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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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泣いちゃった。

 本はいい。

 知識、思考、価値観、生き方、可能性。

 紙面に綴られた文章を読むだけで、それら多くの事を教えてくれる。

 カーティス家の書庫は、図書館かというぐらいに大きく、国宝並みの貴重な書物まで揃っているので大変楽しい。

 しかもここ王都には、ルドア国最大の国立図書館もある。

 しかもしかも、父様に頼めば一般人が読めないような重要書物まで、公爵家の権限で読み放題だとか。

 当分は読む本が尽きる事はないだろう。むふふふふ。

 思わず口元が緩む。

 私はページを一枚捲ると、傍に置かれた紅茶を口に含んだ。

 今日も私は、窓辺に寝そべる様に腰かけて、日がな一日読書をして過ごしている。

 読み書きは、前世の記憶が戻る前から既に完璧だ。

 大抵の事は一度見ただけで覚えてしまうのだから、天才って本当にいるんだねぇ。

 ……まぁ、私の事ですけどね!

 女神の祝福に感謝である。


「ふあぁ……」


 ふと集中が途切れると、欠伸と共に本から視線を外し、ベランダ越しに庭を見つめる。

 風が運んでくる草花の香りに気を向けては、大きく伸びをした。

 ……優雅だ。

 部屋を見渡せば、模様替えによって新たに置かれた、シンプル且つ最低限の家具と装飾品。

 どこか物寂しいぐらいの部屋が丁度いい。

 ……はぁ、落ち着く。

 前から使っていた可愛らしい家具などの品々は、捨てるのも勿体無いので隣の部屋に移動させ、そこをエルの私室として宛がっている。

 最初にその部屋を見せた時、使用人の部屋とは思えない絢爛さに顔を引き攣らせていたが、少し経つと遠慮がちに天蓋付きベッドに腰かけて、口元を緩ませていた。

 そして瞳を輝かせながら「お姫様みたいね!」と一言。

 楽しそうで何よりである。

 因みにエルは、私兵団に頼んで剣の稽古をつけてもらっていたり、侍女達に礼儀作法やらを叩き込まれていたりと、何やら毎日忙しそうだ。

 今は私の部屋で、最近侍女たちに習った紅茶の淹れ方を実践しつつ、一服している。


「お茶の御代わり、いる?」


 エルが期待を込めた瞳で見つめてきた。


「……貰おうかな」

「わかったわ!」


 耳がピクリと動き、嬉しそうにティーポットを持って椅子から立ち上がる。

 顔を緩ませながらこちらに早歩きで近づいてくる様は、まるで犬。

 中腰になり、窓辺に置かれたカップに紅茶を注ぐと、エルは再び期待の眼差しを向けてきた。

 私は「ありがとう」と礼を述べた後、すぐさま一口啜ってはこう返す。


「美味しいよ」

「……!!ふふ!」


 それで漸くエルは椅子へと戻っていくのだ。

 因みに、このやりとりは三回目である。

 出来ることが増えるというのは、人間誰しも嬉しいものだ。

 少々鬱陶しいが、今しばらくは付き合ってやろう。

 私は小さく溜息を吐きながら、膝の上に乗せていたスーちゃんを撫でた。

 膝上に乗せたスーちゃんの上に本を置くと、丁度良い高さになるのだ。

 クッション代わりにもなる、有能で可愛い奴である。

 ふふ、風が気持ちいい。今日もいい天気だな。


「……さて、エル」

「ん?どうしたの?」


 私は一拍置いた後、微笑みながら短い髪を耳に掛け、窓辺から脚を下ろしてエルに向き直る。

 そしてスーちゃんを膝から降ろすと、自分の影にゆっくりと身体を沈ませた。


「これ、どう思う?」

「……」


 エルは笑顔のまま、その様子を無言で見つめていた。

 私の身体が沈むのに合わせて、エルの視線も下がっていく。

 身体が首元まで沈んだところで漸く止め、現在私は、窓辺に置かれた生首という絵面であろう。


