仕方ない。
クロードsideです。
※残酷描写あり。グロさは抑えてますが、苦手な方はご注意ください。
――ロドリゲス公爵家別邸。
地下、舞台裏にて。
生き残った喜びを噛み締める間もなく、事態は戦々恐々と動いていた。
負傷した者と治療に当たる者――僅かながらも場に残っていた騎士達が、皆一様に中央のそれを凝視する。
「んー、……こっちかな?」
少女に近い、中性的な声色。
騎士達の視線を気にも留めず、クロードは小首を傾げて歩き出した。
足元には奴隷商人と騎士の遺体が転がっていたが、避ける際にぞんざいな視線を送るだけ。
(肉、肉、肉……)
死ねば、唯の肉。
例えるなら、道端に放置された牛や豚の肉塊。それを見て、人はどう思うのだろう。
胸を痛めるような憐憫か。或いは、顔を顰めるような不快感か。
「……汚ねぇなぁ」
眉間に皺を寄せるクロード。
空腹時でもない今、見知らぬ人間の死肉を見たところで気持ち悪さしか感じない。
呼吸の度に、血生臭さで胃がもたれそうである。
「っ、ああああああああああああ゛あ゛ッッ!!!!」
騎士の1人が、声を張り上げて剣を振るう。
クロードは顔を向けると、淡々とした口調で「3人目」と呟いた。
「が、……は?……ごぼっ」
一歩、二歩。よたよたと。
その歩みが、クロードに辿り着くことはなく。
ぐるんと裏返る眼球と、口から湧き出る赤。
騎士は大きく痙攣しながら床に沈み、やがては静止した。
「うん、慣れてきた。俺って血を操る方が向いてるんだな」
胸の前で拳を握り、緩んだ口元で独り言ちる。
ピンクのドレスと相俟って、本来であれば非常に愛らしく映る事だろう。
しかしながら、今のクロードに向けられる感情は、化け物に対するそれである。
「……で、お前もやるの?」
場に立っている騎士は、残り1名。
流し見ると、騎士は強張った顔を横に振る。構えた剣は小さく震えており、勝機のなさを悟っているようだった。
その反応にクロードは目を瞬かせると、何かを閃いたかのように「あ、そっか」と手を叩いた。
「最初から聞けば良かった。……なぁ、お前。喰種の飼育場って、どっちにある?」
「……」
暫しの沈黙。
騎士は負傷した仲間達を見回した後、煩悶した表情でとある方向を目で指した。
舞台裏の最奥、壁一面に張られた幕の向こう――確認すると、その扉は直ぐに見つかった。
扉の先には通路が続いており、一歩入ると魔法印が作動して明かりが灯る。
「おお……、こうなってるのか」
クロードは驚きながらも、ちょっとした冒険気分に胸が躍った。
通路はひんやりとした空気に満ちており、少しだけ肌を擦る。
唯でさえ、胸元から腹部の布地が大きく裂けているのだ。今になって、露出箇所からの冷えが辛くなってきた。
微妙にお腹が冷えてきたのも気になるところ。
(トーマスの上着、借りれば良かったな……)
イヴァンとラビィを、トーマスの下に預けた時。
クロードの格好を見兼ねてか、トーマスは上着を脱いで「これでも着ていきなさい」と差し出してくれたのだが――その対応はクロードにとってむず痒く、「いらねぇよ、臭いし」と言って受け取らなかった。
固まるトーマスの顔。
逃げるように転移してしまったが、次会う時が恐ろしい。
「あ、この先だな」
通路の終わり、出入り口に辿り着く。
扉に触れ、その先にいるであろう同族の彼らを想像する。
『――地下にまだ、喰種達がたくさんいるの』
ラビィの言葉が思い出された。
そもそもこの場所に来た理由が、彼女の頼みだったからだ。
とはいえ、叶えてやる義理はなく、助ける保障もしていない。
しかし、単純に興味は湧いた。自分と同じ喰種、それも大勢に会う機会など滅多ないだろう。
会えたところで彼らをどうするか、具体的には考えていないが、まぁ助けられなかったところで責められる謂れもなし。
流石にこれ以上トーマスには預けられないので、適当な場所に転移させて放置でもいいかなと考えを纏める。
大量の喰種を逃がした先で、彼らや近辺の人間達がどうなるか、そこまでは考えない。難しいことは苦手である。
「よし」
緊張と、高揚感のままに。
扉を、開けた――。
「……っ、」
目を見開く。
その後は、感情と共に力が抜けた。
(ああ、ここもか)
