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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
209/217

さよぅなら。

「――ぉじょ、ぅ」

「あ、生きてる。ごめん、死んだと思ったわ」


 顔を覗いてたら、クロが急に目を開けたのでちょっとビックリした。

 流石は喰種。腹が裂けたくらいじゃ死なないか。

 ポアも危なかったね。もう少し下の位置で抱えられてたら、ポアの足も切断されてたと思う。

 まぁ、その程度だったら直ぐにくっつけれるけど。


「っ、これ、取って……、ごふっ!」


 腹部に刺さった飛来物を、視線で指すクロ。

 それは三日月のような形をしており、クロの血で動きを封じられながらも微動し続けていた。


「へぇ。……魔力で作られてるんだね。面倒だし、取るより破壊しちゃおうか」


 クロの血を操作して、飛来物を砕く。

 割と硬かった。結構な魔力を込めてたらしい。

 マナに還っていくそれを見届けて、「んー……」と思案気に首を仰け反らせる。


「なるほどなぁ。ジークに斬りかかった、あの時(・・・)か」


 アロイスを見遣ると、直ぐに鋭い視線とかち合った。

 さっきから殺気立っちゃって、怖いなぁ。初対面なのに良い印象ないよ?

 アリエルに牽制されて、余計にイライラが募ってるんだろうなぁ。


「ふ……っ!」


 先程と同じ三日月の飛来物が、アロイスの剣より放たれる。

 剣が振られ、アリエルが避けて空振る度にそれは増えていくようだった。

 という訳で、はい。――飛来物の正体は斬撃でした~ってね?

 私を殺しそびれて技もバレちゃったし、もう隠す気ゼロっぽい。いいねいいね。じゃんじゃん使いなよ。


 幾本もの斬撃が、速度を増して私の方へ。

 動きはバラバラ。一直線に向かってくるものもあれば、読めない動きで飛び交うものも。なるほど、操作性は素晴らしいね。

 私如きの動体視力、反射神経では、その全てを真面(まとも)に相手するのは無理かな。

 防壁で防ぐのもアリだけど、それだとちょっと地味じゃない?私だって暴力は振るいたいお年頃。なので力技。数の暴力。

 蔦状の影を、無数に伸ばす。で、雑にね?唯々素早く、適当に、振り回すっ!だけ!!近場の方は気を付けて?無差別なのは御愛嬌ッ!!周囲を薙ぎ払って粉砕、粉砕、粉砕……ッッ!!!


「くふ、あっははははははははははははははははははははっ!羽虫みたいで面白い技だねぇ!?でも、さっきのより脆いけど大丈夫??」


 沈黙が下りた玄関ホール。

 影を避けるので手一杯だったのだろう、アリエルの風魔法も止んでいた。

 近くを見渡せば、脚のない騎士達が床にへばりつき、頭を抱えて震えている。一方で、自分の影に避難したらしいシロの顔が、床からひょっこり覗いていた。可愛い。

 少し離れた安全圏では、非戦闘員のフランクとティーナが。それから、彼らを護るようにベティーナとダミアンが前方に立つ。

 エリザは、……あ、いたいた。意識がないまま、マリウスにお姫様抱っこされて避難していた。真横には、その様子を無表情で見つめるルイーゼが。心境は如何に。


 ――とまぁ、みんな無事だ。良かったね?

 ほっと胸を撫で下ろす。本当だよ?信じてくれ。

 一方で、……さてさて。みんなの気持ちはどうだろうか。ちょっとインタビューしてみようかな。

 視線を近場に戻していき、苦渋の表情を浮かべる銀髪の彼に笑顔を送った。


「ねぇねぇ、アロイス。――今、どんな気持ち?」

「……」


 逡巡するような、アロイスの瞳。

 返答はなし。お疲れだったかな?

