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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編

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能力実験。―2

 再生力、ねぇ?

 見せろと言われても、どう見せればいいのだろうか。

 治癒力と再生力の違いを分かりやすく見せる為には、身体の一部が欠損するぐらいの大怪我を負わなければならないのだが……。


「――待て」

「ん?」


 バルーナの輝かんばかりの期待に満ちた視線を浴びながら、脳内会議で『腕でも斬り落とせばいいんじゃね?』という方向に纏まりかけていた頃。

 上からお爺ちゃんの声が重々しく響いた。

 私は顔を真上に向けて、不思議そうな顔でお爺ちゃんを見つめると、小さく首を傾げる。


「どうしたの、お爺ちゃん?」


 やっぱり仲間に入りたくなった?

 実験に興味でも湧いてきたのかな?

 そんな疑問符を浮かべながら、ゆっくり床へと下りてくるお爺ちゃんの動作を目で追った。

 それに従って、私の首の角度も徐々に下へと戻っていく。

 真上を見ながら喋るのは疲れるなぁとか思っていたので、正直下りて来てくれて助かった。


「バルーナ・エスコフィエ。先の発言について問う。再生力を如何にして測るつもりか、汝の考えを示せ」

「っ、……はい。老賢者様」


 お爺ちゃんは私の問いに答えるどころか振り向きもせず、バルーナに鋭い視線と声とを浴びせた。

 萎縮し、顔を強張らせながらも、凛とした姿勢で一歩前へと踏み出すバルーナ。

 その吐息は熱く、頬に若干の赤味が帯びているのは、きっと緊張からだろう。


「まずは、弁解させて頂きます。私は、子を傷付ける様な実験だけは、決して行わない事を。大賢者第二位、バルーナ・エスコフィエの名に懸けて、ここに誓わせて頂きますわ」


 バルーナは瞳を伏せると、美しい所作で頭を垂れた。

 その姿に、その発言に、いつもの穏やかな表情へと戻っていくお爺ちゃん。


「ふぉっふぉっふぉ。ならば良い。出過ぎたを真似をして、すまなんだ。続きを聞かせてくれるかのぅ?」

「ええ。もちろんで御座います。再生力を調べる為、私が考えた方法それは――血液採取です」


 ……え、そんなんで良かったの?

 とんだ肩透かしである。


「血液採取って……。それでどうやって、再生する過程を見るつもり?」


 怪訝そうな表情で、バルーナに尋ねる。

 直ぐ治るし、少しぐらいなら大きな怪我を負っても構わなかったのだけど。

 以前、シーファが私の精神を安定させたように、痛みで私が発狂したとしても、大賢者達なら何かしらの対処を取ってくれるだろうし。

 

「そんなもの、血中細胞を破損させてみれば分かる事ではなくて?人間の細胞と同じ様に死んでいくのか、或いは再生されるのか……。もし前者の場合は、生体と切り離された身体の一部には、吸血鬼としての特殊な力が宿っていないという事になる。であれば、再生力というのは飽く迄もスキルの一部でしかなく、生物に備わった普遍的な身体の仕組みである治癒力とは別物という事になりますわ」

「なるほど。でも、それは調べるまでもなく、前者ということにならないかな?切り離された身体部位にまで再生力が宿っていたら、身体が切断されるたびに私という個が無限増殖されてしまう。……まぁ、切れた部位は消滅させちゃってるから確かめたことはないけれど、これでも自身の能力は把握しているつもりだ。切れた部位が単独で再生する事はないと思うよ」


 だって、それではまるでプラナリアではないか。

 真っ二つに斬れた頭部から、新たな頭部を生やす自分自身を想像しながら、私は笑みを引き攣らせた。

 お、恐ろしい……。


「ええ。私もそれには同意ですわ。切れた部位からも再生可能であれば、吸血鬼時代の文献に、そういった事例が残されている筈ですから。けれど、だからといって前者の結果になるとは言い切れませんわね。生体から切り離された程度で、その再生能力が全て失われるとは思えませんの。後天的なスキルであれば兎も角、先天的なものは身体そのものに付随した力ですから。……私の仮説では、恐らく吸血鬼の再生力とは、その生体が本来あるべき正常な身体へと戻っていくための能力。よって、不必要且つ異常な再生は有り得ない。つまり再生力とは、欠損部位の再生を行うのと同時に、過度な再生を制止する役割も担っている。ならばそれは、生体から切り離された部位にも同様の事が働いていると考えられないかしら?」

「ふむ……。一理あるね」


 私は顎に手を置きながら話に耳を傾け、思案気な顔で頷いた。

 今度腕が千切れた時は、直ぐに消さないで私の方でも実験してみようかな?

