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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
210/217

生きてて何よりだ♡

お待たせしてすみません。

ここからは3章終盤、エピローグ的な話が続きます。もう少々お付き合いください。


今回は騎士団sideです。

 皆が皆、レオが消えた一点を見つめていた。

 災厄が、過ぎ去ったと言うべきか。

 未だ空気は恐慌し、静かに震えているようだった。


「――っ、マリウス殿!!殿下の、処置を!!」


 呼吸荒く、アロイスが叫んだ。

 自身よりも先ず、皇族であるクラウディアの治療が急がれる。


「よい。私は無事だ。貴様が腕をくっつけろ」

「何を言って、」


 淡々とした口調で、剣を鞘に収めるクラウディア。

 その動作を目にして、アロイスは瞠目する。


「……何故、腕が」


 一瞬、理解が追い付かず。

 何故、剣を鞘に収めることが出来るのかと。

 クラウディアの両腕は、自分と同じく確かに欠損していた――筈である。


「リカルド、出てこい。よくやった」


 疑問への答えとして、クラウディアは呟くようにその名を呼んだ。

 そこで(ようや)く、アロイスは彼の存在を思いだし、言葉を失う。

 リカルド・フェッセル少佐。――本来なら、クラウディアの傍に控えているべき人物だが、アロイスが再び合流した時には姿がなかったように思う。


「……はっ。……貴殿が、ご無事で……何よりです」


 玄関口の方向より。

 力なくも掠れた声が、夜風に乗って耳へと届く。

 見ると、そこには壁に凭れて座り込むリカルドの姿が。

 何故かその両腕はアロイスと同じく欠損しており、床へと転がっていた。


「くくっ。……不満か?」


 クラウディアの問いかけに、リカルドは口元を緩ませて目を瞑る。

 その表情を見て、クラウディアは「そうか」と笑いを零した。


「……はぁ。どちらにせよ、急患は2名か。ルイーゼは彼の処置を頼むよ。止血だけでいい。直に治療班も来るだろう」

「畏まりました」


 二手に分かれ、治療に当たるマリウスとルイーゼ。

 幸い腕の切断面は綺麗なもので、傷口を塞いでいない今ならば接合することは容易である。

 それでも上位の回復魔法にはなるが、神位魔法の域である再生魔法と比べれば、扱える者は数多い。マリウスはもちろん、騎士団の治療班にも何名かいるだろう。


「ぐっ、……殿下、っ、これはどういう……いや、先ずは事態の把握か」


 止血の為、傷口を縛られる痛みに耐えながら、アロイスは動ける騎士達へと指示を出した。

 その後、床に寝かされたエリザを流し見る。

 本当なら、直ぐにでも駆け寄りたかったのだ。

 右手足を失った彼女を見て、アロイスが一体どれだけの感情を抑えていたか、本人以外には分かるまい。


「一先ずの危機は脱していますが、……見に行かれますか?」


 仮の止血が済んだところで、マリウスがその心情を汲む。

 アロイスは「ああ」とだけ返し、歩を進めた。もう限界であった。


「……エリザ」


 血の気のない顔。

 生きているのか不安になり、アロイスは膝を突いて手を伸ばす――がしかし、それが出来ない事を思い出して歯噛みした。

