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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
202/217

出来る筈ないでしょう。

<あらすじ・登場人物まとめ> 


――舞台裏side――

●フランク・グッドオール……カジノ経営者であり、ガドニア国首長の1人。自分以上の強運を持つレオに、異常なまでの関心を向ける。現状、傍観者的な立ち位置。

●ティーナ……フランクの秘書。

●ベティーナ&ダミアン……少女騎士と少年騎士。レオ達を帝都まで連行する際、数日を共に過ごした。

●アロイス・クライン……帝国騎士団団長。副団長のエリザとは婚約関係。現在ジークと交戦中。

●ジーク……魔王軍幹部の幼児。前世では、レオ(黒沼優美)の実兄だった。現在、体調が悪い中、騎士団と交戦中。

●フリード……元魔王軍幹部。暴走したレオの攻撃からジークを庇って死亡。マリウスとエルが蘇生を試みていたが……。


 マリウスとルイーゼが舞台裏を出ていく様を、フランクは横目で一瞥した。

 けれど、それだけ。

 フランクは壁に凭れたまま視線を前に戻し、隣に立つティーナへと言葉を投げる。


「どっちに賭ける?」


 目の前では、魔王軍幹部であるジークと、帝国騎士団団長アロイスの戦闘が始まったばかり。

 勇者ピエールすら敗れた今、アロイスだけでこの場を(しの)ぎきれるかは甚だ疑問であった。

 増援が来るまでの時間稼ぎが目的だとしても、それが叶った先、この場がより激化することは間違いない。

 (いず)れにせよ、戦闘に巻き込まれて死ぬ可能性は、先程よりも遥かに高いだろう。

 にも(かか)わらず、フランクは彼らの勝敗を予想し、悠長にも賭け事である。


「流れ弾に当たって、貴方が死ぬ方に賭けます」


 ティーナは冷めた表情で、淡々と答えた。

 その瞳には、虚ろだけが映っている。


「面白い予想だね。でも残念ながら、その程度の不運(・・)に僕は殺されないだろう。そもそも、僕の運がそれを寄せ付けない」

「ええ、分かっていますよ。そうなって欲しいという、単なる私の願望ですので」

「ふふ、手厳しいね。でもまぁ、――レオ様であればそれも出来てしまうのだろうけどねッ!!唯の偶然によってッ!!唯の不運によって……ッ!!!この僕を!!そう、この僕を!!殺せてしまうのだろうけどねッッ!!!っ、はぁ、はぁ、んン、はぁ!!なんというギャンブル……!不運で死ぬとはどんな感覚なのだろうかッ!?流れ弾に当たって死ぬ?……素晴らしい敗北だねッ!!なんてついてないッ!!やはり人生はギャンブル!!!これこそが真のギャンブルじゃあないかなッ!!??はぁはぁ、はぁあッ!!!」


 右腕を自身の腹に回し、左手で口元を抑えるフランク。

 唾液が指の隙間から溢れ落ちる様から、その興奮の高さが窺える。

 しかし仰け反らず、やや前屈みになっている姿勢は評価したい。彼なりに情動を抑えようと、努力はしているのだろう。

 といっても、(たかぶ)った声は既に響き渡り、場を満たしていた緊張感を打ち砕いてしまったが。

 周囲からの困惑した視線が痛い。ティーナの心が悲鳴を上げた。


「はぁ、は、ンっ、……ふふふ?よく見ておくといい、ティーナ」

「何をでしょうか。死んで下さい」

「彼らの戦い、恐らく決着は着かないだろう」

「……どういう意味です?」


 フランクは前屈みのままティーナを流し見て、意味深に微笑んだ。


「勘だよ」


 最後に一息、熱を吐き出す。

 色っぽくも髪を掻き上げながら上体を起こし、再びフランクは壁に凭れた。



「――失礼致します。ガドニア国首長、フランク・グッドオール殿ですね」

「っ!」


 近付いてきた騎士の呼びかけによって、ティーナははたと我に返る。

 不覚にも、フランクに意識を持っていかれた。

 悔しさに歯噛みした後、ティーナは表情を引き締めて彼らを見遣る。

 

 前方に立つ騎士は、2名。

 薄茶色の髪を1つに束ねた少女騎士。声を掛けてきたのは彼女である。

 そしてその隣には、やや緊張した面持ちの少年騎士。こちらは少女騎士よりも若干年下だろうか。雰囲気含め、頼りなさ気な風貌である。


(護衛役か。少し心許ないけど、まぁ良しとしましょう)


