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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
18/217

カーティス家の夕食。

 想像してみて欲しい。

 娘(5才)が街へと出かけ、そして奴隷と魔物を引き連れて帰って来る場面を。

 親はまず何を思うだろうか?

 魔物(スライム)はまだ良い。善悪の区別も分からない幼子が、不思議生物に興味を持って拾ってきたのだと思えば納得がいく。

 子供は意味不明な物とか拾ってくるしね。蝉の抜け殻とか、変な形の石とか、蛇の抜け殻とか、鳥の羽とか、あとは……抜け殻とか抜け殻とか。

 だから魔物も、「こんなもの拾ってきちゃいけません!」って捨てるなり殺すなりして処分すればいいだけだ。

 でも奴隷は違う。

 普通の感性を持った子供なら、首輪を付けた人間を買ってなどこない。

 ましてや、直接奴隷商に足を運び、あの異常な光景を目の当たりにした上で買うなど、よほど精神がぶっ壊れた子供でもない限り有り得ない。

 だからこそ、親はまずこう思う。

 “この子は異常だ”と。


 そう。それが普通の反応だ。

 大事な事なのでもう一度言おう。

 それが、普通の、反応なのである。

 では、実際に娘(5才)が奴隷と魔物を連れて帰って来た、とある御家庭の様子をご覧頂こう。



「うふふ。エルちゃんは美人さんねぇ。同じ髪色だから、何だか娘が一人増えたみたいで母様嬉しいわ」

「“エル”と“スー”か。……うん、流石はノーラ。良い名前だね!でもそのスライム、ちょっと父様に貸してもらってもいいかな?」

「わぁ。僕、エルフって初めて見たよ!」


 ……これである。

 私の家族は頭がおかしいのだろうか。異常なのだろうか。

 異常な我が子の行動に、異常な反応示す親。

 ……うん。

 寧ろ、一周回って正常なのかもしれない。

 いや、流石は女神の祝福とでも言っておこうか。

 素晴らしい家庭である。恵まれた家庭である。

 異常な程に、出来すぎた家庭である。

 まぁ、この程度で壊れる様な家庭ではないだろう事は何となく分かってはいたが、まさかこれ程とは。

 女神の祝福、パネェ。

 ……いやいや、受け入れすぎだろ。順応早すぎだろ。

 逆に怖いんだが、この家族。


「エルちゃんも遠慮しないで、たくさん食べるのよ?……あ、でも、病み上がりだったわよね。無理しないでたくさん食べてね?」


 どっちだ。


「あ、ありがとうございます」


 エルは苦笑いを浮かべながら、予想外に受け入れられている現在の状況に困惑気味である。

 因みに今は、家族揃っての夕食の最中。実に8日振りだ。

 紹介も兼ねて、エルとスーちゃんも連れてきた。

 左には兄様。右にはエル。向かいの席には母様と父様。そして、スーちゃんは私の頭の上である。

 母様はやたらとエルに話しかけ、兄様はのほほんとした表情でエルの耳を見つめ、父様は何故か微笑みながら、さっきからずっとスーちゃんのみを凝視している。


「レ、レオ」


 エルが小声で私を呼んだ。

 何だよ。食事中はあまり喋りたくないんだが。

 横目でエルをチラ見する。


「これ、どういう状況!?」


 もっちゃもっちゃ。

 ちょっと待て。今、口の中いっぱいだから。


「……」

「もっちゃもっちゃ」

「……」

「ごくん。……だから言っただろう?君程度、私の家族は受け入れるって。まぁ、これ程とは思わなかったけど。エルも気を張ってないで、ご飯食べなよ」

「貴方の狂気具合から、相当酷い家庭を想像していたのだけれど……」


 何かエルがぶつぶつ言っているが、私は気にせずご飯を再開した。

 もっちゃもっちゃ。

 あ、スーちゃんも食べるかい?


