魔王の素質その6 あざとくも可愛らしい仕草で人間の心を射抜く
「そういえば、お嬢様」
お嬢様と二人で、田舎道を村の方へと歩いています。
完成した荷車は、お嬢様の魔法で自走式になりました。最初は二人で荷車に乗って移動しようとしたのですが、丸石を敷き詰めた路面は揺れがひどかったので、結局歩いています。
そして、カラの荷車がゴトゴトと音を立てながら、二人の後を追ってきます。
「わたしに"お嬢様"呼びをやめろって話をされていた時おっしゃった、考えていることって何なんですか?」
「ああ、その話ね」
雑談ときどき買い物メモ作成、をしながら道を歩いているさなか、ふと話が途切れた隙を突いて訊いてみました。
前述の通り、わたしの左側を歩くこの女の子は、わたしにとってずっと「お嬢様」でした。どのくらいお嬢様かというと、ペルセフォネーという本名をたまに忘れる程度にはひたすら「お嬢様」でした。
「何か、違う名前を用意しようと思うの」
「違う名前…ですか」
戸籍とか住民登録とか、制度自体はあります。
ですが公的な役所のない「村」ではほとんど登録がなされないので、全国民分を把握しているなんてことはまずないでしょうね。
住民登録なんて、元々領主が税を正確(ただし税率は領主の気分で決まる)にふんだくるために作った制度なので、税を納める領主がいない村には必要ないっちゃ必要ないものですね。
お嬢様は元々登録してませんし(時代が時代ならふんだくる側の存在です)、わたしなんて学校を卒業したら死んだことにして戸籍消されました。それ以降は魔王城に引きこもってたのでノーダメージですけどね。
何が言いたいかというと、名前なんていくらでも変えようがあるということです。この際わたしも変えようかな。——いえいえ、お嬢様にはこれからも「タレイア」って呼んでほしいので変えないことにします。
「せっかくだから、タレイアがつけてくれないかしら?あなたがくれる名前ならきっと愛着を持てるわ」
「いいんですか?"お嬢様"を本名にしちゃいますよ?」
「……それ以外でお願いできる?」
「そうは言いましても——」
本当は、あるんです。
お嬢様に自由に名前をつけていいならば、今のわたしにとって、つけたい名前が。
6年前——7年前、といった方が良いでしょうか。
わたしには、妹がいました。
「いました」という表現が正しいかどうかはわかりません。わたしが妹に会ったたことはないのです。
妹は、亡くなった母と共に胎児のまま世を去りました。
父親が誰かは判りません。わたしたちの生活費と引き換えに母を抱いた男のうちの誰かでしょう。
それでも、家の外に味方なんていなかったわたしにとって、妹の誕生はとても待ち遠しいものでした。その時点では弟の可能性もありましたが。
妹だと知っているのは、母が亡くなったときにお医者さんが教えてくれたからです。
「——ウーラニアー」
「ウーラニアー…?」
「わたしの……生まれることなく死んだ妹に、つけるはずだった名前です。嫌でしたら他の——」
「嫌じゃないっ!!」
その声にわたしは心臓が飛び出そうなほど驚きました。
お嬢様が声を荒げる場面なんて、6年お仕えしていて今初めて見たものですから。
それも、わたしの左腕を両手でぎゅっと握りながら、上目遣いで。
わたしのご主人様がかわいすぎる問題ですよこれは。
「ウーラニアー。私はウーラニアーよ。ペルセフォネーでもハーデース20世でもない。タレイアは妹のことを"お嬢様"なんて呼ぶの?」
お嬢様が…涙目で懇願……
この表情をどうにか何時でも眺められるようにはできないものでしょうか。
「間違って呼んでしまっても許してくださいますか?」
「……しょうがないお姉様ね、タレイアは」
お姉様……!
今、お姉様って言いました!?
あぁ……もう、もう満足です。勇者一派に残党狩られても悔いはありません。
「——よだれ出てるわよ?」
「えっ……」
ああああこんなことではいけません。今のわたしはお嬢様にとっては姉も同然。しっかりしなくては……!