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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
201/217

剥がれた塗装。

 魔王軍幹部“十二死徒”の1人――ジーク。

 見た目の年齢は3歳だが、実年齢は5歳。

 加えてややこしい事に、前世の記憶を思い出した今、精神年齢は21歳となった。

 


 ジークの前世――黒沼優希。

 レオの前世である、黒沼優美の実兄だった人物。


 享年21歳。

 マンションから飛び降り、自ら命を絶った。


 対して妹の優美は、享年17歳。

 とある事件の被害者として命を終えた。



 優希(ゆうき)と、優美(ゆみ)

 漢字にすると、よく似た名前。

 容姿も2人して整っていた為、子供の時は“カッコイイ兄”と“可愛い妹”として、周囲からレッテルを貼られていた。


 “カッコイイ兄”は能力こそ平凡であったが、明るく、女にモテた。それでも“良い子”だったので、同性から妬まれることもなく、友人は多かった。

 “可愛い妹”は学力に優れていたが、感情表現が希薄で、孤立しがちだった。それでも“良い子”だったので、男子生徒と教師からは好意を、同性からは妬みを向けられることが多かった。


 何れにせよ、良くも悪くも羨望の的となっていた兄妹である。

 しかしながら、そのお綺麗な蓋を開けてみれば、どこまでも深い闇が広がっていた。

 優希の社交性も、優美の秀才さも、それぞれが生き残るための力に過ぎず。

 彼らはただ、闇の中で必死に足掻き続けているだけだった。


 特段、優希は対人面のストレスを強く抱えていた。

 常に明るく、人懐っこく、攻撃性は隠して打算的に。

 外面が良い反面、そのストレスは妹で発散してバランスを取っていた。

 けれどその度に、黒い沼の底へと沈んでいくような重たさを、心のどこかで感じていた。


 そして、中学卒業後。

 優希は日の出よりも早くに家を出て、そのまま行方を(くら)ました。

 今思えば、何かを変えたいと思ったのかもしれない。


 結果、現状は確かに変わった。

 年上の彼女の家に上がり込み、寄生する生活の始まりである。

 更に言えば、暴力を振るう相手が、妹から彼女に変わっただけ。

 別れを切り出されたら、ストックしていた次の寄生先へ。その繰り返し。


 そうしている内に、優希の中でまた何かが沈んでいった。

 自分は結局、何も変わらない。腐ったままだ。

 変わり方も分からない。何故なら既に腐っているから――。




 ――という悲観もまた甘かったのだと、18歳の時に知る事となった。


『坊主、ちょいとおイタが過ぎたなぁ?』


 それは、風俗嬢に寄生していた頃だった。

 とある日、怖いお兄さん達に囲まれ、暴行を受ける。


『男がさぁ、女に手上げちゃいかんでしょ~。それもさぁ、君、お兄さん達のシマでさぁ、――何してくれとんだオラァッッ!!!商品だぞクソが!!顔の痣消えるまで何日かかると思ってんだ、ああッ!?』


 体中蹴られ、殴られ。

 久しぶりの感覚である。

 自業自得だとも思った。


 このまま殺されるのだろうか。

 暴力のある環境で育ち、自分もまた暴力を振るい、最後は暴力で殺される。

 正しく、似合いの死に方ではなかろうか。


『ほら、何か言うことあんだろ?』


 髪を掴まれ、地面から顔を上げさせられる。


『……っ、ず、びば、ぜん……』


 謝罪の言葉を口にしながら、力なくも口角が上がっている自分に気が付いた。

 無意識である。

 引くつきながらも笑おうと細められた瞳から、涙が零れた。

 無性に、悔しかった。

 こんな時でも、自分は笑顔を作ろうとしているのだから。


『おーおー。外面ばっか塗装して、テメーは何がしてぇんだ?』


 その集団内でのリーダー格と思しき男が、優希の顔を覗き込む。


『綺麗な顔して、性根は腐ってんねぇ。坊主、まだ10代でしょう。そんな腐り方してどうすんの。親御さんはいらっしゃる?』


 優希は静かに首を振る。

 男は一度だけタバコを咥え直した後、言葉を続けた。


『あーそう。でもまぁ、若いからまだまだやり直せるよ。大丈夫。腐り方を間違えちゃっただけもんねぇ?』

『……?』


 その言葉の意味を聞き返す力はなく、意識は途切れた。

 次に目を覚ました時、彼は無職ではなくなっていたのだが、それは良かったのか悪かったのか……。


 前世の職業――暴力団組織の下っ端(チンピラ)

