かくれんぼ。
※今回はレオ視点です。
前世でお兄ちゃんと生き別れたのが、黒沼優美が小学5年生を終える頃。
正確には、お兄ちゃんが中学を卒業した日だった。
あれは印象深い出来事だったから、よく覚えている。
卒業式から帰ってきたお兄ちゃんに、黒沼優美は「卒業おめでとう」と伝えた。
けれど、お兄ちゃんは冷ややかな視線を一瞬向けてきただけで、返答はなかった。
いや、すれ違いざま舌打ちだけされたかな。
その後は……、うん。それだけだね。それが最後の関わりだった。
――と、思ってたんだけどね?
まさか死んでから、こういう形で再会することになろうとは。
いやはや、人生って何が起こるか分からないねぇ?
しかし何故、お兄ちゃんは死んでも尚、私に会いに来たんだろう。
普通、もうどうでも良くならない?
ぶっちゃけ、黒沼優美はもう、前世で兄のことなど殆ど忘れていた。
改めて湧く疑問。
私は小首を傾げ、ジークを直視する。
対して、ジークは気不味そうな表情で、私の顔色を窺っているようだった。
「くくっ……」
ちょっと笑えた。
何、その表情は?
私を黒沼優美として見てるのかな。
今の私は、唯のレオでしかないのに。
ああ。
どうせなら、前世で。
黒沼優美に会いに来てくれたならね。
いや、違うな。
黒沼優美は、お兄ちゃんとは別に会いたくはなかった筈だ。
そして今の私も。
前世でも、今世でも。
なんか、色々気持ち悪いね……?
くつくつと込み上げ続ける笑い。
それに伴う感情は、不明。よくある事だね。
フリードに視線を戻し、事も無げに言葉を返した。
「ふふっ。殺しかけてごめんね、フリード。でもまぁ、生きてたんだから良かったじゃん。私も一回君に殺された事あったし、これでお相子だよね?」
斜め後ろに立つアリエルが「え?」と声を漏らし、ジークもまた「殺された……?」と怪訝そうな表情でフリードを凝視する。
何だこいつら。反応ワロタ。
「はっ!貴様や私奴が死のうが、そんな事はどうでも良い。肝心なのは、貴様が坊ちゃんに攻撃を向けた事だ。……いいか。もう一度言うが、あれは私奴でなければ死んでいたぞ」
「ああ、そういうこと?死ぬような攻撃を、ジークに向けられたのが嫌だったって事か。オーケー。じゃあ言い直すね?――あの攻撃を受けたのが君で良かったじゃん。私も、君に仲間を殺されかけた事あったし、これでお相子だよね?」
にっこり笑う。
これ以上喚くならグーパンしよう。
といっても、……私がするまでもなさそうだけど。
「貴様……っ、ぐ、ごふ……」
「フリード!」
「ぼ、ちゃ、申し訳、ぁりませ……っ、がふ、ごほごほッッ!!」
激しく血を吐きながら、床に膝を着くフリード。そんな中でも、ジークを降ろす動作は丁寧だ。忠誠心ってすごいね。
さっきから脚も震えてたし、流石にもう限界だろう。
どこまで回復したのかは知らないけど、内臓のような複雑な器官だと、そう簡単には治せない筈だ。
……まぁ、怪我の何割かは私の所為なんだけどね?んー、1対9くらいで私の所為かも。あ、1が私ね?異論は認めません。
「フリードってば、そんな状態になるまでよく頑張ったねぇ?というか、ジークもそろそろ限界でしょ。寧ろ、今まで意識を保ってたのが凄いね。目とか見えてる?」
隣で膝立ちするエルに凭れ掛かりながら、ジークを見遣る。
その顔色は赤く、呼吸は荒い。髪は、大量の汗でぺちゃんこ状態。
はい、これはもう見ただけで分かりますわ。高熱ですね。40度は余裕で超えてる。
私も経験あるけど、前世の記憶を思い出した反動だろうなぁ。
「うーん」と唸りながら、エルの腕にぐりぐりと頭を押し付けていると、ひょいっと抱き上げられて膝上に座らされた。あー、楽だ……。
正直、私のあんよも疲れてたから助かる。幼児の体は不便で大変です。
気が利くなぁ、エル。
あ、でも、頭はそんな撫でないで欲しい。眠気がすごいくる。なんだろこれ、気持ちが解れるぅ……。
「ふあーぁ……。えーっと……、そうそう、肝心の鬼役も来てくれたし、話を戻そうかな。んーっと、……ふわーぁ。……ふふ、失礼?まだ子供だから、この時間は眠たくてね」
欠伸の連発。目を擦りながら、クラウディアに顔を向ける。
それに合わせて、エルも自分の体ごと向きを変えてくれた。
え、何この椅子、めっちゃ便利。まさかの回転式。
「……鬼?」
眉間に皺を寄せるクラウディア。
真剣に聞いてくれてるようで何よりです。
「うん。君達が提案に乗ってくれるのなら、――“かくれんぼ”しようか」
「……は?」
「異世界人から伝わった遊びだよ。“隠れ鬼”とも言うね。有名なやつだけど、聞いたことない?」
「それくらい知っている。貴様の意図が分からぬだけだ。……よもや、本当に今から子供の遊びに付き合えと?」
「そうだよ?でも今回のはルールがちょっと違う。鬼から隠れるんじゃなくて、鬼が隠れる。君達みんなで鬼を探すだけだから、簡単でしょ?」
「くくっ。……それで?その鬼というのは、貴様のことか?」
「違うよ?そんな面倒臭い役、私がする訳ないでしょ?」
意味深に、フリードとジークを流し見る。
かくれんぼをよく知るジークは、はっとした表情で「まさか……」と呟いていた。
察しが良いようで何よりです。
「――鬼は、魔族である彼ら2人。場所はこの帝都全域。私が適当な場所に彼らを転移させるから、それを見つけられたら君達の勝ちだ。逆に、鬼に逃げられたら君達の負け」
「転移させるだと?それを私が許すと思うのか」
「それも含めての提案だね」
「はっ!馬鹿正直に、帝都内に転移させるという保障もないであろうが。……回りくどいぞ。はっきり言ったらどうだ?魔族を逃がすのが目的だと」
「く、ふふふ?お優しい想像力だね?本当に逃がすのが目的なら、回りくどいことせずに既にやっているよ。だから、まぁ、その辺りは安心してくれていいよ?遊びが目的な以上、転移させる場所は必ず帝都内に限定するから」
「っ、」
開きかけた口を閉じ、クラウディアは忌々しそうに奥歯を噛み締める。
面白い顔だね?