 せめて呼吸を確かめようと、口元へと顔を近づける。


「……っ、」


 弱々しい吐息が、肌に触れた。

 それを感じ、アロイスは唇を引き結ぶ。

 ああ、分かっていた。分かりきっていたのだと。

 自分の婚約者は、この程度で死にはしないのだと。

 そう自身に言い聞かせ、滲む視界を振り払った。


「くくっ。その顔、部下共には見せられんな」


 細かい指揮と対応に当たっていたクラウディアが、アロイスへと言葉を落とす。

 腰を下ろし、腕のないアロイスに代わってエリザの頬を撫でた。


「羨ましかろう?」

「……マリウス殿、早く腕を」

「分かったので、急かさないで下さい」


 クラウディアの煽りを受け、アロイスの声色が一音下がる。

 落ちた両腕を持って、治療の続きをしようとしていたマリウスにとっては、とんだとばっちりである。


「それで、殿下。話の続きですが――、」

「ああ。事後処理に追われる前に、その説明をしにきてやった」


 慈愛に満ちた表情でエリザを見つめ、その髪を撫でるクラウディア。

 次いで、玄関口の方へと顔を向け、治療を受けているリカルドへと視線を飛ばす。


「貴様も勘付いていると思うが。アレの負傷は、元は私のだ」

「その仕組みが分からないのですが」

「見ての通り、傷を移した。……いや、正確には、私の体験した2秒間がリカルドに移った。魔法を発動した直近の2秒しか移せぬ故、扱い辛いのが難点であるな」

「仰っている意味がよく……。時間を移すなど、聞いたことがありません」

「ファミィ殿の試作だと言えば分かるか?」

「っ、いや、それでも、」


 “有り得ない”と言いかけて、アロイスは口を噤んだ。

 バルダット帝国の宮廷魔導士長、ファミィ・ファミィ。――次代の大賢者候補として名が上がる人物である。

 故に彼女ならば、常人が考えつかない魔法理論さえ構築し得る。


「私もよくは分からぬが、どうやら精神魔法である“リンク”と、空間魔法である“転移”、それらの術式を一部用いているらしい。媒体は、砕いた転移石。私が負傷した瞬間、リカルドが魔法を発動し、直近の2秒間を自身に移した」

「……ですが、それだと矛盾が。殿下の負傷時間は、明らかに2秒を超えていました」

「ああ、それは幻影であるな。リカルドが精神魔法に長けているのは、貴様も知っていよう?クソ真面目な癖に、戦い方は陰湿なのだから笑えるわ」


 クラウディアが「くくくっ」と笑い零す一方で、アロイスの表情は強張っていた。

 驚くべき、リカルドの忠誠心。

 たった2秒。それでも、2秒もあれば人は迷う。身代わりになる事を、躊躇してしまってもおかしくはない筈。

 そして僅かでも時間が過ぎてしまえば、恐らく魔法を発動させたところで、無駄な自滅が待っているだけだろう。クラウディアの両腕は欠損したまま、リカルドもまた同様の傷を負うのである。

 しかし今回、リカルドは見事に身代わりとしての任を全うしきった。

 更に言えば、両腕を欠損した激痛に耐えながらも、幻影魔法を維持し続けた精神力。正に、常軌を逸していると言える。

 負傷した際は、流血を抑える為に自己治癒力を強化するのが常であるが、リカルドはそれすら捨てて魔法に徹した。


(これは、認識を改めねばな……)


