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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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0か100か。

「レオ!」


 メキッと、足が何かにめり込んだ。

 足は、男の頭の横すれすれで外れ、床に軽く嵌まっていた。

 どうやら、僅かに理性が反応してくれたらしい。


「く、くふ、くふふ!……ふふ!エル、何?何何何?」

「……ダメよ。止まらなくなってしまうから」


 エルは、私の両肩に手を置いて、後ろから見下ろしていた。


「ふ、ふふ!あはは!ありがとう!エル、ありがとう!そうだ。そうだそうだ。そうだね。殺しちゃいけない。うん。ありがとう」

「ひ、ひぃぃ!!ひぃぃぃぃぃ!!ごめんなさい!すいません!すいませんでしたぁ!」


 男は股を濡らしながら上半身を起こすと、謝罪の言葉を延々と口にしていた。

 汚いな。そんなにビビらなくてもいいのに。

 何時ぞやの、糞尿で汚れたエルが脳裏を掠めた。

 エルをチラ見。エルは何だという顔で首を傾げていた。

 何でもないですよ?

 そして私はスーちゃんに顔を埋め、数回深呼吸。

 スーハー。スーハー。スーハー。

 何度も言うが、変態じゃない。精神安定剤である。

 ……よし。多少は落ち着いてきた、様な気がする!

 私は顔を上げると男に向き直る。

 男から再び、小さな悲鳴が上がった。


「ふふ。そんなに怖がらないでくれ。分かってくれたならいいんだ。でもそうか。むしゃくしゃしてやったのか――」

「き、聞こえて……!」


 男が何か呟いたが、はて、聞こえんな。無視である。


「――つまりは、八つ当たりだね?こっちは大真面目にゲームをしているのに、遊び感覚で来るお気楽な富裕層様が妬ましまったんだろう?でもね、君の様な奴こそが場違いなんだと、どうして気付かない?ここは、お金と時間に余裕のある人が、掃いて捨てる程あるその金を、楽しく捨てにくる場所だ。余裕がない奴は、来るべきじゃない。カジノに夢を見るのも勝手だが、夢を本気にしちゃ駄目だ。遊びに本気になるなよ。夢と期待を履き違えるなよ。所詮は唯の遊びだと、それを理解した上で抱く淡い感情こそが、期待なんだ。夢に本気になれば、次こそは次こそはと、夢から覚められなくなる。君が破綻するのはどうでもいいが、金持ちの大人に八つ当たりが出来ないからと、子供の私に当たらないでくれ。大人としての余裕も威厳もない、幼稚な君。願わくば、君がその事に恥じて、どこかでひっそりと死んでくれることを、心から祈っているよ」

「……」


 男は無言で踵を返すと、そのまま出口へ向かって走り出した。

 脱兎の如くである。

 涙が――いや、きっと気の所為だろう。

 幼児の言葉で泣く大人が、一体どこにいるというのだろうか?


「見ろ、エル!どうやら分かってくれたようだ。あの男は、今から死ににでも行くのだろうか?」

「違うと思うわよ?」

「そうか」


 私は笑みを浮かべたままゆっくり一回転し、他の野次馬達を見渡した。


「さて。君たちは何故、そんなに怒っていたんだい?八つ当たり以外の理由で頼むよ?」


 そう言うと、何故か悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らす様に、方々へと走って行ってしまった。

 私に落ち度があったなら謝ろうと思って聞いただけなんだが、どうしたというのだろうか。

 まぁいいか。


「えっと、フランク?」

「は、はい!」

「騒ぎになってしまって申し訳なかった。それに先程、私が弾いた果実が当たってしまっただろう?大丈夫だったかい?」


 私は皮肉気な笑みを向けながら、首を傾げてフランクを見上げる。

 フランクは数回目を瞬かせた後、小さく微笑みながら口を開いた。


「……ええ、私は大丈夫で御座いますよ。それよりも、貴女様を守れなかったこの不甲斐ない私目を、どうかお許しくださいませ。事の収拾にお客様の手を煩わせてしまった事、不快な思いをさせてしまった事、深く、深くお詫び申し上げます」


 フランクは姿勢を正すと、静かに頭を下げた。


「あれ?さっきのは皮肉だったのだけれど、通じなかった?」

「……?」


 意味が分からないというかのように、眉を顰めだすフランク。


「申し訳御座いません、お嬢様。それは一体、どういう意味でございましょうか?」

「分からなかったのかい?あれは、客たちが私たちに危害を加えてきても尚、平然と傍観者を気取っている君に対しての当てつけだよ。“貴女様を守れなかった”だって?態とな癖によくもまぁ、そんな臭い台詞を吐けるものだ。大方、あの状況を楽しんでいたんだろう?」


