買うしかないじゃないか。
「そろそろお昼にされては?」
後ろに控えていたオズワルドが、唐突に口を開いた。
気づけば日は真上に昇りきり、食事処はどこも賑わいを見せている。
おお、もうそんな時間か。
というか、オズワルドの存在を忘れていた。
無言で街をぶらつき、時に店の商品棚を無言で眺め、疲れたらベンチに腰掛けるを繰り返し、すっかり一人だけの世界に入り込んでいた。
「……そうだね。適当に何か食べようか」
そこかしこから漂う様々な調味料の匂いに釣られ、空腹感が主張し出す。
――くぅ。
あら、可愛い音ですこと。あはーん。
並ぶの面倒くさいし、あまり人が並んでいない露店が近場にないかと、周囲を見回してみる。
「うん、あそこにしよう」
私の指さす場所をオズワルドは瞳を細めて凝視する。
――ん?何か問題でも?
「……あそこで、よろしいのですか?」
「うん。お腹が満たされるなら何でもいい」
「しかし……。せめて屋内で食べられる処の方がよろしいのでは?」
まぁ、お貴族様ですもんねー。
……だが断る!
屋内だと、席に案内されてー、注文してー、運ばれるのを待ってー、食べてー、会計してー、って面倒臭っ!
はい却下。
何が悲しくて、お前と見つめ合いながらゆっくり食事をせにゃならんのだ。
私はオズワルドの言葉を背中に聞きながらも、またもやスタスタと歩き出した。
うん。人も並んでいないし、これなら直ぐに買える。
「へい、らっしゃい!……おや、これはこれは可愛らしい坊っちゃんまで。何に致しやしょう?」
その露店では、筋肉達磨なオッサンが、大量の汗を滴らせながら串に刺さった肉を焼いていた。
滴った汗はボタボタと鉄板に垂れ、すぐさま音を立てて蒸発する。
「チェンジで」
「は!?」
何を買うでもなく踵を返した。
うん、あれは無理。何か汚い。臭そう。
……もしや、あの汗も調味料のつもりなのだろうか?おえっ。
味はどうなのかは知らんが、客がいない理由は分かったわ。
「ふむ、次はあれにしようか」
「……分かりました」
またもや露店を指さす私に、オズワルドは諦めた様に溜息を吐く。
……別に食べられれば何でもいいじゃないか。
だがオッサン、テメーのは駄目だ。
方向転換して向かった露店には、二組の客が並んでいた。この程度なら直ぐに買えるだろう。
店員も女性だし、例え汗を滴らせていたとしても、さっきの筋肉達磨よりかは気持ち的にまだ許せる。
別に私は潔癖という訳ではないんだから。
さて、何が売られているのかなーっと。
背伸びをしたり横にズレたりと、店頭を覗こうと奮闘する。
……見えん。
客が邪魔。
5才児の身長が虚しすぎる。
「失礼します」
ふいに両脇を抱えられ、身体がふわりと浮いた。
オズワルドが持ち上げてくれたらしい。
薄いパン生地に具材を包んだ、タコスの様なものが見えたが、両脇に感じる不快感でそれどころではない。
「もういい」
そう言うと、オズワルドは直ぐに私を地面に下ろした。
両脇に残る温もりに、鳥肌が立つ。
オズワルドは、そんな私の気など知る由もなく、くすくすと笑いながら「見えましたか?」と一言。
……ああん?