 ……斬り落とされた自分の腕を、更に自身で傷つけるというのは、流石に少し抵抗はあるが。


「貴方から採取した血液で、私の行う実験は主に3つ。細胞を破損させた場合の観察と、細胞の構造を作り変えてみた場合の観察。そして、細胞の寿命の比較」

「……構造を作り変える?」

「細胞は寿命が来た際に、自動的に自ら死滅していくのですけれど、それを少々弄りますの。要は、寿命前であっても自ら死滅するよう誘発してみる事で、細胞に刻まれた死滅プログラムを暴走させる訳ね。身体プログラムの異常化に対しても再生力が働くのか否か、それを見るためのものよ」

「そ、そんな事が出来るんだ……」


 細胞プログラムの改変って……。

 簡単な事の様に言っているけど、多分それ、大賢者にしか出来ない事だろう。

 だってそんな技術がみんな使えたら、癌なんかの細胞異常による病がこの世界から消えている。

 癌細胞に自然死を誘発すればいいだけだからね。

 でも実際、この世界にも癌はある。

 怪我なんかに対する治療は、魔法のお陰で問題ないが、病に関する医療に関しては前世の方が進んでいる。

 その為、抗がん剤とかもないから、前世以上に癌は死病という認識になっている。


「……ああ、一応言っておきますけど。細胞の死滅を誘発するといっても、特定の細胞のみに焦点を当てるような繊細な事は出来ませんわよ?当たり前ですけど」

「ですよねー」


 どうやら無差別のものらしい。

 私の考えを汲み取った様に、バルーナが補足説明をした。

 世の中ままならないね。

 

「じゃあ、細胞の寿命の比較というのは?」

「種族によって、生体の寿命が異なるのは御存知ですわよね」


 こくり。


「その生体の寿命の長さと比例して、細胞の寿命も異なっている事が確認されておりますの。例えば魔族は、覚醒によって全能力が一気に開花するのと同時に、身体の成長も著しく停滞する。これは、能力開花による代償とも言えるわね。それから長い年月を経て、大きすぎる力が身体に馴染んでいくのに従って、成人の身体へと成長していく。言うなれば、覚醒が早ければ早い程、能力が身体に馴染むのに多くの時間を費やすという証拠でもあるから、それだけ強大な力を有している事を意味するわ。十二死徒のジークは、齢3才で覚醒したというのだから、末恐ろしい化け物ね」

「……」


 ……そいつ今、うちのとこに居座ってます。

 何となく口をそっと噤んで、目を逸らす。


「……話が逸れたわね。つまり魔族やエルフの様に、成長スピードが遅い種族は、細胞分裂もゆっくりで、細胞の寿命も長い。魔族は、覚醒前、覚醒後の第一次停滞期、そして成人の身体に成長した後に数百年単位で訪れる第二次停滞期によって、その都度細胞の質が変わって来るから、実に興味深いわね」


 だってさ、ジーク。

 君の今の状態は、第一次停滞期というらしい。

 成長期じゃなくて、停滞期。

 停滞期だ。

 3才で成長が止まるとか、どんまい。


「なるほどねぇ。詳しい解説をどうもありがとう、バルーナ。研究者って、サイコパスな奴等ばっかりだと思っていたけれど、倫理面も考慮されてる事が一番の驚きだったよ」

「ふふ。最低限の倫理は守りますわ。これでも、教師という立場にもある存在ですから」

「最低限、ねぇ?」


 私は周囲のゾンビ達へと視線を移動させながら、「確かに」と、苦笑気味に言葉を零した。


「倫理を忘れた探究者は、唯の愚者。倫理から外れる事はあろうとも、忘れる事はあってはならぬ」

「外れちゃう事は、否定しないんだ?」

「時と場合によるのぅ」


 お爺ちゃんは髭を撫でながら、ふぉっふぉっふぉ、と穏やかに笑う。

 最低限は守るという、その基準がよく分からないが、とりあえず彼らなりの一線があるらしい。

 天才共の考えは、凡人には理解不能である。







 注射器からの血液採取が終わり、バルーナは子供の様な嬉しそうな顔で、小瓶に詰め替えた赤い液体を眺めていた。

 悪用されると気分が悪いので、あまり身体の一部は残したくなかったのだけど、情報提供と引き換えに実験に協力するという約束だったし、こればかりは止むを得まい。

 まぁ、いざとなったら消滅させればいいだけだし、特に問題もないけれど。

 急に消されて、がっかりと肩を落とすバルーナの姿が目に浮かぶ。


「それじゃ、調査の方頼んだよ。細胞の死滅を誘導する実験に関しては、私も興味があるからね」


 その実験が上手くいけば、吸血鬼を殺せる可能性が出てくる。

 それはつまり、私の望む情報でもある訳で。


「ええ。任せて下さいまし」


 意図を察した様に、力強く頷くバルーナ。

 ちょっと複雑そうな表情だった。


「では、そろそろ時間なのでね。私はこれで失礼するよ。折角ゾンビをたくさん用意してくれたのに、無駄にしてしまって悪かったね。それと、シーファの知りたがっていた闇転移については、また今度でもいいかな?いいよね?」