 私の言葉に、フランクは一瞬目を見開かせた後、その口角を緩く持ち上げた。

 全く、とんだ狸である。


「……見抜いておられましたか」

「そもそも、あの状況でオーナーが何も口を挟まない方がおかしいだろう?怯えて対処が出来ない小物経営者だったなら兎も角、君からは焦りすらも感じられなかった。君、……私を試したね?」


 私は瞳を細め、フランクを見上げる。

 フランクは、面白い物を見るかのような表情で、私を見返してきた。


「……ふふっ!申し訳御座いませんでした。もちろん、いざとなれば止めに入るつもりではありましたが、その必要もなかった様で。貴女様からは、子供らしい感情というものがどうにも読み取れない。それ故に、少々見定めさせて頂きました。どうやら貴女様は、唯の子供ではないらしい」


 フランクは意味深な笑みを浮かべると、私の前に跪く。

 そして、じっくりと私の瞳を見つめた後、片手を胸に当て、再び頭を垂れた。


「改めまして、深くお詫び申し上げます。唯の子供ではないと思いながらも、その一方で、所詮は唯の子供だと侮っておりました。だからこそ、あの状況に対して怯えの一つでも見せるものと、……ふふ、貴女様の言う通り、傍観者を気取らせて頂いておりました。ですが、貴女様は私の考える以上に別格だったようです。私の負けで御座います」

「おや。何だかよく分からないが、勝ってしまった。ふふ、景品でも貰えたりするのかな?」


 フランクは静かに立ち上がると、カウンターから何やら持ち出して、それを私に手渡した。

 袋に入れられたそれは、ずっしりと重く、ジャラジャラと音を立てている。


「お金?」

「でもよろしかったのですが、生憎とコインで御座います。延べ10000枚相当、御用意させて頂きました」

「10000枚!?」


 エルが声を張り上げる。


「……にしては、軽くないかい?」

「ええ。実はコインには、金、黒、白の三種類が御座います。銅貨一枚相当のこの金のコインは、100枚でこの黒コインと交換することが出来ます。そして、銀貨一枚相当であるこの黒コインは、同じく100枚でこの白コインに交換可能。つまりは、コインの色によって、遊べるゲームの範囲が異なってくる訳です。今回は勝手ながら、黒コイン100枚を御用意させて頂きました。ご要望があれば、金10000枚、あるいは白1枚とお取り換え致しますので、お言いつけ下さい」

「なるほど。でも、いいのかい?あれ程度の見物料にしては、少々大金だと思うが」

「いえいえ。久しぶりに面白い物を見させて頂きました。それに、私の勝手な好奇心に、お客様を巻き込んでしまった事は言い訳しようもない事実。お詫びも兼ねて、この程度は妥当でしょう。それに……、せっかくご来店頂いたのです。コイン一枚だけでは楽しめる物も楽しめない。どうか、本日は思う存分、心行くまで、当カジノを楽しんで行って下さいませ。もちろん、そのコインを換金し、硬貨に変えるのもお客様の自由では御座いますが」


 フランクは私にウインクを寄越すと、品定めするような視線を再度向けてくる。

 不愉快な事に、またもや私は試されているらしい。

 換金すれば、金貨一枚。

 ご飯代にしては十分すぎる程の大金だ。

 でも……。


「ふふ!なら、遠慮なく貰っておくとしよう。白コインに変えてもらえるかな?」


 笑顔で小首を傾げて聞く私に、フランクは目を瞠った。

 ギャンブル、しようではないか。

 女神が与えた「運」、それを試すという目的もあったのだから。


「……よろしいのですか?負ければその一回で全てが終わってしまいますが」

「君、何か勘違いしてないか?私は別に、お金に困っている訳ではないんだよ。邸に財布を忘れてきてしまった。これではご飯も食べられない。かといって、邸に戻るのも面倒臭い。唯それだけの理由で、拾った銅貨一枚を握りしめ、鼻歌交じりに来たというだけの事。負けても拾った銅貨分が消えるだけ。君から金貨一枚分のコインを貰ったけれど、それにしたって同じことだ。負けたところで、どうという事はない。元に戻るだけ。唯それだけの事。寧ろ今は腹が減っている。沢山のコインを消費しきるまで、ゲームをしている時間の方が勿体無い。一回で終わるなら、そっちの方が好都合。何度もやるから、さっきの様なゲームにのめりこむ馬鹿が生まれる。ギャンブルなんて0か100か、それで十分だ。勝っても負けても、一回やればそれでいい。だから私としては、この普通のコイン一枚だけでも良かったんだよ」


