さよぅなら。
「――ぉじょ、ぅ」
「あ、生きてる。ごめん、死んだと思ったわ」
顔を覗いてたら、クロが急に目を開けたのでちょっとビックリした。
流石は喰種。腹が裂けたくらいじゃ死なないか。
ポアも危なかったね。もう少し下の位置で抱えられてたら、ポアの足も切断されてたと思う。
まぁ、その程度だったら直ぐにくっつけれるけど。
「っ、これ、取って……、ごふっ!」
腹部に刺さった飛来物を、視線で指すクロ。
それは三日月のような形をしており、クロの血で動きを封じられながらも微動し続けていた。
「へぇ。……魔力で作られてるんだね。面倒だし、取るより破壊しちゃおうか」
クロの血を操作して、飛来物を砕く。
割と硬かった。結構な魔力を込めてたらしい。
マナに還っていくそれを見届けて、「んー……」と思案気に首を仰け反らせる。
「なるほどなぁ。ジークに斬りかかった、あの時か」
アロイスを見遣ると、直ぐに鋭い視線とかち合った。
さっきから殺気立っちゃって、怖いなぁ。初対面なのに良い印象ないよ?
アリエルに牽制されて、余計にイライラが募ってるんだろうなぁ。
「ふ……っ!」
先程と同じ三日月の飛来物が、アロイスの剣より放たれる。
剣が振られ、アリエルが避けて空振る度にそれは増えていくようだった。
という訳で、はい。――飛来物の正体は斬撃でした~ってね?
私を殺しそびれて技もバレちゃったし、もう隠す気ゼロっぽい。いいねいいね。じゃんじゃん使いなよ。
幾本もの斬撃が、速度を増して私の方へ。
動きはバラバラ。一直線に向かってくるものもあれば、読めない動きで飛び交うものも。なるほど、操作性は素晴らしいね。
私如きの動体視力、反射神経では、その全てを真面に相手するのは無理かな。
防壁で防ぐのもアリだけど、それだとちょっと地味じゃない?私だって暴力は振るいたいお年頃。なので力技。数の暴力。
蔦状の影を、無数に伸ばす。で、雑にね?唯々素早く、適当に、振り回すっ!だけ!!近場の方は気を付けて?無差別なのは御愛嬌ッ!!周囲を薙ぎ払って粉砕、粉砕、粉砕……ッッ!!!
「くふ、あっははははははははははははははははははははっ!羽虫みたいで面白い技だねぇ!?でも、さっきのより脆いけど大丈夫??」
沈黙が下りた玄関ホール。
影を避けるので手一杯だったのだろう、アリエルの風魔法も止んでいた。
近くを見渡せば、脚のない騎士達が床にへばりつき、頭を抱えて震えている。一方で、自分の影に避難したらしいシロの顔が、床からひょっこり覗いていた。可愛い。
少し離れた安全圏では、非戦闘員のフランクとティーナが。それから、彼らを護るようにベティーナとダミアンが前方に立つ。
エリザは、……あ、いたいた。意識がないまま、マリウスにお姫様抱っこされて避難していた。真横には、その様子を無表情で見つめるルイーゼが。心境は如何に。
――とまぁ、みんな無事だ。良かったね?
ほっと胸を撫で下ろす。本当だよ?信じてくれ。
一方で、……さてさて。みんなの気持ちはどうだろうか。ちょっとインタビューしてみようかな。
視線を近場に戻していき、苦渋の表情を浮かべる銀髪の彼に笑顔を送った。
「ねぇねぇ、アロイス。――今、どんな気持ち?」
「……」
逡巡するような、アロイスの瞳。
返答はなし。お疲れだったかな?