 非公式の訪問ではあったが、一応は要人という立場上、帝国側に入国する旨は伝えていた。だからこそ、最低限の安全は保障しようとしてくれているのだろう。

 ピエールがこの場で皆殺し宣言をした時、殺す対象からフランク達が除外されたのも、要はそういう理由である。

 逆に、ピエールのその発言によって、フランクとティーナは(おおよ)その事情を察した。ピエールの背後にいる人物は、カスパーではなく皇帝だろう――と。


 ティーナは思考を纏め、状況を把握。

 その上で、眼鏡を指先で持ち上げながら口を開いた。


「この(クズ)……失礼。この(クズ)に何か御用でしょうか」

「こらこら、ティーナ。言い直せていないよ?」

「失礼。首長に何か御用でしょうか」


 分かり切った質問を投げる。

 それに対し、先に声を出したのは少女騎士。


「はっ!私はベティーナ・ワイエスと申します」

「僕……いえ、私はダミアン・チェリーノです」

「この場は危険ですので、一先ずは邸の外までご同行願います」


 それぞれが名乗った後、少女騎士のベティーナが要件を告げた。

 想像通りの回答である。

 同時に、ティーナの眉間には皺が寄る。


「ふふ、ティーナと名前が似ているね。髪色も同じだし」


 フランクは揶揄(からか)うような笑みを浮かべ、ティーナを流し見た。

 直後、彼女の表情から何かを察し、「ふむ……」と自身の顎を撫でる。


「あの……?」

「申し訳ない、可愛らしいお嬢さん。(わたくし)の秘書と名前が似ているもので、少々驚いておりました。出来ましたら今夜だけでも、姫の事をベティと呼んでも構わないでしょうか?」

「ぅえ、……あ、はい。紛らわしいかと存じますので、どうぞ」

「ふふ、ありがとう。――ベティ」

「ぅ、え……」


 目元を引きつらせ、鳥肌を立たせるベティーナ。

 見る者によっては黄色い声を上げるのだろうが、生憎とベティーナには心に決めた人がいるのだ。

 今日も今日とてベティーナは、副団長(エリザ)だけを愛している。


「では、参りましょうか」


 不愉快そうな表情のまま、ベティーナが誘導を試みる。

 しかしながら、フランクが動く気配はなく。


「フランク殿?」

「ああ、うん。どうかもう少しだけお待ち頂きたい」

「危険です。速やかにご同行を。さもなくば強制的に――」


 そう言いかけて。


 刹那。

 ――事態は大きく動いた。




*****


 一方、エルは。

 ジークとアロイスの戦闘を眺めながら、自身の胸を数回撫でる。

 努めて、呼吸をゆっくりと繰り返した。

 魔王軍幹部の戦闘など滅多に見られるものではないのだが、今はそんなことよりも(・・・・・・・・)優先すべき事案がある。


(大丈夫。あと少し、発作を抑えるだけなら……)


 脈打つ動きに耐えられず、心臓が小さく悲鳴を上げる。

 今し方、フランクが何やら騒がしくしていたが、あれも心臓に悪いのでやめて欲しいとエルは思う。非常にビックリした。

 それだけの事でも、今のエルにとっては発作のきっかけになってしまう。

 なんて脆弱な体だろうか。

 エルは心の内で嘆きながら、残り少ない魔力で心臓を覆った。せめて、これ以上の負荷がかからないようにと保護してやる。

 本来、非常に緻密な魔力操作が求められるが、その対処法を何十年と行ってきたエルにとっては、単なる習慣化した作業に過ぎず。自身がどれほど驚異的な技術を身に付けているのか、当人には全く自覚がない。


(結局、フリードは死んだままだし。……無駄に疲れただけね)


 溜息を零し、フリードを見下ろす。

 彼に施した蘇生魔法に、魔力を随分と消費してしまった。

 あと数回続けていたら、エル自身も危うかっただろう。

 それでも蘇生に手を尽くしたのは、レオを想っての事である。フリードを殺してしまった罪悪感で、レオが苦しまないように。

 といっても、レオがそのような感情を抱いているのかどうか、全てはエルの憶測でしかないのだが。


 だから、そう。

 兎にも角にも、である。

 これは決してフリードの為ではない――と、エルは自身に言い聞かせるように内言を重ねた。


 フリードが難病に侵されており、実は体が弱かったのだと知って。

 多少なりとも、自分の虚弱体質と重ねてしまい、僅かばかりの同情心が疼いていたとしても。

 それでも、フリードの為ではないのだ。断じて違う。誤解である。


(そうよ。あなたの為じゃないんだから。レオが傷つくのが嫌だっただけ。……本当に、間が悪くて最悪な奴)