「次やったら、殺す」
「え……」
オズワルドの表情が微笑みのまま固まった。
「お次のお客様―」
おっと順番がきた様だ。
私は固まるオズワルドを放って、店員の女性を見上げる。
「あら、可愛いお客様だこと!何にされますか?」
「一番人気の物を1つ」
「2つで!」
――チッ。状態異常から回復したらしい。
「畏まりました。では、銅貨4枚になります」
ごそごそとポケットに手を入れて、ここで漸く気付く私は馬鹿だろう。
あっ、……お金。
前世のノリで来たけれど、今の私って財布持ってねーわ。
固まる私。にこにこの店員。
――すると、
「すいません、これで」
頭上で、オズワルドが銀貨一枚を定員に手渡した。
え、お前、持ってたの?何かごめん。
「はい。大銅貨が9枚と、銅貨6枚のお返しです。ありがとうございました」
オズワルドはお釣りと商品を受け取ると、「行きましょうか」と微笑んだ。
く、くそぅ……。
近くのベンチに移動し腰掛けると、オズワルドは先程の買った食べ物を一つ私に手渡す。
ナンのような薄いパンに、色とりどりの野菜や肉やらが挟まれ、香辛料の香りが鼻をくすぐった。
「ありがとう。……さっきのお金は、君の自腹か?」
「いえ、旦那様から渡されたものです。お嬢様が何かを欲しがった際は、これで何でも買う様にとおっしゃっておりました。僭越ながら、お嬢様が何かを食べられる際は、私もこれで同じものを買って食べるようにと言付かっております」
……毒見も兼ねてるんだろうなぁ。
それにしても父様、お金を渡してくれていたとは。
「そうか、父様が……」
本当、子供って無力だ。
大人の力がなければ、何も出来ない。
今まで食べてきた物も、服も、家も、何もかも全て私の物じゃない。
私は唯生かされている。
このお金も親の物。街まで乗ってきた馬車も親の物。
ああ、本当……、
――何て最高なんだろうか!!
「くく、ふふふふふ」
「お嬢様?」
ああ、これが親の脛を齧って生きるという感覚か!
親のお金で自分の好きな物を買う。何て素晴らしい!!
これが子供というもの!無力故の庇護!!
お金に困らない家に生まれてきた事だけは、女神様に感謝せねば!
汗水垂らして働く?冒険者の様に命の危険に晒されながら魔物を刈る?……何それ美味しいの?
必要ナッシング!!
「ふふふふふふふふふ」
「お嬢様!?」
よし、そうと決まればショッピングだ!
何でも買っていいんだろう?なぁ父様?
「ふふふ、きゃははははははははははははは!!!」
「お嬢様ぁぁぁぁっ!!」
一通り笑い終わった私は、歪な笑みを浮かべたまま手に持った食べ物に喰らい付く。
そういえばこの食べ物、何て名前だろうか。
まぁ、興味ないけどね!
食事を終え、私は手頃な服屋へと入って行く。
冒険者なんかが利用するような、旅人向けの服屋だ。
「この様な服屋に何か御用でも?」
空気から財布へと昇格されたオズワルドは、首を傾げながら尋ねてくる。
まぁ、貴族が入るような店ではないわな。
「マントを買う」
「マント……ですか」
更に首を捻るオズワルド。
そのまま首がねじ折れてしまえ。
「店主。私のサイズに合うマントを一枚お願いしたいのだが」
服屋の店主は私を怪訝そうな目で見下ろしてきた。
うん、何度も言うが、貴族が入るような店ではないわな。
ましてや幼児だ。
「金ならある」
「え、ええ。そこは心配しておりませんが……。その、何に使うので?」
「子供がマントを買っては駄目なのか?」
「とんでも御座いません!」
「なに、唯の暇を持て余した貴族の道楽だよ。ちょっと勇者ごっこでもしようかと思ってね?くっ、ふふふふふ」
「は、はぁ」
歪な笑みを浮かべる私に、店主も思わず顔を引き攣らせる。
いい笑顔、頂きました。
その後直ぐに店の奥に通され、採寸される。
幼児用のマントという事もあり、そう待たされる事もなかった。
