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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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君を買った理由。

筆者のもう一つの投稿小説である『不死の噂』にて、黒沼優美の死因を明かしました。

サブタイトルは「黒沼優美」です。

刑事や探偵の視点から、客観的に書いております。

興味のある方は、チラ見して頂ければ幸いです。

 はぁ……。

 ヤバかった。今のはマジでヤバかった。

 ただでさえ、自身を切り裂きたい狂気に耐えながらも、ナイフでリンゴを剝いていたのだ。

 そこにエルフの、ナイフ下さい=自殺します宣言。

 死をどれ程渇望しているのかを試そうと、ナイフを渡した。

 死にたいと思っていても、刃物を自分に突き刺して死ねる奴なんて、ほとんどいない。

 無意識に急所を外してしまったり、恐怖で手が止まる者の方が多いだろう。

 だから人は、後戻りが出来ないような死に方を、出来るだけ恐怖や苦痛を感じない死に方を選んで自殺する。

 それなのに、このエルフは違った。

 自身に向ける刃物の方向が、急所から明らかに外れていた。

 確実に刺しきれるかどうかは別として、普通は一回で死ねるようにと急所を狙うはずだ。

 本当は死ぬ気がなくて、自傷行為をしたいだけかとも思ったが、それなら手足でもいいだろう。

 腹なんて刺せば、直ぐに治療しなければ確実に死ぬ。

 痛みに悶えながら。時間をかけて。

 どういうつもりかと、エルフの顔を覗き見てみれば、……ああ、なるほど。

 元からそのつもりなのだ、このエルフは。

 何度も刺して、苦しみぬいて死にたいのだ、このエルフは。

 ……君は、死ぬだけでは意味がないんだね。

 自分への激しい嫌悪、憎悪、悲哀、懺悔、後悔、拒絶。

 そして、自分を殺せることへの歓喜。

 それらが入り混じったその表情を、何故だか美しいと感じた。

 ――でもね?

 君は何も知らない。

 死は終わりじゃない。

 生ある者は、死ぬために生き抜いて、そして、また生きるために死んでいく。

 死は生だ。

 だから、死は終わりじゃない。

 君はそれを知らないから、そんな簡単に死ねるんだ。


「――ああ、いいなぁ」


 いいなぁ、いいなぁ。羨ましいなぁ。

 死に希望を持っていた、あの頃が懐かしい。

 そうだよね。私だって、真実を知らなければ、今頃喜々として死んでいたよ。

 狂気に狂喜して、感情のままに、笑みを浮かべながら死んでいたよ。

 ああ、いいなぁ。いいなぁ。いいなぁ。いいなぁ。いいなぁ、いいなぁ、いいな、いいな、いいな、いいな、いいないいないいないいないいないいないいないいないいな――、


 気付いたら、……うん。

 発狂しちゃってましたわ。てへ。

 狂気のままに自身の手の甲に齧り付いたのは、寧ろ理性がそうさせた行動だった。

 痛みのお陰で、何とか正気に戻れたのだから。

 ドン引きから立ち直ったかと思えば、今度は完治した私の手の甲を見て、驚愕した表情のまま固まるエルフ。

 忙しい奴だ。

 引き続き手に付いた血を舐め取っていると、部屋のドアが突如として開く。

 そして、「お嬢様!」という声と共に、顔全面を仮面で隠した一人の私兵が転がり込んできた。

 ゴロゴロゴロー、シュザザ!!って感じだ。

 転がった姿勢から態勢を立て直し、今は床に手を付いて、もう一方の空いた手でナイフを握りしめている。

 ド派手な登場シーンに、思わず口元が引き攣った。

 まぁ、問題なのはそこではない。

 呆気に取られるほど勢いよく入ってきたにも拘わらず、足音も、気配も、ドアを開けるまで気付かな かったという点だ。

 情報を扱う隠密部隊的なのがいるとは知っていたが、まさかこれじゃないよな?

 実力は凄いんだろうけど、このあからさまな恰好……。

 マントから覗く、動き重視の身軽な服装。髪はフードで隠され、顔には仮面。

 いやいや、まさか。……え、マジで?