 エルは拳を握ると、その甲でフリードの額をコツンと殴った。


「死ぬんだったら、レオと関係のないところで死になさいよ。……バーカ」


 小さく呟き、顔を顰める。

 諦観と、憤怒と、……憂い。



 ――けれど、次の瞬間。

 それらの感情は別のものへと塗り替わり、細められていたエルの瞳は大きく見開かれた。



「ぅ、……がふっ!!が、は、……はぁ、はぁ!!」


 唐突に。

 吐血と共に息を吹き返した――フリード。



「っ、え、……ぃ、いゃぁぁぁああああああ!!アンデットぉぉぉおお!!!」


 後方に手を付き、エルは叫んだ。

 内臓が飛び出したままの、およそ生きているとは思えない体で目覚めるのだから無理はない。


「だ、れが、バカだ……、糞エルフ」

「聞こえてたの!?」


 驚愕するエルの言葉は無視し、フリードは血が絡んだ苦しそうな呼吸の中、上半身を起こす。

 腹部を見ると何本もの管が繋げられており、動揺した面持ちでそれらを掴んだ。


「ぅぐ、……なんだ、これは、……はぁ、はっ、」

「さ、触っちゃダメ!!よく分からないけど、マリウスが治療してくれて――」

「鬱陶しい」

「んなっ!?」


 乱雑に、管を引き千切る。

 それにより、止まっていた血液が勢いよく噴出し、周囲が赤く染まった。

 痛覚は遮断しているのだろうが、見ている側からすると何とも痛々しい光景である。



「――させねぇよクソがッッ!!!」

「ふえっ!?」


 ジークの怒声と、打撃音。

 エル達に接近していたアロイスが、フリードまであと一歩のところでジークに阻まれる。

 びっくりしたエルが、訳も分からず間抜けな声を零した。

 それから一息吐く間もなく、左右からアロイスの斬撃が幾本も――、


「ガウッ!!」

「きゃっ!?」


 シロの鳴き声と共に、エルとフリードの周囲が黒い防壁で覆われる。

 防壁にぶつかる斬撃の激しさに、エルは体を縮こまらせた。

 斬撃は破壊されるまで動き続けるようで、防壁の外ではシロが影を使って応戦していた。


 その間、およそ数十秒。

 防壁が影に戻っていく様を見つめ、エルは奥歯を噛み締めた。


「ハァ、ハァ、……グルル。……大丈夫であるか、エル」


 呼吸荒く、エルの傍で腰を下ろすシロ。

 白かった毛並みは血で染まり、右前足は欠損していた。


「それは、こっちの台詞(セリフ)でしょ……。っ、というか!!どこ行ってたのよ!!途中からいなくなってるの、気付いてたんだから!!」

「わ、悪かった……。我とて、周囲を警戒していたのだ。騎士団が来てからは、お前の影にずっと潜んでいた。いざという時、姿を隠していた方が動きやすいのでな」

「うぅ……、分かってるわよ。何となく、分かってたわよ……。役立たずは私の方。だからこれは八つ当たり……。ごめんなさい、ありがとう」

「いや、……グルル」


 言葉の返しに困り、シロは唸って口を噤んだ。


「――おい、お前らッッ!!!喋る元気があるんなら、フリード連れてここから出ろ!!脱出の手段がねぇなら俺が作ってやる!!」


 アロイスと交戦しながら、ジークがエル達に向けて声を張り上げる。

 その呼吸は乱れており、顔からは尋常ではない汗が流れていた。

 体調の悪さが、目に見えて窺える。


「いいえ、坊ちゃん。私奴であれば、もう大丈夫です」


 静かに立ち上がるフリード。

 腹部の傷は、既に塞がっていた。どうやら、自身の治癒に専念していたようだ。

 蘇った仕組みも不明だが、目覚めてからの僅かな時間で完治してしまうとは、恐ろしい治癒力である。


「嘘ついてんなよ。いいから行け、命令だ」

「いいえ、いいえ坊ちゃん。申し訳ありませんが、それは従えないのです。何故ならば――」


 「ふー……」と、深い吐息。

 湧き上がる感情を静めるように。

 それは、常に冷静であらんとする、己の美学。


 だが、しかし。




「――出来る筈ないでしょうッッッ!!!!!坊ちゃんを置いて私奴だけ逃げるだなどとッッッ!!!!」




「が……ッ!?」


 アロイスが、フリードの回し蹴りによって壁まで吹き飛ばされる。

 転移かと錯覚する程の移動速度であり、アロイスでさえ反応が追い付かず。


「ゴミが、ゴミがゴミがゴミがッ!!!糞ゴミの分際でッ!!!坊ちゃんを!!!よくも坊ちゃんをぉぉぉおおおおッッ!!!!」

「お、おい、フリード……」

「万死に値するッッ!!億回殺す!!!糞ゴミ共がッッ!!!!」


 ジークが若干引いている事には気付くことなく、フリードは額に血管を浮かばせ怒り狂う。




「っ、かふっ。――最悪だ」


 どういう絡繰(からく)りか、元十二死徒が蘇ったという現状。

 アロイスは軽く咳き込みながら、冷静な口調で感想を零した。







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いいねって、いいよね……。

なんかこう、自己肯定感高まる感じが、すごくいいよね……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] フリードさん生き返って本当に良かった……。エルさんとフリードさんのこの距離感がとても好きです。ジーク兄さんを想って一貫したフリードさんと、レオさんを想って赦せるはずがないのだけれど同情して…
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