生か死か。
<あらすじ・登場人物まとめ> ※雑です。
●アルバート……レオの父。自身の私兵である、ネズミの亜人アリエルの身体を借り、漸くレオとの再会が叶った。
●レオ……エリザ率いる騎士団を圧倒した後、1階へ移動。精神は未だ安定せず。
●クラウディア……帝国兵団大将。兄である皇帝ブルクハルトからレオの捕縛を命じられたが、アルバートに牽制される。
●エリザ……2階でレオと交戦し、右腕と右脚を失う。瀕死。
●フランク……カジノ経営者。ガドニア国首長の1人。現在、地下の舞台裏から1階に移動。
●ティーナ……フランクの秘書。
●ベティーナ&ダミアン……少女騎士と少年騎士。レオ達を帝都まで連行する際、数日を共に過ごした。現在、フランクとティーナを護衛しつつ、地下から1階へ。
●マリウス……無免許医師。フリードの治療に関わった後、1階へ。
●ルイーゼ……マリウスの侍女。
――今回はレオsideです。
長らく更新止まっててすみません。
最愛の娘、エレオノーラが高熱で倒れた日から、アルバートの心労は絶えない。
――エレオノーラの人格変容。
彼女は高熱から目覚め、以後、新たに出会った人達には『レオ』と名乗るようになった。
それはどこか、以前の自分と区別しているようだと、アルバートには感じられた。
必然的に、ブルーノ医師が推測した、“転生者”という言葉が脳裏を過る。
しかし、アルバートは何も問わない。
エレオノーラが前世の記憶を持っていたとして。
純真無垢な、唯の『ノーラ』ではなくなったとして。
だが、それが何だと言うのか。
それでも娘であることに変わりなく、その程度のことでアルバートの愛情が薄れよう筈もなかった。
現に彼女は、『ノーラ』の部分も否定しない。
家族がこれまで通りノーラと呼んでも、拒絶しなかった。
呼称を『レオ』に変えるよう、家族に言うことも出来た筈なのに――。
何故か。
アルバートは、この疑問について考え続けていた。
勿論、正解など分かる筈はない。
けれど、せめて、理解しようと努めることは出来るだろう。
1つの正解を見つけようとするのではなく、無数の仮説を想像するのだ。
故にアルバートは、可能な限りの自由を娘に与えた。
今の娘は、どのような思考、行動をするのか。それを理解する為に、観察することを己に課した。
結果、分かったこととして。
娘は殆ど手が掛からない子になっていた。
“公爵令嬢”という、親にねだれば大抵のものは手に入る立場でありながら、『レオ』は親の力を借りる事が一切なかった。
比較的大きな買い物と呼べるものが、奴隷のエルを購入した時ぐらいか。
それ以降は、自力でどうにかしてしまう。
詳細は不明だが、どうやら自分の資産を持っているようだった。
アルバートがする事といえば、専ら環境調整である。
娘が望むままに男児の服を用意したり、奴隷を飼う上での申請・報告など。
恐らく、アルバートがそれをしなかったとしても、『レオ』は自力でどうにかするのだろうけれど。
或いは、今よりも早くに家を出ていったかもしれない。
実際、それが出来てしまう程に、『レオ』は力を持っていた。
だからこそ、家族に頼ることをしないのだ。
『レオ』を転生者と仮定して。
アルバートは、前世での彼女の人物像・生きてきた環境等を想像した。
まず、今世同様に優しい性格であり、愛らしく、理知的。あと慈愛に満ちている。非常に優しい。少し素直になれないところはあるが、そんなところも愛らしい。――これらは想像ではなく、アルバートの中で確定している人物像である。
そして残念ながら、育った環境は少なくとも平凡以下のものだろう。誰にも頼れず、期待せず、自分の力だけで生きざるを得ない環境だったのではないか。
にも拘らず、転生しても尚、そんな前世の自分に異様なまでの執着を持っている。
では何故、前世の名ではなく、『レオ』を名乗っているのか。
カーティス家を出てからでも、前世に近い名前に改名することだって出来た筈だ。
寧ろ改名した方が、私兵団の捜索からも逃げやすかった筈。
何故か。
アルバートは思いを馳せる。
最愛の娘、『レオ』という少女について――。
***
「――っ、ぅえ゛、ひっく、……の、ら、……ぅぐ、ひっく……」
一階の玄関ホール。
嗚咽し、言葉にならない声を発しながら、濡れた瞳でレオを見つめるアリエル――否、アリエルの肉体を借りたアルバート。
