出来る筈ないでしょう。
<あらすじ・登場人物まとめ>
――舞台裏side――
●フランク・グッドオール……カジノ経営者であり、ガドニア国首長の1人。自分以上の強運を持つレオに、異常なまでの関心を向ける。現状、傍観者的な立ち位置。
●ティーナ……フランクの秘書。
●ベティーナ&ダミアン……少女騎士と少年騎士。レオ達を帝都まで連行する際、数日を共に過ごした。
●アロイス・クライン……帝国騎士団団長。副団長のエリザとは婚約関係。現在ジークと交戦中。
●ジーク……魔王軍幹部の幼児。前世では、レオ(黒沼優美)の実兄だった。現在、体調が悪い中、騎士団と交戦中。
●フリード……元魔王軍幹部。暴走したレオの攻撃からジークを庇って死亡。マリウスとエルが蘇生を試みていたが……。
マリウスとルイーゼが舞台裏を出ていく様を、フランクは横目で一瞥した。
けれど、それだけ。
フランクは壁に凭れたまま視線を前に戻し、隣に立つティーナへと言葉を投げる。
「どっちに賭ける?」
目の前では、魔王軍幹部であるジークと、帝国騎士団団長アロイスの戦闘が始まったばかり。
勇者ピエールすら敗れた今、アロイスだけでこの場を凌ぎきれるかは甚だ疑問であった。
増援が来るまでの時間稼ぎが目的だとしても、それが叶った先、この場がより激化することは間違いない。
何れにせよ、戦闘に巻き込まれて死ぬ可能性は、先程よりも遥かに高いだろう。
にも拘わらず、フランクは彼らの勝敗を予想し、悠長にも賭け事である。
「流れ弾に当たって、貴方が死ぬ方に賭けます」
ティーナは冷めた表情で、淡々と答えた。
その瞳には、虚ろだけが映っている。
「面白い予想だね。でも残念ながら、その程度の不運に僕は殺されないだろう。そもそも、僕の運がそれを寄せ付けない」
「ええ、分かっていますよ。そうなって欲しいという、単なる私の願望ですので」
「ふふ、手厳しいね。でもまぁ、――レオ様であればそれも出来てしまうのだろうけどねッ!!唯の偶然によってッ!!唯の不運によって……ッ!!!この僕を!!そう、この僕を!!殺せてしまうのだろうけどねッッ!!!っ、はぁ、はぁ、んン、はぁ!!なんというギャンブル……!不運で死ぬとはどんな感覚なのだろうかッ!?流れ弾に当たって死ぬ?……素晴らしい敗北だねッ!!なんてついてないッ!!やはり人生はギャンブル!!!これこそが真のギャンブルじゃあないかなッ!!??はぁはぁ、はぁあッ!!!」
右腕を自身の腹に回し、左手で口元を抑えるフランク。
唾液が指の隙間から溢れ落ちる様から、その興奮の高さが窺える。
しかし仰け反らず、やや前屈みになっている姿勢は評価したい。彼なりに情動を抑えようと、努力はしているのだろう。
といっても、昂った声は既に響き渡り、場を満たしていた緊張感を打ち砕いてしまったが。
周囲からの困惑した視線が痛い。ティーナの心が悲鳴を上げた。
「はぁ、は、ンっ、……ふふふ?よく見ておくといい、ティーナ」
「何をでしょうか。死んで下さい」
「彼らの戦い、恐らく決着は着かないだろう」
「……どういう意味です?」
フランクは前屈みのままティーナを流し見て、意味深に微笑んだ。
「勘だよ」
最後に一息、熱を吐き出す。
色っぽくも髪を掻き上げながら上体を起こし、再びフランクは壁に凭れた。
「――失礼致します。ガドニア国首長、フランク・グッドオール殿ですね」
「っ!」
近付いてきた騎士の呼びかけによって、ティーナははたと我に返る。
不覚にも、フランクに意識を持っていかれた。
悔しさに歯噛みした後、ティーナは表情を引き締めて彼らを見遣る。
前方に立つ騎士は、2名。
薄茶色の髪を1つに束ねた少女騎士。声を掛けてきたのは彼女である。
そしてその隣には、やや緊張した面持ちの少年騎士。こちらは少女騎士よりも若干年下だろうか。雰囲気含め、頼りなさ気な風貌である。
(護衛役か。少し心許ないけど、まぁ良しとしましょう)
非公式の訪問ではあったが、一応は要人という立場上、帝国側に入国する旨は伝えていた。だからこそ、最低限の安全は保障しようとしてくれているのだろう。
ピエールがこの場で皆殺し宣言をした時、殺す対象からフランク達が除外されたのも、要はそういう理由である。
逆に、ピエールのその発言によって、フランクとティーナは凡その事情を察した。ピエールの背後にいる人物は、カスパーではなく皇帝だろう――と。