 

「お嬢様!お怪我はありませんか!?……ああ、口から血が!!おのれ、奴隷の分際で……!!」

「うん、待て待て」


 エルフを仮面越しに睨み付け……ているのであろう私兵に、私は片手を突き出して待ったをかけた。


「これは自分でつけた傷を舐め取った時に付いたものだ。傷ももう塞がっている。……というか何故、何か起こっていると分かった?私の声でも漏れていたか?」


 発狂してたしね。


「いえ。仰せのままに、部屋近辺には誰も近づいておりません」

「なら何故?まさか君、聞き耳なんて立てていないだろうね?」


 瞳を細め、男を見つめる。


「とんでも御座いません!旦那様の御命令で、カーティス家御方々を探る様な行動は禁止されております!……が、御身の安全を確認するために、嗅覚と生命反応を察知する事のみは許可されております故、今回は血の匂いに反応して駆け付けました」

「あー、うん、なるほどね!」


 口元の血を、袖でごしごしと拭う。

 ……これからは気を付けよう。


「すまなかった。私の浅はかな行動で、皆を心配させた。もう大丈夫だから、部屋から出て行ってもらえるか?……他の者にも、異常はないからと伝えてくれ」


 気付けば、部屋の外が騒がしい。

 何人もの足音が、こちらに近づいてくるのが分かった。

 どうやら、結構な騒ぎになっているようだ。

 カーティス家、面倒臭い。

 

「畏まりました。では、私はこれにて」


 男は一礼すると、部屋を後にした。

 ……ふぅ。マジ、次から気を付けよう。


「さて……。騒がせてしまって悪かったね。」

「あなた、女の子だったの?」

「そうだよ?」

「そ、そう……」


 お嬢様って呼ばれてたしね。

 というか、別に性別を隠したくて男装している訳じゃない。

 女の恰好を拒否したら、必然的に男装になってしまうというだけで、寧ろ男と間違われるのは不本意だ。


「話を戻そうか。生きてる理由、だっけ?」

「答えてくれるの?」

「構わないよ。って、あーあ。リンゴ、無駄になっちゃったね」


 口直しにリンゴでも食べようかと、スーちゃんの上に乗せた皿に目を遣った。

 ……見事に血塗れ。

 捨てるのも勿体無いので、スーちゃんにリンゴを皿ごと渡すと食べてくれた。

 何でも食べる良い子である。

 口の中が血の味のままだが、まぁ仕方ない。

 「結構血って美味しいね☆」とか全然思っていない。掠りもしていない。

 あ、そういえば水あったわ。

 サイドテーブルに置かれた水差しから、グラスに水を注ぐ。

 ……ごくごく。ぷはぁ。……ごくごく。


「話を続けてもらっても?」


 痺れを切らしたように、エルフが話を急かし出す。

 余裕のない子だわぁ。


「ぷはぁ。……分かった分かった。そう急かさないでくれ。私が生きる理由、その答えはとても単純だ。それはね、……死ぬためだよ。私は、死ぬために、消えるために生きているんだ」


 そう答えて、私はエルフに微笑みかけた。

 しかしエルフは、怪訝そうに首を傾げるのみ。

 私は、やっぱ伝わらないかと、苦笑する。

 とはいっても、これ以上の説明は難しい。


「えーっと、私の望む死はね、消滅なんだ。それは、唯死ぬだけでは達成されない。転生を繰り返すだけで、記憶がなくなるだけで、魂までは消えないんだよ」


 そう。今回は運がよかった。

 前世の記憶も、女神と出会った記憶も、思い出せたのだから。

 次も覚えている保障はない。というか、多分忘れてしまっているだろう。

 忘れたまま、命のサイクルに再び取り込まれ、それは永遠に繰り返されてしまう。

 黒沼優美の絶望も、私の思いも置き去りにして。


「意味が、よく分からないわ」

「ふふ。証明なんて出来ないからね。でも、私は確かにその事実を知っている。これで最後。この命で、私は私を終わらせる。だから、死ぬわけにはいかない。もう転生なんてしてやらない。私は、自身が消えるその日まで、絶対に生き抜く。その為なら、……そうだな、不死にでもなってみようか。ふふふ。矛盾しているようで滑稽だ」


