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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
206/217

みんな大丈夫だから。

 皆の意識が、レオのいる玄関ホールに向いている中。

 その奥にある大広間では、1人横になったまま沈黙する人物がいた。


 勇者ピエールの仲間――バジル。

 実のところ、レオが一階に来た辺りから意識が戻っており、今はぼんやりとした頭で状況の把握を試みていた。


 因みに、目覚めて最初に思った事は、


(――痛いよぅ、怖いよぅ、もう無理……。生きるのがもう無理……)


 じんわりと、涙目になっていた。

 素顔も声も出さない為、寡黙で謎の多い人物として知られているが、実際は“超”が付くほどの小心者であり、“超”が付くほどのネガティブ思考だったりする。


(ぐすんぐすん。意味が分からない、あのアリエルって亜人。最初はオイラが優勢だったのに、なんか途中から別人みたいに強くなるし……。あ、もしかしてオイラと似た者同士?性格変わるみたいな、そういうタイプ?)


 うーん、と頭を悩ますが、答えは分からないので保留にする。


(あーもー嫌だ。話が違う。オイラは伝達役で、戦わなくていいって言ってたのに。……あ、そもそも伝達すらこなせてないオイラが悪いのか。全世界の皆さま、こんな役立たずのクソ雑魚が勇者の仲間でごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。息をして、ごめんなさい。……あー、ダメだ。なんか、すごく死にたくなってきた。もう死にたい。そろそろ死にたい。こんな自分が、少し前まで女の子とエッチするのが夢だったなんて、気持ち悪すぎて吐きそう……。子孫を残すことなく、童貞のまま死んでいくのでどうか皆さま許して下さい……)


 目尻から涙を伝わせ、鬱々と思考する。

 しかし、それとは別で、常に神経は張り巡らせていた。

 周囲を見回し、言葉を聞き、血臭を嗅ぐ。

 そのどれもが、戦況の悲惨さを理解するには十分過ぎるものだった。


(はぁー、仮面つけてて良かった……)


 心底思う。

 普段は息苦しく、邪魔に感じる事も多いが、今だけは仮面の存在が有難い。

 目を開けても気付かれにくい為、視線を動かしながらも意識のないふりが出来る。

 ならば、事態が収まるまでこうしていよう。

 レオによって脚を切断された騎士達の絶叫を聞きながら、バジルは身震いと共に目を固く閉じるのだった。


(ひぃぃぃ、怖い怖い怖い……。みんなには悪いけど、オイラには無理。今起き上がっても、絶対何も出来ずに死ぬだけだ。ピエール達と違って、オイラは正義感薄いんだ。本当に、こんな奴が勇者の仲間でごめんなさい。オイラ、こんな自分が大嫌いです。変われるものなら変わりたいけど、どうせ勇気とか労力とか要るんでしょ?それはちょっと面倒臭いから嫌です。楽して変わりたい。楽して、自分が好きな自分になりたい。でもそれは有り得ないって分かってる。というか、こんなクズな思考してる自分がもうダメだ。終わってる。やっぱりオイラ、自分が大嫌いです。早く死なねぇかな、オイラ。寝てる間に死にたい。明日なんて永遠に来なければいいのに……。オイラ死ね、オイラ死ね、オイラ死ね)


 そこで何となく、ピエールとアラムの顔が脳裏を過った。

 仲間達は無事なのだろうか。

 戦闘中であれば、彼らの魔力が嫌という程感じられるのだが……。少なくとも、今は戦いの場から離脱している事は確かだろう。考えたくはないが、戦闘不能になっている可能性も高い。


(……ピエール達、大丈夫かな。まぁ、オイラ如きに心配されたくないかもだけど。いや、そもそも、仲間って思っちゃって良かったのかな。今更だけど、仲間だと思ってるのは自分だけなのかもしれない。こんなクズに仲間だと思われて、本当はピエール達も迷惑なのでは。ウザいとか、キモイとか思われてるのでは。要らねぇオマケ(・・・)のくせに、身の程を弁えろとか思われてるのでは。……あ、無理、死にたい。生まれてきてごめんなさい……)


 思考が脱線し、ぐるぐると。

 けれど同時に、ピエール達と過ごした日々も思い浮かぶから――。


「……」


 そろりと、再び目を開ける。

 一階を揺らす破壊音と、2人分の魔力が感じられた。

 ピエール達……ではなく、フリードと、もう1人は恐らくジークだろう。

 どちらも強い魔力だが、魔族の幹部レベルにしては脆弱である。かなり疲弊した様子が察せられた。


(フリードとジークが生きているなら、ピエールとアラムは……)


 胸が激しくざわついた。

 正確には、湧いてきたその感覚(・・)は、バジルの感情ではないのだが。


(え、あ、……うそーん)


 バジルの意思とは関係なく、体が動いた。

 可能な限り気配を消して、騒動に紛れながら大広間を後にする。


(無理無理無理無理無理!!!待って、シェリーちゃぁぁぁああんッッ!!!)


