カジノでくふふ。
中に入ると、……うん。カジノだね。想像通り、カジノだね。
外装と違わず煌びやかで広い店内を、エルと口を開けて暫く眺めていたら、燕尾服を身に纏った男が話しかけてきた。
「これはこれは、お美しいお嬢様方。ようこそおいで下さいました。私、当カジノのオーナー、フランクと申します。本日は心行くまで楽しんでいって下さいませ。そしてどうか、叶うならば今日一日、貴女様をエスコートする栄誉をこの私目に……。我が君」
なるほど。オーナー直々に危険人物を見張りにきたか。
それにしても……。
大丈夫だろうか、この人。
そんな台詞吐いて、恥ずかしくないんだろうか。
私なら軽く死ねるんだが、何故この人は生きていられるんだろうか。
頭湧いてるんだろうか。
そう思って、フランクと名乗るその男をガン見していると、何故かウインクされた。
そしてフランクは私たちの前に跪くと、優雅にエルの手の甲に口付ける。
……うわぁ。
無表情だが、内心でドン引きしていると、フランクは次に私の手を取とろうと、その腕を伸ばしてきた。
ぞわり。
そして思わず、フルスイング。間髪入れず。
「へぶっ!?」
「容赦ねぇ!!」
どこぞの野次馬のツッコミと、スパンッという乾いた音と共に、数メートル吹っ飛ぶフランク。
鼻と口からは血が流れ、その頬には紅葉の手形が。あら可愛い。
……はて。幼児の平手打ち如きで、何故にここまでの威力が。
いや、きっと叩きどころが悪かったのだろう。
そして、フランクのしゃがんだ体勢も悪かったのだろう。
全く、軟弱な奴だ。この程度で体勢を崩して吹っ飛ぶとは。
足腰を鍛えた方がいいのではないだろうか。
ああ。それか、私に合わせてやられた振りをしているのかもしれない。
勇者役の子供に倒される振りをするお父さんの如く。
ふむ、なるほど。そういうことか。
納得である。
それにしても血まで流してくれるとは、迫真の演技だなー。凄いわー。真似出来ないわー。
「大丈夫ですか!?」
床に倒れたまま動かない演技を続けるフランクに、エルは恐る恐る話しかけた。
いやはや、凝ってるなぁ。少し感心してしまった。
「だ、大丈夫、でひゅ。……は、話の通り、しゅ、しゅごいお子さんでひゅね。はは、は……」
「す、すいません」
エルは手の甲を服で拭きつつ、フランクに謝罪する。
その様子をフランクは引き攣った表情で見つめていた。
周りの野次馬達も、同情の眼差しを向けている。
オーナーが直々に相手をしている私たちを、先程から遠巻きに窺っていた客たちだったが、フランクが吹っ飛ばされた辺りから急に距離を詰めてきた。
今では完全な野次馬と化している。
それ程にフランクの演技が真に迫っていたという事だろう。
「い、いえ。こちらこそ失礼を。人見知りだとお聞きしていたのに、行き成り手を取ろうとして驚かせてしまいました。はは、は、はは……」
立ち上がり、鼻血をハンカチで拭きながら、乾いた笑みを零すフランク。
元気出せって。
「では、お嬢様方。当カジノの利用方法はご存知でしょうか?」
おお。持ち直した。
頬を抑えながら、背筋を伸ばし、接客スマイルを浮かべるフランク。
仕切り直しである。
「いえ。カジノは初めてで……」
「では、ご説明致しますね。ここで使われるのは、このコイン」
フランクは、マジックの様に指と指の間からコインを出し、私たちに見せる。
その後、直ぐ近くのカウンターを手の平で指し示し、説明を続けた。
「まずはあちらにて、硬貨をコインに変えて頂きます。銅貨一枚で一コイン。逆もまた然り。儲けたコインは、景品と交換して頂くか、硬貨に換金することが可能です。どうぞこちらへ」
フランクは優雅にカウンターへと歩き出し、私たちを案内する。
カウンターでは、ディーラー服の受付嬢がにこやかに待ち構えていた。
「では、さっそくコインに変えてみましょうか。硬貨をお出し願えますか?」
「わかった」
私はポケットから先程拾った銅貨を取り出すと、フランクに差し出した。
フランクは数回目を瞬かせた後、小さく微笑みながら膝を折り、私と目線を合わせる。
「おやおや、愛らしいお客様。貴女様もされるのですか?ふふ、その歳で賭け事だなんて、いけない子だ。でもそうですね……。今回だけ、特別ですよ?麗しの姫」
呼び方がコロコロ変わるな。統一出来ないのだろうか?