 同じ帝国軍とはいえ、騎士団と兵団とでは関わる機会が少ない。

 それ故に知り得なかったが、これほど使える(・・・)人物は希少だろう。

 クラウディアが傍に置くのも頷ける。


「――それで、僕がいる場で話したのは何故でしょうか?」


 アロイスの右腕を接合し終えて、マリウスは疲労の吐息を零しながら問いを投げた。

 あまり外部には知られたくない筈の話を、帝国民でもないマリウスに聞かせた理由。

 何かに巻き込むつもりだろうと、嫌でも気付く他ない。


「察しがいいな。流石はマリウス殿」


 わざとらしい笑みを浮かべるクラウディア。

 しかしながら、事態は慌ただしく動き、会話の中断を余儀なくされる。



「ピエェェェェエエエエエエエエッッッッ!!!!!ピエェェェエエエエエエエエエエエエッッッッ!!!!!」



 けたたましい声が、邸を揺らした。

 それは人というより、動物や魔物が発するような鳴き声に近い。

 反射的に耳を抑え、何が起こったのかと皆がそれを見たが、しかしその疑問は解消されず。

 唯々、困惑が深まるばかりであった。


「バジル殿……?」


 アロイスが呟く。

 そこにいたのは、床に座り込んだまま首を仰け反らせ、叫び続けるバジルの姿。

 声を聞いたことはなかったが、まさか人外染みた鳴き声だったとは。いや、そもそもアレ(・・)は、本当に人なのかどうか……。


「チッ。勇者の仲間だと、殺す訳にもいかぬよなぁ」


 煩わしそうに、クラウディアが舌を鳴らす。

 立ち上がり、「もう一度寝ておけ」と剣に手を掛けた。


 その時である。



「――落ち着け、バジル。落ち着け……」


 (ほど)けた黄金色の長髪が、ふわりと揺れる。

 囁くような疲労の滲んだ声色と共に、場に転移してきた人物――勇者ピエールの仲間、アラム。


「ピ、」


 仲間の姿を確認してか、バジルの鳴き声が止んだ。

 かと思えば、


「アアアアアアアアアアアアアッッ!!!!アアアアアアアアアアアッッ!!!!!」


 鳴き声が変わる。

 アラムは溜息を零しながら歩を進めると、取れていたバジルのフードを目深に被らせた。


「ああ、俺だ。アラムだ。だから落ち着け」

「ピエエエェェェェエエエエエエエッッ!!!!!!」

「ピエールじゃなくて悪かったな。……あー、なるほど。お前、」


 言いかけて、アラムは思案気に口を噤む。

 バジルの中身が今は“シェリー”になっている事に気付いたが、この場で出す情報でもないだろう。


「大丈夫だ。ピエールも無事だろうから、一先ず落ち着いてくれ」


「どうどう……」と、馬を宥めるような扱いでバジルの背を擦るアラム。

 そこで漸く、とある異変に気付いた。


「ん?お前、下はどうした?」


 バジルの脚が剥き出しになっているのを見て、アラムは首を傾げる。

 巻かれた包帯も緩んでおり、素肌も一部見えていた。


「ッ!?!?ンア゛ァァァァアアアアアアアアアア゛ア゛ッッッ!!!!」

「待て、分かった。落ち着け、落ち着け」


 恥じらうようにマントを閉じ、絶叫するバジル。声は兎も角、動作だけであれば乙女だろう。

 急ぎ、アラムは自身の上着をバジルの脚に掛けると、その素肌を隠した。

 遠目からでは分かりにくいが、まるで陶磁器のような美しすぎる(・・・・・)肌である。


「アラム殿!奥の広間に落ちていたのですが、もしかしてコレでしょうか」


 事態を把握した騎士が、ばたばたと駆け足でやってくる。

 目の前に差し出されたのは、ズボンと、……下着。

 それらを見て、バジルは自身の股間に触れると、「ギィィィィイイイイイイイイイイッッ!!!!」とまたもや絶叫する。


「パンツもだったか」


 ――スパンッッ!!!

 呟くアラムの頬に、バジルの平手打ちが。フルスイング。


「っ、男物だろうが。……いや、悪かった。俺が悪かったから落ち着け!」


 二発目を打とうとするバジルに、アラムは声を荒げながら両手を(かざ)した。

 一時停止。

 数秒見つめ合った末、結局はポカポカと殴られる……が、ある人物の登場により、その手は直ぐに止むのであった。


「あっはぁ♡2人とも楽しそうだねぇ?」


 よく知った声が、階段上より落ちてくる。

 場の全員が顔を上げ、揺らめくワインレッドのそれを見た。


「ピエェェェェエエエエエエエエエエエッッ!!!!!」

「うん、ピエールだよ♡みんなお疲れ~」


 階段を降りながら、ピエールは笑顔で手を振った。

 仲間達の許へと、軽快な靴音を鳴らして歩く様は、多くの余力を感じさせる。

 そして皆が皆、“流石は勇者だ”と思うのだ。

 胸に湧くは、絶対的な安堵と希望。


 ――だった筈である。

 ピエールの、欠損した右腕を見るまでは。


「……ピエール殿、上の状況は如何であったか」


 場の疑問を汲むように、クラウディアが尋ねた。

 ピエールの足が、止まる。

 しかし表情は、変わらずの笑顔。


 されど、ゆっくり吐かれた言葉は――、



「――完敗だねぇ♡」



 皆の顔が強張り、或いは落胆する様を視界に捉えながら、ピエールは再び歩を進める。


「ピエール……」


 労わるように、アラムが呟く。

 この場に、ピエールが徒歩で来た意味を、仲間達だけが理解していた。

 恐らく、転移の1回も使えない程に、ピエールの魔力は尽きているのだろう。

 平静を装っているだけで、疲労と衰弱は凄まじいに違いないのだ。


「ピ、ピ……」

「よしよし。君も大変だったねぇ?」


 ピエールは膝を突いてバジルの頭を撫でると、小声で「シェリー」と甘く囁く。

 それから、仲間の顔を交互に見ると、


「生きてて何よりだ♡」


 眉尻を垂らし、優しく笑った。





次回はジーク&フリードsideと、クロードsideです。


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