ティーナは思考を纏め、状況を把握。
その上で、眼鏡を指先で持ち上げながら口を開いた。
「この屑……失礼。この屑に何か御用でしょうか」
「こらこら、ティーナ。言い直せていないよ?」
「失礼。首長に何か御用でしょうか」
分かり切った質問を投げる。
それに対し、先に声を出したのは少女騎士。
「はっ!私はベティーナ・ワイエスと申します」
「僕……いえ、私はダミアン・チェリーノです」
「この場は危険ですので、一先ずは邸の外までご同行願います」
それぞれが名乗った後、少女騎士のベティーナが要件を告げた。
想像通りの回答である。
同時に、ティーナの眉間には皺が寄る。
「ふふ、ティーナと名前が似ているね。髪色も同じだし」
フランクは揶揄うような笑みを浮かべ、ティーナを流し見た。
直後、彼女の表情から何かを察し、「ふむ……」と自身の顎を撫でる。
「あの……?」
「申し訳ない、可愛らしいお嬢さん。私の秘書と名前が似ているもので、少々驚いておりました。出来ましたら今夜だけでも、姫の事をベティと呼んでも構わないでしょうか?」
「ぅえ、……あ、はい。紛らわしいかと存じますので、どうぞ」
「ふふ、ありがとう。――ベティ」
「ぅ、え……」
目元を引きつらせ、鳥肌を立たせるベティーナ。
見る者によっては黄色い声を上げるのだろうが、生憎とベティーナには心に決めた人がいるのだ。
今日も今日とてベティーナは、副団長だけを愛している。
「では、参りましょうか」
不愉快そうな表情のまま、ベティーナが誘導を試みる。
しかしながら、フランクが動く気配はなく。
「フランク殿?」
「ああ、うん。どうかもう少しだけお待ち頂きたい」
「危険です。速やかにご同行を。さもなくば強制的に――」
そう言いかけて。
刹那。
――事態は大きく動いた。
*****
一方、エルは。
ジークとアロイスの戦闘を眺めながら、自身の胸を数回撫でる。
努めて、呼吸をゆっくりと繰り返した。
魔王軍幹部の戦闘など滅多に見られるものではないのだが、今はそんなことよりも優先すべき事案がある。
(大丈夫。あと少し、発作を抑えるだけなら……)
脈打つ動きに耐えられず、心臓が小さく悲鳴を上げる。
今し方、フランクが何やら騒がしくしていたが、あれも心臓に悪いのでやめて欲しいとエルは思う。非常にビックリした。
それだけの事でも、今のエルにとっては発作のきっかけになってしまう。
なんて脆弱な体だろうか。
エルは心の内で嘆きながら、残り少ない魔力で心臓を覆った。せめて、これ以上の負荷がかからないようにと保護してやる。
本来、非常に緻密な魔力操作が求められるが、その対処法を何十年と行ってきたエルにとっては、単なる習慣化した作業に過ぎず。自身がどれほど驚異的な技術を身に付けているのか、当人には全く自覚がない。
(結局、フリードは死んだままだし。……無駄に疲れただけね)
溜息を零し、フリードを見下ろす。
彼に施した蘇生魔法に、魔力を随分と消費してしまった。
あと数回続けていたら、エル自身も危うかっただろう。
それでも蘇生に手を尽くしたのは、レオを想っての事である。フリードを殺してしまった罪悪感で、レオが苦しまないように。
といっても、レオがそのような感情を抱いているのかどうか、全てはエルの憶測でしかないのだが。
だから、そう。
兎にも角にも、である。
これは決してフリードの為ではない――と、エルは自身に言い聞かせるように内言を重ねた。
フリードが難病に侵されており、実は体が弱かったのだと知って。
多少なりとも、自分の虚弱体質と重ねてしまい、僅かばかりの同情心が疼いていたとしても。
それでも、フリードの為ではないのだ。断じて違う。誤解である。
(そうよ。あなたの為じゃないんだから。レオが傷つくのが嫌だっただけ。……本当に、間が悪くて最悪な奴)
エルは拳を握ると、その甲でフリードの額をコツンと殴った。
「死ぬんだったら、レオと関係のないところで死になさいよ。……バーカ」
小さく呟き、顔を顰める。
諦観と、憤怒と、……憂い。
――けれど、次の瞬間。
それらの感情は別のものへと塗り替わり、細められていたエルの瞳は大きく見開かれた。
「ぅ、……がふっ!!が、は、……はぁ、はぁ!!」
唐突に。
吐血と共に息を吹き返した――フリード。