「これ、どう思う?」


 反応がないので、小首を傾げて再度問いかけた。

 全く。人の話しかけに無言とは。

 礼儀作法はまだまだの様だな。後で侍女たちに告げ口しておこう。


「ど、どど、ど、え、……はぁ!?」

「落ち着け」

「どういう状況!?」

「何か出来ちゃった」

「出来ちゃったって、……ええ!?ゆ、夢って、」

「夢じゃなかったわ。やっぱり」

「やっぱりって言いやがった!」


 いやー。私も夢だと思いたかったんだけどね。

 実際、ふわふわとした感覚で現実感なかったし。夢遊病って、あんな感じなんかね?多分違うだろうが。

 でもまぁ、仮面を付けた子供の幽霊の噂を兄様から聞いた時、何か色々察しちゃったわ。確信しちゃったわ。

 現実逃避、そろそろ無理だったわ。うん。

 兄様としては、私をビビらせようと怖い話をしたつもりだったんだろうけど、違う意味で冷や汗掻いてしまった。

 兄様。その子供の幽霊、今あなたの目の前にいるよ?という、ちょっとしたリアルホラーである。


「……と、とりあえず、その遊びを止めて。お願いだから。切実に」

「そうかい?」


 首だけだして、日が当たっていない部屋の床をふよふよと泳いで遊んでいたら、エルが懇願してきた。

 うんしょと身体を影から出して、床に足を着ける。


「えーっと……、正直に言うわ。邸の人達から例の噂、――子供の霊が魔物の血肉と戯れているっていう噂を聞いた時、もしかしてとは思っていたの。思ってはいたのよ。思っていたんだけど、……やっぱりかっ!!」


 エルは勢いよくテーブルに顔を突っ伏した。

 ガンッ、という鈍い音と共に、頭が掠めたことで傾いたソーサーから、必然的にカップが倒れる。

 まだ湯気の立つ紅茶がエルの顔面を濡らしているが、大丈夫だろうか。熱くないんだろうか。

 いや。自傷癖のあるエルにとっては、この程度の痛みは大したことないのかもしれない。うん、エルは強い子である。


「とりあえず、夕食後に私の部屋に来て欲しい。夢の再現をしてみたい。どうやらコレは、影のない場所には移動できないみたいでね。長距離の移動には、夜の様に影が繋がった状況にならないと出来ないみたいなんだ。視認可能な影になら、影同士が繋がってなくても出来るようだけど。……こんな風に」


 私は自分の影に潜り、エルの影から出てくるという芸を披露して見せた。


「……きゃっ!?」


 態勢を崩し、椅子から転げ落ちそうになるエル。

 咄嗟にテーブルの端を掴むが、小さいティーテーブルではエルの体重を支え切れず、やはり椅子から転げ落ちてしまった。

 テーブルも引っ繰り返り、ポットに入った熱々の紅茶と共にエルの頭上に降り注ぐ。

 床に頭を強打するエル。

 テーブルが顔面にめり込むエル。

 更には、紅茶も滴るいい女、エル。

 中々に様になっている。

 面白……いや、大丈夫だろうか。死んでないだろうか。

 心配である。


「熱っっちゃぁぁぁっっ!!」


 あ、生きてた。

 流石にこれは熱かったらしい。

 顔を覆いながら転げまわっているが、大丈夫だろうか。

 いや、きっと大丈夫だろう。エルは強い子である。

 でもちょっと可哀想だったので、何か顔を冷やすものをと周囲を見回してみた。

 ……あ、これなら。

 私は床に落ちていたそれを拾うと、急いでエルに駆け寄り、声を掛ける。


「エル」

「……?」


 エルは顔から両手を離し、涙目で私に視線を向けた。

 可哀想に。すっかり赤くなってしまっている。

 私はすぐさまテーブルと一緒に引っ繰り返って床に落ちてしまった、生クリームたっぷりのケーキを、エルの顔面に急ぎ叩き付けた。

 緊急事態なのだ。多少荒っぽくても仕方あるまい。


「……もがっ!?」


 どうやら落ち着いたらしい。

 エルは静かになった。


「……」


 うん。赤から一転、顔面真っ白である。

 危機は去った。


「ふ、ふえ……」


 笛?

 笛が欲しいのか?