本当なら、泣いた姿など娘に見られたくはないが、今はそのようなプライドどうでもいい。アルバートとしては、1秒でも多く娘の姿を目に焼き付けたい一心である。
しかも、貴重なドレス姿だ。可愛すぎる。
視界を歪ませる涙が、これほど憎いと思った事はない。
「ぅわ、マジ泣きじゃん」
レオから、率直な感想が零れた。
久しぶりに聞いた娘の声。それも、自分に向けられた言葉だ。
アルバートは口元を手で抑えながらも、一層の嗚咽を零し続けた。
「っ、ぅふぐゅぅぅぅぅ、……ずびびっ」
肩を震わせ、鼻を啜るアルバートと見つめ合いながら、レオはぱちくりと目を瞬かせる。
胸中にあるは、困惑。
当然だろう。事情を知らないレオにとっては、アリエルがただ本気で泣いているだけの絵面である。
「……へぇ、意外。アリエルってそういう泣き方もするんだねぇ。もっと大袈裟な……いや、演技臭い?なんかそういう泣き方しかしないと思ってた」
「まぁ、どうでもいいけど」と締め括り、レオは辺りを見回す。
それから、ゆっくりとアルバートへと歩を進めながら、ふふっと笑った。
「可哀想に。――泣かせたのだぁれ?」
小首を、傾げる。
その可愛らしい動作とは裏腹に、周囲に走る戦慄。
「っ、……は、」
騎士達は、硬い呼吸音を吐き出しては、僅かばかりの息を吸う。
努めて、静かに。
混沌とした、形容し難い空気を纏う幼女から、嫌でも目が逸らせない。
そもそも、体が動かない。指一本でも動かせば、人智を超えた何かに呑み込まれるのではと、純然たる恐怖が全身を沸かした。
「大丈夫かい?」
「っ!」
アルバートとは露知らず、その頭を撫でるレオ。
久方ぶりの娘に触れられ、アルバートの感情は容量を超えた。
心身共に、震えが止まらない。ついには腰が砕け、膝から崩れ落ちる。
「っ、ぅあ、っ、や゛ざじぃぃ……」
「んー、そっか。大変だったね?よしよし」
頭を抱きかかえられ、背中をぽんぽんと叩かれる。
娘に、頭を抱きかかえられ、背中をぽんぽんと叩かれる。
「ッ……!!」
思考が、一時停止。
滂沱の涙を流しながら、見開かれた瞳の奥では、娘が生まれてからの幸せな日々が思い起こされていた。
『――ただいま、ノーラ。父様だよー。ちょっと抱っこさせてねー』
『あふっ、あう、あううあ、んーまあ!』
『あああ……!!ノーラが!!なんかたくさん喋ってる!!クレア、ロベルト!!ノーラがなんか、たくさん喋ってるよ……!!』
『――おはよう、ノーラ。父様だよー。今日は母様の代わりに、私とロベルトと遊ぼうか』
『とー!とーしゃ!とーしゃ!』
『あああ……!!ノーラが!!父様って……!!そう、父様だ!とうさま!!クレア、ロベルト!!ノーラが私のこと、父様って言ったよ……!!』
『――ほら、ノーラ。ご飯だよ、あーんして』
『や!』
『んー、じゃあこれは?』
『や!』
『ほら、にんじんさん!美味しそうだなー』
『や!』
『……じゃあアイス食べるかい?』
『うん、あいしゅ。あいしゅ!』
『こら、アル……』
『ごめん、クレア。つい……』
『――おや、ノーラ。セバスと一緒に、どうしたのかな?』
『おちゃ、いれるの。とうしゃまに、おちゃ。ノーラがやるの』
『ええ……!?お茶持ってきてくれたのかい?』
『クッキーもどうじょ』
『クッキーも!?ありがとう……!あああ、でもお茶は気を付けて!嬉しいけど、それは私が……!』
『ノーラがやるの!』
『ふふ、大丈夫ですよ、旦那様。アイスティーをご用意しましたので。ティーポットも軽いものです。お嬢様と少し休憩なさってはどうでしょう』
『そ、そうか……。うん、じゃあノーラ、父様とおやつにしようか。お茶、淹れてくれるかい?』
『うん!』
『あああ……!上手に注いでるねノーラ……!!ほとんど零れてない!!』
――中略。
そして現在に至る。
「――おーい。大丈夫?」
「っ!!」
我に返り、アルバートは顔を上げる。
至近距離で、レオと視線が交わった。
反射的に背中へ手を回し、肩に顔を埋めて抱きしめ返す。
――やっと、会えた。
その実感が胸を満たし、アルバートは漸く吐息を零すのだった。
「おや……。よっぽど怖い目に遭ったんだね。可哀そうに」
アリエルらしからぬ反応に、レオは困惑しながらもクラウディアを流し見る。
次いで、「もう一度言うけれど――」と言葉を続けた。
「――泣かせたの、だぁれ?」
先程の問いが、ゆっくりと、静かに響く。
クラウディアは言葉を吐こうとするが、音のない呼吸が漏れるだけ。
