寂。
今回はポアsideです。
二階でやり残したことを、今年の内に纏めにきました。
※鬱展開あり。苦手な方はご注意を。
新年の挨拶は、また改めてTwitter内にてさせて頂きます。
これからも作者共々よろしくね。良いお年を!
ロドリゲス公爵家別邸、二階にて。
血の臭いが充満する部屋で独り、ポアは瞳を曇らせる。
それは、可愛らしい見た目とは不釣り合いな、陰鬱とした表情であった。
本来のポアは、思わず頭を撫でたくなるような、愛らしい子供である筈なのに。
きっと多くの人から愛情と優しさを向けられ、幸せに満ちた日々を送ってきたのだろう――と、そんな想像すら浮かんでくる。
事実、そうであった。
何故なら、ポア自身がそう実感しているから。
ならば、そうだろう。
その通りなのだろう。
故に。
断言しよう。
“ポアという亜人は、実に幸せな人間である。”
幸せに幸せを重ねたような、恵まれすぎた生を送ってきた。
そしてポア自身も、そのことを重々理解し、“幸せ”を幸せな事として素直に受け止めている。
『幸せだなぁ。ポアは、何て幸せなんだろう』
日々、幸せを敏感に感じ取る。
些細なことからも、幸せは見つかるものだ。
幸せに意識を向ければ、それはどこにでも転がっている。
心臓が脈打ち、生きていること。
息が出来ること。
五体満足に動けること。
家族がいること。
食事があること。
寝床があること。
衣服があること。
青空を見れたこと。
誰かと会話ができたこと。
幸せ、幸せ、幸せ。
例を挙げればキリがない。
ポアは何て、幸せなのだろうか。
『ポアは、幸せだよ……っ!』
それはまるで、自分に言い聞かせるように。
されど、心底幸せそうな表情で。
そして今日も、ポアは幸せに意識を向ける。
そうしていれば、多少の不幸がやってきても、耐えることができた。
いつもと変わらぬ日々を、送ることが出来た。
幸せ。
幸せだ。
幸せである。
現実を、幸せで塗り固めてしまえばいい。
ないものねだりはしない。
あるものだけを、数えよう。
幸せだけを数え、幸せだけを積んでいったならば、それが自分にとっての現実になる。
――けれど。
『お母さん、お父さん……』
こんなにも恵まれている筈なのに。
こんなにも幸せである筈なのに。
強欲にも、ポアは1つだけ願ってしまった。
1つだけ、どうしても欲しいものがあった。
ないものねだりをしてしまった。
そして、ヴェラとの幸運な出会い。
『――私と来なさい。依頼を無事に終えられたなら、その願いは叶う』
森で倒れていたヴェラを介抱し、彼女から言われた甘言。
飛びつく他なかった。
それだけ、強い願いだったのだ。
だからこそポアは、なんとしてもこの依頼を達成しなくてはならない。
そして、ルヴ村に帰るのだ。
「も、もう少し。もう、少しだよ、ポア。だ、だだから、が、がが、頑張ろう。もう少し、ポアは、ポアは、っ、がんばる、よ……。そ、そそうしたら、お、お母さんとお父さんは、※※※※※※」
何度も何度も、自身に言い聞かせる。
だって、ヴェラも「もう少しよ」と言っていたから。
このドレスを着たあの店で、確かにそう言っていたのだ。
『――私は先に行っている。……もう少しよ、ポア』
「う、うん、うん……!もう少し、も、もう少し、だよ……っ!」
寂しいけれど、ヴェラはもういない。
思い出されるその言葉通り、先に行ってしまった。
けれど、もう少しなのは変わらない筈。
ああ。家に帰ったら、お母さんとお父さんは何て言うだろうか。
あの優しい両親のことだから、まずは笑顔で『おかえり』と言ってくれて。
それから、『すごいわ、ポア!』『頑張ったな、ポア!』と褒めてくれて。
それから、『『――大好きだよ、ポア!』』と、優しく抱きしめてくれるに違いない。
「へへ、へへへ……」
想像して、頬が緩んだ。
同時に、ふりふりと揺れる尻尾。
――ああ、でも。
不安が、またもや再燃する。
徐々に尻尾が下がり、耳まで垂れてくる。
「ど、どうすれば、いいのかな……」
考えなくちゃ。
考えなくちゃ。
頭を悩ます。
呻き声だけが聞こえる、静かな室内。
レオもクロードも、どこかに行ってしまった。
ヴェラの死体すらも消えてしまった今、ポアの心は不安で圧し潰されそうである。
1人になってしまった。
独りは寂しい。手が冷たくなっていく。
自分は、どこにいればいいのだろう。
次は、何をすればいいのだろう。
居場所も、やることも、誰かに教えてもらわないと分からない。
きっと、それじゃダメなのに。
自分でも考えて、動かなくてはいけないのに。
そう思ってはいても、やっぱり分からないものは分からない。
考え方も、動き方も。