 胸部の鎧は既に砕けていたし、連戦だったのだろうね。息も上がり、疲労は明白。

 熟練の剣士が、風圧を起こして斬撃を飛ばすとかは聞いたことあるけど、アロイスの場合はそこに魔力を込めて物質化までしている。その分消耗は激しいだろうし、長期戦には不向きだね。


「あーあ、それにしても酷いなぁ。傷口を塞ぎ終わった途端殺しにくるとか、みんな嘘つきだね。私はもう用済みかな?遊ぶ気ゼロじゃん」

「くくっ、……嘘だと?貴様を攻撃してはならぬと、ルールにあったか?」


 剣を構えたまま、クラウディアが(あお)るような笑みで応えた。

 この状況でも堂々たる態度。大将なだけはあるなぁ。


「おや、それもそうか。とはいえ、私を殺しちゃったら手足の再生が出来なくなるけど、その特典は良かったの?」

「舐めるな。元より、我らの命は帝国の為にある。軍人ならば皆、死ぬ覚悟などとうに出来ておるわ。手足の欠損程度、安いものよな」

「そうなの?……強がりにしか聞こえないけどなぁ」


 床でガタガタ震える騎士達を流し見て、肩を竦める。

 まぁ、死ぬ覚悟は出来ていても、怖くない訳じゃないもんね?

 そういう事にしておいてあげよう。


「私としてはどっちでも良かったけれど、クラウディアがそう言うのならそうなんだろうなぁ。という訳で、気高い君達の意を汲んで、手足の再生特典は無しにしよう。傷口は塞いであげたし、遊びに乗ったお礼としては十分だよね」


 うんうん頷く。

 騎士の何人かから、「え……?」という絶望染みた声が聞こえたような気がしたけど、気の所為だろう。

 いやー、よくよく考えれば、私ってば大盤振る舞いにも程があったよね。

 一応、私が切断しちゃったし、罪悪感からの特典でもあったんだけど。でも先に殺そうとしてきたのって、そもそも帝国側だしなー。


 あ、因みに、騎士達の両脚を大量に切断しちゃったのは、……事故。

 脚に縄を引っ掛けて転ばすようなのをイメージしてたんだけど、勢いつけ過ぎてスパッといっちゃった。

 精神乱れてる時はダメだね。力加減難しい。テヘペロ。


「じゃあ、私達はお(いとま)させてもらうね。暇潰しに請けた筈が、想定外に楽しかったなぁ。それと、最後にだけど――、」


 言葉を区切り、クラウディアとアロイスを交互に見遣る。

 緊張した面持ちで剣を構えながらも、そこに殺気はなく。

 私が攻めれば戦うのだろうけれど、少なくともこの場では、彼らから攻撃をしてくることはもうなさそうだ。

 事態をやり過ごす方向に切り替えた、守りの姿勢。

 うん、良い判断だと思う。


 笑う。にっこりと。



「――腕だけで、勘弁してあげるね?」



 彼らの両腕が、剣と共に床へと落ちる。

 重々しくも、単純な音。

 ポカンとした表情が、瞬きの内に皺くちゃになる様が面白かった。

 まさか、自分の血液が刃になって、内側から腕が切断されるとは思わないよね。何が起こったかも理解出来てないだろうなぁ。

 あーあ、痛そう。

 2人とも、歯が削れる程に食い縛って、出かけた叫び声を嚙み殺す。僅かな呻き声しか零れなかったのは見事だと思う。


「いやはや、今夜だけで一体何人の命と、何本の手足が失われたのだろう。それなのに、上役の2人がまだ五体満足とかさぁ、みんな納得しなくない?というか、私が一番納得しなくない?こんな夜更けまで大人の遊びに付き合ってあげたのに、これはないわ。幼気(いたいけ)な幼女を危ない目に遭わせやがってさぁ。君達の思惑がどうであれ、依頼料は絶対貰うかんな?近々また来るから、ブルクハルトに伝えておけよ全くもう……」