もうずっと、全身の血は引いており、震える指先を自覚するばかり。
そして不思議と、母に怒られた幼き日のことが思い出されていた。
――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
心の内で、幼い自分が謝罪を繰り返している。
しかし実際の母は、怒った時は怖くとも、善良で優しい人だった。子供に謝罪を繰り返させるような叱り方もしない。
故にこれは、誇張された記憶である。
そう理解していても、今のレオを見ていると、何故だか幼心が刺激されて妙な気分になるのだ。
例えば、母が不機嫌だったり、徐々に表情が崩れていく時の緊張感。
“悪い子”として怒られるのではないか。見捨てられるのではないか。
そんな不安と恐怖が胸を満たし、その場を動けなくなるような感覚。
全ての命は母から生まれたのならば、死もまた母によって握られているのではと、そんな錯覚すらしてしまう。
(奇妙な感覚だ……)
冷静な自分を見つめる。
脳裏を過るは、アルバートから言われた言葉――“君達ではノーラの脅威になり得ないだろうから”。
(信じ難いが、なるほどであるな。これは確かに、……規格外だ)
クラウディアは大きく呼吸をし、レオを見据える。
そう、レオである。
恐怖心が対象を大きくしていたが、目の前にいるのは6歳の幼女。
ならば精々笑ってやろうと、クラウディアは努めて口角を吊り上げた。
「貴様――」
言いかけて。
されど、その言葉はそこで止まる。
――スパン。
何やら、風を切るような音。
クラウディアの声が誰かに届くよりも早く、自身の鼓膜が大きく震えた。
「ッ!?……うぁあ、あ脚、脚がぁぁあああああ――ッッ!!!!」
「ぎゃぁぁあああああああああッ!?!?」
「ぅ、がッ!!なん、で、俺の脚が!!いでぇぇええ!!!」
数多の絶叫。
張り詰めた緊張感は一変し、恐慌状態へ。
気付けば、レオとアルバートを取り囲んでいた騎士達が、床に崩れ落ちていた。
皆、両脚の大腿部より下がない。
切断されたそれらは、幾本かは勇猛にも直立し、その他多くは持ち主の傍で転がっている。
そんな赤の中央で、レオは自身の影から生えた一本の蔦をうねらせながら、変わらずの笑みを浮かべていた。
「く、ふふふふふ?……なーんだなんだなんだ、みんな喋れるじゃん。ずっと黙ってるから、どうしたのかと思っちゃった。無視は良くないよ?先に仕掛けてきたのも君達だし、アリエル泣かしたのも君達だし、全部全部君達が悪いのにさ。自業自得というやつだね。ほら、2階にエリザ達来たでしょ。あれもさー、仕方ないよね。こっちだって戦わざるを得ないじゃん。そんなん、楽しくなってきちゃうに決まってるじゃん。不可抗力だよこれは。正当防衛だよこれは。――だよね?」
首を、大きく傾げるレオ。
クラウディアは目を見開いて、レオの発した“エリザ”という言葉に喉を震わせた。
「っ、……き、さまは、2階にいたのか……?」
「ん?」
「レオ……いや、――エレオノーラ・カーティス。答えよ」
「……」
その名を呼ばれ、瞬きするレオ。
傾げた首がゆっくりと起こされ、
「ぷはっ!!!!」
吹き出される笑い。
「あっははははははははははは!!……く、くくっ、ぷふふーーーーーーーーっ!!!」
レオは腹を抱え、一頻り笑い声を上げた。
「ふ、ふふふ、くくくくくくっ、はー、…………いつから知ってたの?」
上がった口角とは対照的に、下がった声色。
レオの影を足場にしたまま、黒い蔦が天井高くまで伸びていき、その尖端を大きく膨らませた。
ふわふわと空中に揺れる様は、まるで風船のようである。
「もしかして、最初から?少なくとも、皇帝は知ってそうだよね。そうじゃなきゃ、国家機密の作戦に、初対面の私達を関わらせる筈がない。大方、魔族かどうか確かめて、討伐するのが目的かなとも思ったけど、本命は私だったか。正体がバレるのは想定内とはいえ、何かに利用されるのは気分悪いよね。……あーあ、私ってば何に利用されちゃうのだろう。身代金目的かな。いやいや、皇族がそんな安っぽいことしないか。とすると、戦争目的?何かしら、取引材料には使われそうだよね。あー、人間って怖い。本当に怖いわぁ。でも、そんなこと言っちゃダメだよね。君達だってお仕事な訳だし。こんな夜遅くまでお疲れ様です!うっす!でも私も、簡単に利用されるほど安くはないのですわ。お嬢様としての誇りを貫いてみせますわよ!……みたいな?あはははははは!!はい、パーーンッ!!」