誰も教えてはくれなかった。
『戻ってこなくても、良かったのに……』
ヴェラから言われた、最後の言葉が脳裏を過る。
あれは、どういう意味だったのか。
両親から帰宅を喜ばれる想像とは、真逆の現実。
『『――帰ってこなくても、良かったのに』』
「っ……!!」
身震いする。
ヴェラの言葉が、両親からの言葉として連想された。
もし、本当に、そう言われたら――、
――ああ。
なんだか、もう、……居場所がない。
「っ、い、やだ、やだよぅ……。ポ、ポアは、ポアは、どうすれば、いいの?ね、ねぇ、ねぇ。ポアは、ポアは、どど、どうすれば、いいの?ねぇ、ねぇ……!」
手に握られているものは、ヴェラが落としていったナイフ。
この場に残された、最後の拠り所。
不安の分だけ、それを何度も、何度も――、
「――お前、何やってんだ」
不意に、背後からクロードの声が聞こえた。
忘れられ、置いていかれたものと思っていたが、クロードはちゃんと戻ってきてくれたようだ。
ポアの心に、僅かばかりの安堵が広がっていく。
「っ、あ、く、クロード、さん……っ!」
振り返り、濡れた瞳にクロードを映した。
彼が怪訝な表情を浮かべていることなど気にも留めず、ポアの尻尾は小さく揺れる。
「いや、だからそれ、……何やってんだ、お前?」
クロードに手元を指差され、同じ問いを投げられる。
ポアは目を瞬かせ、小首を傾げた。
「え……?」
呆けた声を漏らし、視線を下げる。
そこにあるのは、血溜まりに浸かった自身のドレスと。
握ったナイフを突き立てた――、
「あれ?」
そういえば、直ぐ傍でしていた呻き声は、いつからかしなくなった。
視線の先には、無数の刺し傷を負った人物。
名前は、何だっただろうか。
薄く開かれただけの、ダークブラウンの瞳。
淡く濁った黄緑色の髪は、床の赤を吸い上げて、重々しい水気を帯びていた。
「お前、そいつ殺したかったの?」
「っ、え?」
彼の惨たらしい様を一瞥した後、クロードは静かな瞳でポアを見つめる。
しかし、返ってくる反応は、先程と変わらない呆けたものだった。
「まぁ、いいや。……行くぞ」
「あ、うんっ!」
耳をピンっと立て、表情を緩ませるポア。
クロードは腕を組んで何やら考え込みながら、傍に駆け寄ってきたポアを見下ろした。
「んー。……ちっこいし、抱っこすれば一回でいけそうだな。多分」
思考が纏まる。
ラビィ達の転移が無事に完了した事で、クロードの気はやや大きくなっている。
二人同時での転移は初めてだが、多分きっと自分ならやれる。転移は苦手だと思っていたが、実は勘違いだったのでは。
そんな自信を漲らせ、クロードは意気揚々とポアを抱き上げた。
「っ、あ、うあ……!」
突然のスキンシップに、ポアは戸惑いながらも顔を赤らめる。
口元が緩み、尻尾はぶんぶんと大きく揺れる。
抱っこ!!心細かった中での抱っこ!!嬉しい……!
言葉はなくとも、全身がそれを表現しているようだった。
**
クロードとポアが去り、静けさの戻った室内。
自身の血溜まりに沈みながら、彼――アウグストは微かな呼吸を繰り返す。
(僕も、終わりか……)
全身が痛い。
既に動けない状況で、更に痛めつけられるとは。
訳も分からないまま、誰とも知れない亜人の子供に殺されるのが、どうやら自分の終わり方らしい。
自分を看取る者は、おらず。
心のどこかで、幼い自分が『僕を見て』と呟き。
記憶のどこかで、母が『私を見て』と泣く。
いつもの事だ。
(うるせぇなぁ)
――見て、見て、見て、見て、見て。
心も頭も、うるさい。
自分の中で、自分が、母が、父が、ずっとうるさい。
みんな出てけよ。消えろよ自分。
承認欲求の化け物どもが。
(見てただろうが。僕が、嫌って程に見てやっただろうが)
自分を見つめていたのは、自分だけ。
それでいいだろう。十分だろう。
疲れる程に見続けて、苦しい程に見られ続けた。
自分に。自分が。
(もう見たくない。もう見るな……)
瞼が下がり、細かった視界が閉じられる。
自分らしい最期だと、思った。
最期まで、自分を見るのは自分だけ。
それも漸く、これで終わり。
ああ、でも。
「さむ、ぃ、な……」
きっと誰にも、この呟きすら届かないだろう。
見られず、聞かれず。
それならもう自分など、初めからいなければ良かったのに。
父にも母にも会いたくない。
もう見たくない。聞きたくない。
寂寂と。
静に溶ける。
願わくば、あの世では独りでいられますように――。
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次話より、本格的にレオsideに突入。