「ふふふ。やっぱり、家族が揃うっていいわね」


 ふと、母様が私の方を見て口を開いた。

 もっちゃもっちゃ。

 気付けば、父様と兄様も、微笑みを浮かべながらこちらを見つめている。

 ごくん。……何だろう。やめて欲しいんだが。

 私が居心地の悪さで硬直させていると、父様が「ノーラ」と私に呼びかけた。


「改めて、元気になってくれてありがとう。これは1日遅れの全快祝いだよ。今日はノーラが好きな物ばかり作らせたんだ。……本当は、色々と計画を練っていたんだけど。ごめんね、仕事が休めなかった。これぐらいの事しか出来ないけれど、どうか祝わせておくれ。ノーラが元気になって、父様たちは本当に嬉しかったんだから」

「……」


 言われて、改めて料理を見回してみた。

 今日の夕食はビュッフェスタイルで、いつもより献立が豪華だとは思っていたが、そういう意図があったのか。

 まぁ、これらの料理が私の好物かどうかはこの際置いておこう。

 というか、……計画?

 そういえば父様、昨日は家にずっと居たな。

 お休み、取ってくれてたのかな。

 昨日何かする予定だったのだろうか。

 チクリと、胸が痛んだ気がした。


「そして、エル」

「は、はい」

「君も元気になって、本当に良かったと思う。ノーラを、よろしく頼んだよ。従者として、友として、ノーラをどうか、頼んだよ」


 父様はエルに向き直り、頭を下げた。

 え、やだ、何。恥ずかしいんだけど。

 親が自分の友達に、「娘がいつもお世話になって~。これからも仲良くしてやってね?」って言う時の子の居た堪れなさってこんな感じなんだろうか。


「……!!はい、この命に誓って」


 ああもう。エルもエルで父様の空気に流されてるし。

 もっちゃもっちゃ。

 ちょっと照れる。

 ……でもね、エル。ついさっきまで死のうとしていた君にその台詞を言われても、めっちゃ薄っぺらい。ごめん、めっちゃ薄っぺらい。


「ふふ、ありがとう。ノーラに代わって、そしてカーティス家を代表して、心からの謝意を。この気持ちの証として、カーティス家の名を自由に使う事を、アルバート・カーティスの名の下に許可しよう。……この貴族社会では特に、奴隷という君の立場は辛いものだと思う。周囲の目は冷たく、嫌な思いをすることも多いだろう。だがこのカーティスという名は、貴族社会のみならず、ルドア国全土において強い影響力を持つ。必ずや君の武器となり、また盾となるだろう。でも同時に、カーティスの名を使う事は危険な事でもあることを覚えていて欲しい。どうしても、権力が大きい程に、それに付き纏う闇も大きくなってしまうから。国に反感を持つ者や、カーティス家に恨みを持っている者も少なからずいる。……だからどうか、上手く使いなさい。願わくば、この名が君を守るものとならんことを」


 父様はエルに微笑みを向けると、静かに片手を挙げた。

 それを合図に、エルの傍へと、初老の爺が台座を両手で持ちながら、温和な笑みを浮かべて近付いてきた。

 ……セバスである。

 カーティス家の執事長であり、父様の秘書のような事もしている爺だ。

 任されてる職務上、決して楽なものではないはずなのに、何故か暇そうに茶を啜ってる姿をよく見かける。

 必要以上に構ってこないのに、お爺ちゃん独特の静かで穏やかな雰囲気が幼児の心を射止めたのだろう、私もよくそのお茶の席に勝手に混ざっていたものだ。

 空いた席によじ登って腰かけると、セバスは微笑みながらハーブティーなんかを淹れてくれて、唯々無言で二人、お茶を啜っていた。


「エル様。こちらを」


 セバスがそっと、台座をエルへと差し出した。

 その仕草一つ一つが気品に満ちているのだから、流石は執事長と賛辞を贈らざるを得ないだろう。

 その台座には、太陽とネズミと王冠が描かれた紋章を刻む、短剣と黒い指輪が乗せられていた。

 ネズミと太陽はカーティス家を。王冠は王族、というより、ルドア国を意味しているらしい。

 時に太陽として、時にネズミとして、表からも裏からも国を支えていきますよーという、忠誠を誓ったものだとか。


「……これは?」


 エルは困惑気味にその品々を見つめ、セバスと父様を交互に見遣った。

 そんなエルに、父様は笑みを向けながらも、真剣な声色で説明を付け足す。


「カーティス家の者であるという証になるものだよ。君が剣技を得意としているのかが分からなかったものでね、護身用の意味も込めて、今回は短剣を選ばせてもらった。長剣が良ければ、そちらも用意させよう。そしてその指輪は、私の付けている、当主を示すこの銀の指輪と対をなす様に作られている。邸の者の中でも、そこのセバスと、私兵団の団長クラスにしか与えていないものだ。この指輪を付ける者が発する言葉は、私の言葉の代理でもある。それぐらい、この指輪の持つ力は大きい。厳密には君は私の部下ではないけれど、その指輪が君を助ける事も多いだろうから、君を守るために、そしてノーラを守るために、どうかこれらを受け取って欲しい」

