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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
211/217

助けて下さい。

今回はジーク&フリードsideです。

長くなったので、クロードsideはまた次回。すみません。

「かくれんぼの始まり始まり~♪」


 ぱちぱちと手を叩くレオ。

 ジークは急ぎ、声を上げる。


「待っ――


   ――て、くれよ、頼むから……」


 暗転。

 視界が、切り替わる。

 夢の如く。


 言葉すらも、間に合わず。 

 レオに伸ばした筈の手は、闇だけを掴んで空を切った。

 短く、小さい手。

 やっと届くと思ったが、どうやらそれは都合の良い幻想であったらしい。


 嗚呼、そうか。

 これは、いつもの夢だ。

 それならば、どこまでが夢だったのだろう。

 妹との再会も、全て夢だったのか。


 セミの声は。

 夢の終わりは、まだか。

 早く、夢から覚めなければ……。


 一面の闇。

 揺れる足元。

 体は何やら、ふわふわと。

 ここは夢か、現実か。


「……優美」


 吐息のように、ジークは呟いた。

 ぼんやりとした意識が更に遠退き、数歩ふらついて足が(もつ)れる。

 幼児らしい大きな頭が、ぐりんと後ろに仰け反った。

 その重さに引きずられ、体もまた後方へ――、



 ――ぽすん。



「……あ?」


 後頭部が、何かに包まれる。

 背中に当たる感触も、明らかに地面ではない。


「ぼ、ちゃ……。ぉけが、は……」

「っ!!」


 夢から覚めたように、ジークは目を見開いた。

 それでも視界は朧気だったが、よくは見えずとも分からない筈がない。


「フリード……」


 名を呼ぶと、群青色の髪と金の瞳が揺らめいた。

 どうやら自分は、フリードの膝上に着地したらしい。

 後頭部に添えられた(てのひら)からは、変わらずの過保護さが伝わってくる。


(お前の方が限界だろ……)


