スライム拾いました。
「では、この奴隷の説明をさせて頂きます。種族はエルフ。性別は女。名前は不明。心臓が弱く、激しい運動が困難です。その所為か、魔力もエルフの中ではかなり少ない方です。精々、一般的な人間の魔法使い程度でしょうか。それと先程も言いましたが、自殺や自傷行為が酷いです。身体にも目立った傷が幾つも御座います。体力の回復と同時に拘束具を付ける事をお勧め致します。また、購入後に奴隷が死ぬような事があっても、当店では一切の責任を負いません。よって、返金も致しかねる事、ご了承下さい」
「分かった」
「では、契約書にサインを」
……あ、これ、身元がバレちゃうじゃん。
「……偽名でもいいか?」
「構いません。形式的なものですのですから」
ホッ。
何だよ、驚かせるなよ。
えーっと、『レオ』でいいかな。
「レオ様、ですね?では、奴隷契約を行いますので、この針で指を刺した後、血液と一緒に首輪に触れて下さい。それで奴隷契約は終了です」
「それだけで?」
「はい。この首輪は魔道具でして、血液と魔力を認識する仕組みになっております。魔力に関しては、生き物の身体から常に放出されている微弱な魔力でも感知するため、魔法が使えない方でも問題ありません。この首輪に登録した者は主人となり、その首輪を付けた者は奴隷として、登録者である主人に逆らう事が出来なくなります」
「逆らったらどうなるんだ?」
「首からの激痛により、呼吸困難となります。そしてその状態が続けば、死にます」
「なるほど」
私は深く頷くと、トーマスから針を受け取り、……。
先端を見つめる。
……尖っているな。何て鋭利なんだ。
……。
刺す。針を、刺す。
「くふふ、」
「お、お嬢様?」
針を、刺せば、いいんだよね?
よし、刺そう。
針を、刺そう。
刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す、刺す。
「あははははははははははは!!」
「お嬢様ぁぁぁ!!!!」
オズワルドに拘束された。
気付けば左手が血だらけだった。
トーマスも思わずドン引きである。
「……すまない。ちょっと興奮してしまった」
「もう、本当、旦那様に何て言えばいいのか……」
オズワルドがえぐえぐと泣き始める。
針ぐらいで大袈裟な。傷も小さいから直ぐ治るって。
……あれ、もう塞がってる。
治癒力半端ない。これも女神の祝福だろうか。
「で、では、首輪に触れて下さい」
「うん」
首輪に触れると、魔法印が一瞬浮かび上がった。
そして、その首輪を奴隷に装着。
……少々、血がベットリと付きすぎてしまったか。
何か不気味だし、後で拭いておこう。
「お疲れさまでした。では、大銀貨6枚、お願い致します」
「金貨1枚じゃないのか?」
「まぁ、死ぬ可能性が高い奴隷ですし、処分品だった事も含めて、初回サービスとさせて頂きます。今後ともぜひ御贔屓を」
きゃっほう!太っ腹!!
「ありがとう。では、金貨1枚を支払おう。釣りは要らない。こちらこそ、今後ともよろしく頼む」
「……よろしいので?」
「ああ。だがその代わり、台車を一台譲ってくれないか?」
マントと仮面を装着させて、台車に奴隷のエルフを乗せてみた。
何かこう、安定しない。だらーん、ってなる。
試しにオズワルドに押させてみた。
……案の定、直ぐに落下。
地面に顔面を強打し、仮面が顔にめり込んでいる。痛そうだ。
車輪で脚もちょっと引いてしまった。
「……む、惨い」
「これ、無理じゃね?」
「だから私が抱えていきますって!」
「この汚いのをか?やめときなよ。糞尿だって付いてるぞ?」
「言わないであげて!?この子、女の子だから!」
そんなこと言われても、汚いものに男女の差なんてないだろうに。
「そのー、これも使われてはどうでしょうか」
トーマスがおずおずと大き目の木箱を持ってきた。
おお!これなら!
「ありがとう、トーマス。助かるよ」
「いえ、この程度でよろしければ何なりと」
木箱にエルフを体操座りで押し込む。
……首が安定しないなー。
木箱から頭がはみ出て、ガクンっと首が仰け反っている。
試しにオズワルドに押させてみる。
台車の振動で、首がガックンガックンと揺れた。
「惨い……」
オズワルドは目頭を押さえた。
さっきよりかは大分改善されたと思うのだが。
「まぁ、いいんじゃね?」
「まじか」
*******
「それでよー、その糞ババァ、ついぶっ殺しちまった」
「ぎゃはははは!!最悪だなお前!ババァ不憫すぎ!!」
「今頃その死体すら魔物に喰われちまってるだろうよ!ぎゃははははは!」
「マジ糞だなお前!ぎゃははは、はは、……」
「ぎゃはは!……ん、どうした?…………ヒッ!?」
――ガラガラガラガラガラ。ガックンガックン。
――ザッザッザッ。
全く、ここの連中は同じような会話しか出来ないのか?