 そんなもの部屋にはないんだが……。

 困った。よく分らんが、とりあえず棒状の笛っぽい物でもいいだろうか。

 周りを見渡してみる。

 ……あ。


「すまない、エル。笛の代わりにこれでもいいだろうか」

「……むぐっ!?」


 私はエルの腰に下げられていた短剣を取り外すと、勢いよく口へと捻じ込んでやった。

 多少荒っぽいが、緊急事態だ。仕方ない。

 しかし、エルは一体何がしたかったんだろうか。

 顔の凹凸が不明な程にクリームが厚塗りされた顔面で、短剣を鞘ごと口に咥えるエルを一瞥。

 ……うむ。全くもってよく分からない。

 少しして、エルの口から短剣がポロリと落ちた。

 カーティス家の紋章が刻まれた、真新しい短剣。

 毎朝、短剣を微笑みながら暫く見つめた後、満足げに腰に差すエルの姿を何度も見てきた。

 新たに長剣と弓も貰ってはいたが、エルにとって、あの夕食での出来事は特別だったのだろう。

 左手中指に嵌められた黒の指輪と同じく、この短剣も、間違いなくエルの宝物といってもいい品だ。

 それが今では、見事にクリームでべたべたである。


「ふ、ふえーーーーーん……」


 両手で顔を覆いながら喚く、エルの悲痛な声が木霊した。




 ――暫くして。


「ひっく、……うぐ、ひっく……」


 現在。

 体を丸め、床に顔を伏せながら、エルはすすり泣いている。


「すまない。良かれと思ってやったんだが、逆に泣かせてしまった」

「うぐっ、……ひっく」


 私はエルに寄り添い、背中を擦り続けていた。

 それから少しした後、エルは小さく顔を上げるが、目の前に転がるべたべたの短剣が視界に入り、再び「うわーーーんっ!!」と号泣し始める。

 しまった。とりあえず短剣をどうにかせねば。

 スーちゃぁぁぁぁんっ!!

 私は窓辺で大人しくしているスーちゃんのもとへ短剣を持って走った。


「スーちゃん。この短剣のクリームだけ食べて、綺麗にしてくれるかい?短剣は溶かさないで欲しいんだが、……出来るだろうか?」


 スーちゃんはぷるぷると震えた後、ゆっくりと短剣へと身体を摺り寄せる。

 そして、形態が変わったかと思うと、短剣をスーちゃんの身体が包み込んだ。

 ……すごい。

 短剣にスーちゃんの身体が薄らと張り付いて、ジェル状の膜が張られたズルリとした短剣の出来上がりである。

 スーちゃんはもごもごと動いた後、短剣から離れ、元の楕円形へと戻っていった。

 短剣もほら、ピカピカである。

 素晴らしい。スーちゃん、有能過ぎて素晴らしい。


「ありがとう」


 スーちゃんを抱きしめ、頬擦りをしながらエルのもとに戻った。


「ごめんね、エル。短剣、スーちゃんが綺麗にしてくれたよ?」

「ひっぐ。うっ、ひっぐ」


 そろりと、こちらを見遣るエル。

 クリームと涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃである。


「ほら、そろそろ泣き止んでくれなか?……ふふ、せっかくの美人が台無しだよ」


 私は苦笑しながら、袖でエルの顔を拭いてやった。

 袖が汚れたが、後でスーちゃんに綺麗にしてもらうので問題ない。


「レ、レオ……」

「本当にすまなかった。ちょっとした悪戯のつもりが、あんなに驚くとは思わなくて……。顔にケーキを投げつけたのも、急ぎ火傷を冷やそうと思っただけなんだ。短剣は……、うん、唯の勘違い、かな」


 あはは、と苦笑い。


「だから、ごめんね?」

「う、うぐ、……えぐ。……レ、レオぉぉぉぉぉぅぅぅ」


 涙腺が再び崩壊し、幼児の胸でおいおい泣き出すエル。

 よしよし。


「レオの馬鹿ぁぁぁぁっ!!ひっく、ひっく」

「ごめんごめん」


 小さく溜息を吐きながら、私はしばらくの間、エルの頭を撫で続けた。

 ……というより、幼児に慰められるって、エルにプライドというものはないのだろうか?

 君、100歳過ぎてるんだよね?

 退行してないかい?

 そんな疑問がふと脳裏を過ぎったが、まぁ、とりあえず今は置いておこう。


 部屋を見回す。

 ……うん。片付け、大変だなぁ。

 絨毯、新しくしたばかりだったんだが……。

 遊びが過ぎた……いや、何でもない。

 エルの頭を抱えながら、ちょっと反省した今日この頃である。


絨毯に落ちた紅茶とケーキは、スーちゃんが美味しく頂きました。

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