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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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何が出来るかな。

 ベタベタの顔を綺麗にしようと、エルへとスーちゃんを近付けたら、何故か全力で拒否された。

 「溶かされるっ!絶対溶かされるっ!」と、それはもう凄まじい拒否具合であった。

 そんなこと、良い子のスーちゃんがする訳なかろうに。多分。

 スーちゃんにズルリと纏わりつかれたエルの顔面を見てみたかったが、仕方ない。

 ……いや、何でもない。


 ベタベタなままでいる訳にもいかないので、少し早いが風呂に入ろうと、エルと一緒にカーティス家自慢の大浴場にやって来た。

 カポーン。

 いい湯である。

 絨毯の掃除に大活躍だったスーちゃんも、もちろん一緒だ。

 頭の上に乗せるとひんやりとしていて、これがまた気持ちいいのだ。

 水にも浮くので、スーちゃんを抱きしめれば一緒にぷかぷか浮いて遊ぶことも可能である。

 なんて有能な子だろうか、スーちゃんは。

 一家に1スーちゃん、必須。

 

「……それで、レオ。夢の再現って、どこまでするつもりなの?」


 醜態を晒した後という事もあってか、気まずさを誤魔化す様に、態と気丈さを張り付けて頑張るエル。

 ガン見すると、目線が逸れて泳ぎ出す。

 ……張りぼてだな。


「もう落ち着いた?」

「うるさい」


 エルは羞恥心と不機嫌さが混ざった顔で、そっぽを向いた。


「ふふふ。……そうだねぇ。出来るとこまで、かな。楽しい実験の時間だね」

「……貴方って、何者なの?怪我もすぐ治っちゃうし」

「人間だよ?多分ね」


 まぁ、人間離れしすぎている様にも感じるけど、魔法なんかが飛び交う世界だ。

 動物の様な人間もいるし、手の平サイズの人間だっている。

 人間離れした人間だらけの世界なのだ。

 私の様な者がいてもおかしくはないだろう。

 そう思って、小さく笑んでエルを見た。

 エルは目を瞬いて、少しの間を開けた後、伏し目がちに呟いた。


「……まぁ、レオが何であれ、私はレオと一緒にいるけどね。じゃないと、死ぬしかないもの」


 エルは立ち上がり、湯船から出る。

 その身体には、いくつもの傷が。

 肩、腹、腕、脚。

 刺し傷に切り傷、深く抉ったような引っ掻き傷、噛み千切る様に噛んだのであろう噛み跡まで、実に様々な傷跡が見受けられた。

 よくもまぁ、ここまで痛めつけれたものだ。

 自傷行為に走るたびに、拘束されたのだろう。

 その甲斐あって、どれも致命傷に至る様な傷は見られない。

 いやー、奴隷商の人達も大変だね!