フランクは銅貨を一枚受け取ると、人差し指を唇に当てながら、私の手の平にコインを一枚乗せた。
そして静かに立ち上がると、エルへと笑みを向け、紳士の礼をする。
「ではお嬢様。本日は、如何程の御予算で遊ばれますか?」
「その、……それだけです」
「……はい?」
俯きながら、恥ずかしそうに呟くエル。
フランクは笑みを浮かべたまま首を傾げ、再度聞き直した。
エルは顔を更に赤くし、ボソリと言葉を繰り返す。
「それ、だけです……」
「……ん?」
「ねぇ君、聞こえなかったのかい?三回も聞き直さないでくれ。この銅貨一枚分だけだと言っているんだ。因みにカジノをやるのはこの私で、エルは唯の付き添いだ」
「はいい!?」
理解の悪い奴だ。
埒が明かないので、私が単刀直入に言ってやる。
フランクは驚愕の表情で固まっていた。
「どうした?まさか、銅貨一枚しか持っていない奴は客じゃないとでも?」
「そ、そんな事は御座いませんが……」
「ふふ、良かった。そうだよね?だって君、このコインを私に渡しながら、今日だけ特別だって言っていたもの」
「え、ええ。もちろんで御座います。それは別に構わないのですが、その、……何しに来られたので?」
フランクは複雑そうな表情を浮かべながら、首を傾げた。
何を言っているんだろうか、この男は。
私もフランクに合わせて、小首を傾げる。
「何って、カジノをしに来たに決まっているだろう?」
「はぁ」
「いやね?急にカジノをしてみたくなったんだが、邸に帰ってお金を取ってくるのも面倒臭くてね。ちょうど目の前に銅貨が落ちていたし、もうこれでいいかと」
「落ち、てた?……そ、そうで御座いますか」
「何か問題でも?」
口角を引き攣らせるフランクに、私は再度小首を傾げた。
エルは変わらず俯いたままである。
そして少しの沈黙の後、「ふざけんな!!」と野次馬の一人が声を荒げて叫び出す。
叫ばれた意図が分からず、私はキョトンとした顔で、声の主へと顔を向けた。
「おい、クソガキ!さっきからガキのやる事だと思って黙って見てりゃ……。ここはガキの遊び場じゃねぇんだぞ!!奴隷引き連れてきて何かと思えば、拾った銅貨一枚だけで遊びますだぁ!?ふざけんのも大概にしろ!!」
そしてその男を口切りに、他の野次馬達も「そーだそーだ!」と騒ぎ出す。
「フランク様!そんな奴等、追い出しちゃって下さいな!」
「そーだそーだ!」
「かーえーれ!かーえーれ!」
カジノ内に響き渡る、帰れコール。
……ああ、なるほど。彼らは、それで怒っていたのか。
「レオ」
突然名前を呼ばれたかと思うと、エルが私の前に立った。
どうやら護衛のつもりらしい。
頼もしい限りである。
「ふふ、賑やかだねぇ?」
「そんな呑気な……。それより、どうするの?ここ、出た方がいいと思うんだけど」
「だからガキは出てけって言ってんだろうが!」
エルとの会話の最中、野次馬の一人が、私の前に立つエルに向かって何かを投げてきた。
エルは咄嗟に腕で自分を庇ったが、それはエルの腕でべちゃりと潰れ、床へと落ちる。
血の様に赤い、熟れたトマトに似た果実だった。
血の様に、赤い……、
「く、ふふふ。……っふふ。……大丈夫かい?エル」
私は興奮を押し殺し、何とか笑いを鎮める。
「え、ええ。ちょっとビックリしたけど。……レオ、顔」
「ん?ふふ、……気にしないで?これでも抑えてるんだけど、これが限界だ」
今の私の顔は、笑顔だ。
少々歪んだ笑みだが、仕方ない。
理性と狂気の攻防が続けられている証拠である。
潰れたトマトを見て、人の頭と重な……、これ以上は止めておこう。
笑いが零れそうである。
「さて。これを投げたそこの君。ふふふ!……そう、君君君。君だよ、君。そう君だ。く、ふふふ!」
「……レオ」
おっと。
ちょっとヤバいかもしれない。
私は、頭の上で威嚇するかの様に激震していたスーちゃんを腕に抱え直し、抱きしめる。
スーハー、スーハー。
精神安定剤である。決して変態ではない。
そして、少しの間スーちゃんに顔を埋めた後、漸く男に向き直った。
「物を投げるなんて酷いじゃないか。何故、どうして、投げてきた?何故何故何故?ふふふ!怪我をしなかったとはいえ、汚れてしまった。見てごらん?まるで血の様だ。あはは!」
「黙れ、クソガキが!!」
男はまたもや果実を投げてきた。
よくそんなに持ってるな。
というか、カジノに何故それを持って来た?
