自分で叶えましょう。
「やぁ、ドミニク。おはよう」
「……」
本を返しに、ドミニクの研究室へと転移。
ドミニクは、いつも通りの怪訝な顔で眉間に皺を寄せながら、こちらをジロリ。
「幼児に向かって、あまり睨まないでくれるかな。泣いてしまうよ?」
「……睨んでるつもりは無いのだがな」
「ああ、君の場合は通常運転だったか。見た目で損をするタイプだね。周囲から無意味に怖がられるでしょう?」
「放っておけ」
挨拶代わりに少々からかってみたが、ドミニクの態度はつれない。……うん、釣れなかった。
そのまま興味が無いとでも言う様に、ドミニクは書類へと視線を戻すと、早々と仕事を再開する。
邪魔だ。早く行けと、無言のオーラが背中を押してくる。
もう。ドミニクは愛想というものを知らないなぁ。
「ふふふ、邪魔して悪かったね。お仕事、頑張ってね?」
扉へと歩を進めながら、ドミニクへと小さく振り返り、背中越しに手をひらひらと軽く振る。
私も暇じゃないし、ここは素直に空気を読んで退散するとしよう。
「――あ、そうだ」
「……?」
ふと思い出し、扉へと手を掛けながら呟きを零す。
それから顔だけドミニクへと向けると、小首を傾げながら言葉を続けた。
「魔王軍幹部の一人が、人間領に入ってきているよ?なんか、この間から私のところに居座っていて、いい迷惑なんだけど……。魔海近辺の警備、ちょっと緩過ぎやしないかな?」
「……は?」
やれやれと溜息を吐きながら、緩く首を振る。
ドミニクが目を瞬きながらこちらに顔を向けてきたが、私は気付かない振りをして部屋を出た。
扉を閉める直前、ドミニクの「ちょ、待……!」という声が聞こえた様な気がした。
してやったり、だとかは全く思っていない。
「んー……、今日はこれにしようか」
カウンターで本を返却し終えた後、本棚から適当な本を選び取る。
大賢者達との約束の時間までまだ少し余裕があったので、ちょっと読んでいこう。
スーちゃんを頭上に、本を両手で持ちながら、てくてくと読書スペースへと移動した。
「おはようございます、レオちゃん!」
読書を始めて少々。
紙面に影が落ちたかと思ったら、隣で明るい声が響いた。
「……おはよう、ミーナ。ルッツ」
そこにいたのは、やはりとも言うべき2人。
私のお世話係を任された、図書委員長のミーナと、副委員長のルッツ。
ルッツは「はよ」と挨拶を返すと、眠そうに大きな欠伸を零した。
「今日は何を読んでるんですかぁ?……『マナの起源 ~生命の成り立ちとマナの関連性~』。……あ、相変わらず難しいの読んでるんですね~。あはは……」
顔を強張らせながら笑うミーナ。
結構面白いんだよ?
「レオ君って、多ジャンルだよなー。難しいの読んでんなーとか思ったら、この前は『バッカス英雄譚』なんていう冒険物まで読んでるし」
「ふふ、あれも中々面白かったね。誇張されてる部分もあるだろうから、どこまで事実かは不明だけど……」
図書館で見つけた、『バッカス英雄譚』。
大賢者達との談話で気になっていたので、借りて読んでみた。
執筆者は、当時の彼の仲間だった4人の人物。
主人公であるバッカスは、お調子者で、お馬鹿な事をしては周囲を困らせるトラブルメーカー。
けれどどこか憎めない人物で、仲間達の描くエピソードの数々は、最終的にはどれも「くすり」と笑いを零してしまう様な、どこか心和むものばかりだった。
この仲間達はきっと、バッカスの事が大好きだったのだろうね。
だからこそ、最終話でバッカスが魔王に殺されてしまった際は、私も彼らと同調し、つい目頭を熱くしてしまった。
「それにしても……」
「はい?」
私は溜息と同時に本を閉じると、周囲を軽く流し見る。
ミーナが不思議そうに首を傾げた。
「……視線が痛いね」
「あ~……。レオちゃん、有名人ですからねぇ」
あはは、と苦笑いしながら、ミーナはおさげを撫でた。
開館して間もないというのに、私がいるという情報をどこで聞きつけたのか、……いや、この場合は共有というべきか。兎にも角にも、わらわらと図書館に集まって来た生徒達が、私からやや距離を取りながらも、こちらをチラチラチラチラチラチラチチラッッ!!鬱陶しい!!