 エルフの奴隷って高価らしいし、特にエルはダークエルフの血も混じった混血だ。

 希少価値は更に高かったのではないだろうか。

 そんな商品に死なれちゃ赤字もいいところ。

 でもまぁ、拘束する手間やら医療費やらがかかる全身傷だらけの奴隷なんて、不良品でしかない。

 金が掛かった割に処分しなければならなくなった奴隷商の気持ちを思うと、涙が零れそうである。零れないが。

 私はぷかぷかとスーちゃんと湯船に浮きながら、風呂場を出ていくエルを見送ったのだった。

 ……あ、こけた。

 風呂場は滑りやすいので、気を付けましょう。




 顔合わせの夕食会以来、食事は多い方が楽しいからと、父様の意向でエルとスーちゃんもカーティス家の食卓に同席している。

 最初は畏れ多いと拒否っていたエルだったが、今ではすっかり馴染んだ様子だ。

 私はといえば、日に日に食事の量が増えている。

 狂気が溜まってきた時は更に酷い。

 まじ、この量がどこに入っていくのか謎なのだが。

 空腹という訳ではないので、人並みの量で我慢することも出来るが、満たされないモヤッと感でつい食べてしまう。

 近い将来デブりそうである。



 ――そして今は自室にて。

 早くも消灯し、暗闇の中でマントと仮面を装着した怪しい人影が二つ。

 私とエルである。


「さて、行くか」

「……この恰好、逆に目立たない?」

「正体がバレるよりいい。エルも滅多な事では紋章は見せては駄目だよ?」

「分かってるわ。剣だって、紋章なしのものよ」


 エルはネックレスとして首にかけた指輪を、襟首の中に仕舞い込んだ。

 腰に下げられた紋章なしの短剣と長剣は、隠密行動の際に使うようにと、父様に渡されたらしい。

 抜かりのない人である。


「手を」


 スーちゃんを抱いていない方の手をエルに差し出し、繋ぐように促す。

 エルは緊張した面持ちで、私の手をとった。


「だ、大丈夫なのよね?影に潜るだなんて……」

「スーちゃんとは潜れたから、多分大丈夫だよ。そんじゃ、可能な限り遠くへ、レッツゴォ☆」

「ちょ、まだ心の――」



「――準備が!!……って、あれ?」


 着きました。

 エルが話してる間に潜って、言い終わる間もなく到着です。

 ふむ。影に潜っての移動……、言い辛いので仮に影移動と呼んでおこうか。影移動での移動時間は、やはりほぼ瞬間移動といってもいい程に掛かっていない。

 便利である。まだ不明な点は多いが。


「え、え!?いつの間に!?」

「何か違和感とかはあったかい?瞬きするぐらいの間だけ、目の前が暗くなったかと思うんだけど」

「ぜ、全然気づかなかった……。落ちる様な感覚すらなかったわ」

「なら良かった。まぁ、最速で潜ってみたからというのもあるけどね」


 うん。エルにも異常はないみたいだし、誰かと潜っても問題はないみたいだね。

 スーちゃんも元気そうだし。

 私はぷるぷると震えているスーちゃんを、感情のままに抱きしめた。

 はぁ。落ち着く。


「……それで、ここはどこなの?」

「さぁ?」


 着いた場所は、荒野。

 出来るだけ遠くへと念じながら潜ってみたら、ここに出た。

 だから場所までは知らん。


「も、戻れるのよね?」

「夢では、行きたい場所を思い浮かべれば邸に戻れたし、多分大丈夫だろう」


 不安そうに、私をジト目してくるエル。

 失礼だな。多分大丈夫だと言っているだろうが。

 私が多分大丈夫だと言うんだから、多分大丈夫なんだよ。多分!


