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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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オズワルドの報告。

 アルバート・カーティス公爵。

 このルドア国における宰相であり、王族に次ぐ地位と権力を持つ男である。

 執政において周囲の者は、彼の的確な判断力とその手腕に敬意を抱く。

 民衆は、彼の有能さと、その温和で親しみやすい性格に強い好感を抱く。

 また、重度の愛妻家で親バカとしても知られ、能力・性格に欠点のない人間が持つ唯一の弱点として、それが返って更なる人気を高める結果となっていた。

 それこそ、王族よりも高い支持を得ているのではと噂される程に。


 ――そう、そんな彼の事である。

 きっと。そう、きっと、今回の事も笑って許して下さるに違いない。

 オズワルドは、そんな淡い期待、……否。儚い願いを胸に、公爵の書斎部屋への扉を開けた。

 出来れば、もう少し卒倒したままでいて欲しかった。

 いつもなら、尊敬する主人に対し、この様な事は思いもしない。

 だが、書斎机に両肘を付きながら組んだ両手に顎を乗せ、不気味な程に柔和な笑みを浮かべるアルバートを見れば、そんな考えが過ってしまった彼を、誰も責められはしないだろう。


「カーティス公爵家、第一私兵団副団長オズワルド・ダウティ。ここに参上致しました」


 オズワルドは脂汗を額に滲ませながら、アルバートに深く頭を下げた。

 直属の上司である団長のレックスから、「行ってこい」と満面の笑みで見送られた、先程の処刑宣告を思い出しながら。

 ……あいつ、絶対楽しんでやがる。

 いつかレックスを打ち負かし、団長としてあいつを扱き使ってやると、オズワルドは野心を熱くした。


「顔を上げなさい」

「……はっ」


 オズワルドは、生唾を飲み込む。

 それから、絨毯に自身の汗が滴り、染みを作るのを見届けた後、ゆっくりと顔を上げた。


「まずは、我が娘の護衛、ご苦労だったね。急な頼みで申し訳なかった」

「とんでも御座いません。我ら第一私兵団、カーティス家御方々の身辺警護が最重要任務。当然の事で御座います」

「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」


 アルバートは安堵したように息を吐くと、一拍置いた後、小首を傾げて再び微笑んだ。

 それに伴い、彼の灰色の髪がさらりと揺れて、その美しい碧の瞳は細められる。


「――それで?」

「……」

「報告を聞こうか」

「はっ。道中、問題なく街へと到着し、中央広場の駐車場にて降車。その後、散策を開始。昼食は露店にてナムドを召し上がり――、」


 オズワルドは背筋を更に伸ばすと、心臓が口から出てきそうな錯覚を覚えながらも報告を述べていく。

 もうどうにでもなれと、半ばヤケクソに。

 文句があるなら、お前がやってみろよ!絶対同じ結果だったからね!?あのお嬢様を止められる訳ないからね!?と半ばキレ気味に。

 淡々と、それはもう淡々と、オズワルドは護衛時の出来事を報告していった。


 報告が進むにつれて、アルバートはその微笑みを段々と薄れさせ、終いには眉間に皺を寄せながら瞼を閉じる。

 ――恐い。非常に恐い。

 だがこれで、目を合わせながら報告するという、拷問の様な状況からは脱することが出来た。

 問題の先送りでしかないけれど、今のオズワルドにとっては、それがせめてもの救いと言えよう。


「――報告、以上で御座います」

「……」


 思わず呼吸を忘れてしまう程の重苦しい沈黙が、辺りを支配する。

 オズワルドは生唾を飲み込み、じっとアルバートの言葉を待った。


 そもそも、何故オズワルドが、温和な性格であるはずのアルバートに対し、こうも怯えているのか。

 オズワルドは、目を閉じる主人を見つめながら、数年前のある出来事を思い出していた。

 アルバートの息子であるロベルトが、当時6才だった時の話だ。

 カーティス家の邸に訪れていたとある貴族の当主が、ロベルトの灰色の髪と瞳を見て、「溝ネズミが」と呟いたのだ。

