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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
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生きたいか?

「――そんでよー、そのオッサン、涙と鼻水垂らしながら、糞まで漏らしてやんの。そんで必死に命乞い。金なら幾らでも払うからーって、大して持ってねぇだろうが!!」

「ぎゃはは!!そんでどうしたんだよ?逃がしてやったのか?」

「は?金貰って殺したに決まってんだろ?」

「ぎゃはははは!!最悪だなお前!オッサン不憫すぎ!!」

「今頃その死体すら魔物に喰われちまってるだろうよ!ぎゃははははは!」

「マジ糞だなお前!ぎゃははは、はは、……」

「ぎゃはは!……ん、どうした?…………ヒッ!?」


 ――ザッザッザ。

 全く、頭の悪そうな奴らばかりだな、ここは。

 裏道を歩くこと暫く。

 何故だか柄の悪い連中に絡まれることなく、それどころか道を開けられ、安全に進むことが出来ている。

 ……不思議だ。

 それなりに大金を所持しているし、幼児と大人1人という心許ないパーティーだっただけに、チンピラフィーバーを懸念していたのだが。


「案外絡まれないものなんだな。というより、先程からみんな道を譲ってくれるんだが。実は良い奴らなんだろうか?」

「……避けられてるんですよ、お嬢様」

「そうか」


 所詮はチンピラ。腰抜けばかりだな。

 少しぐらいなら絡んできてもいいというのに。……詰まらん。


「ねぇ、オズワルド。ちょっとその辺のチンピラに殴りかかってきてくれない?斬りかかって尚良し」

「何故!?」

「暇つぶし」

「……あ!ほら、お嬢様。ここを曲がった先が奴隷商ですよ!ささ、行きましょう」


 話を逸らされた。詰まらん。

 血肉が飛び散る惨状を見てみたかったのだが。

 ……帰りこそは、きっと。

 私はそんな期待を胸に抱きながら、オズワルドが指さす曲がり角の先へと視線を向ける。

 遠目でだが、この裏道を真っ直ぐに突き進んだ先に、開けた場所があるのが確認できた。

 

「あれか。……ありがとう。君は後ろに下がっていて」


 案内の為に隣を歩いていたオズワルドを追い抜き、前を歩く。


「本当に行かれるのですか?」

「……」


 今更何を言い出すやら。

 問いの答えとして、私は呆れたと言わんばかりの溜息で返した。



 裏道を抜けると、広場の様な場所に大きなテントが二張り。

 一つは小奇麗なテントで、一つは小汚いテント。

 恐らく、奴隷の品質によって使い分けているのだろう。

 周りを見渡すと、テントから溢れたのか、檻に入った魔物が点々と置かれていた。

 薄暗い広場に魔物の呻き声が響く事で、より一層陰鬱な空気が辺りに漂う。

 ……素敵だ。この雰囲気は何か落ち着く。

 ここに生き物がいなければもっと最高なのだが。

 ああ、隅の方で蹲りたい。


「お嬢様?そちらに何か気になるものでも?」


 立ち止まって、何もない隅の方を見つめていると、オズワルドが不審気に尋ねてきた。

 ふむ。答えに困るな。

 とりあえず、「ふふっ」と意味深に口角を上げたら、何故か顔を青くされた。

 そして、「え、何もないですよね?ないですよね!?」と、私が見つめていた隅の方に何度も顔を向けるオズワルド。

 何か知らんが、放っておこう。


「これはこれは。何ともまぁ、可愛らしいお客様がいらっしゃいましたね。初めまして、私はこの奴隷商の主人、トーマスと申します。坊っちゃんは、こんな場所にお遣いですかな?」


 オズワルドを無視して広場を進んでいくと、トーマスと名乗る奴隷商の男が、柔和な笑みを浮かべて近づいてきた。

 場に似合わず身なりが良く、お人好しそうな善人面をしている。

 ……人って見かけによらないわぁ。


「いや?自分の奴隷が欲しくて、買いに来ただけだが」

「……ん?そちらの方が買われるのではなく?」

「私が買うんだ。こいつは唯の付き添いだ」

「……」


 私の言葉に、トーマスは目を丸くする。

 僅かだが、笑みが引き攣っているのが分かった。


「どうした。子供が奴隷を買っては駄目なのか?」

「いや、普通駄目でしょ!?」


 オズワルドがツッコむ。

 はて、そんな法律あっただろうか?


「……ふふふ、失礼致しました。当店では、お金さえお支払い頂ければ誰であろうと構いません。その歳で奴隷を御購入される方は流石に初めてなもので、少々驚いただけで御座います。お許し下さい」

「そうか」


 まぁ、そうだろうな。

 何せ5才の幼児だ。てへへ。


「それで、本日はどういった商品をお求めで?力の強い者、手先が器用な者、愛玩用、色々と取り揃えておりますが。……失礼ですが、御予算の方はどれくらでしょうか?」

「大きい貨幣で金貨10枚と大銀貨8枚。……あとは小銭だな。これでは足りないだろうか?」


 それにしても父様、5才児に大金持たせ過ぎじゃね?

