表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
212/217

仕方ない。

クロードsideです。


※残酷描写あり。グロさは抑えてますが、苦手な方はご注意ください。



 ――ロドリゲス公爵家別邸。

 地下、舞台裏にて。


 生き残った喜びを噛み締める間もなく、事態は戦々恐々と動いていた。

 負傷した者と治療に当たる者――僅かながらも場に残っていた騎士達が、皆一様に中央のそれを凝視する。


「んー、……こっちかな?」


 少女に近い、中性的な声色。

 騎士達の視線を気にも留めず、クロードは小首を傾げて歩き出した。

 足元には奴隷商人と騎士の遺体が転がっていたが、避ける際にぞんざいな視線を送るだけ。


(肉、肉、肉……)


 死ねば、唯の肉。

 例えるなら、道端に放置された牛や豚の肉塊。それを見て、人はどう思うのだろう。

 胸を痛めるような憐憫(れんびん)か。或いは、顔を顰めるような不快感か。


「……(きた)ねぇなぁ」


 眉間に皺を寄せるクロード。

 空腹時でもない今、見知らぬ人間の死肉を見たところで気持ち悪さしか感じない。

 呼吸の度に、血生臭さで胃がもたれそうである。


「っ、ああああああああああああ゛あ゛ッッ!!!!」


 騎士の1人が、声を張り上げて剣を振るう。

 クロードは顔を向けると、淡々とした口調で「3人目」と呟いた。


「が、……は?……ごぼっ」


 一歩、二歩。よたよたと。

 その歩みが、クロードに辿り着くことはなく。

 ぐるんと裏返る眼球と、口から湧き出る赤。

 騎士は大きく痙攣しながら床に沈み、やがては静止した。


「うん、慣れてきた。俺って血を操る方が向いてるんだな」


 胸の前で拳を握り、緩んだ口元で独り言ちる。

 ピンクのドレスと相俟って、本来であれば非常に愛らしく映る事だろう。

 しかしながら、今のクロードに向けられる感情は、化け物に対するそれである。


「……で、お前もやるの?」


 場に立っている騎士は、残り1名。

 流し見ると、騎士は強張った顔を横に振る。構えた剣は小さく震えており、勝機のなさを悟っているようだった。

 その反応にクロードは目を瞬かせると、何かを閃いたかのように「あ、そっか」と手を叩いた。


「最初から聞けば良かった。……なぁ、お前。喰種の飼育場って、どっちにある?」

「……」


 暫しの沈黙。

 騎士は負傷した仲間達を見回した後、煩悶(はんもん)した表情でとある方向を目で指した。

 舞台裏の最奥、壁一面に張られた幕の向こう――確認すると、その扉は直ぐに見つかった。

 扉の先には通路が続いており、一歩入ると魔法印が作動して明かりが灯る。


「おお……、こうなってるのか」


 クロードは驚きながらも、ちょっとした冒険気分に胸が躍った。

 通路はひんやりとした空気に満ちており、少しだけ肌を擦る。

 唯でさえ、胸元から腹部の布地が大きく裂けているのだ。今になって、露出箇所からの冷えが辛くなってきた。

 微妙にお腹が冷えてきたのも気になるところ。


(トーマスの上着、借りれば良かったな……)


 イヴァンとラビィを、トーマスの下に預けた時。

 クロードの格好を見兼ねてか、トーマスは上着を脱いで「これでも着ていきなさい」と差し出してくれたのだが――その対応はクロードにとってむず痒く、「いらねぇよ、臭いし」と言って受け取らなかった。

 固まるトーマスの顔。

 逃げるように転移してしまったが、次会う時が恐ろしい。


「あ、この先だな」


 通路の終わり、出入り口に辿り着く。

 扉に触れ、その先にいるであろう同族の彼らを想像する。



 『――地下にまだ、喰種達がたくさんいるの』



 ラビィの言葉が思い出された。

 そもそもこの場所に来た理由が、彼女の頼みだったからだ。

 とはいえ、叶えてやる義理はなく、助ける保障もしていない。

 しかし、単純に興味は湧いた。自分と同じ喰種、それも大勢に会う機会など滅多ないだろう。

 会えたところで彼らをどうするか、具体的には考えていないが、まぁ助けられなかったところで責められる謂れもなし。

 流石にこれ以上トーマスには預けられないので、適当な場所に転移させて放置でもいいかなと考えを纏める。

 大量の喰種を逃がした先で、彼らや近辺の人間達がどうなるか、そこまでは考えない。難しいことは苦手である。


「よし」


 緊張と、高揚感のままに。

 扉を、開けた――。



「……っ、」


 目を見開く。

 その後は、感情と共に力が抜けた。

 

(ああ、ここもか)