耳を澄ませば、「今日は朝に来てるな」「2日連続で見ちゃった!ラッキー!」「あれが図書館の妖精……」「子守役だからって、ジミーナばっかり妖精と話しててズルい~!!」「幸運の幼女……。天使か」などと、ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつっっ!!あーもう!!鬱陶しい!!
もう慣れたとはいえ、それでも気になるものは気になる。
そもそも、図書館の妖精ってなんだ?馬鹿なのか?
理由はミーナから聞いて知っているはいるものの、やはり馬鹿なのかな?という感想しか出てこない。
しかも今じゃ、ジンクスの内容が変わったらしく、「図書館の妖精に会えたら、その日1日ハッピー☆3日連続で見ることが出来たら、願い事が叶っちゃうゾ☆」……というものになったらしい。
私は飛行機雲か?黄色い車か?ああん?
願い事は自分で叶えましょう。
とりあえず――、次からは3日連続で来ないようにしようと思います。
「はぁ……。気が削がれたし、ドミニクの部屋に戻るとするよ」
「もう帰っちゃうんですか?」
「いや。この後、大賢者達と約束があってね。一昨日はクルッカ。昨日はロイに会ってたんだけど、一人一人に順番に会いに行くのは面倒だろう?だから今日は、全員に集まってもらったんだ」
「……ツッコミどころが満載過ぎて、最早ツッコめねぇよ」
ルッツが半目でぼやいた。
「それじゃ、私は行くね」
「はい、お気を付けて~。学園の事で何かあれば、いつでも言って下さいねぇ」
「ありがとう」
席から立ち上がり、手を振るミーナを背に事務所のあるカウンターへと歩を進める。
貸し出しの手続きもしなくては。
「おや、レオ君」
「……」
カウンターの近くまで来たところで、呼び止められる。
昨日もここで呼び止められたよな……。
私は声の主へと振り返ると、愛想笑いを浮かべて応えた。
「やぁ、ユリアナ。昨日振りだね」
「ふふ、本当だね」
生徒会副会長、ユリアナ・フローベル。
彼女は鮮やかな短い青髪にさらりと手櫛を入れると、爽やかに微笑んだ。
「今日もレオ君に会えるだなんて、嬉しいよ」
「ふふ、君にそう言われると、何だか照れてしまうね。今日はレベッカとは別行動?」
「いいや?先に行って引き止め――……先に行ってる様に言われてね?直に来る……あ、噂をすれば何とやらだね」
おい、今何で言い直した?
引き止めるって言おうとしたよね?
昨日といい、やっぱり君、故意に私に会いに来てるよね?
「ごめんなさい、ユリアナ……。遅れてしまいました」
「僕も今来たところだよ」
申し訳なさそうな顔で、小走りで駆け寄って来る生徒会長のレベッカ・ガーディニア。
デートの待ち合わせか。
「まぁ!レオさん、もういらしてたのですね!」
「ん?」
「あ、えっと……、おはようございます、レオさん。今日も勉強熱心で偉いですわねぇ」
レベッカは困った様に微笑みながら、胸の前で広げた両手の指を交差させた。
こいつもか。
「……もしかして、君達も例のジンクスとか、信じちゃってたりするの?」
「「へっ!?」」
目を逸らす2人。
「は、ははは。何の事かな?」
「私に会うと、何やら良い事が起こるらしいよ?しかもなんと、3日連続で会えば願いが叶うとか。私の仲間達は、願い事が叶い放題だね。すごいなぁ」
「そ、そそ、そうでしたの。そんな噂が……」
「ね、願い事云々というのは、若者の間でよくある話だよね。僕は全く信じていないけれど」
「面白い事考える方がいらっしゃるのねぇ?ほほほほほ……」
目が泳いでるよ?
まぁ、遊び感覚のもので、流石に本気で信じてる訳ではないだろうけど……。
生徒会って暇なのかな?