 顔を歪ませながら、汚らわしいものを見るように。

 それは、アルバートが余所見をしていた隙に吐いた、小さな呟き。

 ロベルトにさえ聞こえていなかったのではないだろうか。

 しかし、それでも幼いながらに何かを感じたのであろう。ロベルトは悲痛な表情を浮かべ、俯いた。

 アルバートは直ぐにその異変に気付くと、何の躊躇いもなく、その場で手を叩くこと三回。

 ……情報部隊である、第三私兵団を呼び出した。

 この部隊に所属する兵のほとんどは、何かしらの感知系スキルを持っている。

 そして、呼び出された兵の一人は、アルバートが何かを問うまでもなく、主人が欲しがる情報を耳打ちした。

 アルバートは、静かに微笑む。

 ただ、それだけ。

 その後、ロベルトを侮辱したその貴族は、ルドア国から姿を消したという。



「報告、御苦労だった」

「……っ!!」


 呼吸を、吸った。

 オズワルドは、そこで漸く、自身の呼吸が止まっていた事に気付く。

 気付けば、アルバートの閉じられていた瞼は開かれ、碧の瞳が覗いていた。

 長く、時間が止まっていたかの様であった。


「はっ!」


 一拍遅れて返事をするオズワルドの額から、尋常じゃない程の汗が滲みだす。

 アルバートはその返事を聞くと、険しい表情のまま視線を落とし、またもや口を閉じる。

 再び訪れた沈黙タイムに、オズワルドは思う。「あ、これ死んだわ」と。

 それでもアルバートの次の言葉を待つ他に選択肢はなく、その心情はまるで、処刑宣告を言い渡される罪人である。

 しかし、少しの間の後に、その恐怖も、不安も、緊張も、全てが杞憂であったと思い知ることになるのだが。


「……ふむ」


 アルバートの口から、気難し気な声が漏れた。

 ……何を言われるのだろう。

 オズワルドが固唾を飲んで見守る中、発せられたのは意外な内容のものだった。

 

「異常な治癒力、か……」

「……え?」

「ん?」


 まさかの視点に、いや、指摘するにしても今じゃないだろうと思っていた話題を、一番に取り上げられ、オズワルドは戸惑う。

 そんな彼の様子に、アルバートは不思議そうに問いかけた。


「どうかしたのかい?」

「その、……奴隷を買ってきたことに怒っていらっしゃったのでは?」


 オズワルドのその答えに、アルバートは益々不思議そうに「何故?」と小首を傾げた。


「え、だって、奴隷ですよ?カーティス家の御令嬢(5才)が奴隷を買ったとなれば、その……、色々と問題では?」

「だから、何故?」

「は?」

「いや、君の言いたいことは分かるよ?外野が騒ぎ出すのを懸念しているんだろう?でも、奴隷を買うこと自体は悪い事ではない。ましてや今回は、処分品だった瀕死の奴隷だ。ノーラのその優しさに、誇りこそすれ、怒る要素なんかないだろう。問題にする意味が分からない。だから、これは隠す必要がない事だ。にも拘らず、理不尽で不当な評価によって、外野が馬鹿みたいに騒ぎだすというのなら、それはその時に対処すればいい。……だって、私も家族を守らなければならないからね?」


 意味深に笑みを深めるアルバート。

 恐れよりも畏れを。

 そして気付いた時には、周囲の者は彼に喜んで頭を垂れ、敬服し出す。

 それがこの男、アルバート・カーティスだったと、オズワルドは今更ながら実感する。

 彼は、不正なく、常に正しい。

 優しくありながらも、その行動に偽善はなく、筋が通っている。

 だからこそ、人々は彼に付き従う。

 ――そうだ。これが旦那様だった。

 同時に、エレオノーラの「この程度なら許して下さる」という言葉を思い出す。

 お嬢様は、この事を理解していたのだろうか。あの歳で、既に旦那様の本質を見抜いていたのというのだろうか。

 護衛という立場について私に説いてきた、聡いお嬢様。

 ああ、そうに違いない。


 実際は違うのだが、オズワルドがその真実を知る訳もなく。

 彼は唯、胸に込み上げるその感動を、抑えることが出来ないでいた。

 さっきまでの自分は何て愚かだったのかと。こんな些事で、家柄の事を気にして怒る様な方ではない事ぐらい、もう随分前から知っていたはずではないかと。

 オズワルドは自分を叱咤し、続けられるアルバートの教鞭に耳を傾けた。

  