 顔を(しか)める。

 現実を、再認識した。

 自分1人だけならどうでも良かったが、フリードがいるなら話は別である。

 まだ、倒れる訳にはいかない。


「っ、悪い。起こしてくれ」


 フリードに背中を支えられ、なんとか上半身を起こした。

 今の自分は、その動作すらもままならないのだと歯噛みする。


「とりあえず、どこかに……」


 ふらつく足に力を込める。

 兎にも角にも、身を隠せる場所を探さなくては。

 そう思い、霞む視界を凝視した。

 左右には家屋の外壁が、比較的近い距離に並び立つ。どうやら、どこかの路地裏に転移したらしい。

 大通りのような開けた場所でなかったのは、まだ救いである。


「動けるか?」


 フリードを見遣る。

 返事の代わりか、少しだけ深い吐息が吐き出された。


「……っ、」


 壁を這うように、立ち上がるフリード。

 表情は見えず。しかし屈辱だろう。

 いや、今はそう感じる余裕すらないのだろうか。



「……」

「……」



 2人で、歩く。




「……」


「……」







「……」



「……」








「……」








 ――……。




 無言で、壁伝いに進んでいく。

 ジークは先頭に立ち、努めて周囲を警戒していたが、徐々に意識は薄れ――、


「は……」


 淡々と、機械的に、無心で足を動かした。

 小さな足である。

 重たい一歩に見合わない、短過ぎる一歩。


 そこで、ふと、気が付いた。


 大人にとっては遅すぎるであろう幼児の歩行速度。

 今は更に遅く、亀のような歩みだろう。

 にも拘わらず、何故自分はずっと先頭を歩いているのか。


「……フリード?」


 後ろを見る。

 そこにあるのは、暗闇だけ。


「っ、フリード……!」


 掠れた声を、精一杯張り上げる。

 逸る鼓動を全身で感じながら、再び闇の中へと戻っていく。



「……」






「……」





 分かれ道。

 どっちから来ただろうか。

 頭が回らない。


「落ち着け、落ち着け……」


 良くも悪くも、それ程進めていない。

 フリードとの距離は、まだそれ程離れていない。

 そう自分に言い聞かせる。



「……っ、フリード!」


 少しして、地面に転がる影を見つけた。

 やはり、大して離れてはいなかった。時間もそれ程経ってはいない。

 それでも今のジークにとっては、余りにも遠く、そして長い時間に感じられた。


「おい、大丈夫か」


 傍に寄ると、ぴちゃ、と靴裏で音がした。

 構わず地面に膝を突き、うつ伏せに倒れるフリードの肩を軽く叩く。

 反応はなし。

 自分の心臓だけが、いやに煩い。


「っ、フリード……」


 体を揺らす。

 次いで、頬に触れてみた。

 異様な冷たさと、ぬるりとした感触。

 生々しい、嗅ぎ慣れた鉄の臭い。

 一体、どれだけの血を吐いたのだろう。

 しかしジークは、その瞬間に気付くことなく、フリードを置いていってしまった。

 ……いや、或いは、フリード自身がそう仕向けたのか。


「なぁ、おい……」


 目を覚まさない。

 反応がない。

 

