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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第一章 スキル鑑定編
10/217

買うしかないじゃないか。

「そろそろお昼にされては?」


 後ろに控えていたオズワルドが、唐突に口を開いた。

 気づけば日は真上に昇りきり、食事処はどこも賑わいを見せている。

 おお、もうそんな時間か。

 というか、オズワルドの存在を忘れていた。

 無言で街をぶらつき、時に店の商品棚を無言で眺め、疲れたらベンチに腰掛けるを繰り返し、すっかり一人だけの世界に入り込んでいた。


「……そうだね。適当に何か食べようか」


 そこかしこから漂う様々な調味料の匂いに釣られ、空腹感が主張し出す。

 ――くぅ。

 あら、可愛い音ですこと。あはーん。

 並ぶの面倒くさいし、あまり人が並んでいない露店が近場にないかと、周囲を見回してみる。


「うん、あそこにしよう」


 私の指さす場所をオズワルドは瞳を細めて凝視する。

 ――ん?何か問題でも?


「……あそこで、よろしいのですか?」

「うん。お腹が満たされるなら何でもいい」

「しかし……。せめて屋内で食べられる処の方がよろしいのでは?」


 まぁ、お貴族様ですもんねー。

 ……だが断る!

 屋内だと、席に案内されてー、注文してー、運ばれるのを待ってー、食べてー、会計してー、って面倒臭っ!

 はい却下。

 何が悲しくて、お前と見つめ合いながらゆっくり食事をせにゃならんのだ。

 私はオズワルドの言葉を背中に聞きながらも、またもやスタスタと歩き出した。

 うん。人も並んでいないし、これなら直ぐに買える。


「へい、らっしゃい!……おや、これはこれは可愛らしい坊っちゃんまで。何に致しやしょう?」


 その露店では、筋肉達磨なオッサンが、大量の汗を滴らせながら串に刺さった肉を焼いていた。

 滴った汗はボタボタと鉄板に垂れ、すぐさま音を立てて蒸発する。


「チェンジで」

「は!?」


 何を買うでもなく踵を返した。

 うん、あれは無理。何か汚い。臭そう。

 ……もしや、あの汗も調味料のつもりなのだろうか?おえっ。

 味はどうなのかは知らんが、客がいない理由は分かったわ。


「ふむ、次はあれにしようか」

「……分かりました」


 またもや露店を指さす私に、オズワルドは諦めた様に溜息を吐く。

 ……別に食べられれば何でもいいじゃないか。

 だがオッサン、テメーのは駄目だ。


 方向転換して向かった露店には、二組の客が並んでいた。この程度なら直ぐに買えるだろう。

 店員も女性だし、例え汗を滴らせていたとしても、さっきの筋肉達磨よりかは気持ち的にまだ許せる。

 別に私は潔癖という訳ではないんだから。

 さて、何が売られているのかなーっと。

 背伸びをしたり横にズレたりと、店頭を覗こうと奮闘する。

 ……見えん。

 客が邪魔。

 5才児の身長が虚しすぎる。


「失礼します」


 ふいに両脇を抱えられ、身体がふわりと浮いた。

 オズワルドが持ち上げてくれたらしい。

 薄いパン生地に具材を包んだ、タコスの様なものが見えたが、両脇に感じる不快感でそれどころではない。


「もういい」


 そう言うと、オズワルドは直ぐに私を地面に下ろした。

 両脇に残る温もりに、鳥肌が立つ。

 オズワルドは、そんな私の気など知る由もなく、くすくすと笑いながら「見えましたか?」と一言。

 ……ああん?


