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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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閑話 『神々のお茶会。』



 闇の中にも拘わらず、彼女の姿は美しい。

 輝くようなその白金の髪は、本当に光を放っているのではないかと錯覚する程に。

 曇りないその透き通った青い瞳は、全てを見通しているのではと思える程に。

 彼女の美しさは神々しく、唯々美しい。


「……ねぇ、ちょっと。その気障ったらしいナレーション、どうにかならないのかしら?わたくしの美しさが汚されていく様で、不快だわ」

「おや、そうかい?僕としては最高の賛美を送ったつもりだったのだけれど。まぁ、君の美しさは言葉なんてものじゃ言い表せないからね。その不快感は素直に受け取っておくよ。悪かったね」

「ふふ、分かってくれたなら別にいいのよ」

「君のそういう単純なところ、とても愛おしいよ」

「あら、ありがとう。というか、突然訪ねてきて挨拶もないのかしら?失礼にも程があるわよ?」

「おっと、すまない。やり直すよ。……ああ、仕事を取って悪かったね。もう僕は出しゃばらないから、いつも通りやってくれ。天の声」


 男は上を見上げ、誰もいない空間に向かって話しかけた。

 そして、仕切り直すかの様に数歩後ずさり、咳払いを一つ。


「やぁ。こんにちは、女神様」

「あら。こんにちは、神様。」


 女神様と呼ばれたその女性は、椅子に腰かけ、優雅な笑みで男を出迎えた。

 神様と呼ばれたその男は、片手を挙げ、軽快な笑みで女に近づいて行った。


「あなたも飲む?」


 女神は手に持ったソーサーからティーカップを持ち上げ、香り高い紅茶を口に含む。

 そして、ほぅ……、と息を吐き、再びソーサーへとカップを置いた。


「頂こうかな」

「そう。じゃぁ、どうぞ」


 女神はテーブルの向かい側に置かれた椅子を流し見て、腰かけるように勧めた。

 先程までは、女神が腰かける椅子以外に何もなかったにも拘わらず。

 神は、その光景に何の疑問を思うでもなく、平然とした様子で椅子に腰かけた。

 そして、自身の目の前にいつの間にか置かれているティーカップに、躊躇いなく口を付ける。


「うん、美味しいね」

「ふふ。手創りのお菓子もどうぞ?手は使ってないけどね」


 いつの間にか置かれている数々の物は、何故か最初からあったのではないかと思える程に、あまりに自然な様子で現れる。

 というよりも、彼らのその当たり前だという様な態度が、その様な錯覚染みた考えを過ぎらせるのかもしれない。


「ありがとう。君の創った物は何でも美味しいよ。……ああ、そうだ。これ、お土産」


 神はどこからともなく現れた紙袋を女神に差し出した。


「あら、何かしら。……まぁまぁまぁ!!嬉しいわ!ありがとう」

「ふふ。君に喜んでもらえるなら、3日前の夜から並んだ甲斐があったよ」


 紙袋の中身を見て、瞳を輝かせながら喜ぶ女神を、神は愛おしむ様な笑みで見つめていた。


「まさか、この限定物を手にすることが出来るだなんて……!!」

「君がそのゲームの全シリーズを制覇していたことは知っていたからね。これも欲しいんじゃないかと思って、頑張ってみたよ」


 この笑顔を見るために、3日も並び続けた努力を笑顔でアピールする神だったが、喜々とする女神の耳には入って来ず。

 そんな女神の様子に、神は一切気にする素振りもなく、変わらず笑みを湛えていた。


「……さて、女神様。僕としては、その可愛らしい笑顔をいつまでも眺めていたいけれど、そろそろ本題に移ってもいいかい?」


 一通り女神の笑顔を眺めた後、神は微笑んだまま、唐突に話を切り出した。

 その様子に、女神も優雅な微笑みへと表情を戻し、紙袋を足元に置く。


「ええ。拉致ったことでしょう?」

「そう。拉致ったことだよ」


 互いに微笑みを向け合う二人。


「君、また僕の世界から一人連れて行ったね?異世界召喚とかで、人間が人間を拉致っていくのはいいとして、神である君が干渉するのは良くないでしょう?」

「あら、違うわ。神だからこそ、何でもありなのよ?」

「……まぁ、君のそういう暴君なところも愛おしくはあるけども」

「あら、ありがとう」


 女神はスコーンを一口齧ると、紅茶で喉を潤した。


「それで?今回はどんな子を拉致ってきたんだい?」

「あの子よ」


 女神は何もない空間を見つめ、答える。


「……僕にも見える様にして欲しいな」

「あら、ごめんなさいね?」


 神はテーブルに現れていた液晶テレビに顔を向け、画面に映し出された映像を眺める。

 そこに映されていたものは、スライムを抱いた幼い子供とエルフの少女。


「……どっちだい?まさかのまさかで、このスライムって事はないよね?」

「あら。それはそれで面白そうね?」

「うん。面白そうだね?」