胸部の鎧は既に砕けていたし、連戦だったのだろうね。息も上がり、疲労は明白。
熟練の剣士が、風圧を起こして斬撃を飛ばすとかは聞いたことあるけど、アロイスの場合はそこに魔力を込めて物質化までしている。その分消耗は激しいだろうし、長期戦には不向きだね。
「あーあ、それにしても酷いなぁ。傷口を塞ぎ終わった途端殺しにくるとか、みんな嘘つきだね。私はもう用済みかな?遊ぶ気ゼロじゃん」
「くくっ、……嘘だと?貴様を攻撃してはならぬと、ルールにあったか?」
剣を構えたまま、クラウディアが煽るような笑みで応えた。
この状況でも堂々たる態度。大将なだけはあるなぁ。
「おや、それもそうか。とはいえ、私を殺しちゃったら手足の再生が出来なくなるけど、その特典は良かったの?」
「舐めるな。元より、我らの命は帝国の為にある。軍人ならば皆、死ぬ覚悟などとうに出来ておるわ。手足の欠損程度、安いものよな」
「そうなの?……強がりにしか聞こえないけどなぁ」
床でガタガタ震える騎士達を流し見て、肩を竦める。
まぁ、死ぬ覚悟は出来ていても、怖くない訳じゃないもんね?
そういう事にしておいてあげよう。
「私としてはどっちでも良かったけれど、クラウディアがそう言うのならそうなんだろうなぁ。という訳で、気高い君達の意を汲んで、手足の再生特典は無しにしよう。傷口は塞いであげたし、遊びに乗ったお礼としては十分だよね」
うんうん頷く。
騎士の何人かから、「え……?」という絶望染みた声が聞こえたような気がしたけど、気の所為だろう。
いやー、よくよく考えれば、私ってば大盤振る舞いにも程があったよね。
一応、私が切断しちゃったし、罪悪感からの特典でもあったんだけど。でも先に殺そうとしてきたのって、そもそも帝国側だしなー。
あ、因みに、騎士達の両脚を大量に切断しちゃったのは、……事故。
脚に縄を引っ掛けて転ばすようなのをイメージしてたんだけど、勢いつけ過ぎてスパッといっちゃった。
精神乱れてる時はダメだね。力加減難しい。テヘペロ。
「じゃあ、私達はお暇させてもらうね。暇潰しに請けた筈が、想定外に楽しかったなぁ。それと、最後にだけど――、」
言葉を区切り、クラウディアとアロイスを交互に見遣る。
緊張した面持ちで剣を構えながらも、そこに殺気はなく。
私が攻めれば戦うのだろうけれど、少なくともこの場では、彼らから攻撃をしてくることはもうなさそうだ。
事態をやり過ごす方向に切り替えた、守りの姿勢。
うん、良い判断だと思う。
笑う。にっこりと。
「――腕だけで、勘弁してあげるね?」
彼らの両腕が、剣と共に床へと落ちる。
重々しくも、単純な音。
ポカンとした表情が、瞬きの内に皺くちゃになる様が面白かった。
まさか、自分の血液が刃になって、内側から腕が切断されるとは思わないよね。何が起こったかも理解出来てないだろうなぁ。
あーあ、痛そう。
2人とも、歯が削れる程に食い縛って、出かけた叫び声を嚙み殺す。僅かな呻き声しか零れなかったのは見事だと思う。
「いやはや、今夜だけで一体何人の命と、何本の手足が失われたのだろう。それなのに、上役の2人がまだ五体満足とかさぁ、みんな納得しなくない?というか、私が一番納得しなくない?こんな夜更けまで大人の遊びに付き合ってあげたのに、これはないわ。幼気な幼女を危ない目に遭わせやがってさぁ。君達の思惑がどうであれ、依頼料は絶対貰うかんな?近々また来るから、ブルクハルトに伝えておけよ全くもう……」
腕を組み、はーやれやれと吐息を零す。
次いで、エル達へと向き直る。
「さて、お待たせみんな。そろそろ行こうか」
「あ、待ってお嬢。俺、もう少しだけやる事あるから、先に行ってて欲しい」
「そうなの?……1人で大丈夫?」
「うん。もう、大丈夫」
上半身を起こし、へへっと笑うクロ。
ポアを私に預けるや否や、影の中へと消えていった。
「自分から単独行動に出るなんて、珍しいわね」
「子供が自立していく時の親の心境って、こんな感じなのかな?」
目を瞬かせながら、エルと顔を見合わせる。
クロの動向がちょっと気になるけど、詮索は止めておこう。それをしたら、なんとなく負けな気がする。
「じゃあ、今度こそ行こうか」
エル、シロ、ポア、アリエルだけを連れ、転移した。
行きと比べて随分と身軽になったなと、ぼんやり思う。
****
帝都の外壁を飾る、松明の灯り。
徐々に遠ざかり、点となって闇夜に溶けていく様を見届けながら、私は口を開いた。
「一応連れてきて来たけれど、いつから代わってたのかな。ねぇ、――父様?」
竜車の中、私の斜め後ろに立つアリエルへと視線を送る。
アリエルは一瞬目を瞠った後、困ったような笑みを浮かべた。
「ふふ。……やはり気付かれてたか」
「いや、確信はなかったよ?鎌をかけてみたら、まさかの大当たり」
「おっと……、口が滑った。これは不味いなぁ」
口元に手を当て、わざとらしくも目を逸らすアリエル――じゃなくて、父様。
ああ、もう、ややこしい。
見た目もアリエルなだけに、仕草が可愛らしく見えるのも厄介だ。中身はオッサンなのに。
御者台から、「え、何?旦那様?え?」という疑問符をたくさん浮かべたエルがこちらを見てきたが、一先ずスルーする。
余所見の操縦は危ないよ?