 殴る相手が、一般人(カタギ)の男や抗争相手に変更。

 塗装していた外面は、1枚も2枚も剥けまくった。

 ある意味で、腐敗物から発酵した何かにジョブチェンジしたとも言えるだろう――





「――みたいな、美化した時期が俺にもあったわ。良い子ちゃん面する必要もなくなってさぁ。ありのままの自分、みたいな。いや、でもさ、……ねぇわ!!!最悪だわッ!!やってもねぇ犯罪擦り付けられて、上の代わりに豚箱入れられるわ、パワハラの温床……!!更に腐っただけだろクソがッ!!!腐り続けることを仕事にしただけじゃねぇかッ!!そんぐらいの分別(ふんべつ)あるわボケがッ!!」

「がふ……ッ!?」

「あばッ!?」


 記憶の整理が進んでいく中、ジークは荒れる。

 適当な騎士を数人、力任せに殴り倒した。

 鎧が砕け、壁際まで吹き飛んだものの、腹部に穴が開かなかったのは幸いである。身体強化の賜物だろう。


「あー、頭痛ぇし、うぜぇ。タバコってどこで売ってんだろ……。魔族って5歳でも喫煙出来んのかな……。つーか、マジで何だこのオタクくせぇ世界はよぉ」


 大きく溜息。

 前世では、漫画やアニメといったサブカルチャーには、あまり馴染みがなかったジーク。

 あの実家に、漫画やゲームが置いているはずはなく、テレビは父が観ている番組を遠目で眺める程度のもの。

 学校では、アニメやゲームの話をする友人も多かったが、それについていけない自分が惨めであり、やがては妬みに変わった。

 友人や彼女宅で、漫画やゲームに触れた機会はあったものの、「楽しい」より「妬ましい」が勝るだけ。

 終いには(こじ)れ、内心で嘲笑し、見下す思考に辿り着く。


 だからこそ、ジークにとってこの現状は、黒歴史と言っても過言ではない。

 記憶が戻る前の自分を思い返すと、羞恥心で死にたくなる程に。



「――ぅお、危ねっ」


 音もなく、横からアロイスが斬りかかる。

 紙一重で回避が叶った――が、斬撃は弧を描いてジークを追撃した(・・・・)

 比喩ではなく、アロイスの剣から生じた斬撃が、縦横無尽に周囲を飛んでいるのだ。


「私を無視とは、寂しい事をしてくれる」

「あ?キモイこと言ってんなよ」


 続けられる、アロイスからの無音の剣戟。

 避けはするが、宙を舞う斬撃の数は増え続けていった。

 地下に残っていた奴隷商人が、1人、また1人と斬撃の餌食になっていく。


「ははっ!酷ぇなぁ!」


 切断される奴隷商人らを横目で一瞥し、ジークは笑った。

 本心からの笑いである。

 元から自分は、お綺麗な存在ではないのだ。

 それこそ、前世の時から汚れていた。

 そして今世では、魔族という立場上、既に殺しは経験している。

 この惨状に、何ら心揺れるものはなし。

 自分にとっての優先順位は、レオとフリード。それだけである。


「あっはははははははははっ!!!なーんか、酒も飲んでねぇのに愉快だなぁオイ!!でもさぁ、テメーら早くぶち殺して、あの医者にフリードの治療続けてもらわねぇとなんだわ。つーわけで、――遊びも終いだなぁ?」

