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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
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昔話⑤【吸血鬼の一族】

 大平原と森とを見下ろす崖の上。

 小さくも美しい、白亜の城あり。


「――カイル!!」

「っ!?」


 城にある一室が、大きな音を立てて開かれる。

 名を呼ばれた部屋の主――カイルは、驚きに肩を跳ね上げながら訪問者へと顔を向けた。


「……兄さん」


 カイルはソファの上で毛布に包まりながら、見知った人物の顔にホッと胸を撫で下ろした。

 それから、暖を取る様に両手で持っていたカップから、温かな紅茶をのんびり啜る。


「~~っ!!カイル!!」

「……何だよ。そんな大声で何度も呼ばなくても聞こえているよ」


 カイルは緩く首を振りながら兄のアルファを流し見ると、煩わしそうにクッキーを齧った。

 対してアルファは表情を更に険しくさせ、奥歯を軋ませる。


「っ、聞こえているなら、部屋から、出て来い、この、……引き籠り野郎がぁぁあああっっ!!!」

「……嫌だ」


 大股で近付いてきながら、大声で怒鳴る兄を横目で見遣り、カイルは小声で拒否の意を示す。


「お前なぁ!!最後に部屋を出たのはいつだ、ああ!?何百年引き籠っているつもりだ!?偶には出ろ!!せめてトイレぐらい便所でしろ!!城内にあるものぐらい、部屋から出て取りに来い!!影を伸ばして取り寄せるな!!歩け!!何でもかんでも能力に頼りやがってこの愚弟が!!」

「……使えるものを使って何が悪いのさ。それに、何年かに一度は時々部屋を出てるだろう?というか、――どうせ家族以外には会わないんだから、何でもいいじゃないか。放っておいてくれ」

「……っ」


 ふん、と顔を背ける弟に、アルファは苦々し気に顔を顰めた。

 けれど直ぐに口角を吊り上げると、カイルを高圧的に見下ろして言い返す。


「別に家族以外とでも会えばいいじゃないか。転移して人間の街にでも行ってみたらどうだ?」

「っ!!?」


 “人間”という言葉を聞くや否や、忽ち顔を青くさせ、体を震わすカイル。

 あれからもう何百年も経つというのに未だこれかと、アルファは小さく溜息を吐いた。

 幼少時に人間達に捕まり、短時間とはいえ酷い拷問を受けたカイルは、その時から人間に――いや、外の世界に対し強い恐怖心を持つようになり、心を閉ざしてしまった。

 吸血鬼とバレただけで、優しかった世界は一変してカイルに牙を剥いたのだ。

 その時に受けたトラウマと、信じていた世界から裏切られたという衝撃は、当時幼かったカイルの心に深い傷を残した。

 そして、カイルを外の世界に誘った張本人として、アルファもまた強い罪悪感と後悔とで胸を痛めていた。

 故に、だからこそ誘うのだ。

 大人となった今、能力を使いこなせていなかった幼少時とは違う。

 人間など、吸血鬼である自分達にとっては虫けらも同然なのだから。

 アルファはカイルの腕を乱暴に掴むと、軽々とソファから立ち上がらせた。


「ええい!!兎に角出ろ!!一度拷問にあったぐらいで何だ!!たかだか数分の出来事でいつまでもめそめそと!!」

「兄さん酷い!!その数分で、僕がどれだけ痛めつけられたと思ってるのさ!いーやーだーやーめーてーよー!!」


 部屋の扉へと、カイルをズルズルと引き摺って行くアルファ。

 カイルもそれに全力で抵抗はするものの、やはり引き籠り故に、筋力では到底敵わない。

 