「次やったら、殺す」

「え……」


 オズワルドの表情が微笑みのまま固まった。


「お次のお客様―」


 おっと順番がきた様だ。

 私は固まるオズワルドを放って、店員の女性を見上げる。


「あら、可愛いお客様だこと!何にされますか?」

「一番人気の物を1つ」

「2つで!」


 ――チッ。状態異常から回復したらしい。


「畏まりました。では、銅貨4枚になります」


 ごそごそとポケットに手を入れて、ここで漸く気付く私は馬鹿だろう。

 あっ、……お金。

 前世のノリで来たけれど、今の私って財布持ってねーわ。

 固まる私。にこにこの店員。

 ――すると、


「すいません、これで」


 頭上で、オズワルドが銀貨一枚を定員に手渡した。

 え、お前、持ってたの?何かごめん。


「はい。大銅貨が9枚と、銅貨6枚のお返しです。ありがとうございました」


 オズワルドはお釣りと商品を受け取ると、「行きましょうか」と微笑んだ。

 く、くそぅ……。


 近くのベンチに移動し腰掛けると、オズワルドは先程の買った食べ物を一つ私に手渡す。

 ナンのような薄いパンに、色とりどりの野菜や肉やらが挟まれ、香辛料の香りが鼻をくすぐった。


「ありがとう。……さっきのお金は、君の自腹か?」

「いえ、旦那様から渡されたものです。お嬢様が何かを欲しがった際は、これで何でも買う様にとおっしゃっておりました。僭越ながら、お嬢様が何かを食べられる際は、私もこれで同じものを買って食べるようにと言付かっております」


 ……毒見も兼ねてるんだろうなぁ。

 それにしても父様、お金を渡してくれていたとは。


「そうか、父様が……」


 本当、子供って無力だ。

 大人の力がなければ、何も出来ない。

 今まで食べてきた物も、服も、家も、何もかも全て私の物じゃない。

 私は唯生かされている。

 このお金も親の物。街まで乗ってきた馬車も親の物。

 ああ、本当……、

 

 ――何て最高なんだろうか!!


「くく、ふふふふふ」

「お嬢様?」


 ああ、これが親の脛を齧って生きるという感覚か!

 親のお金で自分の好きな物を買う。何て素晴らしい!!

 これが子供というもの!無力故の庇護!!

 お金に困らない家に生まれてきた事だけは、女神様に感謝せねば!

 汗水垂らして働く?冒険者の様に命の危険に晒されながら魔物を刈る?……何それ美味しいの?

 必要ナッシング!!


「ふふふふふふふふふ」

「お嬢様!?」


 よし、そうと決まればショッピングだ!

 何でも買っていいんだろう?なぁ父様?


「ふふふ、きゃははははははははははははは!!!」

「お嬢様ぁぁぁぁっ!!」


 一通り笑い終わった私は、歪な笑みを浮かべたまま手に持った食べ物に喰らい付く。

 そういえばこの食べ物、何て名前だろうか。

 まぁ、興味ないけどね!