「そもそも、執政する立場にあり、奴隷を認可しているのはこの私だ。そんな私が、一体どの面下げて、奴隷を買うなと我が子に説教出来ようか?笑い話にも程がある。けれどノーラは、身元がバレない様にと、そんな薄汚れた私の立場を、カーティス家の事を案じてくれた。何て優しく、賢い子だろうか私の娘は」

「はっ。おっしゃる通りです」

「魔物にしてもそうだ。確かに魔物は討伐対象だが、だからといって、魔物を唯々憎悪し、無差別に駆逐しようとする社会の考え方は間違っているよ。魔物にも感情はある。思考もある。もちろん、共存は出来ない以上、人間を襲う魔物については討伐すべきだ。でも、こちらから手を出さなければ、ほぼ無害な魔物だってたくさんいる。にも拘らず、魔物というカテゴリーで一括りにして、今じゃ幼い子どもでさえも、無差別に魔物を敵視している。そんな中で、ノーラは社会からの刷り込みなど関係なしに、自分の意思を持って行動した。何て思慮深く、何て――(以下略)」




「――すまない、興奮してしまった」

「いえ」


 前言撤回。

 ……いや、一部修正と追記。

 話に熱が入ると、止まらなくなるタイプだった。特に妻子の事に関しては。

 あと、やはり親バカ。

 遠い目をしながらオズワルドは思った。

 

「それで、治癒力のことなんだが」


 ああ。そういえば、最初の本題がそれだったなと、オズワルドは薄ら笑いを浮かべ頷いた。


「これについては、スキル鑑定で調べる。本来なら貴族は、10歳の誕生の儀の際に行うものではあるけれど、まぁ、厳格な決まりがある訳でもないしね。もうすぐロベルトも10になるし、その時、ノーラにも鑑定の儀を行わせようと思う」

「畏まりました」


 まぁ、そうなるだろうとは踏んでいた。

 オズワルド自身も、何かしらの特異なスキルによるものだとは思っていた為に、この判断に大して驚くこともなく頭を垂れる。


「……セバス。聞いていたね?ノーラの分の手配、頼んだよ」


 アルバートはどこを向くでもなく、セバスと呼ぶ人物に指示を出す。

 書斎にはアルバートとオズワルドの二人のみ。

 しかし、主人のその言動に、オズワルドは何を思うでもなく書斎の壁を一瞥。

 隣の部屋で茶でも飲んでいるであろう人物の事を思い浮かべながら。

 ――あの爺ぃ、俺の心音聞きながら、前半ほくそ笑んでやがったんだろうなぁ。

 そう思うと、他人の不幸で飯うま状態を堪能していたセバスを殴り倒したくなってきたが、この感情の変化による心音、血流の音さえも聞かれているのだと思うと、怒りも萎えてくるというものだった。

 どうせ、セバスを楽しませるだけだと。

 オズワルドは、脱力したように溜息を吐いた。


「さて、もう下がりなさい。ご苦労だったね」

「はっ。失礼致します」


 オズワルドは深く腰を折り一礼すると、そのまま書斎を後にした。

 その場に残るのは、アルバートのみ。


「転生者、か……」


 小さく、呟いた。

 セバスは既に隣の部屋にはいない。

 というよりも、主人のプライベートまで感知しようとする愚者など、元よりこの屋敷には存在しない。

 よって、この呟きを聞く者も、その言葉の意味を知る者も、本人のみである。


 勇者バッカスは、例の症例の後に、異様な速度で成長していった。

 恐らく、特異なスキルの影響だろう。

 そして彼は、転生者と宣った。

 ……ノーラもだろうか?

 彼女もバッカスと同じく、特異なスキルを持っているのだろうか?

 バッカスとの共通点が増える事に、アルバートは言い知れない不安を抱くのだった。


 ――でもまぁ、とりあえず。


「あのスライム、消し炭にしてやろうか」


 助けられた分際でノーラを攻撃だと?

 治癒力が人並みだったら、今頃大怪我どころではなかった。

 下手したら骨にまで溶解液が回っていた事だろう。

 治癒のスキルがあったから良かったものを、……いや、あったとしても痛かったであろう。


 アルバートは、椅子に深く凭れ掛かると、「ふぅ」と息を零す。

 そして、静かに微笑んだ。

 ただ、それだけである。



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