「部屋から出ないと言うのなら、強制的に転移させるぞ。手始めにそうだな……。とりあえず、人間の住む大都市、その中心部にでも――」

「やめろぉぉぉおおおお!!!」

「っ!?」


 影を伸ばして、腕を掴むアルファの手を叩き落とすカイル。

 乾いた音が鳴るのと同時に、カイルは身を包む毛布を強く握りしめ、半泣きで叫んだ。

 それから崩れ落ちる様に地べたに座り込むと、頭を抱えてぶつぶつと呟きだす。


「うう……。人間、人間恐い……。うぅ……、人間……」

「はぁ……」


 駄目だこりゃ。

 アルファは溜息を吐きながら短い髪を掻くと、縮こまる弟を静かに見下ろす。

 それから床に膝を付けると、伸びっ放しになっているカイルの長い長髪をポンポンと優しく叩いた。


「……悪かったな」


 ――あの時、お前を連れ出して。

 そんな副音声が聞こえてくるような、悲し気な謝罪だった。


「……」


 兄の気を察してか、口を噤むカイル。

 自分がいつまでも過去を引き摺っている所為で、兄もまた、今までずっと気を病み続けている。

 その事に、カイルも兄と同じく罪悪感を抱えていた。


「――アルファ?カイル?」


 開け放たれたままだった扉から、透き通るような、美しい声色が優しく響く。

 声の主へと視線を向ければ、そこには困った様な笑みを浮かべる美しき女が。


「……母上」


 アルファが眉尻を垂らしながら女の呼称を呼んだ。

 母――彼女こそ吸血鬼の始祖であり、原初の吸血鬼と呼ばれる存在。

 女は微笑みながら息子達の許へと歩み寄ると、自身もまた膝を付いて彼等を同時に抱きしめた。


「は、母上。いつまでも子ども扱いは止して下さい」

「あら。母親にとっては、我が子はいつまでも子供だわ。……愛しいアルファ。愛しいカイル。私の大事な宝物……」


 子を宥める様に、背中を優しく摩られながら、そして優しく囁かれる。

 アルファは羞恥心で顔を赤くしながらも、溜息交じりに母の背中を摩り返し、静かに肩を掴んで引き離した。


「そろそろ失礼します、母上」

「あら、もう行っちゃうの?……ケンカもいいけど、あまり弟を苛めては駄目よ?」

「心得ています」


 アルファは苦笑いを浮かべながら立ち上がると、耳を赤くしたまま部屋を後にする。

 対してカイルは、母の腕の中に抱かれたまま、毛布の隙間から兄の後姿を見送った。


「照れ屋さんねぇ?ふふふ」

「大人になった子供なら、あれが普通の反応だと思うけど……」

「カイルは普通じゃないの?」

「僕は母さんに抱きしめられるの好きだから。というか、母さんが大好きだから」

「堂々と言うのね?ふふ、それなら遠慮なく……」


 女は毛布の上からカイルを両手で包み込むと、頭を優しく撫でて、それから額にキスを落とす。


「可愛い坊や。良い子ね。ゆっくり元気におなりなさい……」

「……うん」


 軽く頬を染めながら、穏やかな表情で母の胸に頬を摺り寄せる。

 その様は、まるで幼子の様で――、


「マザコンお兄様!!……じゃなかった。カイルお兄様!!」

「……」


 穏やかな空気をぶち壊して、部屋に鈴の音の様な……いや、ベルの様な、それも大きなやつ。そんな、可愛らしくも騒々しい声が響いた。

 今度は何だと、カイルは不機嫌そうに眉を顰めて扉を見遣る。

 次の訪問者は、次女のルナ。妹であった。


「……何だよ、ルナ。癒しのひと時を邪魔しないでくれるかな」

「マザコンお兄様!!……じゃなかった。カイルお兄様!!何ですか、その言い草は!!引き籠りのお兄様を気遣って、折角愛しの妹が訪ねて来てあげたというのに……」

「頼んでないんだけど」


 よよよ……と泣いた振りをするルナに、カイルは呆れた視線を向けた。