 今日一日で鼻が麻痺する程に嗅いだ臭い。

 それを辿り、より濃い方へと歩を進めた。

 かつかつと鳴る自身の靴音は、次第にぴちゃぴちゃと水気が混じり出す。



 『――みんな、良い人達だった。()の時間になったら次は自分を食べてくれって、必ず誰かが言うの。色んな理由があったよ。この中で一番年上だからとか、この中で一番弱ってるからだとか、もうこの世に未練がないからだとか……。そうやって、みんなで死ぬ順番を決めてたの。……私には、絶対生きなさいって言ってくれた。この中で一番若くて、健康で、未来があるからだって。……っ、ひっく、……みんな、泣きながら食べて、生きてたよ……!』



 頭の中で、ラビィの言葉が流れ続ける。

 ぱしゃりと大きな水音が立つ場所で、クロードは足を止めた。

 檻の前。

 その中で、一面の血溜まりに浸かる喰種達を見下ろした。


「……まぁ、そうだよな。普通に考えれば、殺されてるよな」


 現実を呟く。

 これは、落胆だろうか。

 それからもっと、別の感情がぐるぐると。


「な、誰だ貴様!」


 後方から、男の声。

 振り向くと、1人の騎士と目が合った。

 面倒臭いなぁと、ぼんやり思う。


「赤い眼!?……おい、誰か来てくれ!喰種がまだいるぞ!!」

「うるせぇなぁ」


 ぼんやり思う。

 それでいい。

 難しい事は、苦手だ。


「が、――ごぶぁ!?」


 口内から血の刃が突き出し、訳も分からず絶命する騎士。

 新たに出来た血溜まりに、沈んでいくそれ。

 死ねば、唯の肉。


「んなっ!?お前、何しっ、ぶぁ!?ぷぎゃ……ッ!」


 騒ぎを聞きつけ、集い出す騎士達を――、

 風船のように、破裂させて殺してみた。

 全身を、血の針で穴だらけにして殺してみた。

 血流を暴走させて、体内を破壊して殺してみた。

 

 殺してみた。

 殺してみた。


「……面倒臭いなぁ」


 ぼんやり思う。

 血の操作といっても、同時に複数は行えない。

 それが吸血鬼(もど)きの限界である。


 ――それならば。


「まとめてやるか」


 血溜まりが1つずつ集まって、混じり合い、大きく、大きく。

 喰種の血も騎士の血も、どれもが赤く、同じであった。


「っ、ひ、ひぃ!?」


 怯えた声が上がる。

 出来た物は、正しく化け物だった。

 形はスライムに近いだろうか。しかし、大きさはクロードの肩程まであり、赤黒くうねる様は(おぞ)ましい。


「……まぁ、喰種が殺されるのは仕方ない」

「あ、ああぁぁぁあああああ゛あ゛ッッ!!!!」

「人喰ってるし、仕方ないんだよな……」

「ひっ、やめ、ぎゃぁぁああぁぁああ゛あ゛ッッ!!!」

「だから、喰種がどんな目に遭ってても仕方ないと思う」

「来るな!!来るなぁぁあああああ゛あ゛ッ!!!」

「だから、俺は恨んでない。自分が殺されようと恨まない。だって仕方ないと思うから」


 静かな語りと、絶叫とが混じり合う。

 赤黒いスライムが進む度、喧騒は1つ、2つと摘まれていき。

 その後ろを、かつかつと乾いた靴音が続いた。


「だからさ――、」


 階段下で立ち止まり、クロードは言葉を区切って上を見る。――ラビィ曰く、裏庭の物置小屋に繋がっているらしい。

 駆け上がる騎士達の背中を、更に巨体となったスライムがずるりと追った。

 狭い階段で反響し合う、骨肉がひしゃげる音と断末魔の叫び。


「――人間が喰種に殺されるのも、やっぱり仕方ないよな?」


 音が、止む。

 役目を終えたスライムは液体に戻り、階下へと流れ落ちる。


「おかえり」


 何を思っての言葉だったのか。

 地下に戻ってきた赤黒いそれらを見遣って、クロードは影の中へと消えていった。




 ――喰種飼育場にて、およそ16名の騎士が死亡。内、12名は判別不可能であり、行方不明としても処理された(※多くが原形を留めておらず、これらの数はあくまでも推定とする)。

 現場は凄惨を極めていた。

 地下舞台裏で待機していた騎士からの報告により、事を起こしたのはクロードだと判明。

 しかし、分かったのはそれだけ。

 生存者0名。

 その場で何があったのか、詳細は不明である。





次回はレオside。

そろそろ、ポアの故郷“ルヴ村”に到着するようです。

ポアの秘密が明かされていきます。


面白かったら「いいね!」してもらえると、作者のテンションが「ぃやっほぉぉぉおおぉぉぉおぉおぅぅ!!!」ってなります。ただそれだけですが、ぜひ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり面白いです。キャラ作りが極まってますね。特にジーク君が「自分は助からなくても構わないから」と泣くシーン。。あれは胸を打つものがありました。 [一言] 続きも楽しみです!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