今日一日で鼻が麻痺する程に嗅いだ臭い。
それを辿り、より濃い方へと歩を進めた。
かつかつと鳴る自身の靴音は、次第にぴちゃぴちゃと水気が混じり出す。
『――みんな、良い人達だった。餌の時間になったら次は自分を食べてくれって、必ず誰かが言うの。色んな理由があったよ。この中で一番年上だからとか、この中で一番弱ってるからだとか、もうこの世に未練がないからだとか……。そうやって、みんなで死ぬ順番を決めてたの。……私には、絶対生きなさいって言ってくれた。この中で一番若くて、健康で、未来があるからだって。……っ、ひっく、……みんな、泣きながら食べて、生きてたよ……!』
頭の中で、ラビィの言葉が流れ続ける。
ぱしゃりと大きな水音が立つ場所で、クロードは足を止めた。
檻の前。
その中で、一面の血溜まりに浸かる喰種達を見下ろした。
「……まぁ、そうだよな。普通に考えれば、殺されてるよな」
現実を呟く。
これは、落胆だろうか。
それからもっと、別の感情がぐるぐると。
「な、誰だ貴様!」
後方から、男の声。
振り向くと、1人の騎士と目が合った。
面倒臭いなぁと、ぼんやり思う。
「赤い眼!?……おい、誰か来てくれ!喰種がまだいるぞ!!」
「うるせぇなぁ」
ぼんやり思う。
それでいい。
難しい事は、苦手だ。
「が、――ごぶぁ!?」
口内から血の刃が突き出し、訳も分からず絶命する騎士。
新たに出来た血溜まりに、沈んでいくそれ。
死ねば、唯の肉。
「んなっ!?お前、何しっ、ぶぁ!?ぷぎゃ……ッ!」
騒ぎを聞きつけ、集い出す騎士達を――、
風船のように、破裂させて殺してみた。
全身を、血の針で穴だらけにして殺してみた。
血流を暴走させて、体内を破壊して殺してみた。
殺してみた。
殺してみた。
「……面倒臭いなぁ」
ぼんやり思う。
血の操作といっても、同時に複数は行えない。
それが吸血鬼擬きの限界である。
――それならば。
「まとめてやるか」
血溜まりが1つずつ集まって、混じり合い、大きく、大きく。
喰種の血も騎士の血も、どれもが赤く、同じであった。
「っ、ひ、ひぃ!?」
怯えた声が上がる。
出来た物は、正しく化け物だった。
形はスライムに近いだろうか。しかし、大きさはクロードの肩程まであり、赤黒くうねる様は悍ましい。
「……まぁ、喰種が殺されるのは仕方ない」
「あ、ああぁぁぁあああああ゛あ゛ッッ!!!!」
「人喰ってるし、仕方ないんだよな……」
「ひっ、やめ、ぎゃぁぁああぁぁああ゛あ゛ッッ!!!」
「だから、喰種がどんな目に遭ってても仕方ないと思う」
「来るな!!来るなぁぁあああああ゛あ゛ッ!!!」
「だから、俺は恨んでない。自分が殺されようと恨まない。だって仕方ないと思うから」
静かな語りと、絶叫とが混じり合う。
赤黒いスライムが進む度、喧騒は1つ、2つと摘まれていき。
その後ろを、かつかつと乾いた靴音が続いた。
「だからさ――、」
階段下で立ち止まり、クロードは言葉を区切って上を見る。――ラビィ曰く、裏庭の物置小屋に繋がっているらしい。
駆け上がる騎士達の背中を、更に巨体となったスライムがずるりと追った。
狭い階段で反響し合う、骨肉がひしゃげる音と断末魔の叫び。
「――人間が喰種に殺されるのも、やっぱり仕方ないよな?」
音が、止む。
役目を終えたスライムは液体に戻り、階下へと流れ落ちる。
「おかえり」
何を思っての言葉だったのか。
地下に戻ってきた赤黒いそれらを見遣って、クロードは影の中へと消えていった。
――喰種飼育場にて、およそ16名の騎士が死亡。内、12名は判別不可能であり、行方不明としても処理された(※多くが原形を留めておらず、これらの数はあくまでも推定とする)。
現場は凄惨を極めていた。
地下舞台裏で待機していた騎士からの報告により、事を起こしたのはクロードだと判明。
しかし、分かったのはそれだけ。
生存者0名。
その場で何があったのか、詳細は不明である。
次回はレオside。
そろそろ、ポアの故郷“ルヴ村”に到着するようです。
ポアの秘密が明かされていきます。
面白かったら「いいね!」してもらえると、作者のテンションが「ぃやっほぉぉぉおおぉぉぉおぉおぅぅ!!!」ってなります。ただそれだけですが、ぜひ。