「っ、え、……ぃ、いゃぁぁぁああああああ!!アンデットぉぉぉおお!!!」
後方に手を付き、エルは叫んだ。
内臓が飛び出したままの、およそ生きているとは思えない体で目覚めるのだから無理はない。
「だ、れが、バカだ……、糞エルフ」
「聞こえてたの!?」
驚愕するエルの言葉は無視し、フリードは血が絡んだ苦しそうな呼吸の中、上半身を起こす。
腹部を見ると何本もの管が繋げられており、動揺した面持ちでそれらを掴んだ。
「ぅぐ、……なんだ、これは、……はぁ、はっ、」
「さ、触っちゃダメ!!よく分からないけど、マリウスが治療してくれて――」
「鬱陶しい」
「んなっ!?」
乱雑に、管を引き千切る。
それにより、止まっていた血液が勢いよく噴出し、周囲が赤く染まった。
痛覚は遮断しているのだろうが、見ている側からすると何とも痛々しい光景である。
「――させねぇよクソがッッ!!!」
「ふえっ!?」
ジークの怒声と、打撃音。
エル達に接近していたアロイスが、フリードまであと一歩のところでジークに阻まれる。
びっくりしたエルが、訳も分からず間抜けな声を零した。
それから一息吐く間もなく、左右からアロイスの斬撃が幾本も――、
「ガウッ!!」
「きゃっ!?」
シロの鳴き声と共に、エルとフリードの周囲が黒い防壁で覆われる。
防壁にぶつかる斬撃の激しさに、エルは体を縮こまらせた。
斬撃は破壊されるまで動き続けるようで、防壁の外ではシロが影を使って応戦していた。
その間、およそ数十秒。
防壁が影に戻っていく様を見つめ、エルは奥歯を噛み締めた。
「ハァ、ハァ、……グルル。……大丈夫であるか、エル」
呼吸荒く、エルの傍で腰を下ろすシロ。
白かった毛並みは血で染まり、右前足は欠損していた。
「それは、こっちの台詞でしょ……。っ、というか!!どこ行ってたのよ!!途中からいなくなってるの、気付いてたんだから!!」
「わ、悪かった……。我とて、周囲を警戒していたのだ。騎士団が来てからは、お前の影にずっと潜んでいた。いざという時、姿を隠していた方が動きやすいのでな」
「うぅ……、分かってるわよ。何となく、分かってたわよ……。役立たずは私の方。だからこれは八つ当たり……。ごめんなさい、ありがとう」
「いや、……グルル」
言葉の返しに困り、シロは唸って口を噤んだ。
「――おい、お前らッッ!!!喋る元気があるんなら、フリード連れてここから出ろ!!脱出の手段がねぇなら俺が作ってやる!!」
アロイスと交戦しながら、ジークがエル達に向けて声を張り上げる。
その呼吸は乱れており、顔からは尋常ではない汗が流れていた。
体調の悪さが、目に見えて窺える。
「いいえ、坊ちゃん。私奴であれば、もう大丈夫です」
静かに立ち上がるフリード。
腹部の傷は、既に塞がっていた。どうやら、自身の治癒に専念していたようだ。
蘇った仕組みも不明だが、目覚めてからの僅かな時間で完治してしまうとは、恐ろしい治癒力である。
「嘘ついてんなよ。いいから行け、命令だ」
「いいえ、いいえ坊ちゃん。申し訳ありませんが、それは従えないのです。何故ならば――」
「ふー……」と、深い吐息。
湧き上がる感情を静めるように。
それは、常に冷静であらんとする、己の美学。
だが、しかし。
「――出来る筈ないでしょうッッッ!!!!!坊ちゃんを置いて私奴だけ逃げるだなどとッッッ!!!!」
「が……ッ!?」
アロイスが、フリードの回し蹴りによって壁まで吹き飛ばされる。
転移かと錯覚する程の移動速度であり、アロイスでさえ反応が追い付かず。
「ゴミが、ゴミがゴミがゴミがッ!!!糞ゴミの分際でッ!!!坊ちゃんを!!!よくも坊ちゃんをぉぉぉおおおおッッ!!!!」
「お、おい、フリード……」
「万死に値するッッ!!億回殺す!!!糞ゴミ共がッッ!!!!」
ジークが若干引いている事には気付くことなく、フリードは額に血管を浮かばせ怒り狂う。
「っ、かふっ。――最悪だ」
どういう絡繰りか、元十二死徒が蘇ったという現状。
アロイスは軽く咳き込みながら、冷静な口調で感想を零した。
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いいねって、いいよね……。
なんかこう、自己肯定感高まる感じが、すごくいいよね……。




