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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
205/217

寂。

今回はポアsideです。

二階でやり残したことを、今年の内に纏めにきました。

※鬱展開あり。苦手な方はご注意を。


新年の挨拶は、また改めてTwitter内にてさせて頂きます。

これからも作者共々よろしくね。良いお年を!




 ロドリゲス公爵家別邸、二階にて。

 血の臭いが充満する部屋で独り、ポアは瞳を曇らせる。

 それは、可愛らしい見た目とは不釣り合いな、陰鬱とした表情であった。


 本来のポアは、思わず頭を撫でたくなるような、愛らしい子供である筈なのに。

 きっと多くの人から愛情と優しさを向けられ、幸せに満ちた日々を送ってきたのだろう――と、そんな想像すら浮かんでくる。



 事実、そうであった。

 何故なら、ポア自身がそう実感しているから。


 ならば、そうだろう。

 その通りなのだろう。


 

 故に。

 断言しよう。



 “ポアという亜人は、実に幸せな人間である。”



 幸せに幸せを重ねたような、恵まれすぎた生を送ってきた。

 そしてポア自身も、そのことを重々理解し、“幸せ”を幸せな事として素直に受け止めている。



『幸せだなぁ。ポアは、何て幸せなんだろう』



 日々、幸せを敏感に感じ取る。

 些細なことからも、幸せは見つかるものだ。

 幸せに意識を向ければ、それはどこにでも転がっている。


 心臓が脈打ち、生きていること。

 息が出来ること。

 五体満足に動けること。

 家族がいること。

 食事があること。

 寝床があること。

 衣服があること。

 青空を見れたこと。

 誰かと会話ができたこと。


 幸せ、幸せ、幸せ。

 例を挙げればキリがない。

 ポアは何て、幸せなのだろうか。



『ポアは、幸せだよ……っ!』


 それはまるで、自分に言い聞かせるように。

 されど、心底幸せそうな表情で。


 そして今日も、ポアは幸せに意識を向ける。

 そうしていれば、多少(・・)の不幸がやってきても、耐えることができた。

 いつもと変わらぬ日々を、送ることが出来た。


 幸せ。

 幸せだ。

 幸せである。


 現実を、幸せで塗り固めてしまえばいい。

 ないものねだりはしない。

 あるものだけを、数えよう。

 幸せだけを数え、幸せだけを積んでいったならば、それが自分にとっての現実になる。


 ――けれど。


『お母さん、お父さん……』


 こんなにも恵まれている筈なのに。

 こんなにも幸せである筈なのに。


 強欲にも、ポアは1つだけ願ってしまった。

 1つだけ、どうしても欲しいものがあった。

 ないものねだりをしてしまった。



 そして、ヴェラとの幸運(・・)な出会い。


『――私と来なさい。依頼を無事に終えられたなら、その願いは叶う』


 森で倒れていたヴェラを介抱し、彼女から言われた甘言。

 飛びつく他なかった。

 それだけ、強い願いだったのだ。


 だからこそポアは、なんとしてもこの依頼を達成しなくてはならない。

 そして、ルヴ村に帰るのだ。




「も、もう少し。もう、少しだよ、ポア。だ、だだから、が、がが、頑張ろう。もう少し、ポアは、ポアは、っ、がんばる、よ……。そ、そそうしたら、お、お母さんとお父さんは、※※※※※※」