 いくらか減ってはしまったけど、金貨、大銀貨、銀貨がそれぞれ10枚ずつ入ってたからね?

 日本円にして、軽く1000万超えてるから。

 やべーよ。幼児の買い物如きにポンッとこの額渡せちゃうカーティス家、マジこえーよ。

 既に銀貨が小銭に見えてきた自分がこえーよ。


「いえいえ。十分で御座います。何か指定はおありですか?なければ、御予算に見合った高品質なお勧めの奴隷をご紹介致しますが」

「結構だ。最低最悪品質の死にかけ激安奴隷にしか興味はない」

「はいっ!?」

「在庫処分品とかないのか?」

「……」


 トーマスはまたもや目を丸くする。

 え、何か問題でも?

 だって、別に何でもいい訳だし、それなら一番安い物を買った方が経済的じゃん。

 お金に困らないとはいえ、無駄に散財するのも馬鹿らしい。


「いないのか?別に死にかけが一番安そうだと思ったからそう言っただけで、安ければ何でもいいぞ?」

「はぁ。いることはいるのですが、少々お目に悪いかと……」

「構わない」

「……では、ご案内致します」


 トーマスは怪訝そうな表情を浮かべながら、小汚いテントの方へと誘導していく。

 おい、接客スマイルはどうした。


「どうぞこちらに。あまり檻には近づかない様、お気を付け下さい」


 テントの幕を潜ると、檻がいくつも並べられており、亜人、獣人、小人族など、多種多様な種族が入れられていた。

 助けを乞うように、あるいは憎悪を滲ませながら、檻から手を伸ばす奴隷。

 檻の隅の方に縮こまり、震えている奴隷。

 感情なく、空虚な瞳で虚を見つめている奴隷。

 狂ったような笑みを浮かべ、ぶつぶつと何かを呟いている奴隷。

 ケタケタと笑いながら、頭を檻に打ち付けている奴隷。

 ……おお、本当に色々取り揃えてるなぁ。


「選り取り見取りだな」

「多分、そういう意味じゃないと思いますよ、お嬢様」

「そうか」


 少し歩いて、幕が張られた突き当たりらしき場所で、トーマスが立ち止まった。

 先程から異臭はあったが、この幕の先からは更に強い匂いが漏れ出している。

 というより、死臭とでも言うのだろうか。

 知らない方がいいであろう、生物の歪んだ死の世界が、この先にはある。


「よろしいですか?今ならまだ引き返せますが」


 ……。

 この幕を開ければ、色濃い死の世界。

 ……ふふふ、面白いじゃないか。


「開けてくれ。何だか、新たな扉が開けそうな気がする」

「お嬢様。それ、絶対開けちゃダメなやつです」

「そうか」

「えっと……、開けていいんですか?駄目なんですか?」

「二度も言わせるな。開けてくれ」


 トーマスは、「はぁ」と困惑気味に相槌を打つと、幕を開けた。

 中は一層薄暗く、微かな生き物の気配がするだけで、音が何もしなかった。


「うわぁ!見てくれオズワルド!みんな死んだ魚の目をしているぞ?濁り切って腐り切った、何て虚ろな瞳だろうか!」

「反応がおかしい!」


 キャッキャッと瞳を輝かせてはしゃぐ私を、オズワルドだけでなく、トーマスまで何故だか若干引き気味だ。

 子供らしい無邪気な反応だと思うのだが。

 ……え、TPO?

 知らんがな。


「で、どれが一番安い?」

「かなりの不良品故、どれも金貨1枚で御座います。その、儀式用の奴隷は1体でよろしかったですか?」


 ……ん?儀式用?


「何の事だ?」

「……は?失礼ですが、どこかの教団に属する方ではないのですか?」


 教団?