「ふふふ、でも残念。拉致ってきた子は、そのスライムを抱えてる方」

「まぁ、そんな気はしてたけどね。……君も残酷な事をする。そんなところも愛おしいけれど」

「あら、ありがとう」

「君がここに連れてきてしまったせいで、この子は更に絶望した事だろう。あのまま死なせてやれば、何も知らずに、何にも気付くことなく、次の生を歩めたというのに」


 神は溜息を一つ吐くと、マカロンを口に放り込む。


「仕方ないじゃない。彼女、面白そうだったんだもの。実際、退屈しなかったわ。わたくしの首を絞めてきたのよ?……ふふふ。あんな事されたの、初めて」


 女神は恍惚とした表情を浮かべながら、画面越しの幼女を見つめた。

 神は、そんな女神に色を帯びた視線を向け、微笑む。


「君が楽しかったなら良かったよ」

「ふふ。この子が何を思い、何を成し、何になっていくのか。今はそれを見守っていくのが、とても楽しいわ」

「観察の間違いでしょう?」

「そうともいうわね。……ああ、それと、ごめんなさい?一人拉致ったお返しに、目を付けてた子をそっちに送ろうと思ってたのだけれど、死ななかったわ。このエルフの子だったのだけど……。何の因果かしらね。ふふふ」

「えーっと、……絶望した子がマイブームなのかい?以前は、勇者願望が強いお馬鹿な子ばっかり拉致ってただろう?」

「だって、見てる分には楽しいのだけれど、直ぐに死んでしまうんだもの」


 女神は頬杖をつき、不快そうに頬を膨らませた。

 そして少し間を置いた後、今度は悲しそうな表情を浮かべると、「それに……」と言葉を繋げる。


「ああいう哀れな子には、次の生では幸せになって欲しいのよ。この境界はマナで満ちているから、ここに来た魂は少なからずその恩恵を受けるわ。マナで満たされた魂には様々な力が宿るから、当然幸せな生を歩みやすくなる。だから呼んだ、っていう理由もあるの。でもまぁ、……ふふふ、興味本位の方が強いけれどね?」


 片手を頬に付け、小首を傾げる女神。

 そんな彼女に、神は困った様な笑みを返した。


「全く君は……。優しくも残酷で、本当に惚れ惚れするよ」

「あら、ありがとう」

「でも僕としては、君が傷付くところは見たくないから、ああいう子には関わらないで欲しいところだけどね」

「やだわ、それが楽しいんじゃないの。あなただって分かっているでしょう?確かに、あの子と関わったことで、わたくしは感傷に浸って泣いてしまったわ。でも、わたくしたちにとっては、そんな出来事こそがとても尊い。暇で暇で、死にそうな程に暇な、この永遠に続く時の中で、自身の感情こそが唯一の娯楽。だからこそ、その感情を揺さぶる刺激を求めて止まない。無感情に、無関心に、時が流れるのも忘れて無を漂うのもいいけれど、そういった遊びをする事にはもう飽きてしまった。それ程に長い時の中を、わたくしは存在し続けてきたのだから……」

「……でも、今は僕がいるだろう?」


 神は腰を上げると、俯く女神のもとへと移動し、彼女の肩にそっと手を置く。

 女神はその手に自身の手を重ね、「ええ、そうね」と儚げに微笑んだ。

 そして暫く、彼らは互いに見つめ合う。


「女神様……」

「神様……」

「結婚しようか。そろそろ」

「あら、ごめんなさい」


 玉砕。

 しかし、そんな事には慣れているのか、神は気にするでもなく「あはは」と笑う。


「それじゃ、僕はそろそろ帰るよ。また来るね。良い夜を」

「ええ、良い夜を」


 神は笑顔で手を振った後、闇の中へと溶けていった。

 “こんにちは”とやって来て、“良い夜を”と言って去っていく。

 そんな滅茶苦茶な挨拶を、当人たちは気にしない。

 何故なら、この境界という空間に、そもそも時の流れなど存在しないからである。

 あるとすれば、女神こそがこの空間の時そのもの。

 女神の体内時計とでも言うべき曖昧な時の流れのみが、この空間の時を示すのだ。

 女神は一人椅子に腰かけ、手に持ったソーサーからカップを持ち上げ紅茶を啜る。

 何もない空間を見つめながら、彼女は呟いた。


「そうまでして、貴方は消えたいのね……」


 それが、何を見つめて呟いた言葉なのか。

 彼女は瞼を閉じると、深く息を吐きだした。

 しかし、その息が吐きだし終えた後、突如として口元は緩みだす。


「……ふふ。この感情も中々に楽しいものだけれど、今はこっちね」


 女神は足元に置かれた紙袋を手に取り、立ち上がった。

 そして、いつのまにか置かれていた、目の前のベッドに倒れ込む。

 椅子も、紅茶も、既にその場に存在しない。

 いつから消えていたのか、テーブルも、神が腰かけていいた椅子も、当然のことながら消えている。

 まるで、元から置かれてなかったかの様に。


「ふふふ!さてさて、これはどんなお話なのかしら?どんな結末なのかしら?どんな主人公に育てようかしら?」


 女神は紙袋から取り出した箱の中からカセットを取り出すと、枕元に置かれていたピンクのゲーム機にセットして、鼻歌交じりに電源を入れた。


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