるわね」
運ばれてくる料理を、次々ともっちゃもっちゃと食べていると、エルが溜息を吐きながら声を掛けてきた。
「ごくん。……ふふ。食べると、狂気が少しマシになるんだよね。カジノで我慢した分、食欲に上乗せされたね」
「それでも、明らかに幼児の胃袋に収まる量じゃないわ」
呆れた様に額を抑えるエル。
私の大食で食欲が失せたのか、エルの皿の料理はあまり減っていない。
「お腹、空いていないのかい?スープとサラダぐらいにしか手を付けていない様だけど」
「疲れて食欲がないのよ」
溜息を零すエルを一瞥し、私は「そうか」と食事を再開した。
もっちゃもっちゃと皿を空にしていき、デザートを「ここからここまで」とウエイトレスに注文。
ウエイトレスの引き攣った顔が忘れられない。
「適当にデザートを頼んだよ。疲れてるときには甘い物が良いと言うし、よければ好きなの食べてね?」
結局エルは、食事にあまり手を付けることなく、私をガン見するだけだった。
せめて甘い物はどうだろうかと、色々と頼んでみたけれど、エルの表情は今一つ。
いつもなら、邸のスイーツを瞳を輝かせながら食べている、あのエルがである。
どうやら本当にお疲れ気味な様だ。
「……じゃあ、この氷果だけ貰うわね」
エルは果物を凍らせた氷果を手に取った。
凍らせてかき氷状に削った果物の上に、一口サイズの凍った果実が宝石の様に散りばめられた一品である。
これなら喉通りもいいし、食欲がなくても食べられるだろう。
「うん。食べられるだけ食べてくれ」
それから、大銀貨2枚と銀貨6枚を支払い、店を出た。
富裕層向けのカフェだったとはいえ、女性一人と、幼児が一人の食事とは思えない金額である。というか、ほぼ幼児一人で食べた金額だが。
……結構食べちゃったなぁ。ゲフッ。
「エル」
「……?」
私はエルへと両手を伸ばす。
しかしエルは、意図が分からなかったのか、不思議そうに首を傾げた。
「抱っこ」
「え……」
目を見開かせ、固まるエル。
失礼な。幼児が抱っこしてポーズをすることに、何の意外性があるというのか。
「ほ、本当に?」
エルはわなわなと震え出し、何故か顔をにやつかせる。
……どうしたのだろう。
その手は何だろうか。
何故、わきわきと両手を動かしているんだろうか。
「嫌なら別に、しゃがんでくれるだけでも構わない」
「抱っこ、するわ!」
エルは颯爽と私の両脇に手を挟み、体を持ち上げて抱きしめる。
何故かエルの呼吸が荒い。
顔に頬を擦り付けるのは止めてくれ。
匂いを嗅ぐな。
というか――、
「エル、ちょっと離そうか」
「はぁ、はぁ、くんかくんか、はぁはぁ」
「エル、離せ。君、熱があるだろう?」
「?」
エルは漸く顔を離し、私と目を合わせる。
私はエルのおでこに手を置いて、「やっぱり」と確信した。
どうりで食欲がない訳だ。そして変態になる訳だ。
「すまないね、エル。気付くのが遅くなってしまった。邸に帰ろうか」
「そう、なのかしら。疲れてるだけかと思っていたけど……」
「私の所為だ。振り回して、ごめんね?ゆっくり休んでくれ」
人気のない路地裏まで、何故かエルに抱っこされたまま移動し、私たちは影移動で邸へと戻った。
邸に着いて気が緩んだのか、その後直ぐにぶっ倒れたエルさんを邸の者に部屋まで運ばせ寝かせた。
エルの寝顔を見つめながら、ふと彼女の病弱設定を思い出す。
それにしても、カジノに行ったぐらいで熱を出すとは、身体が弱いというのは本当だったんだな。
軟弱な奴よ。
……あ。
そこで漸く、昨晩の事が脳裏を掠めた。
そういえば、一晩外で過ごしたんだっけ、この子。
冬じゃなかった事がせめてもの救いである。
全く、外に放置するとは、酷い奴もいたものだ。私だ。
でもまぁ、忘れてたもんは仕方ないんだけどね!
フランクのスキル:『性別鑑定』
長年の誑し経験を持つ者が習得するスキル。
相手の性別が見ただけで分かる。
使い道は、ほぼ無い。