 ……ああ、そういう事か。

 まぁ、この服装で死にかけの奴隷を買いに来たら、どこぞのカルト教団かと思うわな。


「違うよ。私は自分に仕える奴隷が欲しかっただけだ」

「……へ?そ、それでしたら、死にかけはお勧めしませんが。本当に直ぐ死ぬ可能性が高いですよ?既に酷い衰弱状態ですし、重病のものもおります故」

「構わない。まぁ、適当に見させてもらうよ。君は、私が興味を持った奴隷の説明をしてくれ」

「……畏まりました」


 不服そうながらも紳士の礼をとるトーマスを横目に、周囲を見回す。

 奴隷は全部で3人。どれも死にかけで、横たわっていたり、檻に凭れ掛かっていたりと生気がない。

 私はとりあえず、一番近くにあったウサギのオッサン亜人の檻から見ていくことにした。


「やぁ、君。生きたいか?」

「……」


 オッサンの目に、僅かに光が宿ったのが分かった。

 ――ああ、こいつは大丈夫だな。


「……い、生き…、た」

「そうか。なら生きてくれ」


 私は次の檻へと向かった。

 クマの様な耳の生えた女の亜人だった。

 壁に凭れ、目はなんか、うん、イッちゃってる。

 涎の垂れる口からは、キヒヒ、と不気味な笑い声が漏れていた。


「やぁ、君。生きたいか?」

「キヒ、キヒヒ」

「ねぇ、聞いてる?」

「キヒヒ、キハ、キヒヒ」


 駄目だこりゃ。

 うん、次へ行こう。


「やぁ、君。生きたいか?」

「……」

「おーい?」

「……」


 返事がない唯の屍の様だ。

 狼の様な見た目の男の獣人だった。


「奴隷商さん。これ、死んでないか?」

「少々お待ちを。……あー、かなり高齢でしたからね。持病もあったので、そろそろかとは思っていましたが……。お目汚しを致しました。申し訳ございません」


 トーマスがパンパン、と手を叩くと、数人の奴隷商人がやってきて、速やかに死んだ奴隷を奥へと運んで行った。


「あの死体はどうするんだ?」

「……それは、聞かない方がよろしいかと」


 トーマスは困った様な笑みを見せつつ、その瞳は笑っていない。

 「聞いてくれるな」と、無言の圧力を感じた。

 まぁ、そんな空気、読む気はないけどね。


「ふむ。魔物の餌にでもしてるのかな?死体処理用の魔物を飼ってるのか、ここで売られている魔物にでも食わせてるのかは知らないが」

「……ほう?何故そう思うので?」

「広場に焼却炉らしき物はなかったからね。野生の魔物に食わせるのも手だが、死体を街の外まで運ぶのって、リスクもあるし手間だろう?なら、近場に居る魔物に食わせた方が効率的だ」

「ふふ、ふふふふふ。……面白い方だ。ですが、ここは敢えてノーコメントで。……まぁ、信用問題に関わる事なので、これだけは言わせて頂きましょう。商品である魔物に、人肉を食べさせる様な事だけはしておりません。人の味を覚えてしまっては、例え主人に逆らえない魔法印を押してあるとはいえ、危険すぎてお客様にお売り出来ませんから」

「なるほど」


 そこまで言ってしまったら、答えを言った様なものだと思うのだけど。

 獣人のお爺さん、南無。


「それにしても、微妙なのしかいないな」

「まぁ、不良品で御座いますから」


 そういう意味ではないんだが。

 うーむ。実質、ウサギのオッサンしか選択肢がない。

 溜息を吐きつつ、ウサギの亜人の方へと方向転換しようとした時、部屋の隅にもう一つ、檻があるのを見つけた。


「何故あの檻だけ隅に置いてるんだ?」

「……ああ。あれはもう処分するもので御座います」

「売り物ではないのか?」

「売るのは構いませんが、お勧めは致しません。病気持ちなのも理由に御座いますが、何より生きる意志が全くない。もう自殺や自傷行為をする力もないので拘束は解いておりますが、体力が戻れば、また繰り返すでしょうね。こうなっては、お客様にお売りしても直ぐに死のうとするため、売り物にはならないのです」

「ほほぉ!ちょっと見させてくれ!」


 何だ何だ、いいのがいるじゃないか!

 私は喜々としてその檻へと向かっていく。

 檻にいたのは、耳の長い少女。エルフ族だった。

 歳は、16ぐらいだろうか。


「エルフまでいるのか。まだ子供だというのに、哀れだねぇ」

「見た目は少女ですが、実年齢は100歳を超えております」

「え……」


 ま・じ・か。

 見た目詐欺も甚だしいな。

 まぁ、年齢なんてどうでもいいけどさぁ。


「さて。……やぁ、君。生きたいか?」


 答えが分かり切った質問ではあったが、私は笑みを浮かべて問いかけた。

 長い金糸の髪の隙間から、虚ろな瞳が微かに動く。

 

「……」


 ……少女は、笑った。

 声もなく、口角だけを僅かに上げて。

 私を馬鹿にする様に、私を見下すように。

 ――ああ、何て滑稽だろう。


「……くふ、くふふふふふふふ!!そうか!そうなんだね!?あはははは!!ああ、君はよく分かっている!でも君はまだ真実を知らない!死の先には何があるのかを!きゃは、きゃははははははははははは!!!死にたいだろう!?消えたいだろう!?きゃはははははははははは!!……うん。君を買おう」


 行き成り狂ったように笑いだしたかと思えば、急に笑いが止まるという奇行に、オズワルドは戸惑い、トーマスは笑みを浮かべながら私から距離を取っていた。

 トーマスの顔には、「か、関わりたくねー」と書かれている。失礼だな。

 まぁ、兎にも角にも。


 拝啓、父様。

 エルフの奴隷、買いました。母様と同じ金髪です。父様が金髪フェチでないことを祈るばかりです。 敬具


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 別に死にたい系の主人公ってよくいるからそこはいいんだけど、ここまででその理由って語られてたっけ?探しても見つからなかった。10代でそんな死にたくなるのって虐められたりしたどころじゃない…
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