店に置かれていた大人用のマントも二枚購入する。
「急な依頼で申し訳なかった。ありがとう」
「いえいえ、とんでも御座いません!またのお越しをお待ちしております!」
代金に色を付けて店主に手渡す。
買ったマントはオズワルドが持っている。
そろそろ財布兼荷物持ちに昇格してやろうか。
「次はどちらに?」
「仮面を買いたい。どこに売っている?」
「仮面、ですか。それでしたら……」
またもや首を傾げつつも、オズワルドは装飾品の店へと私を案内する。
またもや貴族が来る様な処ではなかったが、一般市民の富裕層が利用するような、小奇麗な店だった。
ガラスケースに飾られた煌びやかなアクセサリー類をスルーして、壁に掛けられた仮面のもとへと向かう。
目だけが隠れる様な、アレである。
貴族でもなければ舞踏会なんて出ないだろうに、需要があるのか些か疑問だ。
顔が隠れれば何でもいいので、一番安い物を三つ購入。
「ありがとうございましたー」
はいはい。
「まだ何か買われるのですか?」
「ああ、これからが本番だ」
「はぁ」
「奴隷を買いたい」
「ふぁ!?」
「奴隷が売っている店に案内してくれ。……あ。今ある分で、お金は足りるだろうか?奴隷っていくらぐらいするんだ?」
「……」
あ、固まった。
眼球が飛び出そうである。
そんなに開かせて、目、乾燥しないんだろうか。
「オズワルド?場所、知らないのか?」
「おおおお、おお嬢様!?今、奴隷とおっしゃいましたか!?」
「言ったが?」
「奴隷に興味がおありで?」
「ああ」
「で、ですが、先程は……」
「……?奴隷文化に興味はないぞ?いるんだねー、ぐらいの感想しかない。でも、いるんなら買うしかないだろう?」
「どういう理屈!?」
もう、本当にうるさい。
あるものを買って何が悪い?
さっきもマントと仮面を買ったじゃないか。
奴隷商品なんて、その延長線に過ぎない。
「あのな?私が買わなくても、その奴隷を買う奴はいる訳で。それか、売れ残れば殺処分。ペットショップと同じだ。奴隷文化反対だの、奴隷が可哀想だの言うお優しい人間も大勢いるんだろうが、あるものは仕方ないだろう?全種族間での問題が和やかに解決して、仲良しこよし出来たなら、奴隷もいなくなるだろう。だがそれは、数十年で訪れる未来じゃない。それだけ人間は、他者を受け入れるのに時間がかかる生き物だ。なら、今は買うしかないだろう?」
「だから、どういう理屈!?」
はぁ。まだ分からないのか。
これだから馬鹿は……。
「とにかく、案内しろ」
「駄目です」
「……案内しろと言っている」
「駄目です。せめて、旦那様に相談してみないことには……」
「ああ、それなら大丈夫だ。恐らくこの程度なら、お父様も卒倒こそすれ、許して下さるだろう」
「それ駄目じゃね!?」
「例え絶縁され、邸を追い出されたとしても問題ない。私はその奴隷と、逞しく生きていける自信がある」
「だから、それ駄目じゃね!?」
「万が一にもカーティス家の者だとバレない様に、マントと仮面も買ったから安心だ。君と奴隷の分もある」
「その為の物だったの!?」
「それに……、」
――女神の祝福とやらがどの程度のものなのか、確かめてみるのも一興だろう。
「お嬢様?」
「いや、何でもない。まぁ、君が案内しないというのなら、私一人でも構わないよ」
私は、オズワルドの持つ荷物を、寄越せとばかりに引っ張った。
後は財布も取らねば。
「……ああ、もう!分かりましたから!引っ張らないでください!」
「そうか」
溜息を吐くオズワルドは、この数分で随分やつれた様に見える。
何かあったのだろうか?
その後、私たちは裏道へと入って行き、マントと仮面を装着した。
「……」
「……」
「……。糞目立つことね?」
「ですよねぇ!?」
この親子(?)、何者ですか?
幼児がいる事で更に怪しさ倍増という、想像以上にシュールな結果となった。