 心の中で絶叫しつつ、前進し続ける体。

 数秒した後に止まりはしたが、それはつまり、目的地への到着を意味していた。


 場所は、客室らしき部屋の中。

 開け放たれたドアの向こうは、血で染まっていた。

 床には大穴が開いており、それ以外の面積を、倒れ伏す騎士達が埋めている。

 そしてその中央では――、



「――はぁ。またゴミか」



 疲労感漂う吐息を零しながら、男が1人立っていた。

 破れ、焼け焦げた燕尾服。みすぼらしい装いである筈なのに、身に纏う空気は何やら品があり、そして物々しい。

 胸元に流れた群青色の髪を後方へと払い、男は不快気な表情でバジルを流し見る。

 手負いでありながらも殺気立ったその視線に、バジルの心は縮み上がった。


(ひぃやぁぁああああああんッ……!!!フリードぉぉぉぉおおおッッ!!!)


 目が合った。

 もうダメだ。

 バジルは瞬時に、己の死を悟った。



「――フリード。お前はもう休んでろ。俺だけで十分だ」



 場に合わない子供の声が、下方から響く。

 かと思えば、フリードの脚元から見た目3歳程の幼児が、ひょこりと姿を現した。


(ぶぎゃぁぁああああああああんッッ……!!!ジークぅぅぅううううッッッ!!!)


 気付いてはいたけれど、気付きたくなかった事実。

 魔王軍幹部クラスが2人、今、目の前に。

 相対するは、自分のみ。


(はい、死亡確定。さよなら、皆さん。でもこんなクズが死んだところで、それがどうしたって感じですよね)


 一周回って、開き直る。或いは自暴自棄と言った方が正しいかもしれないが。

 部屋ではフリードとジークが、「いけません。このような怪しいゴミと坊ちゃんが関わるなど……!」「いいから下がってろって言ってんだろーが!テメーは過保護なんだよ!」と、賑やかにも言い争っている。


(あーあ、そのまま仲間割れして、魔族同士潰し合ってくれないかな……。無理だよね、知ってる。そんじゃオイラ()は、今の内に作戦会議しよっか。お相手さん方、一応は手負いっぽいし、逃げられる可能性に賭けて引き返すなら今だ。因みに、オイラはこの案を全力で推したい。でもどうせ、シェリーちゃんは反対するんでしょ?うん、もう分かってる。だから、この戦いはシェリーちゃんに任せます。何かあれば、サポートはディックがしてね?……いや、というかさ、アリエルとの戦いだって、本当はオイラじゃなくてディックが戦う約束だったよね?マジでさ、いい加減にしてくれない?話が違うんだけど……!!今日は戦わなくていいって言ったじゃん!オイラ、嘘吐かれるの無理なんですけど!無理なんですけど……ッ!!今回はもう、絶対オイラ戦わないからね!!死んでも戦わないからね……!!また約束破ったら、もう絶交だかんなっ!!!)


 脳内で、悲痛な声を上げるバジル。

 何やら彼の中に、『シェリー』と『ディック』という名の何か(・・)がいるようだが、しかしそれらの思念は余りに弱々しい。

 どちらも言語化までは至らず、感覚的な遣り取りに近い。しかし自我ははっきりしている為、感情が昂ると暴走し、こうして肉体の主導権を乗っ取られる状況が多々起こる。


「……」


 今にも仲間割れが起こりそうな騒がしい脳内とは異なり、バジルの肉体は沈黙していた。

 深く被られたフードと黒い仮面とが合わさり、傍から見れば不気味であろう。

 そんなバジルの姿を見つめ、フリードは怪訝そうに眉を顰めた。


「おい、ゴミ」

(はい、ゴミです!すみません……!)

「貴様は何だ?」

(オイラ、バジルって言います!でもゴミって名前でも間違ってないので、もうそのままで大丈夫です。生まれてきてすみません。殺さないで下さい殺さないで下さい……!)


 脳内で返事をするバジルであったが、勿論フリードには聞こえる筈もなく。


「……ゴミの分際で、私奴を無視とは」

(そ、そんなつもりじゃないんですが、でも結果的にはそうなっちゃってますよね。ごめんなさい!殺さないで下さい殺さないで下さい……!)


 バジルの思考とは裏腹に、無言で戦闘態勢に入る肉体。

 あべこべである。

 故に、その体の動きからは、意思も感情も読み取れない。

 まるで、自我を殺しきった熟練の暗殺者のような――いや、それ以上に無機質か。


「……?」


 フリードは違和感から首を傾げ、目の前に立つ不可思議な敵を観察した。

 見える素肌には包帯が巻かれており、徹底して体を隠したい意図が窺える――がしかし、何故か脚だけは露出している。包帯の巻き方も雑であり、およそ意味を成していない。


「ああ、なるほどな。……貴様、」


 脚部の、緩んだ包帯の隙間を注視して。

 僅かに覗く素肌から、フリードはその正体を理解する。

 軽く握った拳を口元に当て、「くくっ」と笑った。



「――ドールで御座いますか」





*******


「ん?」


 何かが動いた気配を感じ、レオは後方の大広間を見遣る。

 そこには、倒れていた筈の人物――バジルが消えており、彼の物であろうズボンと下着だけが残されていた。

 何故、下だけ脱いだのだろうか。

 脱がせたのはアリエルだが、それをレオが知る筈もなく。


「……トイレかな?」


 小首を傾げる。

 それ以上深くは考えず、クラウディアへと向き直った。


「時間もない事だし、手短に話を纏めるね?……あ、マリウス。まだエリザの治療はしちゃダメだよ?ズルは良くない。始めた瞬間、エリザの止血はやめるからね?まぁ、一気に血が流れる中、それでも施術が間に合うならやればいいけれど」