 腕を組み、はーやれやれと吐息を零す。

 次いで、エル達へと向き直る。


「さて、お待たせみんな。そろそろ行こうか」

「あ、待ってお嬢。俺、もう少しだけやる事あるから、先に行ってて欲しい」

「そうなの?……1人で大丈夫?」

「うん。もう、大丈夫」


 上半身を起こし、へへっと笑うクロ。

 ポアを私に預けるや否や、影の中へと消えていった。


「自分から単独行動に出るなんて、珍しいわね」

「子供が自立していく時の親の心境って、こんな感じなのかな?」


 目を瞬かせながら、エルと顔を見合わせる。

 クロの動向がちょっと気になるけど、詮索は止めておこう。それをしたら、なんとなく負けな気がする。


「じゃあ、今度こそ行こうか」


 エル、シロ、ポア、アリエルだけを連れ、転移した。

 行きと比べて随分と身軽になったなと、ぼんやり思う。




****


 帝都の外壁を飾る、松明(たいまつ)の灯り。

 徐々に遠ざかり、点となって闇夜に溶けていく様を見届けながら、私は口を開いた。


「一応連れてきて来たけれど、いつから代わってたのかな。ねぇ、――父様?」


 竜車の中、私の斜め後ろに立つアリエルへと視線を送る。

 アリエルは一瞬目を瞠った後、困ったような笑みを浮かべた。


「ふふ。……やはり気付かれてたか」

「いや、確信はなかったよ?鎌をかけてみたら、まさかの大当たり」

「おっと……、口が滑った。これは不味いなぁ」


 口元に手を当て、わざとらしくも目を逸らすアリエル――じゃなくて、父様。

 ああ、もう、ややこしい。

 見た目もアリエルなだけに、仕草が可愛らしく見えるのも厄介だ。中身はオッサンなのに。

 御者台から、「え、何?旦那様?え?」という疑問符をたくさん浮かべたエルがこちらを見てきたが、一先ずスルーする。

 余所見の操縦は危ないよ?


「よく言うねぇ?アリエルらしくない言動が多かったし、私をノーラと呼ぶし、……隠す気なかったでしょ」

「そうだね。正確には、隠すつもりもなければ、私から明かすつもりもなかった――かな。成り行き任せ。ノーラを騙すなんてこと、父様はしたくないからね」

「ふーん。……それで?久しぶりに、娘と再会した感想は?」


 開け放たれた竜車の後方部から、夜空を見つめる。

 薄い雲がベールのように月を覆い、柔らかな光で色付いていた。

 

 僅かな沈黙が流れる。

 アリエル……じゃなくて、父様が隣に腰を下ろした。

 そしてその視界には、私と同じ景色を映しているようで。


「ノーラが元気そうで良かった」


 相変わらずの、穏やかで静かな声色。

 声はアリエルだけど、やはり父様だなと思った。


「それだけ?他にも思う事、あるでしょ?」

「ノーラなりに楽しくやれてるようで安心した。それから、また会えてすごく嬉しかった」

「いや、そんな親らしいありきたりな言葉じゃなくて。もっと言いたい事あるでしょう?」

「ふふふ。本当にね。話したい事たくさんあった筈なのに、いざ会ってみたらダメだね。全部吹き飛んで、いろんな嬉しさでいっぱいになってしまった」

「……嘘だね。吸血鬼のこと、リヒトから聞いたんでしょう?さっきだって、私の異常さを目の当たりにした筈だ。魔族とも関わっているし、別の言語も喋っていた。一晩では足りない程、聞きたい事は山ほどあるんじゃないのかい?今なら何でも答えてあげるよ。さぁほら、何が聞きたい?」


 やや早口になっていくのを自覚しながら、私は口角を上げて隣を見た。

 それから直ぐに、後悔。

 ああ、やはり、この人は苦手だ。


「ノーラ」


 いつからこっちを見ていたのか。

 微笑む父様と目が合って、愛称を呼ばれた。


「ノーラが話したい事を、父様は聞きたいな」

「……っ」


 目を見開く。

 思わず、言葉を失った。

 これは呆れだ。


「……それなら、話したい事は何もないね」

「うっ、そうか……。それはそれで寂しいな」


 ははっと、悲しそうな笑い声。

 それだけを耳に入れ、顔を逸らす。


「私は、戻らないよ」

「……家が、嫌だったかい?」

「そうだね。……とても、息苦しかった。私の居場所ではなかったよ」

「……そうか。……気付けなくて、ごめんね」


 苦しそうに、紡がれる言葉。

 壊れ物を扱うような手付きで、静かに抱きしめられた。

 力は殆ど入っておらず、これなら簡単に振り(ほど)ける。


「……」


 振り解ける――筈なのに、


 何故だか、

 振り解けない。



「……っ、」


 出かかった言葉を、呑み込んだ。

 ダメだ。

 言えば絶対、父様は喜ぶ。

 傷付けたい訳ではないけれど、喜ばせるのはもっとダメなんだ。



「さよぅなら、父様」

「……またね、ノーラ」



 離れ難さを伝えるように、腕に力が込められた。

 その背中に、少しだけ触れて。

 

 帝都の適当な場所へ、父様を送り返す。

 


 これで、終わり。さよならだ。





※最終回じゃないです。


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モチベが上がって、更新スピードがちょっとだけ上がるかもしれません。


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