助けて下さい。
今回はジーク&フリードsideです。
長くなったので、クロードsideはまた次回。すみません。
「かくれんぼの始まり始まり~♪」
ぱちぱちと手を叩くレオ。
ジークは急ぎ、声を上げる。
「待っ――
――て、くれよ、頼むから……」
暗転。
視界が、切り替わる。
夢の如く。
言葉すらも、間に合わず。
レオに伸ばした筈の手は、闇だけを掴んで空を切った。
短く、小さい手。
やっと届くと思ったが、どうやらそれは都合の良い幻想であったらしい。
嗚呼、そうか。
これは、いつもの夢だ。
それならば、どこまでが夢だったのだろう。
妹との再会も、全て夢だったのか。
セミの声は。
夢の終わりは、まだか。
早く、夢から覚めなければ……。
一面の闇。
揺れる足元。
体は何やら、ふわふわと。
ここは夢か、現実か。
「……優美」
吐息のように、ジークは呟いた。
ぼんやりとした意識が更に遠退き、数歩ふらついて足が縺れる。
幼児らしい大きな頭が、ぐりんと後ろに仰け反った。
その重さに引きずられ、体もまた後方へ――、
――ぽすん。
「……あ?」
後頭部が、何かに包まれる。
背中に当たる感触も、明らかに地面ではない。
「ぼ、ちゃ……。ぉけが、は……」
「っ!!」
夢から覚めたように、ジークは目を見開いた。
それでも視界は朧気だったが、よくは見えずとも分からない筈がない。
「フリード……」
名を呼ぶと、群青色の髪と金の瞳が揺らめいた。
どうやら自分は、フリードの膝上に着地したらしい。
後頭部に添えられた掌からは、変わらずの過保護さが伝わってくる。
(お前の方が限界だろ……)
顔を顰める。
現実を、再認識した。
自分1人だけならどうでも良かったが、フリードがいるなら話は別である。
まだ、倒れる訳にはいかない。
「っ、悪い。起こしてくれ」
フリードに背中を支えられ、なんとか上半身を起こした。
今の自分は、その動作すらもままならないのだと歯噛みする。
「とりあえず、どこかに……」
ふらつく足に力を込める。
兎にも角にも、身を隠せる場所を探さなくては。
そう思い、霞む視界を凝視した。
左右には家屋の外壁が、比較的近い距離に並び立つ。どうやら、どこかの路地裏に転移したらしい。
大通りのような開けた場所でなかったのは、まだ救いである。
「動けるか?」
フリードを見遣る。
返事の代わりか、少しだけ深い吐息が吐き出された。
「……っ、」
壁を這うように、立ち上がるフリード。
表情は見えず。しかし屈辱だろう。
いや、今はそう感じる余裕すらないのだろうか。
「……」
「……」
2人で、歩く。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
――……。
無言で、壁伝いに進んでいく。
ジークは先頭に立ち、努めて周囲を警戒していたが、徐々に意識は薄れ――、
「は……」
淡々と、機械的に、無心で足を動かした。
小さな足である。
重たい一歩に見合わない、短過ぎる一歩。
そこで、ふと、気が付いた。
大人にとっては遅すぎるであろう幼児の歩行速度。
今は更に遅く、亀のような歩みだろう。
にも拘わらず、何故自分はずっと先頭を歩いているのか。
「……フリード?」
後ろを見る。
そこにあるのは、暗闇だけ。
「っ、フリード……!」
掠れた声を、精一杯張り上げる。
逸る鼓動を全身で感じながら、再び闇の中へと戻っていく。
「……」
「……」
分かれ道。
どっちから来ただろうか。
頭が回らない。
「落ち着け、落ち着け……」
良くも悪くも、それ程進めていない。
フリードとの距離は、まだそれ程離れていない。
そう自分に言い聞かせる。
「……っ、フリード!」
少しして、地面に転がる影を見つけた。