風船が破裂し、中身が落下していく。
それは酷くしなやかな、一本の棒のようであった。
周囲に散らされる赤と共に、無機質に、無抵抗に、唯々静かに舞い落ちる。
「っ、エリザぁぁあああああ―――――ッッ!!!!!」
その名を叫びながら、クラウディアは歪んだ表情で足を動かした。
床に落ちる寸前で抱き留め、愛しき彼女を見下ろす。
右腕と右脚が欠損したその姿に、クラウディアの瞳が絶望に揺れた。
「くふふ?なんか気になってたみたいだし、それ、返すね?」
「あ゛、っ、エリザ……!」
「大丈夫。多分まだ生きてるから、希望を捨てないで?いやー、今思うとね、悪い事しちゃったなって少し反省してるんだ……。だからこうしてお返ししてる訳で。……流石にさ、右腕と右脚はダメだったよね。バランス悪くて動きにくくなっちゃうし、右腕と左脚とかにすべきだったかも……。本当にごめんね?」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、小首を傾げるレオ。
刹那、空気が叫喚する。
「っ、――ぅあ゛ああああああぁぁぁぁぁああああ゛あ゛ッッ!!!!!」
物陰からベティーナが飛び出し、半狂乱になりながらレオへと剣を振るった。
しかし、剣先がレオの脳天に直撃する間際、辺りに風魔法が吹き荒れ、硬質な音と共に剣戟が防がれる。
「ダメでしょう。そんな物騒な物、幼子に向けるだなんて」
泣き腫らした顔に似合わず、その声は冷静で。
アルバートは短剣1つで、ベティーナに応戦する。
「……おや」
レオは目を瞬かせ、その様子を見つめた。
僅かに逡巡しながらも、直ぐにまた笑みを浮かべるレオ。
「ふふふ。一度くらい殺されても良かったけれど、アリエルに防がれてしまった。残念だったね、ベティーナ。というか、帝都までの道中、仲良くやってたのに酷いじゃないか。もう少し情とかない訳?エリザは葛藤してくれたよ?く、ふふふ?」
「貴、様ぁぁあああああああああ゛ッッ!!!」
激昂しながら、荒々しい剣戟を重ねるベティーナだったが、アルバートによって全てを弾かれる。
驚愕であった。
短剣1つで易々と応戦され、それが良くも悪くも、ベティーナに僅かばかりの冷静さを戻らせた。
「――静まらぬか雑兵がッッッ!!!!!!」
クラウディアの一喝。
場は一瞬で沈静化し、ベティーナもまた後方に跳んで口を閉ざした。
「そこの小娘。私の指示なく動くとは、いい度胸であるな。……後で覚悟しておけ」
「はっ!申し訳ありません!」
険しい表情で敬礼するベティーナを見遣り、次いでクラウディアは大広間の奥へと視線を向ける。
「マリウス。死ぬ気で生かせ」
「……やれやれ。今日は患者が多い日ですね」
大広間から、マリウスとルイーゼが姿を現す。
ついでに廊下の方からは、レオを興奮気味に見つめるフランクと、彼の秘書であるティーナ、少年騎士ダミアンの姿もあった。
「ふふ。気付いていたけれど、みんな覗き見るのが趣味なんだねぇ?それにマリウスは、やっぱりそっち側かぁ」
「すまないね、レオちゃん。騙したかった訳ではないんだけど……」
マリウスは、横たわるエリザの傍に移動した後、眉尻を垂らしながらレオに謝罪した。
レオは微笑みながら首を振り、「気にしないで?」と一言。
それに対して、「ありがとう」と返すマリウス。
互いに表面的な言葉を吐き合い、マリウスは施術に移る。
そこで、奇妙な現象に気付いた。
「……え?」
思わず、マリウスは眉を顰める。
開いたままのエリザの傷口から、何故だか血が止まっていた。
はたと目を見開いて、レオの周囲に転がる騎士達を見遣る。
彼らもまた死に瀕している筈だが、よくよく見ると、両脚を切断された割には出血量が少ない。
「レオちゃん、これは一体……」
「ふふふ。……ねぇ。ここからが私の提案なのだけれど、聞いてくれるだろうか。君達は、彼らの命か、私の提案か、――どちらを選ぶのかな」
愛らしい幼女の声で、悪魔のような甘言が紡がれる。
その場の全員が、レオに視線を注いだ。
死に瀕した多くの騎士は、諦めかけていた生の可能性に心を揺さぶられる。
次いで、
――ドッカァァアアアアアアアンッッ!!
爆裂音と断末魔の叫びが、一階のどこかで響いた。
「おや。……ジークが来たみたいだね」
そう小さく呟いて、レオはくすりと笑うのだった。
今月中に、もう1話更新予定です。
面白かったら「いいね」ボタンお願いします。