「分かってくれたって事で良かったかな?因みに参加者の制限はないから、国民とかも使っていいよ?時間制限もなし。でも、あまり長引くと鬼が回復して難易度高くなるから気を付けてね?そうなるまでは、弱った鬼をみんなで見つけるだけの簡単な遊びだ。……あ、見つけた証拠として、ちゃんと死体は取っといてね?生きた状態でもいいけど、生け捕りって難しいから多分殺しちゃうでしょ?」
ジークに視線を送ると、目元をひくひくさせていた。
面白い顔だね?
フリードは呼吸するので精一杯なのか、ぐったりと床ばかりを見つめている。つまらな……いや、何でもないです。
「ああ、そうそう!ちゃんと特典も考えてるよ?まずは、――なんと!この遊びに乗ってくれるだけで、私に切断された手足の傷口は塞いであげます!それから、もし君達が勝った場合、――な、なんと!手足が戻らなかった騎士達!全員にっ!私が再生魔法で新しい手足をプレゼント!!今だけの出血大サービスだッ!……え、もうこっちは大出血してますってか?あはははは!上手いなぁ!天才かよ!ねぇねぇ、エル。大出血なだけに、出血大サービス!ぷはははは!!」
「そ、そうね。面白いわね」
「でしょでしょ?」
エルの笑顔に、哀愁が漂ってるようにも見えなくもなかったけど、見えなくもなかったってことは多分気の所為だろう。
スーちゃんに顔を埋め込んで、一頻り笑う。ぷふふー。
「っ、貴様、……再生魔法も使えるのか?手足の再生となると、大賢者レベルの魔法技術だぞ」
「……ん?使えるよ?詠唱が恥ずかしいから、あまり使いたくはないけど」
深呼吸の後に顔を上げると、見開かれたクラウディアの瞳が、大きく揺れ動いているのを見た。
それから静かに、手足のないエリザを見下ろしている。
この場に私情持ち込んじゃうくらいには、やっぱり仲良しなんだろうね。
私が言うのも何だけど、普通さぁ、ダメだよね。私なんかの話に耳を貸しちゃ。
「いや、本当にお前が言うなって感じだよね~。ぶふふふふ」
「どういうこと?」
「何でもないよ?」
おっと、思考が口に出てた。
エルが不思議そうに首を傾げてたので、キョトンとした顔で誤魔化しておく。
「それから、ジーク。君が勝った場合だけど、……そうだね。なんか、私に用があったみたいだし、その話を聞いてあげようかな。それとも、何か欲しい物とかあった?」
「……いや。……これが、お前の答えか」
「ふふふ。……受け身だねぇ?ジークってば、素直な子になっちゃって。どしたの?」
悲しそうに目を伏せたまま、ジークは沈黙する。
私は肩を竦め、大きく息を吐き出した。
<はー。……少し、ジークに聞くけれど。黒沼優美が死んだ状況について、お兄ちゃんはどれだけ知ってた?>
<っ、優美、>
<レオだよ。私は>
<あ、ああ。……悪い>
突然、日本語で話し出す私に、ジークは戸惑いながらも同じ言語で返答する。
周囲から困惑する空気が伝わってきたけど、気付かないフリをした。面倒臭い。
<……ほとんど、知らない。ニュースで少し、優美が死んだ事件を見ただけで。っ、遺体が、発見されたばかりだったから、全容まではまだ……。でも、……酷い、状態だったって……>
ジークは苦痛に顔を顰めながら、歯切れ悪く言葉を吐き出した。
それが何を思ってのものなのか、深くは考えないでおく。
<そっか。という事は、それから間もなくしてお兄ちゃんも死んだのかな。事故死とか?>
話題を流す。
雑談混じりに、軽く聞いた。
<っ、…………飛び降り。……弱い、死様だろ>
僅かばかりの間が生まれ、目を逸らしながらジークは答えた。
自虐的に、口角だけが上がっていた。
<……そう。……世知辛いね?>
それだけ返して、会話を終えた。
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