馬鹿なのか?馬鹿だったな。
……それにしても絡まれないなー。
道を譲ってくれる心優しい不良ばかりなんだが。
しかも譲り方が素早い。シュザザッていう効果音付きで道をあけてくれる。
「みんな、譲り合いの精神が培われているんだな」
「避けられているんですよ、お嬢様。行きの時よりも恐れられてます」
「そうか」
木箱の中でガクガクと、仰け反った首が揺れているエルフを一瞥。
薄っすらと開いた瞳は、白目。
……軽くホラーだ。
邸に着くまでに死んでいなければいいのだが。
――裏道を歩くこと暫く。
もうすぐ表通りだといった処で、そいつ等はいた。
良くも悪くも善悪を撒き散らし、無邪気に人を貶める悪魔。
自分は何をしても許される。大人はみんな、可愛らしい自分を愛してくれていると心のどこかで本気で思い込んでいる自己愛の塊。
……そう、子供だ。
「ぎゃはははは!勇者がいる限り、悪はこの世に栄えないのだ!オラッ、オラッ!どうだ、魔王め!この!この!」
「ふっ、貴様にこの攻撃が見切れるかな?せいやぁぁぁぁぁ!!!」
「ほあたたたたたたたたたたた!!」
「土の精霊よ、我に力を!……喰らいなさい、アースボール!!」
……。
えーと、スライムが集団リンチに合っていた。
棒で叩いたり、突いたり、太鼓の如く連打したり、泥団子や石を投げつけたりと、……惨い。
ガキって怖いわー。
魔物相手だからって、子供のうちからここまで残虐になれるものなのか。
あの様子だと、そろそろスライム死ぬな。
可哀想に。ぷるぷる震えているじゃないか。
……ぷるぷる、震えているじゃないか。
「……」
「お嬢様?」
……キュン。
何だろうか、この胸の高鳴りは。
「……」
「お、お嬢様?」
ああ、何故だろう。
あの楕円形のゼリー状不思議生物から、目が、離せない。
「か、」
「か?」
「かわいい」
「……」
これが、萌えというやつなのか?
胸がときめいて、愛おしさで悶える感覚だと、あいつは言っていた。
そうか、これが萌えか。
「オズワルド」
「……嫌な予感しかしないんですが」
「あれを飼うぞ」
「言うと思った!駄目ですよ!?あれも一応魔物なんですからね!危険なんですからね!」
知らん。私は我が道を行く。
オズワルドを放って、スライムのもとへと歩き出す。
というか、勝手に脚が動き出す。
「ああん?何だよ、チビ。お前も勇者ごっこに混ぜて欲しいのか?そのマントと仮面くれたら入れてやるよ。ああん?」
勇者のガキが絡んできた。
まるでチンピラの様だ。
軽く殺してやりたいが、ここは大人として対応しよう。
瞠目せよ!これが大人というものだ!
秘儀、経・済・力!
私は財布から銅貨と大銅貨を取り出すと、宙へと放り投げた。
「か、金だ!大銅貨まであるぞ!た、大金だ……」
「ひゃっほーい!」
「ほあたたたたたたたたたたたた」
「金よ!我に力をぉぉっ!!」
……馬鹿ばかりで良かった。
ガキ共はもうスライムの事など眼中になく、小銭集めに必死になっている。
「よいしょっと。おっほぉ!!ぷにぷに!さてさて、今の内にズラかろうか」
「……」
もはや目頭を押さえるのみで、何も言わないオズワルド。
……ん?
スライムを抱きしめている箇所が、ヒリヒリと痛み出す。
酸だろうか?
つるつるの表面を撫でると、しゅわわー、と手の表皮が溶け出す音がした。
流石魔物だね!やれば出来るじゃないか!
「お嬢様!?溶けてます!何か色々溶けてます!」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないですよ!?」
その後、街の人達から凝視されながら馬車へと戻り、御者に凝視されながら馬車へと乗り込んだ。
はぁー、この感触、落ち着くわぁ。しゅわわー。
「お嬢様、マジでそれ放してください!溶けてますから!」
そうこうしている内に、馬車は邸へと到着。
父様、卒倒しちゃいました。
やっと邸に帰れました……。
テンポ遅くてすいません。