私は疑問に首を傾げながらも、その果実を、……弾き飛ばした。
「……!?」
「……ぶっ!?」
周囲は驚きで目を瞠り、弾いた果実はフランクの顔面に直撃した。
「ねぇ、君」
「い、今、どうやって」
「君。人の質問に物を投げて返すなんて、礼儀がなってないなぁ?しかも物を投げるの、二回目だよねぇ?大人なんだから、やっていい事と悪い事の区別ぐらい、つくよねぇ?大人なんだから、大人だからこそ、大人ならば、許されないよねぇ?……く、ふふふ!これ、これは、これはもう、正当防衛だよね!?正当防衛で、もう、もう、仕方ないよね!?ねぇ、エル、エル、エル!!!ふふふ、ふふっ、くふふふふ!」
「ひぃっ!?」
スーちゃんを抱きしめつつ、肩を震わす私。
理性と狂気の攻防である。中々に戦況は厳しい。
ここにいる人間、というか、この街にいる人間の命運が、この戦いに懸かっているのである。
「レオ、駄目よ。この男を殺してしまえば、きっと止まらなくなる。でも、それでレオの気が済むのなら、……私がこいつを殺すわ」
「ひ、ひぃぃっ!?」
エルは鞘に手を掛け、一歩前に出た。
「殺す?ころ、殺す。いいなぁ。ふふふ!エルエルエル。それを見てしまったら、ふふ!私は自分を抑えられなくなるよ。くふふふふふ!……はぁ。……ふふ。大丈夫。昨日、発散させといて良かった。まだ、耐えられるよ」
「……レオ、その顔で言われても、説得力がないわ」
「ふふ。こればかりは仕方ない」
私は歪んだ笑顔を顔に張り付けたまま、男を再度見つめる。
「さて。何故投げたのか、答えてくれるかい?」
「お、お前が、ふざけた態度でカジノなんかに来たからだろうが!」
「ふざけた態度?軽い気持ちで来たことは認めるが、ふざけたつもりはないのだが?それとも、真剣な奴しかここに来ては行けないのか?ここはゲームを楽しむ場だろう?遊び感覚で来て何が悪い?ならば、こちらを遠巻きに眺めつつ、今も優雅にゲームを続ける彼らはどうなんだろうか。あの服装からして、金を持て余したから遊びに来た金持ち連中じゃないのか?」
「う、ぐ……」
私が話を振った事で、急に視線を逸らし出す富裕層の客人たち。
そうなのだ。私に文句を言っているこの野次馬共は、明らかに中流層以下の庶民。
金に対しての本気度が違う分、幼児に対しても余裕がなく、マジである。
「さぁ、答えてくれ。何故、私たちに物を投げた?文句を言う?怒りを向ける?」
「……」
「答えてくれ。でないと、理由もないのに喧嘩を売られたことになる。それは、くふふ!それは、とても不快だ」
私は男の影から黒くて長細い蔓を生やし、男の足を引っかけて転ばせた。
一瞬生やしただけなので、周りにも視認は出来なかっただろうが。
因みに、先程の果物を弾いたのもこれである。
影から何か色々生やせちゃう事を、昨日の殺戮の最中に新たに発見したのだ。
結構便利である。
血の通っていない対象物に対して、干渉が出来るという事なのだから。
「ひぃぃっ!?な、何が……」
男は前のめりで倒れたまま、既に何もない足元を確認。
やはり本人にも、何が起きたのか分かっていない様だ。
私はその反応に満足すると、笑顔を浮かべたまま男に近付き、その顔を踏みつけた。
「うぐっ!?」
「ねぇ。悲鳴ばかり上げてないで、答えてくれないかな?理由があるんだろう?私が納得するだけの理由が。じゃないと、じゃないと、ふ、ふふ、……殺しちゃうじゃないか」
ああ、何だか、興奮してきちゃったなぁ。
私は零れる笑みを必死に抑えながら、更に脚に力を込めた。
「ぎゃあっ!!い、痛い!痛い、いひゃいです!!しゅ、しゅいまへんでした!むしゃくしゃしていたんでひゅ!負けて、むしゃくしゃしていたんでひゅ!」
「うふふ!なぁに?よく聞こえないなぁ!?聞こえないよ、君。この糞野郎?いつもいつもいつも、先に手を出してくるのは君の様な屑な男だと相場が決まっているんだよ。屑が屑が屑が!君の様な屑が甚振れる存在なんて、女子供ぐらいしかいないものね?唯一勝っている力という男の利点で、弱者を嬲ってさぞ気持ちがいいことだろう?え、何の話かって?話が逸れているって?知らないよぉ!あはは!君達屑な男の事だろう?あはははは!……ああ。そういえば、君達ド変態にとって、この状況はご褒美というのだったか?……いや、それは美女に対してだったか。でもロリコンにとっては……。まぁ、どうでもいいか!ほら、ご褒美だ。気持ち悪いゴミが。嬉しいか?ねぇ、嬉しいか?あははははは!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」
更に顔面が床にめり込む男。
あ、やばい。このまま潰してしまいそうだ。
それは、とてもとても楽しそうで、胸が躍る。
もう、よくね?殺して楽にしてやった方が、彼の為にもなるんじゃね?
苦しいのは辛い事だ。よし、殺そう。うん、殺そう。
私は笑みを深めて、一旦脚を上げた。
この脚に力を込めて、もう一度この男の頭に付けた時、こいつは死ぬだろう。
そう思うと、何だかもう、楽しくて楽しくて。
そしてその思考のままに、私は一気に脚を振り下ろした。
男の命運や如何に!?
……まぁ、死にませんけどネ(鼻ほじ