「っ!!」


 ジークの両手から、魔法弾が連続的に放たれる。

 その数、少なくとも100は超えているか。まるで光線のように、繋がったものとして見えてしまうが、全て弾としてバラバラに動くのだから(たち)が悪い。

 しかも対象に当たるまで、追撃してくる高度なもの。


 アロイスは何発か剣で防ぎ、急ぎ距離を取った。

 斬撃を自身の周囲に呼び寄せ、全ての魔法弾を弾き返す。

 同時に、砕け散る斬撃。

 それでも魔法弾の数が圧倒的に多く、最後は自身の剣で捌き切った。

 この間、僅か数秒の出来事である。


「……末恐ろしいな」


 幼児の段階でこの強さなのだから、成人後はどんな化け物になっているのか。

 絶望が過った。

 他の騎士達は動けぬまま、超人染みた戦いを目に焼き付けるばかり。

 それは、マリウスとて例外ではない。


「ふふっ。……これ以上の見物は、やはり危ないね」


 マリウスは圧倒されながらも、その表情は愉悦に満ちていた。

 しかし、危険を冒してまで観戦するつもりはなく。


「お供致します」


 ルイーゼが言葉を返し、彼らは密かに舞台裏を後にした。

 とはいえ、もしアロイスが敗れれば、どこにいようともジークが追いかけてくるのだろうけれど。


「まぁ、それはそれで面白いか」

「何がです?」

「いや、何でもないよ」


 地上へと続く、石畳の階段。

 先行するルイーゼと、後に続くマリウス。

 2人だけの足音が、静かに響く。


 コツ、コツ、コツ……

  コツ、コツ、コツ……


「……何故、教えてあげなかったのです?それどころか、恨みを買うような言い方を」


 ルイーゼが口を開いた。

 意味深にマリウスの足音が止んだの聞いて、自身もまた足を止める。


「ふふふっ。……気付いていたか」


 くつくつ笑うマリウスを、ルイーゼは無表情で流し見る。


「当たり前です。マリウス様の施術は完璧ですから」

「んー、それは買い被り過ぎじゃない?」


 苦笑し、頬を掻くマリウス。


「それ以外はクズですし、唯の変態貴族ですが――、」

「一気に落としてくるね?」

「どうあろうとも、マリウス様はやはり医師なのです。周りがどう評価しようとも。治療に於いてはどこまでも真剣で、手は抜かない。……それを私は、知っています」

「ルイーゼ……」


 暫し、見つめ合う。

 マリウスは照れたように表情を緩ませ、ルイーゼの一段下まで歩を進めた。

 今だけ、目線がほぼ同じ高さである。

 ルイーゼの頬に触れ、マリウスは顔を近づける。


「……ありがとう」


 目を瞑り、額同士をくっつけた。

 数秒後、額を離して目を開けると、ルイーゼが表情のない顔を赤くさせていた。

 思わず「ふふっ」と、笑い声が零れる。


「……変態ですね。(さか)ってんじゃねーぞ」

(さか)ってはいなかったけど、そういう反応見ちゃうと(さか)りそうになるね」

「斬り落としてよろしいでしょうか」

「何をかな!?」

「斬り落として、家宝に致します」

「だから、ナニをかな!?やめなさいね!?」

「……」

「唐突に黙るんだね?」

「……」

「……行こうか」


 再び上り始める2人。

 ルイーゼの後ろ姿を見つめながら、マリウスは本題に戻って答えを返した。


「……ジーク君へのね、ちょっとしたドッキリだよ。とはいえ、嘘は何も言ってないけれど」

「悪趣味で救いようがないですね」

「まぁ、それについては反論のしようがないね……」

悪戯(いたずら)の結果は、見届けなくてよろしかったのですか?」

「欲を言えばね。……けれど、ここは離脱が賢明だろう。僕の娯楽に、君まで危険に曝すのは嫌だからね」

「……」

「まただんまりかい?」


 ルイーゼの耳が赤くなっているのを確認し、穏やかに笑う。

 次いで、階下を一瞥した。

 頭の中で思い出されるは、フリードの施術。

 心臓は確かに止まったままだった――にも関わらず、起こった出来事。


「全く、興味深いね……。一番ドッキリを喰らったのは、僕の方だろうさ」


 意味深に笑い、呟いた。




***


 ――舞台裏。


 腹部に穴が空いたまま、横たわるフリードの遺体。

 主要な血管と、流れる臓器に繋がれた管は、そのままである。


「……」


 心臓は動かず、息は止まったまま。

 されど、――指先が僅かに微動した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 酒カス・ヤニカスのジーク兄さんも良いですね。精神年齢が二十一歳になってしまったということは、きっともう、やんちゃで可愛らしかった彼は出てこないのでしょう……。何だかんだで妹とフリードが大切…
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