「とりあえず、何か見えるかい?エルフって視力がいいんだろう?」

「ええ。弓に長けた種族なだけあって、目はいいわよ。夜目もある程度は利くしね」


 エルはキョロキョロと目を細めながら周囲を見渡した。


「……あっちの、岩山の更に向こう。僅かに灯りが見えるわ。結構遠いけど」

「岩山の向こうなのに見えるのか?」

「あそこに、人が通れる程の大きな切れ目があるのよ。通路になってるわ。そこから向こう側が見えるの」

「まじか」


 エルの指さす方向に視線を向け、目を凝らしてみる。

 岩山に開く、通路の様な切れ目は見えるが、流石にその先までは視認できなかった。

 でも、1つ気付いたことが。

 エル程かは分からないが、私も夜目が利くらしい。

 目に意識を向けていたら、暗闇だというのに色んなものがはっきりと見えるようになった。

 数メートル先に転がる石ころまで鮮明に見える。すごい。

 聴覚と嗅覚はどうだろう。

 そう思って、耳と鼻に意識を集中させてみた。

 すると、何か凄かった。


「……うん。私には見えないけれど、結構大きな街があるね」

「え?見えないのに、どうして分かるの?」

「今気づいたんだけど、どうやら私は鼻と耳が良いらしい」

「……岩山もあるし、距離もあるのよ?」


 エルは怪訝そうな視線で私を再度ジト目。

 まぁ、言いたいことは分かる。

 でも出来ちゃったもんは仕方ない。

 まずは嗅覚。

 風下だった事もあり、岩山に開く切れ目から、人間独特の体臭が風と共に吹き抜けてくるのを鼻が感じ取った。

 食べ物や植物の匂いなんかも嗅ぎ分けられるが、これは何故か、生き物の匂いに対して強く反応するらしい。

 生き物の汗臭さや息の臭いなんかが鼻に纏わりついて、若干不快である。

 そして聴覚。

 これは何というか、……マジ凄かった。

 普段聞こえている音とはまた違った音。

 音波とでも言うのだろうか。

 空気、というより、暗闇を振動して伝わってくる様な不思議な感覚。

 多くの人の話し声や、生き物の足音に息遣い、草木が揺れる音までもが、闇から影からと聴神経を刺激してくる。

 なので、岩の陰に隠れながら、こちらにゆっくりと近付いて来るそこの君。はい、バレバレです。


「ぐ、ぎゃ……!」


 パンっという、風船が割れる様な音が、耳に届いた。

 こっちに来なければ殺さなかったのに。お馬鹿さんめ。


「……?さっき、何か聞こえた?」

「魔物が来るから、気を付けてね?」

「え……」


 血の匂いに反応して、少し離れた場所にいた魔物達が移動を始める。

 お。魔物二体が、さっそく私とエルの存在に気付いた。


「ゴブリンって、ゴキブリみたいだね。どこにでもいる」

「気持ち悪い事言わないで?」


 同じG同士だ。

 もしかしたら、ゴキブリの進化系がゴブリンなのかもしれない。

 ……冗談です。

 自分で言っといて気持ち悪くなってきた。

 もうゴブリンを貪れなくなれそうなので、これ以上は止めておこう。


「エルは手出さないでね」

「……危ないと思ったら、勝手に援護するから」

「うん。多分大丈夫だと思うけどね?」

「また多分なのね」


 私は、走り寄ってくる一匹のゴブリンを無表情に見つめた。

 そして、殺す。

 口、鼻、耳、目。身体の至る所から血が流れ出て、そのゴブリンは事切れた。

 成功である。

 そして、もう一匹のゴブリンは、首を切断して殺した。

 またもや成功である。


「ど、どど、どうやったの!?詠唱も、動作も、何もなかったわよね!?」

「何か、血を操れるみたいでね?血流を逆にしてみたり、体内で血を暴れさせてみたり、血を刃物みたいに変形させてみたり、……うん、何か色々出来るみたいなんだ」

「ぐぎゃ……!」


 走り寄って来た三匹目のゴブリンを破裂。

 四匹目のゴブリンには血の銃弾を浴びせ、五匹目のゴブリンには体内から突き出る血の刃で串刺しに。

 ああ、何だか楽しくなってきちゃったなぁ……。


「く、くふふ。……くふふふ!」

「……移動しましょう、レオ」

「ふふ、ふ、ふふふ!……そうだねぇ」


 笑みを浮かべながらエルの手を取って、影に潜った。

 これ以上は限界だ。

 暴走すれば、恐らくエルまで殺してしまう。

 パンッて、風船みたいに。……風船、みたいに。


「く、ふふふ!」


 岩山の向こうの街。人の気配がない路地裏へと着いて早々、私は再び笑い声を零した。

 あー、駄目だわコレ。

 何にでも楽しく思えてくる。

 箸が転んでもおかしい年頃、ってやつですかねぇ?

 ……違うか。


「ちょっと、大丈夫?抑えられそう?」

「ふふ。……うん、大丈夫だよ。でもちょっと、エルはここで待ってて?すぐ戻るから」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 その場にエルを放置して、私はまた影へと潜って先程の場所へと戻っていった。

 このままでは、無差別に人間を殺しかねない。

 見知らぬ土地に女の子を一人残していく事に不安は残るが、きっと大丈夫だろう。

 エルは強い子である。



「――さて。……お待たせ?」


 目の前には、涎を垂らしながらこちらを見遣る魔物の群れ。

 私は一度、上品な笑みを浮かべた後、狂気が止むまで殺戮を繰り返したのだった。


「きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」



 ――割愛。

 気付けば、周りは血の海。

 自分に纏わりついた血を浮かび上がらせて綺麗にする。

 ……はぁ。疲れた。

 それに眠い。瞼が重く、磁石の様に目が閉じそうだ。

 幼児にこの夜更かしは中々キツイ。


「ふあぁ……」


 私は目を擦りながら、大きく欠伸をした。

 思考も朧で、意識が途絶えそうだ。

 ……うん、寝よう。

 私は影移動で邸の自室に戻ると、ベッドにのそのそと潜り込む。

 そしていつもの様にスーちゃんを抱き枕にし、そのまま瞼を閉じた。

 ほら。私の言った通り、ちゃんと邸に戻れただろう?

 むにゃむにゃと夢へと落ちながら、最後にふふんっと鼻で笑った後、私の意識は沈んでいった。

 何か忘れてるような気がしたが、きっと気のせ……Zzz。


その頃、エルは膝を抱えてすすり泣いていた。

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