やはり、大して離れてはいなかった。時間もそれ程経ってはいない。
それでも今のジークにとっては、余りにも遠く、そして長い時間に感じられた。
「おい、大丈夫か」
傍に寄ると、ぴちゃ、と靴裏で音がした。
構わず地面に膝を突き、うつ伏せに倒れるフリードの肩を軽く叩く。
反応はなし。
自分の心臓だけが、いやに煩い。
「っ、フリード……」
体を揺らす。
次いで、頬に触れてみた。
異様な冷たさと、ぬるりとした感触。
生々しい、嗅ぎ慣れた鉄の臭い。
一体、どれだけの血を吐いたのだろう。
しかしジークは、その瞬間に気付くことなく、フリードを置いていってしまった。
……いや、或いは、フリード自身がそう仕向けたのか。
「なぁ、おい……」
目を覚まさない。
反応がない。
ぼーっと、それを見下ろす。
暗闇で、よく見えない視界。
ああ、そもそも。
目の前に倒れているこの人物は、本当にフリードだろうか。
自分が今、起きているという実感すらも薄いのだから。
夢か現実かの区別すら、酷く曖昧なのだ。
「……優美」
夢の中の妹と、重なる。
血塗れで、目を覚まさない妹の声が、いつもの如く聞こえてきた。
『――お兄、ちゃん……。どうして、私を、……殺したの?』
殺した。
自分の所為で、妹は死んだ。
ならばフリードも、死ぬのだろうか。
自分という弱者は、誰かを死なす事しか出来ないのだ。
「……ごめん。……すまない、フリード」
涙が、ぼたぼたと。
みっともない。
フリードの背中に顔を埋め、声を押し殺す。
「っく、……ひっく、……独りに、しなぃでくれ……」
ああ、最悪だ。最低だ。
やはり自分は、自分の事ばかりだ。
胸焼けする程の自己嫌悪。吐きそうである。
「――ぼ、ちゃ……」
消え入るような、声が聞こえた。
急ぎ顔を向けると、金の瞳と目が合った。
「フリード!」
「……なぜ、……もどって、」
「っ、当たり前だろ」
「すみ、ませ……。ごふっ、……少々、やすんで……ぉり、」
「いい、喋るな」
「ぼ、ちゃ……、のち、ほど、……はぁ、……合流、いたしますので、……わた、くしめは、……もぅ少し、ここで……。申し訳、ござぃ……ませ、……はぁ」
「黙れ、フリード」
「どぅぞ、弱者は……おぃて、」
「黙れって言ってんだろーがッッ!!!」
激昂する。
フリードの腕を肩に掛け、その上半身を持ち上げた。
身長が足らず引きずる形ではあるが、全身に力を込めて前進する。
火事場の馬鹿力とはこの事か。
まだ自分に、これだけの力があったのかと驚いた。
「ぼ、ちゃ……」
「置いて、いかねぇよ!!だから、お前も!!置いていくなよっ!!俺を……ッ!!」
――あー、だせぇ。
クソだせぇ。
死ぬ程だせぇ。
顔はぐちゃぐちゃで、涙も止まんねぇし。
せめて後半の言葉は消しとけよ。何言ってんだよ、クソが。
自己嫌悪。
自己嫌悪。
自己嫌悪。
心底死にたいと、ジークは思った。
置いていかないと言った傍から、真逆のことを思う自分は本当に救えない。
「……」
「……」
沈黙が下りる。
「……」
「……」
何歩、進んだだろう。
このまま行っても、共倒れなのは目に見えていた。
それでも、ジークは進む。
「ぼ、ちゃ、」
「小言は後でだ」
「……ふふっ、……いつも、お傍に、ぉりますので……」
「っ、ああ」
むず痒くなり、顔を背ける。
それでも、真横から感じるフリードの視線からは逃れられず。
居心地が悪い。
「坊ちゃん」
「何だ」
「……ありがとうございました」
やけに、はっきりとした言葉。
嫌な予感がして、顔を向ける。
「フリード?」
目は、合わず。
だらりと脱力した首が、地面へと垂れ下がっていた。
「っ……!!っ、……クソがッッ!!!クソがクソが糞がッッ……!!!」
ずるずると、引き摺り続ける。