 ぼーっと、それを見下ろす。

 暗闇で、よく見えない視界。

 ああ、そもそも。

 目の前に倒れているこの人物は、本当にフリードだろうか。

 自分が今、起きているという実感すらも薄いのだから。

 夢か現実かの区別すら、酷く曖昧なのだ。


「……優美」


 夢の中の妹と、重なる。

 血塗れで、目を覚まさない妹の声が、いつもの如く聞こえてきた。



『――お兄、ちゃん……。どうして、私を、……殺したの?』



 殺した。


 自分の所為で、妹は死んだ。

 ならばフリードも、死ぬのだろうか。

 自分という弱者は、誰かを死なす事しか出来ないのだ。


「……ごめん。……すまない、フリード」


 涙が、ぼたぼたと。

 みっともない。

 フリードの背中に顔を埋め、声を押し殺す。


「っく、……ひっく、……独りに、しなぃでくれ……」


 ああ、最悪だ。最低だ。

 やはり自分は、自分の事ばかりだ。

 胸焼けする程の自己嫌悪。吐きそうである。



「――ぼ、ちゃ……」



 消え入るような、声が聞こえた。

 急ぎ顔を向けると、金の瞳と目が合った。


「フリード!」

「……なぜ、……もどって、」

「っ、当たり前だろ」

「すみ、ませ……。ごふっ、……少々、やすんで……ぉり、」

「いい、喋るな」

「ぼ、ちゃ……、のち、ほど、……はぁ、……合流、いたしますので、……わた、くしめは、……もぅ少し、ここで……。申し訳、ござぃ……ませ、……はぁ」

「黙れ、フリード」

「どぅぞ、弱者は……おぃて、」

「黙れって言ってんだろーがッッ!!!」


 激昂する。

 フリードの腕を肩に掛け、その上半身を持ち上げた。

 身長が足らず引きずる形ではあるが、全身に力を込めて前進する。

 火事場の馬鹿力とはこの事か。

 まだ自分に、これだけの力があったのかと驚いた。


「ぼ、ちゃ……」

「置いて、いかねぇよ!!だから、お前も!!置いていくなよっ!!俺を……ッ!!」


 ――あー、だせぇ。

 クソだせぇ。

 死ぬ程だせぇ。

 顔はぐちゃぐちゃで、涙も止まんねぇし。

 せめて後半の言葉は消しとけよ。何言ってんだよ、クソが。


 自己嫌悪。

 自己嫌悪。

 自己嫌悪。


 心底死にたいと、ジークは思った。

 置いていかないと言った傍から、真逆のことを思う自分は本当に救えない。


「……」

「……」


 沈黙が下りる。



「……」

「……」



 何歩、進んだだろう。

 このまま行っても、共倒れなのは目に見えていた。

 それでも、ジークは進む。



「ぼ、ちゃ、」

「小言は後でだ」

「……ふふっ、……いつも、お傍に、ぉりますので……」

「っ、ああ」


 むず痒くなり、顔を背ける。

 それでも、真横から感じるフリードの視線からは逃れられず。

 居心地が悪い。


「坊ちゃん」

「何だ」

「……ありがとうございました」


 やけに、はっきりとした言葉。

 嫌な予感がして、顔を向ける。


「フリード?」


 目は、合わず。

 だらりと脱力した首が、地面へと垂れ下がっていた。


「っ……!!っ、……クソがッッ!!!クソがクソが糞がッッ……!!!」


 ずるずると、引き摺り続ける。


「死ぬな!!ぜってー死ぬなッ!!傍に、いるんじゃねぇのかよッッ!!!!」


 ふらつく足元。

 転ぶが、また腕を持ち上げて、肩に担いで進んでいく。


 啜り泣く。

 またふらついて、派手に転んだ。

 立ち上がる。しかし足が(もつ)れて転倒する。

 壁に頭もぶつけ、意識も飛び掛けた。

 もうとっくに、体は言う事を聞かない。


「っ、く、……はぁ、はぁ、」


 ぶつかった壁に凭れたまま、息をする。

 転生しない方が、良かったかもしれない。

 転生しなければ、自分がいなければ、フリードもこの場で死ぬことはなかっただろう。


 唯、妹に謝りたかった。償いたかった。

 例え妹に殺されても、それで妹の気が晴れるなら自分にとっては救いである。

 しかし、それも全ては自己満足。自分勝手な妄想でしかなかった。

 実際、レオからは拒絶された。

 当たり前だろう。少し考えれば、分かる結果だ。

 レオにとって、前世の兄など会いたくない存在だろう。

 迷惑だったに違いない。


 ああ、やはり自分は。


 前世でも今世でも、

 ――生まれてこなければ良かった。



「――おい、坊主!生きてるか!?」

「っ!?」


 閉ざされかけたジークの視界が、再び覚醒する。

 声の方を見ると、灯りを手にした中年男性がこちらを見下ろしていた。

 その直ぐ後ろでは、裏口から顔を覗かせる女性の姿が。恐らく、男の妻だろう。


「……」


 逡巡する。

 殺すべきかどうか。

 魔法弾の1、2発程度なら、打てなくもない。

 しかし、殺したところでその先は……?

 騒ぎになるのは明らかであり、騎士団に見つかって終わるだけだろう。


「これは、酷いな……」


 フリードを見て、男が顔を顰めた。

 その反応からして、まだ自分達が魔族だとはバレていないようだ。

 ならば、一先ずは――。


「っ、すみ、ません……。どぅか、助けて下さい……」


 ジークは、地面に額を擦り付ける。

 溢れる涙は、そのままに。


「お願いです。おじちゃん、助けて……」


 顔を上げて、相手を見つめる。

 か弱く、幼く。

 相手の庇護欲と母性を、くすぐるように。

 前世では、そうやって媚びを売って生きてきたのだ。

 この程度の演技、どうという事はない。


「お願い、します。死にたくない。……死にたく、ない」


 これは、演技だ。

 この涙も、この言葉も、半分は計算で。


「っ、頼む。まだ、死ねない……。死ねない、けど、せめて、……フリードだけでも、助けて下さい。お願い、します……」


 あれ、あれ。

 涙が、言葉が、……止まらない。


「助けて下さい。何でもします。お願いします。俺は、死んでもいいから……!」

「分かった!分かったから落ち着け坊主!大丈夫だ!おっちゃんに任せろ、な?」

「……!」


 優しく、背中を擦られる。

 大きくて、温かな手だった。

 それから、果物と砂糖の甘い香り。

 傍で見た男の顔は、何やら見覚えがあったが思い出せず。


「もう大丈夫だ。よく分からねぇが、……大変だったな」

「っ、ありがとう、ございます……」


 再度、ジークは深く頭を下げた。

 地面が、自身の涙で濡れていくのを見つめ続ける。


「ほら、あんた。運ぶんなら早く!」

「ああ。そっちの坊主は頼んだ」

「はいよ」


 裏口から出てきた女が、「ちょっとごめんよ……って、すごい熱じゃないか!」と言いながらジークを抱き上げる。

 男はフリードを担ぎ、女の後に続いて裏口を潜った。


 それらを見届けて。

 ジークは漸く、意識を手放した――。





<参照話>

・ジーク達を助けたおっちゃん&おばちゃんの登場回。

 ――147部:『ご都合主義。』

   185部:『帝国の謀略。』


―――――――――――――――


今月中にまた更新します。

面白かったら、いいねボタンよろしくね。

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