「……ええ」

「ふふ。快諾どうもありがとう」


 やや間があったものの、静かに頷いて了解するシーファ。

 ちょっと渋面だった。

 因みにクルッカは、分体にスキルを付与する仕組みが知りたいとの事だったので、一昨日、実験協力をしてあげた。

 あれは付与というより自分の一部みたいなものだから、魂の分割といった方がニュアンス的には正しいかもしれない。

 といっても、実際に分割しているわけではないが。

 人間に出来る芸当ではないので、参考になったかは知らん。

 最終的には難しい顔で腕を組み、うんうん唸っていたし。


「――あ、ちょっと待ってぇ?」

「ん?」


 一昨日の回想をしていたら、御本人様からお声が掛かる。


「恐らくだけどぉ。アタシの勘では、そう遠くない日にカーティス公爵家から接触があると踏んでるんだよねぇ。その件に関してはぁ、君はどんな対処をアタシ達に望むのかなぁ?キシシー」


 気怠い表情で笑いながらも、僅かに私を試す様な視線を混ぜるクルッカ。

 というか、知っていたのか……。

 まぁ、大賢者達だから、その程度の情報を知っていたところで何ら不思議ではないが。


「質問に質問で返すようで悪いのだけれど、……いつから知っていた?」

「安心してぇ?老賢者様については分かんないけどぉ、アタシ達が知ったのは、大砂嵐が止んで少ししてからだから~。途絶えていたサシャマ方面からの物流が再開すればぁ、色んな情報も一気に入って来るからねぇ」

「……それって実は、学園の人間も知ってる事だったりする?」

「まっさか~。あんな噂で真実に辿り着ける人なんてぇ、そうそういないでしょぉ」


 クルッカはズレた眼鏡を押し上げると、3本目の飴を口に咥えた。


「因みに、どういった噂が出回ってるの?」

「えっとねぇ。……こほん。――親バカで知られるカーティス公爵様にぃ、甘やかされて育ったエレオノーラ・カーティス。彼女は5才で奴隷蒐集に目覚め、買った奴隷を甚振るのが大好きな極悪非道の公爵令嬢様~。正に悪役の中の悪役~。けれどぉ、喰種の奴隷まで買ってしまったのは不味かったぁ。甚振り殺してしまった奴隷の死体をぉ、笑いながら喰種に食べさせるエレオノーラ。その光景はぁ、真正の親バカとされる公爵様と言えどぉ、流石に悍ましく思ってしまう程のものでして~。公爵様の目を覚まさせるには、十分過ぎるものだったそうな~。正に悪魔の子。人の子に非ず。これはカーティス家を惑わせ、我が娘の皮を被った悪魔であると悟った公爵様はぁ、エレオノーラの正体に憤怒しつつも、それでもやはり、親バカの情が娘を殺すことを躊躇させた……。死こそ免れはしたものの、国外追放を言い渡された悪の御令嬢エレオノーラ。けれどぉ、魔物蔓延る外の世界は、6才の幼子にはあまりに危険。既に生は絶望的とはいえ、これも因果応報か~」

「うわぁ。悪役レベル半端ないんですけど」


 所々で、「よよよ……」と泣く演技をつけたりと、鬱陶しいリアクションをつけながら語るクルッカの話を聞き終えて、私は愕然とする。

 そんな、そんな……。

 それもう、悪役令嬢というか、唯の悪役じゃん……。唯のキチガイじゃん……。

 そこまで思考して、ふと気付く。

 

 ――あれ、合ってる?

 噂も馬鹿に出来ないなと痛感した。


「カッカッカ!!とんでもねぇ御令嬢だ!」

「ふふ。褒め言葉として受け取っておくよ」


 噂って、広まる度に聞き手の想像まで混ざっていくから、手に負えねぇわー。

 まぁ、何を言われようが、もう私は家名を捨てた身なのでどうでもいいけれど。


「いやはや~、公爵家の御令嬢だったとはねぇ?しかも、カーティス家。ボアード――いや、今はアルバート君かぁ。まさか君が、彼の娘さんだったとはぁ、流石のアタシも驚いてしまったよ~。キッシッシ!!これはこれは、面白い運命の巡り合わせだぁ」

「……?ボアード?何を言ってるのかよく分からないけど……、君達は父様を知ってるのかい?まぁ、それなりに有名な人物だから知っていても不思議ではないけれど、何だか妙な言い回しをするね?」


 疑問に思って首を傾げる。

 そこでクルッカに代わり、ロイが突然の爆弾発言。


「カッカッカ!!だってそいつ、十数年前まで勇者やってたからなぁ?――それもSS級の」



次回、漸く父様の秘密が明らかに。

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