 食事を終え、私は手頃な服屋へと入って行く。

 冒険者なんかが利用するような、旅人向けの服屋だ。


「この様な服屋に何か御用でも?」


 空気から財布へと昇格されたオズワルドは、首を傾げながら尋ねてくる。

 まぁ、貴族が入るような店ではないわな。


「マントを買う」

「マント……ですか」


 更に首を捻るオズワルド。

 そのまま首がねじ折れてしまえ。


「店主。私のサイズに合うマントを一枚お願いしたいのだが」


 服屋の店主は私を怪訝そうな目で見下ろしてきた。

 うん、何度も言うが、貴族が入るような店ではないわな。

 ましてや幼児だ。


「金ならある」

「え、ええ。そこは心配しておりませんが……。その、何に使うので?」

「子供がマントを買っては駄目なのか?」

「とんでも御座いません!」

「なに、唯の暇を持て余した貴族の道楽だよ。ちょっと勇者ごっこでもしようかと思ってね?くっ、ふふふふふ」

「は、はぁ」


 歪な笑みを浮かべる私に、店主も思わず顔を引き攣らせる。

 いい笑顔、頂きました。

 その後直ぐに店の奥に通され、採寸される。

 幼児用のマントという事もあり、そう待たされる事もなかった。

 店に置かれていた大人用のマントも二枚購入する。


「急な依頼で申し訳なかった。ありがとう」

「いえいえ、とんでも御座いません!またのお越しをお待ちしております!」


 代金に色を付けて店主に手渡す。

 買ったマントはオズワルドが持っている。

 そろそろ財布兼荷物持ちに昇格してやろうか。


「次はどちらに?」

「仮面を買いたい。どこに売っている?」

「仮面、ですか。それでしたら……」


 またもや首を傾げつつも、オズワルドは装飾品の店へと私を案内する。

 またもや貴族が来る様な処ではなかったが、一般市民の富裕層が利用するような、小奇麗な店だった。

 ガラスケースに飾られた煌びやかなアクセサリー類をスルーして、壁に掛けられた仮面のもとへと向かう。

 目だけが隠れる様な、アレである。

 貴族でもなければ舞踏会なんて出ないだろうに、需要があるのか些か疑問だ。

 顔が隠れれば何でもいいので、一番安い物を三つ購入。


「ありがとうございましたー」

 

 はいはい。


「まだ何か買われるのですか?」

「ああ、これからが本番だ」

「はぁ」

「奴隷を買いたい」

「ふぁ!?」

「奴隷が売っている店に案内してくれ。……あ。今ある分で、お金は足りるだろうか?奴隷っていくらぐらいするんだ?」

「……」


 あ、固まった。

 眼球が飛び出そうである。

 そんなに開かせて、目、乾燥しないんだろうか。


「オズワルド?場所、知らないのか?」

「おおおお、おお嬢様!?今、奴隷とおっしゃいましたか!?」

「言ったが?」

「奴隷に興味がおありで?」

「ああ」

「で、ですが、先程は……」

「……?奴隷文化に興味はないぞ?いるんだねー、ぐらいの感想しかない。でも、いるんなら買うしかないだろう?」

「どういう理屈!?」


 もう、本当にうるさい。

 あるものを買って何が悪い?

 さっきもマントと仮面を買ったじゃないか。

 奴隷商品なんて、その延長線に過ぎない。


「あのな?私が買わなくても、その奴隷を買う奴はいる訳で。それか、売れ残れば殺処分。ペットショップと同じだ。奴隷文化反対だの、奴隷が可哀想だの言うお優しい人間も大勢いるんだろうが、あるものは仕方ないだろう?全種族間での問題が和やかに解決して、仲良しこよし出来たなら、奴隷もいなくなるだろう。だがそれは、数十年で訪れる未来じゃない。それだけ人間は、他者を受け入れるのに時間がかかる生き物だ。なら、今は買うしかないだろう?」

「だから、どういう理屈!?」


 はぁ。まだ分からないのか。

 これだから馬鹿は……。


「とにかく、案内しろ」

「駄目です」

「……案内しろと言っている」

「駄目です。せめて、旦那様に相談してみないことには……」

「ああ、それなら大丈夫だ。恐らくこの程度なら、お父様も卒倒こそすれ、許して下さるだろう」

「それ駄目じゃね!?」

「例え絶縁され、邸を追い出されたとしても問題ない。私はその奴隷と、逞しく生きていける自信がある」

「だから、それ駄目じゃね!?」

「万が一にもカーティス家の者だとバレない様に、マントと仮面も買ったから安心だ。君と奴隷の分もある」

「その為の物だったの!?」

「それに……、」


 ――女神の祝福とやらがどの程度のものなのか、確かめてみるのも一興だろう。


「お嬢様?」

「いや、何でもない。まぁ、君が案内しないというのなら、私一人でも構わないよ」


 私は、オズワルドの持つ荷物を、寄越せとばかりに引っ張った。

 後は財布も取らねば。


「……ああ、もう!分かりましたから!引っ張らないでください!」

「そうか」


 溜息を吐くオズワルドは、この数分で随分やつれた様に見える。

 何かあったのだろうか?

 その後、私たちは裏道へと入って行き、マントと仮面を装着した。


「……」

「……」

「……。糞目立つことね?」

「ですよねぇ!?」


 この親子(?)、何者ですか?

 幼児がいる事で更に怪しさ倍増という、想像以上にシュールな結果となった。


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