「……分かった」


 エリザの治療を始めようとしていたマリウスだったが、レオの制止に大人しく従う。

 現状、エリザに意識はなく、既に失った血液は致死量に近い事が窺えた。これ以上、僅かでも出血が続けば、死は確実だろう。

 皮肉にも、エリザの治療を行う為には、レオによる止血が必須であった。


「ふふ。みんな、そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ?私は唯、少し遊んで欲しいだけなんだ」

「遊ぶ、だと?」


 ふざけているのかと、クラウディは怪訝そうな表情を浮かべる。

 その反応にレオはくすくす笑い、話を続けようと口を開いた――がしかし、それは直ぐに閉じられて、代わりに出たのは呆けた声。


「ん?」


 反射的に、レオは視線を落とした。

 案の定、ゆらりと波打つ自身の影。



「――っ、ふえ……、レオぉぉぉおおぅ!!」



 影から現れたのは、エルとシロ。

 レオは無抵抗にも、半泣きのエルに抱きしめられた。


「むぐっ」


 息苦しさと騒がしさの中で、レオはきょとんと目を瞬かせる。

 エルだと認識するのに、何故だか少し時間がかかった。

 数瞬遅れて、(ようや)くエルだと理解し、「ふっ」と零れる吐息。


 不思議と、空気が和む。

 それは、周囲にいた人物らもまた感じられた事であった。


「レオ、レオ、大丈夫だった?怪我は?嫌な事とかされてない?」

「……ふふ、ありがとう。私は大丈夫だよ。エルこそ大変だったんじゃない?置いていってごめんね?」

「っ、ぐすっ、いいのよそんなの。良くはないけど、レオが大丈夫なら私はいいの。シロもいたし、こっちは大丈夫よ。あと、あとね、……フリードも無事だから。ちゃんと、みんな大丈夫だから……」


 フリードを殺してしまったのではと、レオが気に病んでるのかは分からないが。

 腕の中で、レオが僅かに脱力したのをエルは感じた。気の所為かもしれないが。


「……そっか」

「うん、うん。だからもう、こんな所早く――って、きゃあああああああ!?」

「んぐっ」


 (ようや)く、周囲に広がる血溜まりと、脚のない騎士達の存在に気付いたエル。

 腕の力が増し、レオの顔面はエルの胸へと一層沈んだ。くぐもった声ながら、何とか「落ち着け」と言葉を出す。



 ――ズガァァァアアアアアンッッ!!!!


「ふひぃぃぃぃいいいいいいいッッ!!!?」



 落ち着く間もなく、巨大な魔法弾が壁を破壊し、同時に何かが飛んできた。

 それは階段の真横に激突し、ひしゃげる痛々しい音と共に停止した。

 エルの悲鳴が止まらない。


「落ち着いて?大丈夫だから。ね?」


 レオはエルの口を影で塞ぐと、宥めるように頭を撫でた。

 耳元で叫ばれて煩かったのだろう。優しい声色でありながら、やや怒気を孕んでいる。

 エルはこくこくと頷くと、半ば強制的に体を離す。それによって口元が解放され、ホッと零れる吐息。



「っ、バジル殿……」



 階段下で倒れるその人物を見て、騎士の誰かが呟いた。


「バジル?……ああ、確かピエールの仲間だったかな。さっきまで、大広間で寝てた人だね?」


 「可哀想に……」と言葉を続け、眉尻を垂らすレオ。

 しかし直ぐに視線は変わり、破壊された壁の奥へと言葉を投げた。


「――無事で何よりだね?」


 近くなる足音と共に、粉塵の中で人影が揺らめく。

 玄関口より吹き荒れる夜風によって、徐々に露わとなる2人の人物。


「無事だと?……貴様、私奴でなければ死んでいたぞ」


 フリードが青筋を浮かべながらレオを睨む。

 一方、その腕の中では、ジークが複雑そうな表情で視線を彷徨わせていた。




<参照話>

●バジルの秘密。

189部:第三章「願い。」



――おまけ――――


バジル:「え?今回もオイラの戦闘シーン、全部割愛?……あ、オイラの戦いなんて、誰も興味ないよね。正確にはシェリーちゃんが戦ってたんだけど、みんなからしたら誰やねんって感じだし、結局オイラ達また負けちゃってるし、雑魚は早く退場しろよカスって感じだろうし、生まれきてごめ――(以下略)」

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― 新着の感想 ―
[良い点] バジルさんの癖が凄い。表に出てない分想像すると何だか笑えますね笑 彼は無事なのでしょうか、、(何だかんだで生きてそう、、) 遂に兄妹の邂逅となるのでしょうか……!
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