 フランクは再び目を大きく瞠ると、直ぐに頬を緩め、両腕を抱きながら震え出した。

 そして、暫く俯きながら震えた後、勢いよく私に顔を向ける。


「あ、ああ……!何て、何て素晴らしい……っ!!そうです!そうですとも!!はぁ、0か100か、それこそが、はぁ、ん、真の、ギャンブルというものです!!」


 ……何か、恍惚とした表情を浮かべていた。

 内股で身を縮こまらせながら、興奮したように荒い吐息を零していくフランク。

 何だろうか。

 立っちゃったのだろうか。何がとは言わないが。

 暫く、「はぁ、はぁ、……はぁん、は、ぁん、はぁ……」と私を見つめながら喘いだ後、フランクはゆっくりと姿勢を正し、何事もなかったかのように優雅に髪を掻き上げた。

 ……何か、汚された気がするのは私だけだろうか。

 実に不快である。


「失礼致しました」

「そうか。なら死んでくれ」

「はぅん……っ!!い、命を賭けたゲーム!!ええ、ええ!よく分かっていらっしゃる!運を見定め、全てを賭ける!時には命さえも!!勝つか負けるか、……はぁん!その、スリルこそが、人生の最高のスパイス!!生への実感!生きる喜び!人生というゲームは素晴らしいっ!!はぁ、ぁん!!」


 もうそれでいいから死んでくれ。

 フランクは両肩を抱き、今度は天井を見上げながら喘ぎ始めた。

 見上げすぎて軽く仰け反っている。

 そのまま腰が折れればいいのに。


「……ふぅ。失礼致しました」

「さっさと白コインに変えろ」


 再度優雅に髪を掻き上げるフランクに、私はコインの入った袋を投げつけた。

 100枚のコインが入った袋は、中々に凶器と言えるだろう。

 顔面に直撃であった。





 白コインを握りしめ、向かった先はスロットエリア。

 ゲームの選択肢の中に、カードゲームやボードゲームなんかもあったけれど、面倒臭そうなのでパスだ。

 やり方もよく知らないし、ルールを聞くのも覚えるのも面倒臭い。

 その点スロットならば、時間がかからず簡単だ。

 コインを入れてボタンを押すだけなのだから。


「こちらで御座います」


 案内されたスロットは、真っ白なスロット台。

 どうやら白コイン専用の物らしい。

 辺りを見回せば、普通のコイン専用であろう赤台と、黒コイン専用の黒台は数あれど、白台はこの一機のみ。

 まぁ、需要はないわなぁ。

 一回で金貨一枚分。つまりは100万円だ。

 ボタンを押すだけのゲームに、誰がそんな投資をするのだ。

 それなら、運以外に頭も使うカードゲームをやった方が、気持ち的に充実しているであろう。

 こんな運100%の糞ゲー、やる馬鹿がどこにいる?私だ。

 ……え?スロットには動体視力も関係しているだろうって?

 おいおい。どこの世界の話をしている。


 私はスロットの椅子に腰かけると、コインを躊躇いなく挿入口に入れた。

 カチャン、という音と共に、10ある絵柄が回り出す。

 超、高速である。

 しかも、縦にだけではない。横に、斜めに、縦列横列ランダムな超・高速回転である。

 見るだけ無駄だ。というか、速過ぎて見えん。

 動きを読むのも、絵柄を見るのも、全てが不可能。

 前世のスロット台であれば、摩擦に耐えきれずに容易く焼き切れている事だろう。

 魔法と機械の合わせ技だからこそ出来るこの動き。

 これを作った奴の、当てさせてやるものかという悪意と執念が感じられる。

 軽く殴り飛ばしてやりたい。


 そもそも、この世界にはスキルというものがある。

 つまりは才能。あるいは、努力と経験の賜物。

 動体視力がいい者など、探せば巨万ごまんといるだろう。

 熟練の冒険者ならば、皆そうなのではないだろうか。 

 前世にあったスロット如き、彼らにとってはヌルゲーであろう。

 だからこその、これである。

 この、運100%の糞スロットゲーム。

 動体視力など、そして如何なるスキルであろうとも軽く嘲笑うこの下種仕様。

 なるほど。赤台なら兎も角、白台など誰がするものか。

 やる奴は相当の馬鹿である。私だ。

 

「レ、レオ。無理よ、こんなの」


 やはり、視力のいいエルにも見えないらしい。

 まぁどっちにしろ、私の動体視力など常人レベル。

 どんなスロットであろうとも、ほとんどの人にとっては運ゲーなのだ。

 心配そうなエルと、笑みを湛えるフランクからの視線を浴びながら、私は溜息を吐きつつ適当にボタンを押していった。

 そして――、




「……」

「うそ、でしょ……」

「……そんな。あ、有り得ない」


 ――白コイン、10000枚に増えました。

 初めてやったギャンブルは、ヌルゲーです。

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