「よく言うねぇ?アリエルらしくない言動が多かったし、私をノーラと呼ぶし、……隠す気なかったでしょ」
「そうだね。正確には、隠すつもりもなければ、私から明かすつもりもなかった――かな。成り行き任せ。ノーラを騙すなんてこと、父様はしたくないからね」
「ふーん。……それで?久しぶりに、娘と再会した感想は?」
開け放たれた竜車の後方部から、夜空を見つめる。
薄い雲がベールのように月を覆い、柔らかな光で色付いていた。
僅かな沈黙が流れる。
アリエル……じゃなくて、父様が隣に腰を下ろした。
そしてその視界には、私と同じ景色を映しているようで。
「ノーラが元気そうで良かった」
相変わらずの、穏やかで静かな声色。
声はアリエルだけど、やはり父様だなと思った。
「それだけ?他にも思う事、あるでしょ?」
「ノーラなりに楽しくやれてるようで安心した。それから、また会えてすごく嬉しかった」
「いや、そんな親らしいありきたりな言葉じゃなくて。もっと言いたい事あるでしょう?」
「ふふふ。本当にね。話したい事たくさんあった筈なのに、いざ会ってみたらダメだね。全部吹き飛んで、いろんな嬉しさでいっぱいになってしまった」
「……嘘だね。吸血鬼のこと、リヒトから聞いたんでしょう?さっきだって、私の異常さを目の当たりにした筈だ。魔族とも関わっているし、別の言語も喋っていた。一晩では足りない程、聞きたい事は山ほどあるんじゃないのかい?今なら何でも答えてあげるよ。さぁほら、何が聞きたい?」
やや早口になっていくのを自覚しながら、私は口角を上げて隣を見た。
それから直ぐに、後悔。
ああ、やはり、この人は苦手だ。
「ノーラ」
いつからこっちを見ていたのか。
微笑む父様と目が合って、愛称を呼ばれた。
「ノーラが話したい事を、父様は聞きたいな」
「……っ」
目を見開く。
思わず、言葉を失った。
これは呆れだ。
「……それなら、話したい事は何もないね」
「うっ、そうか……。それはそれで寂しいな」
ははっと、悲しそうな笑い声。
それだけを耳に入れ、顔を逸らす。
「私は、戻らないよ」
「……家が、嫌だったかい?」
「そうだね。……とても、息苦しかった。私の居場所ではなかったよ」
「……そうか。……気付けなくて、ごめんね」
苦しそうに、紡がれる言葉。
壊れ物を扱うような手付きで、静かに抱きしめられた。
力は殆ど入っておらず、これなら簡単に振り解ける。
「……」
振り解ける――筈なのに、
何故だか、
振り解けない。
「……っ、」
出かかった言葉を、呑み込んだ。
ダメだ。
言えば絶対、父様は喜ぶ。
傷付けたい訳ではないけれど、喜ばせるのはもっとダメなんだ。
「さよぅなら、父様」
「……またね、ノーラ」
離れ難さを伝えるように、腕に力が込められた。
その背中に、少しだけ触れて。
帝都の適当な場所へ、父様を送り返す。
これで、終わり。さよならだ。
※最終回じゃないです。
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