「こーら、カイル。妹が遊びに来てくれたんだから、そんな冷たい事言わないの。お兄ちゃんでしょう?」

「母さん……」


 成人男性の我が子に、めっ!と言い放ち、女は立ち上がる。

 離れていってしまった母に、カイルは「あ……」と寂しそうな声を零した。


「ルナ。お兄ちゃんを気遣って、優しい子ね」

「お母様……!!」


 微笑みながら腕を広げる母に、ルナは感激したように両手を口元に当てた。

 それから、「お母様~!!」と母の胸へと走り寄り、ふわりと飛びつく。


「ああん。お母様、お母様、お母様……!!大好きですわ!!」

「ふふ、私も大好きよ、ルナ。愛しているわ」


 母の胸に遠慮なく顔を埋め、カイル以上に頬を摺り寄せるルナ。

 そしてチラッと、兄のカイルを横目で見遣ると、にまぁー、と笑った。

 そこでカイルは確信する。

 「こいつ、僕に嫌がらせしに来ただけだ……!」と。


「……ふぅ。今日もお母様を補給出来ましたし、満足ですわ。帰ります」

「お前、やっぱり僕に会いに来た訳じゃないだろ!!」

「はて」


 何の事やらと首を傾げるルナ。

 カイルは忌々しそうに奥歯を噛み締める。


「ふふ、仲が良いわね。今日も皆は元気かしら?」

「もちろんですわ!!ディアナお姉さまも、ヘリオスも、アロンも、アミスも、セリーネも、エオスも、カティアも――」

「ああ、もう!!分かった分かった!!全員も名前言わなくていいから!」


 カイルに報告を中断され、ルナは敬礼の姿勢で了解を示した。


「兎にも角にも、21名!今日も全員元気であります!!」

「ふふ、皆元気で何よりだわ。夕食が楽しみね」

「ええ!カイルお兄様以外の家族が全員集う、大切な時間ですものね!」

「……皮肉はやめて」


 不機嫌そうにカイルは毛布に包まると、全身を隠して丸くなる。

 別に、家族に会う事に抵抗はない。

 部屋から出るのが恐いのだ。

 行動範囲を広げるのが、……恐いのだ。

 カイルは落ち込んだように肩を落として、小さく吐息を零した。


「そんなに人間って怖い生き物なの?アルファお兄様が厳しく禁止するから、私を含め、カイルお兄様より下の兄弟は皆、人間に会った事がありません」

「それでいいよ。……それが、いいよ」


 毛布の中から、呟くカイル。

 幼い頃に、人間に酷く傷つけられたのだとアルファから聞いていたが、ルナはとても信じられない気持ちだった。

 吸血鬼とは言え、唯それだけの事で、幼子にそんな残酷な事を行える者など、果たして本当にいるのだろうか?

 自分達とは決して相容れぬ存在なのだと、人間程醜い化け物はいないのだと、アルファは兄弟姉妹に強調して教えた。

 決して、大平原より外には出てはいけない。

 決して、人間達と関わり合ってはならない。

 それが、この家の家長でもある、アルファの定めたルール。


「……ルナは、人間に興味があるの?外の世界に、興味が?」


 娘の疑問に、女は寂しそうな笑顔で小首を傾げた。


「ああ!!お母様……!!違うのです……!!どうか、そんな顔をなさらないで下さいまし!!ルナは、ルナは、決してお母様の傍を離れませんわ……!!」


 ひしっ、と涙目で母を抱きしめるルナ。

 ……これもまた、アルファの定めたルール。

 

 ――決して、母の傍を離れてはいけない。


 カイルが人間に捕まり拷問を受けた際、その惨状に女は暴走して周囲の人間を皆殺しにした。

 それからというもの、女の精神は暫くの間不安定となった。

 『みんな、みんな、いつかは私の許から去っていくのね……』

 時折そう呟いて、子供が少し大きくなっては次の子供を創る事を、唯ひたすらに繰り返した。

 そうして、数が20を超えた頃。

 アルファが母を止めた事で、それは漸く終わりを迎えた。

 