 何度も何度も、自身に言い聞かせる。

 だって、ヴェラも「もう少しよ」と言っていたから。

 このドレスを着たあの店で、確かにそう言っていたのだ。

 『――私は先に行っている。……もう少しよ、ポア』


「う、うん、うん……!もう少し、も、もう少し、だよ……っ!」


 寂しいけれど、ヴェラはもういない。

 思い出されるその言葉通り、先に行って(・・・)しまった。

 けれど、もう少しなのは変わらない筈。


 ああ。家に帰ったら、お母さんとお父さんは何て言うだろうか。

 あの優しい両親のことだから、まずは笑顔で『おかえり』と言ってくれて。

 それから、『すごいわ、ポア!』『頑張ったな、ポア!』と褒めてくれて。

 それから、『『――大好きだよ、ポア!』』と、優しく抱きしめてくれるに違いない。



「へへ、へへへ……」


 想像して、頬が緩んだ。

 同時に、ふりふりと揺れる尻尾。


 ――ああ、でも。


 不安が、またもや再燃する。

 徐々に尻尾が下がり、耳まで垂れてくる。


「ど、どうすれば、いいのかな……」


 考えなくちゃ。

 考えなくちゃ。


 頭を悩ます。


 呻き声だけが聞こえる、静かな室内。

 レオもクロードも、どこかに行ってしまった。

 ヴェラの死体すらも消えてしまった今、ポアの心は不安で圧し潰されそうである。



 1人になってしまった。

 独りは寂しい。手が冷たくなっていく。


 自分は、どこにいればいいのだろう。

 次は、何をすればいいのだろう。

 居場所も、やることも、誰かに教えてもらわないと分からない。


 きっと、それじゃダメなのに。

 自分でも考えて、動かなくてはいけないのに。


 そう思ってはいても、やっぱり分からないものは分からない。

 考え方も、動き方も。

 誰も教えてはくれなかった。



『戻ってこなくても、良かったのに……』



 ヴェラから言われた、最後の言葉が脳裏を過る。

 あれは、どういう意味だったのか。

 両親から帰宅を喜ばれる想像とは、真逆の現実。



 『『――帰ってこなくても、良かったのに』』



「っ……!!」


 身震いする。

 ヴェラの言葉が、両親からの言葉として連想された。

 もし、本当に、そう言われたら――、



 ――ああ。

 なんだか、もう、……居場所がない。



「っ、い、やだ、やだよぅ……。ポ、ポアは、ポアは、どうすれば、いいの?ね、ねぇ、ねぇ。ポアは、ポアは、どど、どうすれば、いいの?ねぇ、ねぇ……!」


 手に握られているものは、ヴェラが落としていったナイフ。

 この場に残された、最後の拠り所。

 不安の分だけ、それを何度も、何度も――、



「――お前、何やってんだ」



 不意に、背後からクロードの声が聞こえた。

 忘れられ、置いていかれたものと思っていたが、クロードはちゃんと戻ってきてくれたようだ。

 ポアの心に、僅かばかりの安堵が広がっていく。


「っ、あ、く、クロード、さん……っ!」


 振り返り、濡れた瞳にクロードを映した。

 彼が怪訝な表情を浮かべていることなど気にも留めず、ポアの尻尾は小さく揺れる。


「いや、だからそれ、……何やってんだ、お前?」


 クロードに手元を指差され、同じ問いを投げられる。

 ポアは目を瞬かせ、小首を傾げた。



「え……?」



 呆けた声を漏らし、視線を下げる。

 そこにあるのは、血溜まりに浸かった自身のドレスと。

 握ったナイフを突き立てた――、



「あれ?」



 そういえば、直ぐ傍でしていた呻き声は、いつからかしなくなった。

 視線の先には、無数の刺し傷を負った人物。

 名前は、何だっただろうか。


 薄く開かれただけの、ダークブラウンの瞳。

 淡く濁った黄緑色の髪は、床の赤を吸い上げて、重々しい水気を帯びていた。


「お前、そいつ殺したかったの?」

「っ、え?」


 彼の惨たらしい様を一瞥した後、クロードは静かな瞳でポアを見つめる。

 しかし、返ってくる反応は、先程と変わらない呆けたものだった。


「まぁ、いいや。……行くぞ」

「あ、うんっ!」


 耳をピンっと立て、表情を緩ませるポア。

 クロードは腕を組んで何やら考え込みながら、傍に駆け寄ってきたポアを見下ろした。


「んー。……ちっこいし、抱っこすれば一回でいけそうだな。多分」


 思考が纏まる。

 ラビィ達の転移が無事に完了した事で、クロードの気はやや大きくなっている。

 二人同時での転移は初めてだが、多分きっと自分ならやれる。転移は苦手だと思っていたが、実は勘違いだったのでは。

 そんな自信を(みなぎ)らせ、クロードは意気揚々とポアを抱き上げた。


「っ、あ、うあ……!」


 突然のスキンシップに、ポアは戸惑いながらも顔を赤らめる。

 口元が緩み、尻尾はぶんぶんと大きく揺れる。

 抱っこ!!心細かった中での抱っこ!!嬉しい……!

 言葉はなくとも、全身がそれを表現しているようだった。




**


 クロードとポアが去り、静けさの戻った室内。

 自身の血溜まりに沈みながら、彼――アウグストは微かな呼吸を繰り返す。


(僕も、終わりか……)


 全身が痛い。

 既に動けない状況で、更に痛めつけられるとは。

 訳も分からないまま、誰とも知れない亜人の子供に殺されるのが、どうやら自分の終わり方らしい。


 自分を看取る者は、おらず。

 心のどこかで、幼い自分が『僕を見て』と呟き。

 記憶()のどこかで、母が『私を見て』と泣く。

 いつもの事だ。


(うるせぇなぁ)



 ――見て、見て、見て、見て、見て。

 心も頭も、うるさい。

 自分の中で、自分が、母が、父が、ずっとうるさい。

 みんな出てけよ。消えろよ自分。

 承認欲求の化け物どもが。


(見てただろうが。僕が、嫌って程に見てやっただろうが)


 自分を見つめていたのは、自分だけ。

 それでいいだろう。十分だろう。

 疲れる程に見続けて、苦しい程に見られ続けた。

 自分に。自分が。


(もう見たくない。もう見るな……)


 瞼が下がり、細かった視界が閉じられる。

 自分らしい最期だと、思った。

 最期まで、自分を見るのは自分だけ。

 それも漸く、これで終わり。



 ああ、でも。



「さむ、ぃ、な……」


 

 きっと誰にも、この呟きすら届かないだろう。

 見られず、聞かれず。

 それならもう自分など、初めからいなければ良かったのに。


 父にも母にも会いたくない。

 もう見たくない。聞きたくない。



 寂寂(じゃくじゃく)と。


 静に溶ける。




 願わくば、あの世では独りでいられますように――。






面白かったら、いいねボタンをお願いします。

次話より、本格的にレオsideに突入。

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