 思わず笑いが零れた。

 気を抜くと、感情が昂って制御できなくなるので要注意である。


「……。あなたの言ってることは、分からない。けれど、私よりも絶望を知っているあなたが、死にたがってるあなたが、今もこうして生きている。死にたい狂気を抱えながら生きることは、とても苦しい。だって、狂気のままに腹を掻っ捌いた方が、ずっと楽だ。私はその苦痛を知っている。死にたくても死ねない様に拘束され、死への渇望と生への絶望の狭間で、狂気に狂いながら生かされ続けていたから……」


 エルフは苦しそうに瞳を閉じ、俯いた。

 ふと、黒沼優美が、重なった気がした。


「ありがとう。私を分かってくれて。分かろうとしてくれて。……それで、君はやっぱり死ぬのかな?きっと、その方が幸せな選択なんだと思う。だから私は、君の死を止めないよ。生き直す方が、きっと幸せだ。でももし、消滅という意味での死を望んでいるのなら、お勧めはしない。次の生で、記憶を思い出せる可能性も、私の様な真実を知る者と出会える可能性も、限りなくゼロだろうから。私は、君の思いを尊重したい。死にたいなら死ね。そして生きろ。消えたいなら、私と来い。狂気を宿しながら、首を、腹を、唯々切り裂きたい衝動に抗いながら、一緒に苦痛の中を生きよう。そしていつか、方法を探し当て、私が必ず君を消してやる。だから、……私と、生きてはくれないか?」


 こんな場所で、一人はもう耐えられない。

 最後まで、狂気に抗える自信がない。

 死にたいのに死ねない、理想と現実の狭間で、気が狂いそうだ。

 理性が完全に飛んでしまいそうな恐怖の中で、あとどれだけの時を生きればいいのかと思うと、唯々絶望する。狂気に、殺されてしまいそうだ。

 気が、遠くなる。


 ――ああ、そうか。

 だから私は、奴隷を買ったんだね。

 だから私は、君を選んだんだね。


「……何故、奴隷を?」


 エルフが問う。


「居場所が、欲しかったんだ」


 私は答える。

 子供染みた答えを。

 所詮は私も思春期の糞ガキかと、乾いた笑いが零れた。


「居場所?」

「……ここは、酷く温かくて、眩しくて、私みたいな人間にとっては、とてもとても苦しい。自分の醜さを、自分の異質さを、唯々思い知らされ続ける……。幸せを、温もりを、身体と心が拒絶して、悲しくなる。辛くなる。死にたくなる。地に足が着いていない様な浮遊感が気持ち悪い。この優しい場所には、私の様な狂人は似合わない。だから、汚したかった。汚して、自分が落ち着ける様な居場所を作りたかった。その為には、奴隷の様な存在が、私の傍には必要だと思った」


「……それなら、生きたがっていた奴隷でも良かったはずよ。何故、私を?」

「死にたがってたから。私と同じだと、そう思ったから。……ふふ、浅ましいだろう?同情や嗜虐心で買う人の方が、よっぽど純粋だ。生きたがってた奴隷?ああ、確かにいたよ。でも、生に執着し、生に希望を持っている様なら大丈夫だろう。私は、死を不幸なことだとは思っていない。だって、一度死んでも、また生き直せる。だから、生きたいと望んだあのウサギのオッサンも、熊女も、今は唯、その不幸な生を終わらせてやろう。次こそは幸せになれるようにと、せめて祈るぐらいはしてやろう。死を望む私が、彼らにしてやれることなんて、それぐらいしかないのだから。だから、切り捨てた。だから、君を選んだ。……すまない、こんな答えで。独りよがりの、幼稚な理由だ」


 これでは、まるで懺悔だ。

 こんな下らない理由なのかと、我ながら呆れる。

 私は俯き、スーちゃんを撫でた。

 エルフは、黙ったままだった。


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