 自分達は、決して母上の許から離れないと。

 自分達は、ずっと母上と一緒だと。

 だから安心して、未来永劫、家族で共に在ろうと。


 そう言って、アルファは悲痛に胸を痛めながら、強く母を抱きしめた。

 それから数年もの時を、アルファは子をあやす様に、子を安心させるように、母の不安を解消するべく一時も傍を離れなかった。

 他の子供らも皆、可能な限り母に付き添い、抱きしめ、行動を共にした。

 ……事は、急を要したのだ。

 子供を創る際、女は惜しみなく子に能力を分け与えた為、彼女は既にほとんどの能力を失っていた。

 完全に能力が消える事はないだろうが、これ以上、母の力が弱まる事は、子の立場としては辛いものがある。

 なぜなら、彼らは皆、彼女の分体なのだ。

 それは、人間の親子が持つ繋がりよりも深いものであり、寧ろ、一体化に近い関係である。

 だからこそ、子等は母を止めた。

 これ以上、自分達が創られる所為で、本体とも言える尊き存在が弱体化していく姿を、見ていられなかった。

 

 ……いや、そもそもの話。

 化け物は化け物としか暮らせない。

 外の世界に、化け物の居場所など有ろう筈も無いのだ。

 故に、母と共に在るというアルファの言葉は、母を気遣ってのものでは無く、単なる真実でもあった。

 母が心配する事など、元より何もなかったのだ。

 この城も、人数が増えるたびに改築を繰り返し、結果的に出来たもの。

 場所も、森の中では手狭だと、見渡しの良いこの崖の上に引っ越した。

 今では立派な、家族だけの居城である。


「――ありがとう、ルナ。今日も家族がみんな一緒で、私はとても嬉しいわ……」

「ああん、お母様!私もとっても嬉しいですわぁ~!!」


 胸に顔を埋め、頬を摺り付けるルナ。

 それからカイルをチラ見。……にまぁ。

 毛布から僅かに覗き見ていたカイルが、忌々しそうに表情を歪めた。


「お前、絶対暇つぶしに来ただけだろ!!」


 カイルの叫びにルナは、「はて」とだけ呟いて、またもや小首を傾げただけだった。





 ――白亜の城。

 それが、吸血鬼の城を指す、巷での呼び名。

 化け物の呼称を口に出す事さえ恐れたが故の、呼び名であった。

 

 城には決して近付くな。

 吸血鬼の一族には、何があっても手を出すな。

 例え、自分が殺されようと。

 例え、家族が殺されようと。


 それが、人間達の定めたルール。

 自分達の世界が、化け物によって滅ばされないようにする為の……。

 そして願う。

 どうか、この世界からあの化け物共がいなくなりますように――と。

 人間達は、魔族達は。

 唯ひたすらに、化け物の存在に脅える毎日から解放される事を、切望していた。


 そして、彼らは漸く生み出した。その、手段を。

 ――召喚魔法。

 精霊や、使い魔などを召喚する際に用いる魔法だが、人類はそれを究極の域にまで高めた。

 この世界に、化け物を倒せる者がいないなら、別の世界より呼ぶ他ない。

 転生者の存在から、人類は異世界に望みを託したのだ。

 そんな、藁にも縋る思いから、何百年もの時を経て、それは漸く完成した。

 空間魔法で時空を歪め、対象を呼び寄せる為の、次元を超えた道を繋ぐ。

 一度の召喚魔法で、それは、周囲の草木を一瞬にして枯らす程の大量のマナを消費した。

 けれど代わりに、彼らは大きな希望を見た。そして知る。

 

 ――異世界人という、未知の能力を持った、新人類とも呼ぶべき存在を。


余談ですが……。

『不死の噂』、連載再開しました。

興味のある方はこちらもどうぞ。

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