「それじゃ、用事があるから、私はこれで失礼するね」
「ええ、お気を付けて」
「またね、レオ君」
穏やかに手を振る二人を流し見て、私は今度こそカウンターへと向かった。
後ろから、「あと1日か……」「明日で3日目……」という小さな呟きが聞こえた。
明日は来ないでおこうと心に誓う。
*******
「さっきの話、冗談だよな?……ちょ、待――」と手を伸ばすドミニクをシカトして、大賢者の間へと転移。
都合のいい時だけ話し掛けないでくれるかな?
日頃からのコミュニケーション、大事。
「――やぁ。みんな早いね」
大賢者の間に着くと、既に全員が揃っていた。
何故かワーズマンまで一緒である。
「カッハッハ!!待っていたぞ、レオ!!さぁ、昨日の続きを始めようじゃねぇか!!ほら、とっととやんぞオラッ!!時間が惜しい!今日は最初っからの最大出力でテメーを攻め立ててやる。どこまで耐えられるか見物だな。カッハッハッハッハ!!」
「ロイロイ~。その台詞、何だか幼女趣味の悪役みたいだよぉ。変態臭い~」
「ちょっと!!ロイの前に、今日は私の番だった筈ですわ!」
「いいえ、違います。今日は私ですよ、バ――」
「誰がババァだ、あ゛あん!!?その鬱陶しいパツ金毟り取って鼻の穴に植毛してやろうか!!?」
「……」
そっと口を噤むシーファ。理不尽……。
「久しぶりだね、お爺ちゃん」
「ふぉっふぉっふぉ。リヒトの時以来じゃのぅ」
大賢者達のじゃれ合いを、にこにことした笑みで傍観していた、お爺ちゃんこと老賢者のワーズマン。
私も、彼らの和気藹々とした空気を壊したくなかったので、場が落ち着くまでお爺ちゃんと喋っていようと近付いた。
「そうだね。変わりなく元気だったかい?」
「ああ、元気じゃ元気。レオも元気そうじゃのう?」
「ふふふ。吸血鬼だからね」
「じゃが、変わりはあったようじゃ」
「ん?」
お爺ちゃんは私へと手を伸ばし、髪を留めていたピンに軽く触れた。
エメラルド色の小さな石が散りばめられ、先端には薄ピンクの花がちょこんと飾られた細いヘアピン。
別れ際、リヒトから貰った小箱の中に、ヒールストーンと一緒に入っていたものである。
「ふぉっふぉっふぉ。よく似合っておる」
「ふふ、ありがとう。小さくて、あまり目立ったものではないから、ちょっと付けてみた。それなりに気に入っているよ」
逆に、これ以上華やかなものだったら、付ける気すら起きなかっただろう。
「……まぁ、そんな事より。お爺ちゃんって、昼間の図書館には来ないんだね?」
「うぅむ……。あまり人前には出られぬのでな……。レオに会えなくて、寂しかったわい」
お爺ちゃんは眉尻を垂らして、しょぼん……と肩を落とす。
相変わらず、あざとい。
「ふーん。お爺ちゃんも色々大変なんだねぇ?」
「そうじゃのぅ……。じゃから、今度儂のとこにも遊びに来ておくれ?」
「ふふ、お爺ちゃんのところには行ってなかったものね。……そうだなぁ、うん。お邪魔じゃなければ、今度行かせてもらうよ」
「ふぉっふぉっふぉ!楽しみじゃ。菓子を用意しておこう」
朗らかに笑いながら、目に見えてご機嫌になりだすお爺ちゃん。
いつもの5割増しでにこにこしている。
「おぉい、レオ!!始めるぞ!!」
ヤンキーに名を呼ばれ、渋々ながら振り向く。
「順番は決まったのかい?」
「ううん。結局決まらなかったからぁ、全員でやることにしたよぉ?キシシー」
「……それって大丈夫なの?」
「段取りはちゃんと考えています。無理を強いる事は無いので、安心してください」
わくわく、にこにこ。
子供の様な、好奇心に満ち溢れた笑みを浮かべる大賢者達。
この上なく不安である。
レオの能力、そういえば詳しく書いた事なかったなぁ……。
って事で、次回はそれです。