「……」


 エルは呆けた顔して固まっていた。

 おい、大丈夫か。


「……わ、私の様な者が、頂いてもよろしいのでしょうか。奴隷という立場もそうですが、何より私は、昨日この邸に来て、今日目覚めたばかりです。レオを通して、紹介も今し方したばかり。信頼関係など、私たちの間にはないはずです。そんな私に、何故」


 まぁ、うん。普通そうですよね。

 でも父様は、そんなエルに変わらず笑みを向けたまま、小首を傾げてこう言い放った。


「私はノーラを愛している。そして、ノーラを信じている。だから私は、ノーラが選んだ君を信じるよ。それ以上の理由が他にあるだろうか?」


 お、おぉ……。

 ゲロ甘だね、父様。

 ちょっとエルが引き気味なんだが、気付いているのだろうか。


「そ、そうですか。では、有り難く頂いておきます。その御厚意に報いるためにも、これらを正しく使う事、私の全てに賭けて、再度この命に誓いましょう。……このちっぽけな命にしか誓えるものがない事を、どうかお許しください」


 エルは父様に深々と頭を下げると、セバスに向き直り、短剣と指輪を受け取った。


「ありがとう。今君が持つ全てを賭けて誓ってくれたこと、とても嬉しく思う。そしてこれから先、君の誓えるものがその命以外に増えていく事を、心から願っているよ」

「……ありがとう、ございます」


 エルは目を見開いた後、小さく頭を垂れながら、ポソリと呟いた。

 はい。エルさん攻略終了のお知らせ。

 父様の前では、誰もが皆チョロインである。


「でも、すまないね。こんな食事の場で渡してしまって。本当は書斎で、私直々に渡すつもりだったのだけれど、夕食に君が出席すると聞いたものだから……。こういう場で渡した方が、邸に来たばかりの君でもそう緊張しないかと思って、敢えてこの場を使わせてもらった。決して君を軽視してのものではないという事、どうか分かってもらえたらと思う」

「そ、そんなこと、思ってもおりません。私如きにそこまで気を遣って頂いて、恐縮です……。重ね重ね、旦那様の御配慮、痛み入ります」


 はい、エルさん従属化成功ー。

 父様の前では、誰もが皆従僕と化す不思議。


「さて、食事を中断させてしまって悪かったね。せっかくの料理も冷めてしまう事だし、エルも遠慮なく食事を楽しんでおくれ」

「は、はい……!」


 まぁ、私は気にせず食べ続けていたけどね。

 もっちゃもっちゃ。

 あ、父様がこっち見やがった。


「ふふふ、美味しいかいノーラ?」

「うん」


 頷きと共に、一言だけ返した。

 公爵家の食事だ。不味い訳がない。


「そうか!良かった。……良かった」


 安堵して、その肯定の一言を反芻するように、何度も頷く父様。

 ちょっと目尻に涙が……。いや、気のせいだろう。うん、怖い。


「そういえば、エルフは金の髪に、青か緑の瞳が多いけれど、エルちゃんは珍しい瞳の色をしているわよね。ふふふ。綺麗な紫で、羨ましいわぁ」

「そうだね。それについては私も少し気になっていたんだ。まぁ、クレアの瞳の方が美しいけれど」

「ふふ。ありがとう。あなたの髪と同じこの灰色の瞳が、私も今ではとても好きよ」

「クレア……!」


 はいはい。


「……え、えっと。この瞳の色は、ダークエルフだった母譲りのものなんです。私の村は、逸れのエルフが集う村だったので、エルフもダークエルフも一緒になって暮らしていたんです」

「そうか。……いい村だったんだろうね」


 父様は優しく微笑んで、言った。

 何かを察したかのような、そんな一言だった。


「ええ。……優しい、優しい村でした」


 エルは俯きながら、噛み締める様に呟いた。

 そして父様と母様に顔を向け、小さく微笑み返す。

 その時細められた紫の瞳が、何故だかとても、印象的だった。


父様の語り、なげぇ。

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