「死ぬな!!ぜってー死ぬなッ!!傍に、いるんじゃねぇのかよッッ!!!!」
ふらつく足元。
転ぶが、また腕を持ち上げて、肩に担いで進んでいく。
啜り泣く。
またふらついて、派手に転んだ。
立ち上がる。しかし足が縺れて転倒する。
壁に頭もぶつけ、意識も飛び掛けた。
もうとっくに、体は言う事を聞かない。
「っ、く、……はぁ、はぁ、」
ぶつかった壁に凭れたまま、息をする。
転生しない方が、良かったかもしれない。
転生しなければ、自分がいなければ、フリードもこの場で死ぬことはなかっただろう。
唯、妹に謝りたかった。償いたかった。
例え妹に殺されても、それで妹の気が晴れるなら自分にとっては救いである。
しかし、それも全ては自己満足。自分勝手な妄想でしかなかった。
実際、レオからは拒絶された。
当たり前だろう。少し考えれば、分かる結果だ。
レオにとって、前世の兄など会いたくない存在だろう。
迷惑だったに違いない。
ああ、やはり自分は。
前世でも今世でも、
――生まれてこなければ良かった。
「――おい、坊主!生きてるか!?」
「っ!?」
閉ざされかけたジークの視界が、再び覚醒する。
声の方を見ると、灯りを手にした中年男性がこちらを見下ろしていた。
その直ぐ後ろでは、裏口から顔を覗かせる女性の姿が。恐らく、男の妻だろう。
「……」
逡巡する。
殺すべきかどうか。
魔法弾の1、2発程度なら、打てなくもない。
しかし、殺したところでその先は……?
騒ぎになるのは明らかであり、騎士団に見つかって終わるだけだろう。
「これは、酷いな……」
フリードを見て、男が顔を顰めた。
その反応からして、まだ自分達が魔族だとはバレていないようだ。
ならば、一先ずは――。
「っ、すみ、ません……。どぅか、助けて下さい……」
ジークは、地面に額を擦り付ける。
溢れる涙は、そのままに。
「お願いです。おじちゃん、助けて……」
顔を上げて、相手を見つめる。
か弱く、幼く。
相手の庇護欲と母性を、くすぐるように。
前世では、そうやって媚びを売って生きてきたのだ。
この程度の演技、どうという事はない。
「お願い、します。死にたくない。……死にたく、ない」
これは、演技だ。
この涙も、この言葉も、半分は計算で。
「っ、頼む。まだ、死ねない……。死ねない、けど、せめて、……フリードだけでも、助けて下さい。お願い、します……」
あれ、あれ。
涙が、言葉が、……止まらない。
「助けて下さい。何でもします。お願いします。俺は、死んでもいいから……!」
「分かった!分かったから落ち着け坊主!大丈夫だ!おっちゃんに任せろ、な?」
「……!」
優しく、背中を擦られる。
大きくて、温かな手だった。
それから、果物と砂糖の甘い香り。
傍で見た男の顔は、何やら見覚えがあったが思い出せず。
「もう大丈夫だ。よく分からねぇが、……大変だったな」
「っ、ありがとう、ございます……」
再度、ジークは深く頭を下げた。
地面が、自身の涙で濡れていくのを見つめ続ける。
「ほら、あんた。運ぶんなら早く!」
「ああ。そっちの坊主は頼んだ」
「はいよ」
裏口から出てきた女が、「ちょっとごめんよ……って、すごい熱じゃないか!」と言いながらジークを抱き上げる。
男はフリードを担ぎ、女の後に続いて裏口を潜った。
それらを見届けて。
ジークは漸く、意識を手放した――。
<参照話>
・ジーク達を助けたおっちゃん&おばちゃんの登場回。
――147部:『ご都合主義。』
185部:『帝国の謀略。』
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今月中にまた更新します。
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